第四話 『猟兵たちは闇へと融けて、雨音と共に』 その14
「『聖なる洪水』?……なんなのだ、それは?」
「何百年も前に、グラーセス王国を襲ったらしい『水害』のことさ」
そうだ、あの狂人・ガルードゥの地下迷宮調査を妨害していた存在だな。カルトのガルードゥがどんな期待や『夢』をこの地下空間に抱いていたのかは知らないが……彼の日誌によれば、『聖なる洪水』と歴代王家のカルトへの弾圧が、ガルードゥの求めていた過去を、この迷宮から消し去ったとあるそうだ。
しかし?
それは違うのではないかね、ガルードゥよ?『聖なる洪水』と呼ばれる大規模な『水害』が発生する以前から、この王国の地下には、神秘性なんて存在していなかったのだ。お前が期待したであろう、大地母神との聖なる奇跡の証などは、無かったのさ……。
「ふむ……その『水害』と、『忘れられた砦』に、一体、どのような関わりがあるというのだ?」
「リエルも地下迷宮に入って、あの『水路』を味わっただろ」
「…………うむ」
ん?表情が暗い?……ああ、そうか。『ジャン・レッドウッド号』事件に近いことが起きていたのだろうな。
リエルちゃんはゼファーで飛ぶのはへっちゃらなくせに、超高速で雪上を疾走する竜が牽引するソリ……『ジャン・レッドウッド号』を死ぬほど恐れていたな。
オレの視線に不謹慎な要素でも混じっていたのか?
リエルは口を尖らせる。
「ちがうぞ?誤解をするな……ビビっては、なかったぞ?」
「……そうかい」
「ああ!……あの程度の激流、平気だったな。むしろ、あと三倍は速くてもいいぐらいだったほどだ!」
もう、そうなれば激流どころか、ただの災害だ。ちょっとした危険を楽しもうというレベルを逸脱しているだろうな。即座に船が転覆して溺死コースだっつーの……。
「とにかく……アレだけ大量の水が降ってくる『貯水プール』があるはずだな」
「……そう、だな。つまり、あれの『水源』が……上に……地上に、あるのか?」
「地上にもあるかもしれないが、『山』の中にもあるのだろうな」
「……『山』か……ふむ。まてよ?『忘れられた砦』とやらは、私には『山』にしか見えなかったのだが?……まさか、アレの中にも、膨大な水が貯蔵されているのか?」
「オレは、そう考えているよ。険しく高い稜線と一体化したような巨大な城塞……ヒトと戦うための規模には見えないアレは……普段は水と戦ってくれている。地下迷宮が回収してくれる水を貯蔵しているんだろうな」
そうだ。あそこにも不自然がある。無ければならない川や滝が無かったからな……。
「……そもそも、東へと緩やかに傾斜しているのさ、この国は」
「そうなのか?」
「ああ」
竜騎士のオレには分かるよ。風を浴びて地形と対話することでね。
そして、地下の水路もそうだろう?東にも西にも定期的に流れが変わっているが、東への流れのほうがわずかばかりに長いじゃないか?オットーをチラリと見ると、うなずいてくれる。うむ。お墨付きをいただけて安心だな。
さて。謎解きを続けるかね。
「……地下の水路に集めた水を、あの『砦』のもとになった巨大な岩盤から突き出た山で、せき止めているんだよ」
「ふむ。『バーブルー』の『ダムの巣』みたいだな」
エルフの森にいる愉快な名前の動物ちゃんは、川をせき止める習性でもあるようだ。
「その『バーブルー』ちゃんがどういう生物なのかを、オレは知らないが……少なくともあの『忘れられた砦』は『地下のダム』として、流れ込む膨大な水を貯蔵しているはずだ。おそらく水流を利用した水車か何かを動力にして、汲み上げているのではないかね」
「汲み上げる?せき止めるだけではなく?」
「おそらくね。だから、水路のバルブを開放したとき、あれだけ強烈な勢いで水が流れ出てくるのさ……」
「え?」
