第四話 『猟兵たちは闇へと融けて、雨音と共に』 その13


 オットーの帰還をリエルも、そしてカミラも喜んでいた。『うつくしい女性たちに喜んでいただき、帰ってきた甲斐がありましたよ』。そんな言葉で返事をしつつ、目の細いオットーは終始ニコニコしているね。


 そして、オレが温めてやったビーフシチューを味わうのさ。


「……ああ。これは、美味しい!!……団長は、レシピ本を出版なさるといい。シャーロン・ドーチェ氏の書く書籍よりは、ずっと人類に貢献しますよ」


「だろうな。エロ小説よりは、きっと役に立つと思う。だけど……今は」


「……ええ。情報を共有したいところですよね」


「ああ。まずは、戦況だが……正確ではないものの、マルケス・アインウルフが率いる帝国軍第六師団の残存兵力は二万四千といった所だ。グラーセス王国側は一万四千……そして、オレたちと『ガロリスの鷹』が150余りだ」


「ふーむ。現状では、相手の方が、一万人も多いわけなのですね?」


「しかも、戦力の質では向こうが上かもしれない。ドワーフは、一度彼らの馬に軍勢を蹴散らされている……負傷者は多いだろう」


「ふむふむ。まあ、このぐらいの戦力差なら、作戦次第では、大丈夫そうですが……問題は、『追加の兵力』ですよね」


「うむ、そうだ。彼らはアミリアの若者を補充の兵士として呼び込むだろう……そうなれば、アインウルフの軍勢は膨らんでしまう―――だが」


「……何かをしたようですけれど?一体、どんなことを?」


 オットーが好奇心を働かせている。目は開いていないが視線は感じるな。だから、君には見えるのだろうね、ジャスカ姫のドヤ顔が?


「私たちが、『忘れられた砦』に『地獄蟲』を呼んだの!!カミラやリエルの協力もあって、今じゃ蟲だらけよ!!」


「なるほど。それなら、しばらくのあいだは時間稼ぎが出来そうですねえ」


 そう。『時間稼ぎ』にはなりそうだ。


 だが、それは、あくまでも時間稼ぎに過ぎないさ。


「団長のプランとしては……敵の補充が利かない内に、合戦に持ち込んで、敵将を討ち、ヤツらの心を砕く。そして、捕虜を取り、人質に……という流れなのでしょうか?」


「さすがオットー。そういうことだよ―――しかし……」


「ええ。アミリアにはおそらく予備の兵士が2万はいますよね?もしも、それらが全員、アインウルフに呼ばれて合流されたら……かなり、厄介なことになりそうですよ」


「……そうだ。そうなれば、敵は四万四千、こちらは負傷者の多い一万四千になる」


「そうなってしまえば、かなりキツそうですねえ」


「そうだ。とても良くない状況になる」


「ちょっと、サー・ストラウス……」


「なんだ、姫よ?」


「それなら、昨夜、アインウルフを殺しておけば良かったじゃないの?」


「……いいや。アインウルフだけを殺しても、その部下が軍を率いるさ。そうすれば、おそらく援軍との合流を優先するようになる。そうなると、こっちの詰みだった」


「……じゃあ、何?もう打つ手は無いの?……さっきのプランを外されたら?」


「アインウルフが兵士の疲弊を顧みずに、明日にでもグラーセスの王城に攻め込んでくれるのなら、かなり楽なのだがな……だが、それをせずに、仲間との合流を望んだときが、こちらにとってはサイアクな状況だよ」


 正直、さっき睨みつけられるまでは、ヤツを単純な男だと考えていたが。今のヤツはどう考えているのだろうか?ヤツのプライドは騎士道ではなくて、競技者のそれだ。ただ勝利だけを求めるだろう。


 ならば……今後は慎重になる?


 それとも、今夜にでも軍を再起動させるのかな?


 正直、分からないな。


 だが……オレたちが昨夜仕掛けなければ、今ごろドワーフの王城にまで攻め入っていたはずだ。痛む身体に呻くドワーフの戦士たちでは、その突撃を止められなかっただろう。オレたちの行動に十分な意味はある。


