第四話 『猟兵たちは闇へと融けて、雨音と共に』 その7
―――猟兵たちは、緻密な仕事。
見張りを殺して、テントに近づくのさ。
毒はすぐに尽きたものの、彼らには技術と肉体がある。
巨人さえも影のように静かにテントへ入り、口を押さえて首を折る。
―――弓姫リエルは短剣の使い手、故郷とソルジェに伝授された。
やさしい手は容赦なく、寝入った男の首を切るのさ。
ひとりひとり丁寧に、リエルは雨に濡れた体に返り血を浴びる。
懐中時計がカチリとなった、ガンダラ製の舞台は次の幕。
―――黒猫ミアは二十人目の首を切り、時間内にノルマは達成。
暗殺妖精の名に恥じぬ、血を浴びる夜だった。
カミラは組んでいた腕をほどき、動き始めるのだ。
彼女のアメジスト色の瞳の先には、怯えるうつくしい馬たちだ。
―――強さに頼る敵ならば、強さを奪ってやればいい。
ガンダラの策は無慈悲な合理に作られて、帝国人の不幸を笑う。
賢き巨人の復讐劇さ、帝国人を苦しめるために巨大な脳の全てをつかう。
カミラは魔笛を取り出して、しずかにそこへ唇を当てた。
―――そして、『闇』を帯びた曲が始まるのさ……。
「……ふむ。カミラが吹き始めた」
土砂降りの音にかき消されそうだが、オレには愛の力のせいだろう、ちゃんと聞こえる。
「ああ。あの下手な笛ね?」
身体能力の高いドワーフ系の姫さまにも聞こえたから、友情を帯びた音も雨音を貫くのだろうね。あるいは、耳のいいアホ族には通じるだけなのかもしれない。
「そう。あの下手な笛。だが、『地獄蟲』をも操れたのだろう?」
「うん。変わった力だけど……それも吸血鬼だから?」
「いいや。彼女個人の才能さ……動物や魔獣でさえも、彼女の笛に踊らされる」
「スゴい子ね。さすが貴方の第三夫人。あとで、褒めてあげなさい」
「ああ、どうにか今度、三人で愛し合いたいね……うむ、いつかは四人で」
「それで上手く行っているのだから、面白いものよね」
「面白がられるなら幸いさ。君も含めて、社会的弱者たちに歓びを与えたくてね」
軽口を叩きながらも、オレとジャスカ姫は敵地を駆け抜けていた。することがあるのさ、もちろん帝国豚どもを不幸のどん底に落とすためにね。
そうだ、襲撃開始から13分。
かなり派手に殺しまくっているから、そろそろボロが出始める頃だ。
だから?
攻撃的な戦術を好むガンダラは、イレギュラーを好まない。自分のプランが崩れる偶然を排除したいのさ。破壊力のある反面、一つの意外性に機能不全へと陥るのが、攻撃的な『策』というものだ。
……ならば、偶然の介入を嫌うガンダラはどうするか?
敵が目を覚ます前に、起こしてしまうのだ、こちらの意志でね。
オレたちの走りが止まる。
目の前にあるのは、見張りのいない簡素なテントだ。その近くに何台か荷車が置かれている。荷車から、『それ』が入った壺を降ろすこともしていないね。好都合だよ。
「……あの荷車が、目的のブツね?」
盗賊姫の口調がどんどん悪くなるな。まあ、いいけどね。
「ああ。『オイル』さ。ランプの灯りになって、夜を綺麗に彩るね」
「じゃあ。彩りましょう?熱くて綺麗にね?」
「ああ。オレが荷車を引くから、君はフタを開けろ」
「わかったわ」
そう役割分担。ハードな方は男がやって、楽な方は妊婦がやるのさ。
ジャスカ姫は荷台に飛び乗り、その壺のひとつを、ナイフで突いて壊してしまう。
オレは牛やら馬のように、この荷車を引いていくのさ。
「あははは。楽しいわね」
「そんなに馬プレイが好きなら、7メートル級の夫に引っ張ってもらえばいい」
「うん。今度してみるわ。それじゃあ、油をまくわよ?」
「ああ。派手にな……とにかくばらまけ」
「ええ。どんどん、まいちゃう!」
オイルのにおいが土砂降りの雨に混じる。
ほんと、ハードな夜だよ。奴隷労働だね。オレはその荷馬車を引きずって歩き、ジャスカ姫はそこら中にオイルをまき終わる。
ああ、そこら中からオイルのにおいだ。いくつものテントが油まみれになっているのさ。中にはヒトがいるよ?まったく、ほんと、油臭いね……これは、よく燃えるぜ。
「さて。時計は……うん。そろそろだ。ジャスカ姫、あそこの岩陰に隠れよう」
「分かったわ!ワクワクしちゃう!」
「集中はしておけよ?君はお腹の命も背負っている」
「そうね。だから、貴方が頑張りなさい。他人の妻子である私たちと、あと自前の奥さんたちの命も含めて、本当にたくさん背負っているのだから失敗しないように」
「……ああ。努力するよ」
言葉の勢いに呑まれていた。男にしてはよくしゃべる方だという自負があるけれど。女が全力で話し始めたときの火力には負けちまう。まあ、いいけど?
