第四話 『猟兵たちは闇へと融けて、雨音と共に』 その10


 オレたちは合流場所に降り立った。


「ガンダラよ!!死者は出たのか!?」


 その言葉に対して、スキンヘッドの副官殿はニヤリと笑った。


「いいえ!!我々の死者はゼロですよッ!!」


「よし、でかしたぞ!!皆!!」


 ミアの愛らしい歌が朝を迎えようとしているグラーセスの森に響く。


「『ガロリスの鷹』、ばんざああああああああああああああいッッ!!『パンジャール猟兵団』、ばんざあああああああああああああああああいいいいッッ!!」


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!」


「勝利だあああああああああああああああああああああああああああああッッ!!」


「我々、黒き鷹と!!黒き竜の翼に、勝利の歌おおおおおおおおおおおおッッ!!」


 鬨の声があがる。だから、オレはゼファーの背中を叩いた。


『GAAHHOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOHHHHHHッッ!!』


 勝利の歌が融けていく。夜明け前の暗がりに、激しい雨音の中に。


 一際デカい男、ガンダラと竜に乗ったオレたちを中心にして、今宵の作戦に参加していた159名の勇士たちが、このドワーフ王国の森に集合していた。ああ、もちろん姫の旦那である『センチュリオン』ことロジン・ガードナー殿もいたぞ。


 妻と胎児を心配する男が、八本の脚を動かして近づいて来る。


『ああ!!僕のジャスカ!!無事だったね!?お腹の子も、無事かい!?』


 ミスリル装甲に覆われた、その尖った戦闘生物の言葉は拍子抜けしてしまうほどに家庭的で、ゼファーに乗るオレたちは微笑んでしまうね。ロジン・ガードナーという男の、モンスターに成り果てても変わらぬ大いなるやさしさと愛を浴びながら、ジャスカ姫は母の表情になるのさ。


「ええ。ダーリン。私も、お腹の子も無事よ!!そうよね、ミアちゃん?」


「うん。むしろ、魔力が強くなってる!!この子は、きっと……雷サマに愛されてる」


 ミアの妖精としての感性は、きっと正解するのだろう。ああ、彼女たちの子供と剣を交わらせる日が楽しみだな―――オレは、また『未来』を築くべき理由が増えてしまったね。ああ、人妻の腹にいる君よ?オレは、君に楽しい世界をプレゼントしたいぞ。


『……あめが、ゆるんでくる』


「ああ。そうだな。風のにおいで分かるな、ゼファー?」


『うん。もうすぐおわる、このあめは』


 雨は、ようやくその強さを緩め始めている。


「ふむ……翼が重たかったな、ゼファー。この土砂降りでは、キツかっただろう?」


『ううん。いいくんれんに、なったよ』


「そうだな。今度、ザクロアの温泉に浸かりに行こう」


「まあ……温泉ね。ああ、妊娠のゲロに効くのかしら?」


『妊娠のゲロじゃないよ、ジャスカ?つわりだよ?』


「同じことでしょうよ?男は、ときどき、どうでもいいことにこだわるわね?ゲロなんて分類して楽しいの?ド変態みたいよ?」


 ……性癖ではないぞ、姫よ?


 ……なんていうか、赤ちゃんがいるんだ?自分の子供だぞ?聖なる生命体だし、世界で一番愛してる存在のひとつだろ。


 ……だから、こうゲロなんていう言葉ではなく、専門の『つわり』という言葉で、一種の美化というか差別化をしてみたいんだろ?


 ああ、『荒野の風』の血の成せる業なのかい?君のワイルドは?


 ワイルドな盗賊姫が、オレに訊いてくる。


「……ねえ。この妊娠のゲロに、温泉パワーは有効なの?物知り竜騎士さん?」


「さて。どうだろう……子宮が腫れて胃袋を圧迫されているというのなら、体に水圧を与えたところで楽になるのかね」


「はあ。言ってるコトが、よく分からない」


「だろうね」


「バカにしてる?」


「ハハハ!あんな奥義を見せてくれる女性を、バカになどしない。ガンダラ、温泉はつわりに効くのか?」


「知りませんな」


「あんなに本を読むのにか?」


「シャーロン・ドーチェ氏ならば詳しいかもしれませんがね。私の読む本には、妊婦や女体にまつわる知識はあまり載っていない」


「まあ、父上に似た名前のくせに、インテリがいるのね?どんな人物?」


「妊婦が会ってはならないタイプの男だぞ!!」


 オレの子を産む予定の正妻殿が、また正論を語っていた。


 『ゾルケン伯爵夫人の痴情』。それが代表作の官能小説作家など、人妻まして妊婦が接近すべき存在ではなかろうな?


