第四話 『猟兵たちは闇へと融けて、雨音と共に』 その11
長い夜が明ける頃に、オレたちは『アジト』に戻っていた。ゼファーを『屋上』に着陸させる。すっかりと雨はあがり、この高台からは霧のように薄くなった雲たちが山肌を流れていくのが見えた。
「ありがとうな、ゼファー!」
オレたちは彼に労いの言葉をかけた、ゼファーは鼻先を撫でてくれる乙女たちと妊婦姫の手に機嫌が良くなる。愛でられることを素直に喜ぶのが子供というものだ。
「ふむ。全員濡れ鼠だな」
「うん。ビショビショさんだあ」
「さすがにこのままだと風邪を引くっす。とくにジャスカが!」
「大丈夫よ?こんな作戦ぐらい、子供の頃から何度だって?」
「―――いいや。油断は大敵だろう。君には休息を取ってもらう。リエル」
「うむ!任せておけ!ボイラーに魔術地雷で炎を描いてやる!」
そうだ。彼女の魔術地雷は薪代わりにもなる。昨夜の大雨のせいで、屋上の貯水タンクは一杯だろう。いくらでも、湯が作れる。
「お風呂タイムだー!!」
「まあ。素敵ね!それじゃあ、全員で入る?」
「だ、ダメっす!!5人で、しかもお風呂場なんて!?ひとりは13才だし、ひとりは人妻妊婦っすよ、ソルジェさまのエッチ!?」
カミラがパニック状態だ。性欲の強い娘だな。さすがにオレだって13才の妹と人妻妊婦さんに手を出すほどの鬼畜ではない。
「バカね、4人でよ?」
「4人?自分だけ、放置プレイっすか!?ソルジェさまの鬼畜うっ!?」
涙目になって、不幸体質のカミラがオレに直訴してくる。訴える先が違うぞ?そして、多分だがその組み合わせはおかしい。排除されるのは、男であるオレ一人だ。
ジャスカ姫が爆笑している。
「アハハハハハッ!!ああ、ほんと、ストラウスさん家の夫婦コントは面白いわ」
「よろこんでもらえたなら幸いだね。ママの笑いは、きっと赤ちゃんの健康に貢献するよ」
「そうね。ああ。ほんと面白い」
「ど、どういうことっすか?」
「4人の内訳は、全員女子よ?」
「ソルジェさま以外っすか!な、なるほど。たしかに、よく考えればそれはそうっす」
アホな子が納得している。アホな子はオレを見つめる。君は、なんていうスケベな瞳でオレを見ているのだね?
「こ、今度は、夫婦3人もしくは、夫婦4人で入るっす!!だから、今日は、ガマンするっすよ、ソルジェさま?」
「……ああ。そのときは楽しませろよ?」
「は、はい!!全霊で、た、楽しませるっすよ!?」
「はいはい。ほんとスケベな魔王さまだこと?カミラ、案内してよ?あと、着替えとかあるかしら?」
「うん!こっちに来るっすよ、ジャスカ!!では、ソルジェさま、また後で!!」
「おうよ」
ドタバタと女子たちは走って行く。風呂場ね。うん、覗きたいが……ん?
岩を掘り抜いた通路から、我が妹が顔をひょっこりと出してくる。伝えたいことがあるに違いない。シスコンのオレには分かるぜ?
「どうした、ミア?」
「さむかったのでー」
「寒かったので?」
「あたたかいシチュー系のー」
「温かいシチュー系の?」
「おいしい、ぶれっくふぁすとがー、たべたいなー」
「ああ。お兄ちゃんに任せな?地下の倉にビーフがあったはず?」
「ビーフシチュー?」
「ああ。ダメか?」
「ウルトラにオッケー!!」
「だろう?風呂入って来い。しっかり温まるんだぞ!」
「らじゃー!!女子全員でお風呂たーいむッッ!!」
ミアの足音がタタタタと岩壁に響いていく。うむ、無音でも走れるのに、ああやって喜びを表現してくれているのだな?
「……そう期待されると、お兄ちゃん、本気で料理作っちまうぜ」
覗いている場合ではないな。
女どもの健康のために、オレは料理の鬼とならねばならん。
「……が。さすがに服ぐらいは着替えてくるかね」
……じつはオレは団長であり、この『パンジャール猟兵団』の経営者である。誰よりも最前線で働いているし、料理も作らされているがね?……でも、一応、オレはリーダーなのさ。
リーダーには特権というものが与えられているものだが、このアジトでのオレの特権は一番広い個室がオレの部屋ってことだよ。
この教会の一種だった穴には幾つもの小部屋があってね、多分、ガルーナの竜教会で言うところの『神父』の部屋?……そこをオレは使わせてもらっている。そこに向かい、全裸になるんだ。
タオルで濡れた体を拭く。ふむ、くしゃみが出そうになるな。土砂降りの中を走り回るというのは、なかなかに疲れることだね。
「……第六師団の面々も、野宿のあげく雨に打たれて、深夜に走り回ることになった。連中の体力も削れたな―――」
今日の行軍はあきらめるかもしれないね。寝不足で疲れている……ぬかるむ大地では、彼らの体力も削られる。
「……時間稼ぎは出来たな。砦で休められたグラーセス王国のドワーフたちの方が、休息も十分。地の利もあるからな……うむ。我々の奇襲は彼らを救うね」
そうだ。全員無事だったというのも出来過ぎなぐらいだよ。最高の仕事をしてくれたな、『ガロリスの鷹』の諸君?