「あれは、位置エネルギーを利用したもののはず。だからこそ激流になる。そうでなければ、あんなに勢いがつくわけないだろう?」
リエルの眉間にシワが寄る。ああ、そうだな。すまない『位置エネルギー』とか、科学が嫌いな森のエルフのお姫さまには難しいよな、きっと……。
「おい。分からんぞ?……お前の説明は、さっきから面倒くさい。説明が下手なのではないか?」
「……え?」
「ピンとこないぞ?なあ、ミア?」
「……むずかしくて……よく分からないよう……っ」
「す、すみません!自分も、チンプンカンプンさんっす!!」
「ほんと。男って細かくて面倒なことを言うのよね。神経質なのかしら?」
猟兵女子ズと姫さまからのウケがスゴく悪いな。ああ、なんでだろう?……間違ったことを言っているつもりはないのに、何故だか、オレが追い込まれてる。
「バカにしているのか?……もっと、分かりやすく言え!」
「分かりやすくか……えーと……つまり―――」
「―――リエルさん、高いところから水を落とせば?勢いが出るでしょう?」
オットー・ノーランが困っている上司に助け船を出してくれる。さすがは三十路の大人男子だ。
「ああ。そうだな!」
「『水路』の水の、スゴい勢いは、高いところから『落ちてきた水』なのです。滝のようにね?」
「なるほど、滝か。だから勢いがあるのだな?」
「そういうことです。あの水は、汲み上げられて落ちてきた水……地下の水路を自然には東へと流れていく水を利用して、水車を回しているのですよ」
「なるほど。その水車を動力にして……うむ、水を高いところまで汲み上げるのか!」
「ええ。それで、高いところに溜めた水を、あのハンドルでキュキュッと蛇口を開いてあげれば?」
「えーと。高いところから水が流れてきて……あの忌々しい激流を生み出すのだな!」
「はい。団長が仰っているのは、そういうことですよ」
「なるほど。さすがはオットーだ。分かりやすいぞ!ソルジェ、お前も最初からそう言えばいいだろう?何だ、位置エネルギーって?オットーの言葉には、一切出て来なかったぞ?ざまあみろ、お前の推理は外れたのだ!!」
「ドンマイ!お兄ちゃん!次はがんばろう!!」
「そうっすよ!途中までは良かったっすよ!!」
「知ったかぶりするからよ?コレに懲りたら、アホ族のくせに調子に乗らないことね」
嘘だろ?
オレ、ボロクソに言われている……違うぞ?アホ族を晒しているのは、君たちだからね?オレの言葉は、オットーの言葉と同じ意味を話していただけだぞ!
なんだ、そのドンマイ!って顔は。
やさしい笑顔を送るんじゃねえぞ、このアホ族どもが!!
憐れみの表情を浮かべるな、なんだか、とても屈辱的な気持ちになるんだ!!
「……いいえ。ソルジェ団長の言葉は、当たっていたのですよ?」
「……オットー!!」
ああ、オレの名誉を回復しようとしてくれている!ありがとう、インテリ系よ!!やはり、パーティには一人ぐらい、IQ高いメンバーを配置しておくべきだよな!!
「ありがとう!!賢い大人男子よ!!昼飯に食べたいモノがあったら、オレに告げるといい!!」
「ええ。そうですね……でも、今は昼ご飯よりも、このお話しの続きをしましょう?」
「……そうだな。ジャスカ姫よ、オレのは推理にしか過ぎなくて、頼りにならなかったかもしれないが……おそらくオットーはある程度の『証拠』を回収しているはずだ。そうだろう、オットー?」
そうでなければ、オレの言葉を途中で止めただろう?……君は戦争というビジネスにおいては、不確定要素を好むタイプのヒトじゃない。オレの言葉がそれなりの説得力を持っていると判断するだけでは、足りなかったはずだ。
オレの長話を永延と聞いてくれた理由は、おそらくオレの言葉が君の得た『事実』と合致している部分があったからだろう。
だから?
