第四話 『猟兵たちは闇へと融けて、雨音と共に』 その13
「銀河三個を支払ってもいい味だああああああああああッ!!」
ああ!!ミアが!!オレの最愛の妹、ミア・マルー・ストラウスが!!オレに、銀河の星々を三杯分くれると言ってくれている!!銀河を三階級制覇したんだな、オレ!!
壮大過ぎて、オレの身に余る光栄だよ、ミアッ!!
「ほんと!!美味しいわね、サー・ストラウス!!」
「妊婦の姫君を楽しませてやれることが出来たなら、光栄だよ」
「うん。良かったわね、カミラにリエル?この料理の腕なら、いつでも子供を孕んでも困らないわ。妊婦の舌にも合わせてくれるなんて、いい男ね?」
妊婦の舌には合ったようだ。しかし肉をガンガン食ってるな。
つわりでカエルみたいに呻いていたはずなのだが……妊娠初期の女性の胃袋と舌は神秘的である。しかし、彼女はあまり参考にならない気もするな。
しかし。いいペースだ。そうだ、タマネギと一緒に肉を噛め。煮込まれたタマネギの甘さとやさしい食感が、肉の概念と融け合って、君の白い歯に幸福をもたらすはずだから。
「んー。おいしい。コックになれるわ」
「惚れる?」
「ええ。うちのダーリンがいなかったらね」
「そいつは残念だ」
「残念がらなくてもいいわ。あなたは、とてもいい男よ」
人妻の色気か。今まで、そういうジャンルへの挑戦は無かったが、ウインクしてくれるジャスカ・イーグルゥ姫は魅力的だ。他人の子を孕んでいるというのに?ああ、罪悪感と背徳は、ソースのように女の色気を増してくれるのかもな。
ガキの頃に呼んだ騎士道物語では、よく不倫してる騎士がいた。人妻の魅力、オレは今、新たな世界の扉を開こうとしているのかね?……まあ、さすがに昨日の今日でヨメを増やすつもりはないけどな。
見つめ合ってニヤリと笑うオレと人妻を見て、正妻エルフちゃんは唇を尖らせる。女の勘かい?ああ、すまない人妻の色気について学んでいるだけで、他意は無いんだぞ。
「リエル、あなたのダーリンはいい男ね」
「そ、そうだな!ソルジェは、とてもいい男だぞ!?な、なあ、そうだよな、カミラ?」
「はい。ソルジェさま……たくさん、産みますね?」
君は本当にストレートな求愛をしてくれるね。まっすぐだ。
純粋さと忠誠がその言葉を口にさせるのだろう。たくさん愛してやる。だから、たくさん産んでくれ、オレの血を引く狂暴な戦士たちと、君に似た美少女たちをね。
「ああ。たくさん産んでくれよ、カミラ」
「はい。いくらでも産みます」
「……う、うぬう?」
リエルちゃんが色気戦線で人妻と第三夫人に圧倒されたことにショックを受けているかも?君はこの中で一番の美少女だが、色気と顔のつくりは必ずしも比例することはない。
「ちょ、ちょっと待て!!正妻が、いちばん多くの子供を……産むのがスジだし……っ」
「そうだな。じゃあ、君もオレの子をたくさん産んでくれよ、リエル?」
「お、おう!?……こ、心得ているから……っ。そんなに、見つめるな……ゴハンが食べにくいじゃないかあ!?」
イスを立ち上がってまで発言したオレのエルフさんが、着席していく。
あの長い耳が赤くなっているな。観察するなと言われても、恥じらう君の動きと顔は、世界にあるどんな宝石にも勝るほどうつくしい。
だから、じっと見るのさ。
「……見るなと言うに……っ」
「かわいいから、見たいのさ」
「……か、かわいいのは……知っている……お前の、いちばん好みの顔だろうが」
「ああ。そうだぜ、オレのリエル」
「み、皆の前で、オレのとか……よ、呼ぶでない……っ」
怒られたのかね?リエルは勢いよく口を開き、その小さな白い歯で、フルーツたっぷりの甘いトーストを頬張った。そして?彼女は甘さの前に破顔する。
「お、おいしいッ!?」
「だよねえ!!」
ミアがあいづちを入れる。そうか、そんなに美味いかオレの家族たちよ?たくさん食べろ、冷えた体を温めて、救国の戦に備えようではないか?
「……なあ、ミア?」
「なあに、お兄ちゃん?」
「トーストとビーフシチュー、どっちが美味かった?」
「んー。甲乙つけがたし?……ジャンルも違うので、比べるのはホントに難しい……っ」
「そうか」
「でも。あえて言うなら、この甘いトーストはっ!!……銀河三つと太陽系をつけられるレベルだああああああああッッ!!」
なるほど。そっちのが、ちょっと好みか。まあ、甘さは偉大だからな。甘いモノさえ食べさせておけば、女子供は文句が少ないはずだ。
オレたちは……自画自賛するのはやや恥ずかしいが―――『この素晴らしい朝食』を楽しんだのさ。栄養は行き渡るだろう。タンパク質、脂質、糖質……三大栄養素がオレたちの血肉に融け合っていく。
ああ、健康と笑顔に快楽……食欲を満たすというのは、なんて幸せなことなのだろうね!