 ああ、官能小説作家が悪いとは言わん。だが、もしもこの夫婦のことをヤツが知れば?


 『続・ゾルケン伯爵夫人の痴情』においては、嫌がる女子を無理やり妊娠させる貪欲な性欲をもつモンスターが、登場するかもしれんな。


 元となる人物は、とても良識を感じさせる人物なのだが―――シャーロンの筆にかかれば、ヒドいことになるだろう。


 ……しかし。口惜しいが、きっと、驚くほどエロい小説になる。怖いモノみたさというのがヒトにはある。オレは、買うかもしれんな、『続・ゾルケン伯爵夫人の痴情』……。


「ソルジェさまっ!お疲れさまっす!!」


「おお。カミラか!無事だったな?」


 性欲の強いオレの淫乱な処女第三夫人、カミラ・ブリーズがゼファーのそばにいた。雨に濡れてるな……ふむ。


「皆、疲れていると思うが、ここはまだ安全圏ではないのだ!!さっきの竜の叫びを山に当てていた。斜面への反響を繰り返し、音を頼る追跡者は、我々の進行予定を見失うはずだが……闇と雨も、朝とともに消えてしまう」


 なかなか細かい芸風だろう?オレもゼファーもマヌケではないのだ。つわりの対策も知らぬ未熟者ではあるが―――戦闘に関しては、オレたちは熟練者なのさ。


「……いいか?君たちは、予定の通り、『ボルガノンの砦』とやらに進んでくれ!!ガンダラ、頼むぞ?」


「ええ。団長は、女どもを連れて、アジトに一度、お帰り下さい。休息と温かい食事を。胎児への悪影響を減らしてあげましょう」


「……そうだな。カミラも乗れ」


「自分もっすか?」



「ああ。お前の冷めた体を温めてやりたい」


「りょ、了解っす!!じ、自分も、団長のことを、あ、温めるっすよう!!」


 そして、カミラはゼファーの背中に乗った。うむ、女4人にオレか。狭いが、ゼファーの翼ならば問題はない。


「ちょっと休ませてもらうわ、ダーリン」


『うん!そうしてくれ。そうじゃなければ、僕が安心できないよ!!』


「そっちは任せるわよ?仲間たちを守るのよ?……でも、死なないで?」


『当たり前だ。この呪われた身で……僕も、仲間も守る』


「……そうだぞ、ロジン・ガードナー。お前の存在も、この救国の戦の鍵だ」


『サー・ストラウス……』


「この国を救い……そして、アミリアにも自由をもたらす。それがお前の道だ」


『ええ!必ずや、成し遂げる!!僕と妻の血にかけて!!』


「ああ。お前の子供のために……オレたちの住みよい世界を、勝ち取ろう―――」


 そうだ。


「いいか、『ガロリスの鷹』よ!!……これはそういう『未来』のための戦いだ。『狭間』だろうが、亜人だろうが人間だろうが……誰もが、我々の作る『未来』においては、出自のせいで苦しむことなどない。そんな世界をもたらすための戦いだ。いいか?それは、夢想などではない」


 ああ、まただ。


 また、オレの長話の癖が出ているな。


 きっと、年寄り竜に子供の頃から長話ばかり聞かせられたせいだぞ。


 そうだよ、アーレス、お前のせいさ。


 雨に打たれる自由の戦士たちを、アーレスのくれた瞳で見つめながら、オレは竜の背から見た世界のことを聞かせるのさ―――。


「―――若くまだ技巧の浅いドワーフの鍛冶屋も、エルフの秘薬を売る頼りになる婆さんのエルフも、いたずら好きの妖精たちも、巨人の大工も、呪われていたり呪われていなかったりする人間たちも……それらの全てが共に在り、お互いを否定することもなく生きていくことなど……たやすいことだ」


 そうさ。


 オレはアーレスの背に乗りながら。


 馴染みの鳥たちと一緒にね?


 いつも、見てきたぞ、そういう世界を。


 だから。


「……だから、戦士たちよ。オレたちは、その『未来』を築くために、この戦でも勝たねばならないのだ!!敵はとてつもなく強大だ!!この世界の支配者だ!!その歪んだ哲学のままに、世界を変えようとしている邪悪で貪欲なファリスの豚どもだ!!」


 だが。


 だからこそだ。


「だからこそ、負けるわけにはいかない!!命を消費しろ!!血を流せ!!苦しみの道を進め!!雨だろうが、矢だろうが、槍だろうが!!どんなものが空から降ろうとも!!どんなに血にぬれた大地だろうとも!!構わず、その命と意志を輝かせて、進み続けろ!!オレたちの戦いには、オレたちの指がいつか必ず掴む『未来』には、そうするだけの価値があることを、死んでも忘れるなッッ!!!」


「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!」


「サー・ストラウスぅううううううううううううううううううううッッ!!」


「オレたちで『未来』を作るぞおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!」


 そうだ。


 戦士たちよ。


 忘れるな。


 今夜の勝利を。


 この夜でまた一つ。


 オレたちは確実に『未来』に近づいたのだ……。


 アホだろう?


