第五話 『風の帰還』 その3


「うむ。いい砦ではないか!ジャスカの父上の趣味なのだろうか?」


 森のエルフの弓姫は、近くの木々を見た後でそう述べる。城塞の質素剛健な造りも彼女の好みだったのかもしれないが……この丘の上にある砦の周囲に雑木林が存在していることも彼女の好感を得るポイントだったのだろうな。


 竜騎士が竜から力を得られるように、森の木々からエルフも力を得られるそうだ。ふむ……。


「リエル、疲れているのか?」


「え?そうでもないが?」


「そうか。疲れているのなら言えよ?」


「……う、うむ。どうして、急にやさしいのだ?」


「いつだって君にはやさしいと思うけど?」


「やさしいというか、いやらしいカンジだぞ?」


 リエルちゃんてば、オレの目線から隠すように胸を腕でおおう。オレは性欲のみで行動を決定しているわけではないのだがな。


 でも、リエルちゃんに対しては、いつだって性欲があるよ?男の子だもん、好きな女にはそんなもんだろ?


「オレは正直者なんだ」


「都合の良い解釈をする男だな」


「まあね。ポジティブに生きようと思うよ」


「その考えには賛成だがな。過度なセクハラは禁止だぞ」


「……ああ。常識の範囲内でする」


「なんだ、常識の範囲内のセクハラって?」


 リエルが羞恥心に悶えながらも、何だかんだで受け入れてくれる範囲かな?……っと。こんな言葉を口に出しちまうほど、世渡りが下手なワケじゃない。オレは無言のまま、リエルの頭を撫でてやる。


 彼女の銀色の髪は、柔らかくてサラサラしているね。戦いと特訓のせいで武骨になっているオレの太い指には、触れることさえ罪悪感を抱くよ。


「……お、おい。なんのつもりだ?」


「常識の範囲内のスキンシップ」


「そ、そうかもしれないが、子供じみてて、その……これはこれで、照れるッ!!」


 リエルが恥ずかしがってオレの指から逃げていく。風に乗ったやわらかな髪が、花の香りを空気に残した。うむ。ザクロアの……オレたち御用達の温泉宿でも嗅いだ香りだ。


 あそこで売ってたシャンプー、買っていたのだな……。


 たしかに、森のエルフのリエル・ハーヴェルから花の香りが漂うなんて、とても似合っているよね?……なるほど。そういう品で喜ぶのなら、オレも君のために買ってみるかね、花とか植物を礼賛しているタイプの生活用品……。


「……どうした、ソルジェ?」


「いや。またザクロアの温泉に行きたくなってな」


「ま、また、覗くつもりなら、ダメだぞ?」


「なんで?」


「公序良俗に反する行いだからだ。そう思わないとするなら問題があるぞ」


「……そりゃあ、オレにだって?……それぐらいの倫理観はあるさ」


「なら。覗くな。その……正当な手順を取り、ちゃんと迫るのなら、う、受け入れてやってもいいのだからなっ」


「……ああ。今度、家族風呂とかに行こうぜ?家族だけで貸し切られる温泉」


「ふむ。だが、うちだと大所帯だな。8メートルを超える仔もいるのだし?」


「……やっぱり、ザクロアのライチ温泉が一番だな。ゼファーを湯船につけてオッケーというのは、世界的に希有な温泉宿だぜ」


「ああ。この戦が終わったら、また骨休みに行くのもいいな」


「……疲れている?」


 そんな言葉を吐くのは、彼女にしては珍しい。マジメな子だからなあ。


「うむ……そうでもないが……あの光景を見ると、まだ働いてもいないのに疲労感がスゴいのは事実だな」


 リエルは長い脚をゆっくりと交差させて、くるりと砦の方へと向き直る。そこには……労働者たちがいたのさ。


「ほら!!ロジン、そこに倒れている石柱を、さっさと立てなさい!!見栄えが悪いでしょう!?住民の反乱でも起きて、ロープで引きずり倒されたみたいじゃないの!!」


『あ、ああ。でも、ハサミで起こすのは、な、なかなか難しくて!?』


 労働者……いや、働く巨大生命体がいるね。圧倒的に目立つぜ、全身をミスリルの装甲に覆って、あちこちからヒトを串刺しにするための金属のトゲを装備した、『センチュリオン』こと、ロジン・ガードナーは……。