「……あ。そうだ、ソルジェ。コーヒーを飲むか?お前、好きだろう?」
「うん。欲しい」
「わかった。煎れてきてやる」
「ああ。じゃあ、自分、カップを用意します。ミアちゃんは、ミルクたっぷりなら大丈夫……?」
「ミアはブラックでも行けるけど。カフェオーレも大好きだから、今朝はそっちがいい」
ミアはイスに座ったまま、細い脚をリズミカルに振りながらそう主張。オレは、ミアがブラックコーヒーを飲めるのかどうか疑問には思うが、ツッコまない。
いいのだ。ミアが楽しそうにしているのだから、そのままでいいのさ。
「了解っす!!ジャスカは?」
「私もミアちゃん成分を補給しておきたいから、カフェオーレ!!」
そう言いながら、人妻妊婦の姫さまは、オレの妹に抱きついていく。
「ジャスカは甘えん坊さんだねえ」
「ううん。ミアちゃんが可愛すぎるせいだから」
平和なもんだな。
滅亡寸前のドワーフ王国にいるとは、思えねえ。
いいや、この世界が砕けて終わるその日の朝でも、朝食とはこうあるべきかもしれないな。どうあれ……オレたちが、この国を滅びさせることなどは許さないがな。
「……いい顔してくれるわね、サー・ストラウス」
ミアを膝の上で抱きかかえた状態で、ジャスカ姫はそう言った。今朝は彼女によく褒められる。いい気分だね。騎士としては姫に褒められるのは最高の誉れだから。
「まあね。この戦が、オレの血肉と魂と、ひとつになった確信があるからさ」
「この戦を、自分の戦だと言ってくれるのね?」
「ああ。君たち『ガロリスの鷹』は、オレの仲間だからな」
「そうね。がんばりましょう!……あなたの可愛らしい奥さんたちと、妹のためにね?」
「……うむ。そして、君たちのためにだ。この戦の勝利は、君の腹の子へ捧げる最初のプレゼントになるさ」
「あはは。奥さんがたくさんいる男の言葉は、違うわね?」
「まあね―――っ」
「ふにゃ―――っ」
オレたちストラウス兄妹の『野性』が、気配を感じ取っていた。
二人が同時に視線を『壁』へと向けていた。
ジャスカ姫がうろたえる。
「え?な、なに?どうしたの!?変な虫とかいるの!?……苦手なのよね」
その言葉は君のダーリンの前では言わない方がいいな。害虫の王者みたいないでたちをしているから―――だが、安心しろ。
「ジャスカ姫。この気配は、危険ではない。虫でもないぞ」
「……気配。そうね、壁が動いている?」
「うん。私とお兄ちゃんでも気づけなかったけど……そこは、『扉』」
「『扉』?」
「ああ。そうらしい」
……アーレスのくれた魔眼でさえも見抜けない、分厚い壁だぞ?
しかも、オレとミアという超がつくほど一流の『風使い』が……気づけないほどの繋ぎ目を……お前の『目』は、いいや、『知識』は悟ったというのか?
もはや、『さすが』という一言以外に、送るべき賞賛の言葉が思いつかない。
「―――さすがだな」
「―――うん。さすがだね」
「えーと……置いてけぼりねえ?」
「あ。開きそうだよ、お兄ちゃん。あ。ゴハン……」
「ああ。彼の分のトーストは、姫さまに食べられてしまったからな」
「すみませんね?でも、妊婦は二人分食べなくちゃいけないからセーフでしょ?」
ああ。そのルールを出されると、オレたちは口を閉じるしかない。
妊婦はこの世界で最も発言権を強く与えられるべき存在だ。
ひとりで二人ぶん、あるいはそれ以上の命を背負っているのだからね。
まあ、ゆるせよ、そういうことだ。
オレは忘れていたわけじゃないからね?
ズズズズズズズズズズズズズズ!
低い音を立てながら、その長らく封鎖されていた『扉』が開いていく……。
ジャスカ姫の口も大きく開いた。
「はー……そんなところに……隠し扉があるの?」
「君らの血族は、ほんとうに遊び心が豊富だね」
「褒めてもらえて嬉しいわ」
そして。
オレたちの会話に気づいたのだろう。まあ、気配はずっと前から感じていただろうけれどさ?言い出すタイミングって、あるよね?
久しぶりだった。
久しぶりだよ。君の猟兵らしからぬ、そのやさしい声を聞いのは?
「―――あのー……団長。そして、ミアくん。そこにいるのならば、ちょっと、これを押すのを手伝ってもらえませんか?とても、重くて、ひとりでは動かしにくくて?」
壁の裏から、その懐かしい声が響いてきていた。ああ、穏やかな朝食の時間には、君の声は合うなあ……。
「うむ。もちろんいいぞ、『オットー・ノーラン』よ」
「三ちゃん、お久しぶりだああ!!」
「三ちゃん?」
ジャスカ姫がミアの言葉に聞き返す。そうだね、『オットー・ノーラン』という名前にこそ『三ちゃん』という要素は含まれちゃいないだろう。
彼の本質を知ったとき、『三ちゃん』の意味に納得を出来るだろうさ……。
まあ、それはともかく。お手伝いだぜ、『探検家』さまのね!!