 そこにいる一人の妊婦の腹にいる、いつか祖父を超える偉大な戦士が、無意味に苦しむことのない世界を創るために。ここにいる大人たちは、命を捧げるのさ。世界よ、オレたちの命の全てをくれてやる。


 だから……せめて、『未来』をオレたちに寄越せ!……いや。寄越すつもりが無いのなら?オレたちが、この力と命で、必ず掴んでやるぞ……。


『……『どーじぇ』。ひがしのそらが……あかるくなるよ』


「……ああ。妊婦の腹が冷えちまう。アジトに向かおう」


『うん!!』


 そして、自由の戦士たちの声を浴びながら、ゼファーとオレたちは風とひとつになるのだ。


 向かうのは、ここから北西の山奥だ。そこにあるオレたちの『アジト』だよ。


 雨が止んでいく。


 そして、東の空が明るさを帯びていく―――。


「サー・ストラウス」


「……どうした、妊婦よ?」


「貴方は、いつか国を盗りなさい」


「……この国を盗るつもりはないぞ」


「もちろん。この国とアミリアは私たちのだから、あげないわ」


「……だろうね」


 君たちから国を奪うのは、とても難しそうだ。20年後には、人類最強の戦士が大暴れしているだろうし。


「貴方は、かつて国を奪われたのでしょう?」


「……うむ。偉そうなコトを言ってしまったが……オレは国も持たない流浪の身だ」


「ならば。いつか、その国を奪い返しなさい。そして、その国の王になるの」


「ハハハ?オレみたいなアホ族が、王さまね」


 戦場で敵を恐怖で威圧する、『魔王』にはなるつもりだが―――ガルーナ王?ベリウス陛下のマネなど、とても畏れ多いことだよ。


「そうね。アホ族にはムリ。でもね?貴方には、やれる。皆の力がきっと導かれてくるわ」


「……オレにいるのは、美人で偉大な妻たちばかりだけど?」


「ガンダラもいる。それにね、私たちだって、もうすっかり『魔王軍』よ?」


「くくく。たしかにな!アンタらも立派な、オレの仲間だぞ!!」


「その心なら、きっと、貴方は理想の国を持てるわよ。魔王の支配する、あらゆる種族が共存する自由な国家―――その理想の郷はね、きっと、今の世界で実現するには、暴力で守り抜かねばならない。だから、貴方はいつかガルーナの王になりなさい」


「……オレには、畏れ多いよ」


「そうだとしても!やるのよ!」


「姫さま命令かね?」


「ええ。人妻で妊婦でも、お姫さまよ?私の言葉を守るのが、騎士の役目でしょ」


「そう言われると、弱いね」


「『あり得るはずのない理想の郷』を貴方が作りなさい。ヒトの欲や歪んだ思想に汚染されていない『無可有の郷』を。それが世界に存在するだけで……それは大いなる希望の灯となって、世界を太陽のように照らすはずよ?」


「……そうだろうな」


 かつてのガルーナ。かつての『魔王』、ベリウス陛下……亜人種たちの、守護者。オレが守れなかった、大きな希望―――。


「いい?その自由に恋い焦がれる戦士たちは、時代を問わずに産まれてくるわ。貴方は、彼らのための『魔王』になりさない。無可有の郷を守る、大いなる力の化身にね」


 26才の貧乏傭兵なんぞに、お姫さまは大きなことを仰るね。


「楽しみにしているわよ、貴方の戴冠式」


「……ああ。いつか……そんな幸運に恵まれたらね」


「ええ。私には見えるわよ、貴方と竜の君臨する、自由なる王国がね!」




 ―――ソルジェは気づかぬことだろう、朝陽が君に降り注いでいたことを。


 自由のための戦士たちは、その太陽に祝福された金色の眼に『未来』を見たのさ。


 君の言葉は、大いなる祈りの歌だ。


 大いなる夢の歌……世界の現状とはあまりにかけ離れた願いの歌だ。




 ―――それでも、絶望を喰らって立ち上がった戦士たちは、君に希望を見たんだよ。


 絶望を喰らった希望はね、他のあらゆるものより強靱なのさ。


 ソルジェ・ストラウスが、そうであるようにね。


 姫の言葉は真実さ、君でなければ、『魔王』でなければ、この世界に理想は築けない。




 ―――きっと、君はガルーナの『魔王』を継承するのさ、太陽と黒き翼に祝福されてね。


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