第五話 『風の帰還』 その2


 とはいえ……このまま友軍を放置していくわけにもいくまいな。さて、それでは恩と顔を売るために営業活動といきますかね。


「リエル!」


「どうした、ソルジェ?」


「あそこの白い岩が見えるか?」


「エルフの眼を舐めているのか?……見えているに決まっている。斜面のヤツだな」


 そうだ。オレの興味があるのは、この丘陵地帯を波打つように歪めている無数の丘の一つ。そこは古い地層なのだろう。数万年の雨に磨かれて、土肌が融けていき、まるで骨のように白い巨岩が飛び出している。


「高さにして、どれぐらいかな、オレの弓姫」


「アレは8メートルぐらいだろう?」


「白馬を歓迎するには、ちょうどいい色ではないか?」


「ああ。そう思うぞ、ソルジェ団長!……ねえ、ゼファー!!」


『なに?『まーじぇ』?』


「あの岩のそばに降りなさい。『マージェ』と『ドージェ』の仕事を見せてあげる」


『うん!りょうかい!!』


 ゼファーの翼の関節が、喜びによって躍動する。オレとリエルが仲良く敵を殺すところが見たいらしい。


 湿度を帯びた朝の風を翼で撫でながら、竜の飛翔は空に黒い軌跡を描いていく。ゼファーはその風を気に入る。ああ、冷たさがあるが、その水を帯びた風は、心を落ち着けさせてくれるね……。


「オットー。そろそろ地面だ、直前で飛び降りてくれると助かる」


「ええ。それじゃあ。お先に!」


 ゼファーの脚に張り付いていたオットーが、着地の邪魔にならないように空へと飛ぶ。かなりの高さだが、オレは心配しないよ。薄情なわけではない。オットー-・ノーランを知っているだけだ。


 彼は音も立てずに大地に降り立つ。ほら見ろ。彼らの種族は、やはり特別なところが多い。こういうと怒られるかもしれないが―――『ゼルアガ/侵略神』に似ている。


 魔力に依存しない『権能』……そういう力をあの『瞳』の下に宿しているのかな。世界には不思議な力がたくさんあるね。


『おりるよ。みんな、つかまって!』


 ガグジュジュジュウウウッ!!空から降りると雨でぬかるんだ大地が、ゼファーの大きな爪でえぐれていく。スベっているわけじゃない。ゼファーがちょっと遊んでいるのさ。


 大地をしばらく走ったあとで……オレたちの目の前には大きな白い岩があった。ゼファーよりも大きなその白い岩は、きっと大地が生まれた時より、ここにあったのだろう。


 長生きであったな。


 だが、十分に生きただろう?


 今からその悠久の生命を、オレたちに寄越せ。


「行くぞ!」


「ああ、ソルジェ団長!」


 オレとリエルが同時にゼファーから飛び降りて、その『獲物』に向かうのさ!


 リエルが魔術を歌う。大いなる風を、この場所に集めるためにね。


「『偉大なる誇りの王よ!深き森の湖に遊ぶ女神よ!風と森の護り手である我に、そなたらの神威を振るう資格を与えろ!!』―――ソルジェ!!」


「おうよ。ちょっと待ってな、リエル!!今から、ぶっ壊してやるぜ!!」


 行くぞ、アーレスよ!!


 魂に融け合ったその名を呼ぶ―――左眼が熱くなり、アーレスの角を鋼に混ぜたオレの竜太刀が、竜の劫火を宿すのさ。


 逆巻く煉獄の輝きは、熱量を放つ。湿った朝の風を痛めつけるように蒸発させていく。今日もお前の力は暴力的だな、アーレスよ!!嬉しくて、口元が竜みたいに牙をあらわにしてしまうのさ!!


 熱で焦げる朝の風を喰らいながら!!


 オレはまたこの炎の『魔剣』をぶっ放すんだよ!!


「『バースト・ザッパー』ぁあああああああああああああああああああッッ!!」


 紅蓮を帯びる竜太刀の斬撃を、大地に向かって叩きつけるのさッ!!


 大地が爆ぜる!!破壊の音を世界に響かせながら、その白い巨大な岩が破裂し、吹き飛んでいくのさ!!


 地面をぶっ殺しちまったみたいだぜ、ああ、破壊の悦楽が身を奔る!!オレは楽しくてしょうがない!!乱暴者だからな、巨大な物体が崩れていくその瞬間を見るだけで、心に本能的な感動が踊るんだよ!!