「よしッ!!引っ張るぜ!?」
「はい。でも、壊さないで下さいね?これは、とっても貴重な文化遺産ですから」
「分かったよ。まあ、ドワーフの品は、ちょっとやそっとじゃ、壊れることは、ねえだろうさッ!!」
壁に生まれたすき間に指を引っかけて、そのまま力ずくに動かすのさ。岩壁に偽装してあった扉を、オレたちはゆっくりと開いていった。たしかに、これは重たい。ドワーフ族の腕力の水準を目安にして作られたというより……。
開けるための動力か仕組みが破綻しているのだろうな……ッ。
「ミアもお手伝い……ッ!!うぐ!?お、重たいッ!!」
「私も手伝いましょうか?」
「いいや。妊婦にこの作業をさせるのは―――」
「―――『パンジャール猟兵団』の、名折れだからダメ……っ」
「分かったわ。がんばりなさい、仲良し兄妹」
ああ。ほんと重たいけど、がんばる。ちょっとずつではあったが、ミアのサポートも加わることで、岩の扉の内外からその扉は開いていった。
「はあ。重たかったよおおお!!」
「……いやあ。すみませんねえ、お手伝いをしていただいて」
「いいさ。腹ごなしの運動だよ」
すっかりと開いたその扉の奥に、ほこりと泥とクモの巣にまみれた、ひとりの長身の男が立っていた。
とにかく、糸のように閉じられた細い瞳が特徴の、ニコニコ顔の紳士サンだぜ。
彼はジャスカ姫の存在に気がつくと、帽子を脱いで、お辞儀をする。
「やあ。これはどうも。初めまして、レディー。私の名前は『オットー・ノーラン』と申します」
「あら。ご丁寧にどうも、ウサギみたいにやさしい顔で笑う猟兵さん。私の名前は、ジャスカ・イーグルゥよ。『ガロリスの鷹』のリーダーで、『荒野の風』の継承者」
「なるほど。『雷』の気質が多く見えますね……さすがは、音に聞こえた『荒野の風』ですね。血脈に、これほどの魔力を遺しておられるとは」
……賢い系のヒトたちは、知っているんだな『荒野の風』を。オレは彼の必殺技は知っているが、詳しいことまでは知っちゃいないのさ。やっぱり知識量って、世渡りするのに大切だよね。
まあ、どうであれ。
「団長、オットー・ノーラン!合流いたしました!!」
「ああ。ご苦労様だったな」
「その様子だと、カミラは無事なようですね?」
うむ。彼は30時間以上前から行方知れずとなったカミラを探して、地下迷宮を探索し続けてくれていた。
「スマンな、オットー。連絡を取る手段がないから、ここで帰りを待つしかなかった。彼女は、無事だ。ケガもしていなければ、兵士たちに乱暴されることもなかった」
「そうよ?あの子は無事。それに、その竜騎士さんの三番目の妻になったのよ」
「ほう。それはめでたい。彼女は、団長のことをずっと慕っていましたからね」
彼女の恋にまで気がついていたのか?
「おい……気づいていたなら、何故、教えないのだ、オットー?オレがモテたくて、恋愛の必勝本を買おうとしていたことまでも知っていただろう?」
「あはは。乙女の恋心を、私のようなオジサンの口から貴方に伝えるのは、変でしょう?」
「……まあ、たしかにな?」
「さて……あの、団長?」
「……どうした?」
「私のぶんの、食事。作ってくれていますかね?」
「……もちろんだ。だが、その前にシャワーを浴びてこい。泥だらけだぞ?」
「ああ。すみません。では、そうさせていただきましょう」
「そのあいだに、ビーフシチューを温めておいてやる」
「はい。頼みますよ。団長の料理は、とても美味しいので、楽しみです」
呑気な言葉をこの場に残して、泥だらけの紳士は消えた。
「……あまり、猟兵らしくないヒトね?」
「ああ。力をずっと抑えているからね」
「まあ。面白い。強いのかしら?」
「うん。うちでも五本の指には入るよ」
「棒術の達人なんだよ、三ちゃん!ウルトラ強い!!守りが強いから、私でも殺せない」
そうだな。たしかに全力を出したオットーの感覚と防衛技術の前では、およその攻撃が無効化されてしまう。ミアの刃をも、オットーならしのぐだろう。
「なるほど。とにかく、戦力が整いつつあるのね!頼もしい!」
「まあね。そして、この隠し扉にさえ気づける彼なら?あの『鍵』の謎も分かるかも?」
オレはガルードゥのほこらから回収していた、『魚の鍵』を頭に浮かべていた。アレが無意味なアイテムだとは、思いたくないよね?
だって?
……ひねると二つに分かれるんだぞ?
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