今の君はその細い目で、笑っていると信じているぞ。
「オットーよ、バトンタッチだ。お前が地下迷宮で何を見たのか、教えてくれ」
「ええ。了解しました、ソルジェ団長」
オットー・ノーラン。頼りになる大人男子だぜ。
女子たちの視線がオットーの地味な顔へと向かう。もちろん、オレの視線もだよ。
「……さて。私も地下でそれなりの冒険と探索を楽しんだわけですが……一番の発見は、やはり先ほどの王族兄弟たちのメッセージですね。じつは、これを見つけたトコロに重要なモノがありました」
「……重要なモノ?三ちゃん、そこに何があったの?」
「そこは『制覇の道』が四つほど別れていく場所でした。どこまでも長く続く道たちですね。さすがに時間が無いので、その先にまで行くのは止めておきました」
それは賢明な判断だろうな。少なくとも一つはアミリアにまでは続いている。徒歩では何日かかるか分からなかったさ。
「そこにたどり着いた私は、壁の一部にすき間を見つけましてねえ。さっきみたいに、無理やりこじ開けると、隠し部屋に出ました」
「……そこに、父上たちの言葉が刻まれていたのね?」
「ええ。そうです。ですが、そこにあったものは、もう一つ……大きな壁画です」
「壁画?」
「ええ。『戦争画』ですねえ……」
「戦の壁画ね……?よくありそうなモノでしょう?」
「そう。芸術性は少ない……とても悲惨な絵でした。あれは、文化を現したかった訳ではなく……たんに『争い』へ対する『戒め』だったのでしょうね」
侵略戦争用の地下通路たちの根元に作るぐらいだからな。フツーなら、戦意を高揚させるような、雄壮な壁画を作りそうなモノだが……オットーの口調では、むしろ真逆なモノであったらしい。
戒め、ね。一体、どんな絵がそこにあったのだろうか。
オレたちの視線を集めた探検家は、咳払いをひとつして、ゆっくりとした口調で語り始めるのさ。
「……王冠を頭にいただいたドワーフが率いる軍勢が、同じ服装をしたドワーフたちを虐殺している絵でしたよ」
「……内戦か」
鎖国し、他国に情報の回ってこない彼らの歴史が、少しだけ紐解かれたな。ヒトとは悲しいかな戦争を好む。欲がある以上、その性質は不変だ。外国と戦をしなかった代わりに、彼らは激しい内戦をしたというのか。
だが、そんなことはあまりにも普通の現象。それだけではないだろう、オットー?その絵の『本質』は?その絵は、どんな情報を君にくれたのだ?
「……そうです。それは、内戦の絵でしょう……とても凄惨で、残虐な壁画でした。ですが、私の好奇心を引いたのは―――濁流に呑み込まれるドワーフたちを、王が見下ろしているという構図ですね」
「……濁流っすか?なんだか、さっきも同じようなフレーズを、自分らは聴いたっすよね?」
カミラ・ブリーズが腕を組みながら考えている。そうだよ、我が三番目の妻よ。さっき言ったばかりだ。濁流……そうではない。
「―――それが、『聖なる洪水』ってことなの?」
ジャスカ姫がカミラの思考速度を超えて、発言していた。カミラが、ああ、なるほど、という顔になる。そうだ。オレも、そう思うぜ、それは『聖なる洪水』のハナシだろ?
「ええ。『聖なる洪水』という名前にするには、あまりにも皮肉なものですがねえ。10代ほど前のグラーセス王は、内戦を鎮めるために……本来は外敵に対して使うはずの、『忘れられた砦』を、同胞の反乱者たちに用いたのでしょう」
「……あの山に蓄えられている『水』を開放して……同胞を溺れさせたのね?」
「ええ。おそらく……その歴史を伝えたくはなかった王家やその勢力は、おそらく『聖なる洪水』という名前をつけることで、印象操作を施したのでしょう」
「いんしょーそうさー?なにそれ、カミラちゃん?」
ミアよ、訊く相手が間違っていると思うぞ。オレに訊くべきだろ?え?もしかして、さっきのお兄ちゃんの説明がダメだったから、オレに訊かないの?……だったら、さみしいぜ……。
「き、きっと、いんしょーを、そうさーするっすよ!?」
そうなんだけど、それだと通じないと思う。
「えーとですねえ……『王さまが起こした洪水で、たくさんのドワーフが死にました』では、王さまたちの人気は下がっちゃいますよね?」
「うん。下がるね!ヒドいよ王さま!」
「下がるっす!!鬼畜の所業っす!!」
「それを嫌った王さまたちは、その洪水を起こした犯人を、王さまではなく『神さま』にしたのです」
なるほどね。だから、『聖なる洪水』か……印象が変わるな。