オレはこの部屋の壁にかけてある『地図』を見る。グラーセス王国の地図だ。今、『ガロリスの鷹』の面々とガンダラは、王国の中央にあるその平野地帯を南下している最中だ。
彼らは大地の割れ目から再び地下迷宮へと降りている。そして、『運河』を使って全力疾走する馬よりも速く移動しているはずだ。
彼らはグラーセスの『王城』に向かうわけではない。彼らが行くのは、古く、放棄された『ボルガノンの砦』だ。
そこは『荒野の風』こと、シャルロン・イーグルゥの居城であった場所という。ジャスカ・イーグルゥ姫が率いる『ガロリスの鷹』の新たなアジトにするに相応しい。『隠し砦』か?……あそこは放棄するのさ。
戦場は……より『南』に舞台が移るからね。
「……ふむ。状況は悪いなりには順調だ……とりあえず。オレも腹が減って来た」
そう。雨に打たれながら、こっそりと夜食のサンドイッチを食べたぞ?
おいしかったし体温も維持出来た。
しかし、それも数時間前のこと。ヒトは生きている限り、メシを食い続けなくてはならない。食事もまた戦いなのだ、より人生を良く過ごすためのな?
全裸で肉切り包丁を振り回すのもカッコいい気がするけど……女子たちに見られたら引かれそうだから止めておく。雨に打たれたせいで泥は落ちているが、裸足だったな……野人みたいでカッコ悪い。
「騎士道の体現者として、服ぐらい着ておくとするかね?」
オレは手早く服と靴を選ぶと、地下の食料庫へと走った。
もちろん、聴覚のいいオレは天国の歌を聞くぞ?
狭っ苦しいバスルームの中で、魅力的な女子たちがキャッキャウフフと歌ってる。もちろん全裸になって、お互いの体を洗い合ってるんだろうな―――オレの予想では、経験豊富な人妻妊婦姫とその親友吸血鬼ちゃんあたりが、リエルのことをからかっていそう。
胸とか、もまれちゃうかもな……。
スケベ女どもの指に、オレのリエルちゃんの無垢な美乳が洗われているのだろうか……。
「ふむ。エロいな……」
……まあ、ミアがいるから彼女たちだって自重するだろうけどね。
とりあえず。
エロい妄想を頭に浮かべながら、牛肉でも切りますか。
オレは食料庫を開き、塩で揉まれて吊されている牛肉と対面する。ああ、生前はさぞやよく牧草を食べていてくれたのだろう!
赤身に走る脂肪の量は申し分がない。いい肉だぜ?……ガンダラが持ち込んだ肉だろう。
食事を軽んじるフシがある男だが……食糧を軽んじているわけではないのだ。
オレたちがたっぷりな牛肉を摂取することで、より強く戦場を駆けられることを彼は考慮している。オレの料理を称えることは少ないが、料理の戦略的価値を否定してはいないのだ。
「……ガンダラにもグルメ文化に参加して欲しいものだがね。まあ……今朝は、女子たちの胃袋を満たし、そのうつくしく性的魅力に満ちあふれた肉体を温めるために……ビーフシチューを作ろうじゃないかね?」
オレは壁に掛けてあるノコギリを手に取る。
これ?肉を切るためのノコギリだよ。
オレは選ぶぞ?美味しそうな部位をよ?ゲストに妊婦の姫さまが来ておられるのだ?騎士道の見せ場ではないか?……たんと食えよ、妊婦とその腹に宿る、未来のドワーフ王よ?脂身の多い場所を、オレのノコギリが切り裂いているぜ。
「……ふむ。肉はよい感じだぜ」
オレは血のにじむ牛肉のかたまりを両手に掴むと、ニヤニヤしながら厨房へと向かう。
ここの厨房はそれなりに広い。さすがは元・宗教施設。ドワーフの信仰には詳しくないが、信者や僧侶が集まり、いっしょに晩飯を食す会なんてものも催されていたのだろうね?厨房の広さと充実ぶりを見れば、そんなことを連想できるよ。
「……『カルト教団』のガルードゥのほこらに比べて、開放的で好感が抱けるぜ」
さて。かまどに薪と木っ端と枯れ葉を投げ込んで、パチンと指を鳴らして炎を呼ぶのさ。魔術は便利だろう?ファイヤーボールは初歩の魔術だが、使い勝手は色々とあって便利なものさ。ヒト殺しから調理まで、応用範囲は広い。
バターをフライパンで踊らせて、フライパンの上空でナイフで肉を切っては落とす。連邦人のオレのお袋は『まな板』の上で肉を切っていたが、戦場で覚えた手法は手のひらの中で肉をナイフで切り裂く手法だ。
リエルも『まな板』みたいなものを好んでいるが、カミラとミアは手のひらの中で切るのが好きだな。まあ、好き好きだ。肉や野菜を切るのにも、文化や趣味の違いがあるというわけさ。
世界の謎の一つ、食文化。
それについて想いを馳せながら、フライパンで一口大の牛肉さんを炙っていくのさ。
毎度のことだが、肉を焼いていると、ニヤリとしちまう。ああ、『料理してる』って感じがするよ。とくに固くて分厚い牛肉に火を通していると?その実感を強く抱けるよな。
そうそう、忘れちゃいけない、コショウを振るぜ?