 少なくとも、この時間稼ぎを引き起こして、ドワーフの戦士たちの体力を回復させたことは大きいのさ。


「……はあ。あっちの選択に、こちらの運命を握られているってこと?」


「いいや。ここは、グラーセスだぞ。誰のものだ?」


「ドワーフたちの国よ?」


「そうだ。なあ、オットーよ?」


「なんでしょうか、ソルジェ団長?」


「オレは、ここの地下迷宮を探索して、幾つかの印象を抱いたんだ」


「あはは。ですよねえ?ここは、なかなか『独特な迷宮』ですから……まあ、正直、迷宮というよりは……」


「……どうだと思っている?」


「―――いいえ。まずは、団長のお話をお聞かせ下さい」


 ふむ。オレの考えと君の考えが大きく外れていなければいいんだがな。


 そうしたら、オレの恥も少なくて済むのだが?おそらく君の考えの方が正しくて、オレのは大なり小なり間違った答えにたどり着いているだろう。


 君は探検家さまだよ?ダンジョンのプロに、オレの考えなんてものが勝るわけがないのだが……まあ、情報や視点は多い方がいいな。


「いろいろと、おかしなことは多かった。まずは、スケルトンだらけなのに、ドワーフのスケルトンがいないとかな」


「そうですね!この国はドワーフの国だというのに……まったくと言っていいほど、彼らのスケルトンはいませんでした」


「ああ。ここに金目のモノが配置されていない証だな」


 もしも、そんなものが一度でも発見されていたら?地元、グラーセスの盗賊ドワーフどもがもっと荒らしている。そして、遭難してドワーフ・スケルトンが生まれるはずだ。


 『それ』が無いということは?


 『一度も宝なんて見つかったことがない』のだ、この地下からはね。あのおびただしい数のスケルトンは……勝手に地下迷宮に『夢』を見てしまった、隣国の盗賊や冒険家の慣れの果てだろうよ。


「……ここの地下にあるのは、『通路』と『水路』だけなのさ。極めて実務的。装飾じみたものも多少あるが……アレは、『本質』ではないのだろう、オットー?」


「……ええ。彫刻たちの多くは、この地下迷宮が作られたときよりも、かなり後年になって彫られたモノですね。美術は年代によって様式が異なるもの……緻密な測定ではありませんが……ここを飾っていたのは、製造者たちではなく、後年の人々の『趣味』」


「……そうだろうな」


 ハナシについていけてなさそうな顔をしている猟兵女子どもたちだが、リエルが勇気を出して挙手をする。


「……どうした、リエル?」


「……正直、お前たちの会話の真意が見えない。私たちが見えてない真実を見ているようだが……つまり。お前たち二人には、この地下迷宮はどう見えているのだ?」


「リエルにはどう見えたんだ?」


「……え?……そ、その……『通路』と『川』だけ……いや、『水路』か?」


「ああ。そうだ。それこそがこの地下迷宮の『本質』なのさ」


「……え?それは、どういうことなのだ……?」


「ここの地下迷宮というものは、とても実務的な空間だ。ただの『道具』に過ぎない。宗教とは無縁なものだから、ドワーフの墓もない、豪華な大神殿もない。だからこそ財宝もない、それゆえにドワーフ製のスケルトンもいない。ここは、聖なる空間ではない」


 だから、ガルードゥにはこの地下迷宮の真の意味が分からなかったのさ。


「……じゃあ。何だというのだ、この無意味に大きな空間は?」


「『通路』と『水路』にしかすぎないものさ」


「……うむ?」


「『通路』は『軍隊を他国に送り込むための道』だろ?」


「ああ。侵略用の道があるから、『どうにかしろ』というハナシだったよな、クラリス陛下がカミラに命じたコトは?」


「そう。その姫が言うところの『制覇の道』とは?……軍事用の侵攻ルートだよな」


「それが……『通路』か。うむ、それは分かるが……じゃあ、『水路』は何だ?」


「……『治水のための装置』さ。違うか、オットー?」


 ―――オレはそう確信しているのだがな。


 なにせ、昨夜の豪雨でも、地下の水量は増えてはいなかった。まったくだぞ?高度な排水機能が存在していることの証ではないか?


 ……そして、この高山に囲まれた土地は、山肌の削れ具合を見れば、かなりの降雨量を誇るのがすぐに分かる。それでも、なぜか肥沃な平野があるのだ。


 鎖国を出来るほどの農業生産物も取れるのだぞ?この環境で、それはあり得ない。自然の摂理に反している。


 この国の大地は、あまりにも不自然。つまり、相当に『加工』が施されてあるのだ。具体的には、地下迷宮の排水能力……『治水能力』があるからだ。そのおかげで山を削る豪雨にも『土地が流されることがない』。まちがいない。過剰な水を、土の下にある『水路』が吸っているのさ。


 あの『水路』の先には……おそろしく巨大な『貯水プール』がいくつも連結していて、複雑怪奇な古代の仕掛けを用いることで、この国の土地に含まれる水の流れを制御している……オレはそう思うんだ。


 そうだよ、あのアホみたいな水量の解放は、『運河』ではない。いくらなんでも危険過ぎるからな?……たんに結果として高速移動に使えただけで、船を運ぶための水ではない。


 あれは一時的に、『貯水プール』の水を解放して、おそらく『貯水プール』が過剰な水量を貯蔵してしまったときのため、破綻を防ぐためだけの緊急回避策なのだろう。


 ―――そんなことを、オレは長い言葉でオットーに訴えたのさ。姫と猟兵女子どもは完全にハナシについて来てはいなかったが―――いいや、オレだって上手く説明できてはいないと思う。そこは、アホ族ではないオットーの頭脳が解釈して、採点してくれることに期待するしかなかった。