 ヨメの命令に忠実で、めちゃくちゃ働いているな?スゴい勢いで、この砦を修復していく。何トンもある岩を動かせるのだから、こういう工事現場にも向いている生命体だな。戦場での活躍より先に……まさか労働に励む姿を目撃しようとはな。


『ううう!?は、ハサミでは、つかみにくいいいッ!!』


「文句言わないの!!左右から挟んで、そのまま持ち上げなさいな?……ほら、そこのドワーフたち!!ビートにロックス!!休んでいないんで、森の木を切ってきなさい!!床に敷いて、居住性をあげるのよ!?ベッドも足りないし、家具が全般的に足りていないんだから!!作るわよ、買うと家具って、高いんだから!!」


「へい!!了解です、お頭ッ!!」


「は、はい!!直ちに、人数分のベッドの製作にあたりますッ!!」


「よろしい!!分かったら、走れ!!」


「へい!!」


「了解しやした!!」


 ……ほんと、圧倒される光景だな。『ガロリスの鷹』の構成員は、どいつもこいつも働き者だね。


 砦の最上部、ゼファーが寝息を立てて、黒い鳥の大旗が揺らぐその場所で、妊婦姫さまが部下どもを見下ろしながら、的確な指示を出している。その視線は猛禽類そのもので、無駄話もズル休みも、決して見逃すことはなかった。


 この群れは精緻な時計の歯車みたいに、しっかりと噛み合って、無意味な軋みさえ存在しない。ある意味、軍隊以上の練度だな……さすがの統率力かな?


 うちのカミラも吸血鬼の超人的な身体能力を見込まれ、壁を直したり、腐った床板剥がしたり、天井に張り付いて天井を拭いたりと、とんでもない働きっぷりだ。貧村育ちのカミラは、家事はおろか家の修繕までもこなしてしまう。


 その涙が出るような貧乏スキルはこの朽ちかけた砦の修復作業には、『センチュリオン』に勝るとも劣らない性能を発揮しているね。


 姫よ、君とカミラのあいだには強い友情があるからと言っても、働かせ過ぎではないか?まあ、カミラが『ヒトの役に立てて、自分は嬉しいっすよ!』……みたいな顔になっているから、文句は言わないけどね?


「……しかし。妊婦とは、強いのだな!感動すべき、統率力の高さだ」


「ああ。ときどき、彼女いわくの『妊娠のゲロ』を吐きそうになりながらも、あんなに大声張り上げて指揮してるね」


「アレって……つわり、だろ?」


「『それ』は、彼女の辞書には無い言葉らしい」


「ふむ……まあ、何とでも呼べばいいことだな。なんであれ、妊婦が元気なのは良いことだな」


「そうだね。全面的に同意するよ」


 オレは彼女の腹にいる『勇者』と戦う約束があるからね?真の『雷帝斬り』をマスターした君と、その頃には大ベテランになって枯れかけているオレ?……どっちが勝つのかね。


「しかし、ジャスカめ。お父上の居城に戻れたことが嬉しいのだろうな!ここを再建しようと張り切っている」


「そうだな。でも、素晴らしい人使いの荒さだなあ……」


「……う、うむ。私も、そろそろ狩りに行ってくるよ……あまりしゃべっていると、上空から叱責されそうだからな」


「ああ。デカいの仕留めたら、声をかけてくれ」


「いいや、私たちに任せておけ!……食糧集めも大事な仕事だからな。皆が、この森や草原には不慣れなのだ。私のような森と狩りの専門家が、取るべき獲物や食べられる植物を指導してやる必要があるだろ?」


「そうだな。この砦の食糧自給率の向上は、君にかかっている。やってやれ」


「うむ!任せておけ。お前も、もうしばらくすれば王城に行くのだろう?」


「その予定だ、ガンダラとオットーを連れてな」


「フフフ。賢い大人たちの足を引っ張るなよ、私の旦那さま」


「……ああ。なあ、今の、もう一回お願い出来るか?」


「え?なにをだ?」


「だから、『私の旦那さま』だよ?……なかなか、心に響いてな?」


「か、勝手に響かせるな!?……なんだか……なんだか、照れるだろうがああああ!?」


 森のエルフの弓姫は、恐ろしいほどの速さで森へと向かう。照れると、彼女は全力疾走する時がある。若いというのは、素晴らしい。心からあふれたエネルギーを、ああやって走力へと変換するのだろう……いい走りだ。