 空に向かって、砕けて散るその白い岩の破片どもは、竜の劫火の残り火を浴びているせいで金色に燃えている。いい『弾丸』が出来たんじゃねえかな、リエル・ハーヴェルよ?


「お前の番だぜ、『マージェ』よッッ!!」


「ああ!任せろ、私のソルジェ・ストラウス―――『絶空神威』ッ!!『ソニック・オーラ』ぁああああああああッッ!!」


 森のエルフの王家の血が、オレのとなりで魔力を解き放つのさ!!


 風が唸る!!


 最愛の弓姫の指が導く神矢のように、まっすぐと飛翔する『竜巻』さ。その神威が、オレたちの上空を突き抜けて、天へと駆けた!!


 砕けて燃える岩の欠片たちに、大いなる暴風の加護がまとう。


 オレとリエルの奥義がひとつと混じり、空のなかで爆ぜるのさ!!


 音速を帯びて加速して、白き岩の破砕片は殺戮の装置となった。この残酷な重量と速度を併せ持つ悠久の破片たちは400メートル以上も飛んだ後で、獲物へと突き立てられる獣の牙のように、上空から帝国の軽装騎馬兵たちへと降り注いでいく!!


 何人かが大きな岩の破片に突き破られて、あるものは馬ごと千切れてしまう。距離がありすぎて狙えなかったことも大きいが―――当然のようにエリートさまには命中しなかったね。


 アインウルフとその愛馬アレクシスは、ただただ冷静にオレたちをにらんでいるだけだ。彼に当たらなかったのは残念なようにも思えるか?いいや、オレはこの雑な遠距離攻撃でヤツを仕留められるとは思ってはいない。


 まあ、逃げるドワーフたちの援護としては、十分な助けではあっただろうさ。彼らを超えて、背後に迫る騎馬隊へと、岩の雨は降り注いだわけだからね。若い短躯の男が、オレのほうを見て、その若く歪みのない笑顔を捧げてくれた。


 良かったな、若者よ。


 オレたちのおかげで、君はここでは死ななくなった。


 その事実をよく覚えておいて欲しいところだね。


 『パンジャール猟兵団』が、君たちの退却を手伝ったことをね。


「ふむ。これで、あの足が遅い連中も逃げやすくなったな!」


「そうだな。これで援護は十分さ……リエル?」


「なんだ、ソルジェ団長?」


「いい技だったぞ」


 オレはそう言いながら、彼女に手のひらを向けるのだ。その意味を理解してくれたリエルは自信家の貌になって、オレの手のひらに彼女のそれをぶつけてきたのさ。


「うん!お前も、いい技だった!!」


 ハイタッチ。


 なかなか、はしゃげる遊びだよね!


 不敵に笑うオレたちのちょっと離れた場所で、ゼファーは楽しそうに歌うんだ!


『GHHAAAOOOOOOOOOOOOOOOOOOOHHHHHHHッッ!!』


 視界の果てで、アインウルフがアレクシスの脚を止めさせた。ドワーフたちへの無意味な追い込み猟はやめたらしい。


 その長い腕を上げて、部下たちの歩みを制止させた。理解しているのさ。この距離では、ここにたどり着くより先に、ゼファーが空へと帰還してしまう事実をね。相当キレていはいるようだが、冷静さまでは失ってはいないようで何よりだな。