塩はね、牛肉につけてるからいらないよ。
さて……鍋に水をぶち込んで、火にかける。
牛のすね肉とアキレス腱を刻んで混ぜて粉にした、ガルーナの『出汁粉』をぶち込むのさ。ああ、そうだ。これを使うと濁らないスープが出来る。お袋の味だよ、我がガルーナの料理文化の宝のひとつさ、この『出汁粉』はね?
大量生産できたら、きっと大もうけさ。主婦たちのハートをつかむ、コンソメやブイヨンを厳密な手段でデザインする苦悩は、もういらない。まあ、『出汁粉』を作るときに苦労はいるんだがね……。
さあて、合体の時だぜ?ひとつになろう、オレの作品たちよ?
焼いた牛肉さんたちを、脂が浮き始めたお湯にぶち込むんだ。ああ、ローリエ。忘れてはいけない。肉の臭みを取るのには、欠かせない草だよね。こいつらを煮込みながら?
タマネギを切るよ。もちろんの手のひらの上で切ろう。そのまま、即・鍋にぶち込んでいくんだ。スピード重視さ。しかし、このタマネギが美味いよな?……肉と揉んで放置すれば?犬殺しの毒のおかげで血があふれて肉が軟らかくなる。最高の野菜のひとつさ。
……だが、このままでは、もちろん味が薄い。具は出来ているから、味をつくらないとね?具を楽しむためにも、ソースは必要さ。
ソース、味付け。無限の手法があるけれど……オレの時間は限られている。女子たちの長風呂がいつ終わるか分かったものではない。それに、この香りだ。
肉が踊る湯の奥から、煮立って香る脂の甘く、よだれを誘う罪深い香り……腹を空かせた女戦士が、いつまでも待てる香りじゃねえよ。
ヤツらに邪魔をされる前に、完成させなければな。
うちの地元じゃこうするとか、自分の家ではこうだった。
そんな意見を右や左から言われると、つい試したくなって味のデザインがブレてしまう。『この子』はオレのシチューだ。オレの好きに育てさせてもらいたいね!
赤ワイン、バター、トマトピューレに、ルードで買い置きしていた南方からの輸入物のウスターソースを鍋に入れるのさ。あとは煮込むのだ。焦げ付かないように、ときどき、かき混ぜてやらなくちゃな。
ああ、いい香りがする。肉の食感を味わうとき、酸味を帯びたシチューが食べる者の舌で踊るのさ。
肉から融けた脂と、すね肉と腱の粉末が、この赤いスープに旨味を蓄えている。ウスターにとけた二十種類の野菜と果実も、このシチューの味に集合していくぞ?タマネギと肉を一緒に噛め。それもまた美味い。スープを一口味見をする。うむ、深く、美味く、香りと酸味がいい……。
肉の弾力も、食べ応えを満たすに足りつつも、歯に力を込めると縦に裂けるはずだ。そうするように細工したよ。
なかなかの達人技だが、手のひらで肉を切ったとき、指の力をつかってその線維の大半を寸断しているからね?ああ、君らの細いアゴに噛まれても、弾けるように切り裂かれるよ。肉の旨味を切れる繊維から解き放ちながらな。
ああ……シンプルな行程だが、戦場料理にしては上出来だろう。あとはパンを適当な大きさにスライスしよう。思えば、妊婦さんが肉はムリとか言うかもしれない。まあ、あの姫は大丈夫な予感がするがね。
ピーナッツバター、蜂蜜。そして、バナナとザクロア苺のスライスを用意しておくよ。こいつらをトーストに載せるのもありだぜ、甘いのが好きな女子ども?……そして、妊婦よ。これなら高カロリーだから、少ない量でも胎児に栄養が行くだろう。
妊婦の舌は酸味も好むのだろう?ビーフシチューも酸味をデザインに入れたのだが。この雪深いザクロアで育った苺は、甘みも酸味も素晴らしいぞ。まあ、妊婦じゃない処女と妹たちは、濃厚な甘さという哲学を素直に楽しめ。どうせ甘いの好きだろ?
……ああ。風呂から音が聞こえるぜ……ヤツら、肉のシチューと甘味の気配に誘われていやがる。いいぜ、そろそろ、ローリエを取り出したら、そろそろ完成だよ。女子どもよ、君らにこの朝飯が気に入ってもらえると嬉しいんだが。
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