「……なあ。オットーよ、オレの考えは間違っているかな?」


「……いいえ。私も地下を探索して、ほとんど同じことを考えました。ここはあえて複雑さをデザインした迷宮などではなく、ただの『システム』ですよ。とても合理的で無機質な、巨大な治水と軍事の装置です」


「そうか!良かった!!……ならば、思った通り……『兵器』として使えるな」


「ええ。グラーセスの地下迷宮は、この窮地に際して、『真の姿』を現すはずです」


 オレと細い目の猟兵は、悪だくみに遊ぶ男の貌で笑うのさ。


 そして、リエル・ハーヴェルに怒られる。


「ズルいぞ!!お前たち二人だけで納得して!!何かを知っているのなら、私たちにも分かりやすく説明しないか!!」


「……ああ。悪かったな。ちょっと専門家のアドバイスが聞きたかったんだよ。でも、安心しろ。この戦に勝てそうな情報を手に出来た。四万の軍勢を、足止めではない……破壊するための『策』……それを、オレたちはすでに見ているのだ」


「軍勢を、破壊するための『策』を……見ている?」


「ああ。デカいぜ、この国の『守護者』はな……大きかっただろ?」


「え?あ、ああ……うん。大きい、よな?」


 きっと伝わっていないな。だが、今は彼女に詳しいことを説明するよりも、オットーと『策』を煮詰めたいところだ。ちょっとガマンしてくれよ、猟兵女子ズ。


「……しかし、オットーよ。アレを使うにはおそらく許可がいるよな?……シャナン王は、許してくれるだろうか?オレたちの『策』は、かなり大胆すぎるし……荒唐無稽にも聞こえる。為政者として、許容できることだろうか……?」


「ああ。それは大丈夫だと思いますよ、ソルジェ団長?」


「……どういう意味だい?」


「私はカミラさんを捜索するために、『制覇の道』の奥まで行きましたが……そこで、とある兄弟のメッセージを見つけましてね」


「……ある兄弟の、メッセージ?」


「はい。それは『荒野の風』ことシャルオン・イーグルゥと……現在の王、シャナン・イーグルゥ陛下の若き頃が書いたものですね」


 オットーのその言葉に、食いつくべきヒトが食いついていた。


「……父上と、叔父上の?」


「ええ。彼らは子供の頃に、たった二人で地下迷宮を探検したのでしょう。行動力にあふれた方々ですねえ。そして……シャナン王は見抜けたのですよ―――『アレ』が、『忘れられた砦』という名をつけられた意味を」


 そう言いながらオットー・ノーランは懐から手帳を取り出す。さまざまなモノが挟まり、小汚いまでに使い古したそれの中から、一枚のメモを取り出して食卓に置いた。


 自然とオレたちの視線はそれに集まっていく。


 ジャスカ姫が、父親と叔父の書いたその言葉を読んでいた。


「―――『我が弟は地下迷宮の謎を解いてみせた!!先祖たちよ、我が弟の頭脳に祝福を与えてくれ!!』、『我が兄は地下迷宮を力で屈服させてみせた!!先祖たちよ、我が兄の雷を呼ぶ鉄槌に永遠の名誉を与えよ!!』……父上、叔父上……っ」


 リエルの手が、メモを握るジャスカ姫の肩に置かれる。


「ジャスカよ。その言葉さえあれば、私にも分かるぞ?お前の父上と、その弟は……とても仲が良かったのだな」


「……ええ。そうね、それなのに……」


 ああ。


 仲の良いドワーフの兄弟たちは、幼き頃に力を合わせて、あのダンジョンを制覇したのだろう。どんな気持ちの冒険だったのか?


 グラーセス王家の血にある彼らは、やがて王位を巡って殺し合う試合に臨むのが定めであった。知っていただろう?幼い頃から、その宿命の重さを?


 それでも、彼らは力と知恵を合わせて、かつてモンスターと謎の潜むダンジョンを二人で進んだのだろう。


 とても尊い冒険であったな……。


 『荒野の風』は、おそらくその冒険で知ってしまったのではないだろうか。弟の賢さを、真に理解してしまったのでは?……大地を割る雷をも呼ぶ利き腕を犠牲にしても、いいや、自分の命を犠牲にしても、弟であるシャナンを王にすべきと悟ったのだろう。


 だから。


 貴方は王を決める戦いにおいて、弟にその地位を譲ったのではないだろうか?豪快過ぎる生き様と魂を持つ貴方は……弟への情けだけで王位を放棄したのではない。


 弟の方が真に優れた王になると理解していたからこそ、死をも覚悟して、シャナンに託したのだろう。貴方が愛してやまないこの国の『未来』をな。


「……ソルジェ」


 弓姫リエルがオレをその翡翠色の瞳で見つめてくれる。彼女の唇が、問いかけるのさ。


「……お前の言う『守護者』とは、『忘れられた砦』なのだな?」


「ああ。その通りだ」


「……あそこは、一体、『何』なのだ?」


「アレは砦に見せかけた『兵器』……かつて、『聖なる洪水』とやらを呼んだモノさ」

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