 そして。オレたちを睨んでくるのさ。


 エリートさまの怒りと劣等感を浴びるのは、そこそこ気持ちいい。オレを偉大な男だと認識させてくれて嬉しくなるね、君の心の叫びを独占できて嬉しいよ。


 オレは、お前のチキンレースでドワーフ族に勝ちやがった時から、ちょっとだけ君のファンだよ。だからこそ、殺すのが楽しみだ。


 近いうちに、必ずやこの手で首を裂いてやるぞ。ああ、その馬の命も奪ってやろう……共に逝くのを願うなら、そうしてやるよ―――。


「むう……さっきと同じく、目つきの悪い男だ。マルケス・アインウルフめ!」


 リエルがヤツの視線を浴びたことへの感想を口にしていた。


「くくく。そこがいいのだろう?」


「ふう。毎度のことだが、ストラウスさん家の感性は難解だな?……ここからあの男を射殺してやろうか?」


「いや、今はいいさ。それに、この距離では躱される。アイツとの決着はまだまだ先だろう。合戦の最中に殺すに相応しい獲物ではないか……」


「ソルジェ団長、あまり敵将を買いかぶりすぎるなよ?……あれは、ザック・クレインシーのように無欲な男ではない」


 知っているよ。十五もの都市を陥落させた、生粋の侵略者さ。その男の首を落とす瞬間を思うと、心が震えるよ。


「ヤツは悪党なんだからな!」


「……ああ。だからこそ、この手をヤツの血で汚すのが楽しみなのさ」


「……そうか、ならばいい。私は旦那の楽しみを奪うような、残酷な妻ではないぞ。合戦の最中に、仕留めてやればいいさ」


「知っているぜ、君の器が大きいってことはね。じゃあ。ゼファーに乗ろうぜ、リエルちゃん」


「ああ。行こう」


 オレとアインウルフは睨み合う視線を、どちらからともなく外していた。


 ヤツはこのままドワーフ族の戦士たちから奪った砦で、自分と部下たち、そして馬を休めるつもりだ。雨風をしのぎ、体力を回復させて、侵略の日のために休むだろう。


 そして―――おそらくこの進撃により、グラーセス王国軍は都に戦力を集結させるしかなくなったのさ。『間合い』の問題だ。この拠点を手にしたアインウルフの第六師団は、いつでもグラーセスの王城を狙える位置に陣取ってしまった。


 攻撃上手に、絶好のポジションを取られたということだ。これで、王国軍は慎重にならざるを得なくなる。


 ほんと、ハッタリ一つで、よくやったものさ。


 この状況……膠着状態が発生するかもしれないないな。


 『聖なる洪水』を使うタイミングを狙っているとするのなら、『忘れられた砦』周囲に帝国軍の増援が到着してからでなくてはと、シャナン王なら考えているはずだからな。そして……アインウルフもまた、増援が来ることを頼るだろう。


 さっきのようなハッタリは、二度は効果を持つことはない。お前も手持ちの『策』が切れてしまっているように見えるぞ?だが、砦という鎧を着込んだ君の軍勢を撃破することは相当に難しくなった。


 ……ならば、エリートよ。お前は、他にどんな『策』を取ろうとする?


 その憎しみを体現した手段とは、何だ?


 金と人脈を持つ大貴族サマよ……お前は、『誰』を寄越すつもりなんだね?




 ―――ソルジェの洞察力は極まっていく、魔眼の力ではないのだ。


 この9年の戦歴が、彼に身につけさせているのさ。


 生きぬく度に、その鋭さは磨かれていった。


 酒場で歌われるソルジェ・ストラウス、それは偉大な熟練の戦人さ。




 ―――竜の背中の上に戻り、仲間たちから技巧を称えられる。


 それでも心が晴れ渡らないのは、大いなる洞察力ゆえだろう。


 君は、理解しているね……アインウルフが君らの『天敵』を求めることを。


 そうだよ、ガラハドが来るよ……君を殺したくて、仕方の無いあの邪悪が。




 ―――イヤな予感を背に浴びながらも、ドワーフの撤退を見守った彼らは南に向かう。


 彼らが今目指していたのは、『ボルガノンの砦』さ。


 『ガロリスの鷹』たちが、地下迷宮の『運河』を使い、先行している古き砦。


 そこが……君たちの新しい『アジト』となるのさ。




 ―――ほら、見えてきたじゃないか?


 大きく頑強な城壁は、長らく主なきまま放置されていたが……。


 今、かつての主『荒野の風』の娘が、戻ったのさ。


 父から娘へ、その砦は受け継がれたんだよ。




 ―――ほこりっぽいが、そこはガマンすべきところ。


 戦士たちは妊婦のために、掃除を始めていた。


 蜘蛛の巣を退治して、床につもったホコリをモップで片付けた。


 戦士たちは雑だが、テキパキと動いてみせる。




 ―――ゼファーはその砦の屋上へと降り立った、屋上はやはり竜の重さに耐えた。


 その頑丈さをソルジェもジャスカ姫も、たいそうに喜んだ。


 ドワーフの建物の強さは、やはりホンモノさ。


 さて、ジャスカ姫?……この砦の主君たる、貴方の最初の仕事だよ?




 ―――旗を掲げよう、この砦が君の家である証を立てるのさ!


 それは黒い翼をもった『猛禽』の旗、『荒野の風』が作った旗だよ。


 そうだよ、シャルロン・イーグルゥの紋章さ。


 娘であるジャスカ姫の手で、ゆっくりとその大きな旗が掲げられていく……。




 ―――風になびく、その大きな旗さ……。


 それが風と共にある限り、この砦は姫君の鎧であり、『家』なのさ。


 彼女は、新たな『家族』と共に……。


 かつて父親が暮らしたその砦へと、帰還を果たしたよ!!


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