「王さまの悪事ではなくて、民衆に怒った『神さま』が起こした洪水だというコトにしたのですよ―――そうなれば、王さまや、王さまの子孫たちへの人気は下がらないと思いませんか?」
「うん。下がりにくい!!」
「ええ。神さまのせいなら、しょうがないっすもん。王さまは悪くないよーに聞こえるっす」
「……はあ!我が先祖ながら、しょうもない嘘を!!」
「ハハハ。まあ、政治というものはそんなものですよ。穢れぬ手のままでいるのは、存外と難しい。私たちの手も、たくさんの血で真っ赤ですからね」
「そうね。割り切るわ。時効だと思うし」
盗賊姫が自分の王家の黒い歴史に触れたぐらいで、落ち込むようなヒトじゃなくて良かったぜ。オットーは天井を見る。ミアとカミラもそれを追いかけるが、おそらくそこには何もいない。
オットーは夢想を見つめているのさ。想像力で組み立てた、このグラーセス王国の歴史をね。
「……宗教弾圧や焚書の絵もありました……印象操作は徹底していたのでしょう。負の歴史を焼き捨てて、『大地母神マーヤ』に敵対勢力を仕えさせる仕組みなどを作ったのでしょうか?」
「……ああ。当たりだぜ、オットー。隠者は王家の血筋だと言っていた……おそらく、その印象操作を施すときに、政敵である身内を……王家の敵対因子を、世間から隔離し、無理やりに神官の職につけることで、政治力を剥奪したのだろう」
なるほど。そんなムチャな縁の切り方をされたのか。カルトに走るのも仕方がない。王家とのつながりは完全には切れないし、王家も後ろめたさを抱えている。だから、滅ぼされることもなく数世代も継続し……歪みが酷くなっていったのか。
どんどん隠者たちのアイデンティティは、偽りの真実を求めていった。ただの印象操作であったはずの『聖なる洪水』……それを真実だと思い込むようになった。この暗い地下迷宮に閉じ込められた屈辱を癒やすために、自分たちにさえ嘘をついたのだろう。
自分たちは敬愛する女神が、ドワーフへの怒りで起こした『聖なる洪水』……それを鎮めるために地下で祈りを捧げ……さらには生け贄も捧げる、聖なる役回りにある立場だと思い込むことが癒やしになった。
その努力が、彼らのアイデンティティを満たしてくれる、唯一の行為になっていったのだろう。王家の嘘のために一生を台無しにされたと嘆くぐらいなら、大いなる信仰に生きたほうが、まだマシだったのかね、ガルードゥ?
アンタは……どこかで気づいていたのではないか?
だから、探していた。あるはずもない歴史をね。消された歴史を……アンタでは真実を見つけられなかったのか?―――それとも自我を保つために、見て見ぬフリでもしたのか……。
そこは分からない。
だが、真実を見つけた者たちが、三人はいるね。
『荒野の風』とシャナン王……そして、我ら『パンジャール猟兵団』が誇る、最高の探検家……オットー・ノーランだ。
真実を見た男は、ゆっくりと天井から視線を降ろして、今度はオレの顔を見つめてきた。
「ああ、団長。貴方は、いつも私では見えなかった事実に触れていますね」
「だが、君は想像力と知識量、そして探査能力で追い越すだろう?……オレのは偶然さ」
「ですが、確証を得るためには、事実を得ることが最も大切です。妄想と推理と真実と事実、それらは、いつだってあやふやな関係にありますからね」
「……君と違う歩み方をする者の体験は、つねに君の役に立つものさ。『仲間』というのは素晴らしい存在だろ?」
「ええ。まったくですねえ!」
「……さて。ジャスカ姫」
「なに?性格の悪いご先祖さまの悪行については謝らないわよ?」
「そんなことはどうでもいい。肝心なことは理解出来たはずだぞ……『忘れられた砦』を使えば……『聖なる洪水』は再現可能のはずだ。あそこは『地獄蟲』が守ってくれてはいるが、そのうち駆除されて補充の帝国兵どもがやって来るだろう。どうだ、君の先祖の悪行で、今度はそいつらを殺してみないか?」
「……ええ。とっても魅力的なハナシね!」
「しかも、シャナン王はそれが出来るってことを知っているのさ!……協力関係を築ければ、オレのゼファーという機動力を、彼の『策』は使うことが出来る」
現状、それを使えない理由や状況であったとしても……ゼファーの翼なら?不可能なことでさえも、可能になると思わないかい、賢きシャナン王よ。オレたちは仲良くやるべきだぞ。
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