 さて、森の入り口には食糧回収班が集まっていた。どれもヒトを射殺すことには長けていそうだが、食べられる野草についてまでの知識は無さそうな連中ばかりだな。


 まあ、けっきょきのところは盗賊崩れだもんな、ゲリラなんぞ。うちのエルフさんに、正しい食糧確保のスキルを教え込まれて更正するといい。


 ああ、セクハラは……やめとけよ、若者たち?だが、羨望の眼差しで、いやらしい視線を向けることまでは許してやろう。あの体を好きに出来るオレをうらやましがりながら、悶えていろ。


 オレがあの美しい肉体に対して、近未来においてどんな行為をする予定なのかは、この戦に勝ったときの祝宴で教えてやるよ―――だが、それはオレの女だ。指一本でも触れたら、その指をへし折るからな。


 それに……彼女は『ゼルアガ』を殺した狼男さえも、一撃で倒す蹴りを持っているのだ。戦の前に死ぬのは、つまらんことだ。セクハラはやめておけ。


 神殺しの猟兵を一撃で仕留める……その恐怖の美脚の持ち主が、オレを見つめてくる。翡翠色の大きな瞳は太陽に反射して宝石みたいだな。そして、あの綺麗な声で大きく叫んでくるよ。


「ソルジェ!!我々も休憩は終わりだ、ビジネスするぞ!!」


「おお!!大物、頼むぞ!!」


「……うむ!!任せておけ!!お前も、王との交渉、上手くやれよ!!」


「ああ。報酬をブン取って来るのも、経営者のお仕事だからな!!」


「たくさん取って来い!!……では、皆の者!!私が森と共に生きる術を教え込んでやるからな!!一言一句、一挙手一投足!!可能な限り、すみやかに覚えて、共有するように!!」


「はい!!リエルの姉御!!」


「がんばりやすぜ!!」


「へい!!働きやす!!」


「うむ。いい返事だ。さすがはジャスカ・イーグルゥの下僕どもだ!!行くぞ、まずは獲物の発見方法から、仕込んでやろう!!あの森まで、全力で走れ!!」


 ……なんだか、統率が取れている。


 そうか、ジャスカ姫に調教されているんだろうな、あの屈強な盗賊どもは。


「……さて。オレもそろそろ鎧でも着込みますかな―――ドワーフ王とその近衛戦士たちとの会談か……ワクワクするね……」


 なんだか、一悶着起きそうでな。


 むしろ……そう演出してくれると、助かるんだがな、賢きシャナン王よ?オレたちのような新参者で、しかも外国の異分子を、君らのような鎖国ドワーフに認めさせるには、腕力を示した方が手っ取り早そうでね。


 それに……。


 純粋に、ドワーフ族最強の戦士たちとの『腕試し』だって?


 ストラウスさん家の血が、ワクワクしないわけがねえだろ?


「サー・ストラウス!!」


「どうした、姫?オレも何かを運んだりするべきかな?」


「いいえ!鎧を着込みなさい!!そろそろ、叔父上陛下に会いに行きましょう!!」


「……ようし!!任せておけ!!」


「いい?舐めた口を叩くようなドワーフがいたら、積極的にケンカを仕掛けて、私たちの強さを知らしめるわよ!!」


「その強気にあふれる外交方針は気に入ったよ」


「でしょうね、貴方に合った任務のはずよ!……難しいことは、ガンダラとオットーに任せましょう」


「……オレだって、色々と交渉は出来るつもりだけどな」


「適材適所よ?ムチャしないで!」


「そうかい……」


 イマイチ、ジャスカ姫さまはオレの頭脳を評価してくれていない。


 まあ、オレには暴力という、全人類をつなぐ共通の言語があるけどね?……戦時下で、いつも以上にイライラしてるドワーフには、こっちの言葉の方が手早く伝わりそうだよな?


「……ぶっちゃけ、どんなヤツとやれるのか楽しみだ」


「そうよ。『荒野の風』の血が、戻ったことを教えてあげるのよ。でも、殺してはダメ」


「わかっているよ、ジャスカ姫。戦力は殺さない。だが、力で屈服はさせる」


「そういうの、一番いいパターンよね?」


「一番いい交渉なのかは分からないが、オレみたいなアホ族の適材適所だろ」




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