オレとジャスカ姫は大きな岩の影に隠れる。こんな場所でいいのかだって?……ああ、いいのさ。現場から近くに潜むのが、ゲリラ戦のコツ。なぜかって?オレたちは、獲物を狩りに来たんだから。さて、時間が来るぞ……10、9、8、7……。
「『雷神よ、その荒ぶる鉄槌を用いて……我が敵の軍勢を砕きたまえ』……『トール・ハンマー』……っ」
雷の魔術が、空を走った。
使ったのは?
もちろんオレ。そして、リエル。あと、じつは本気出せば『雷』属性の攻撃魔術も多少は使えるガンダラ。そして、『ガロリスの鷹』に所属している、雷の魔術の腕に自信があるというハーフ・エルフの青年だよ。
四つの雷が、天然ものの雷に混じり、帝国軍第六師団のテントの群れへと降り注ぐ!!
雷光がまばゆく世界を白く染めて。
直後、衝撃と爆音が走るのだ!!
ドガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンンンンッッ!!
そして?
『策』が次のフェーズへと移るのさ。
オレとジャスカ姫でまいた油に、雷が落ちていた。雷の火花が引火して、六つのテントを炎が包む。土砂降りの中での火事だった。
「うわああああああああああああああああああッ!!」
「か、火事だああああああああああああッ!!」
「落雷だ!!は、はやく、火を消せええええええッッ!!」
兵士たちが慌ただしく騒ぎ始める。
だから?
オレは叫ぶのさ。
「おおおおおおおおおおおおおおいいいいッッ!!大変だああああああああああッッ!!馬が、雷に怯えて、ぜんぶ逃げちまったぞおおおおおおおおおおおおおおッッ!!」
……まあ。本当はカミラの魔笛に支配されて、あちこちに全力疾走してるんだけどね?だが、肝心なのは理由よりも状況だろう、帝国軍の兵士諸君?
「な、なんだと!?」
「大変だ!!こんな雨のなかを走れば、馬が骨折する!!」
ふむ。さすがは軽装騎馬隊の方々だ。
……理想的に馬の心配をしてくれる。
「馬番はどうした!!」
そう聞かれると思ったから、オレが代わりに答えてやる。
「ダメだ!!四方に逃げちまっているんだあああああッッ!!馬番だけでは、人手が足りんぞッッ!!早く、追いかけてくれええええッッ!!」
「わ、わかったあああああッ!!」
「く、くそッ!!火事だけでも厄介だというのにッ!?」
「―――馬の方は、私が行くぞ!!」
『ヒヒイインンンッッ!!』
ん。
偉そうな男の声だな。そして……おいおい。白い馬の中年貴族?
……の、くせに。鞍もつけずに馬に乗るのか?ワイルドな貴族だな……岩陰から騒動を盗み見しているジャスカ姫が、小声でオレに情報をくれた。
「……あいつが、マルケス・アインウルフよ」
「……ほう。なるほど、想像していたよりも、ワイルドな四十路だ」
……まさか。いや、おそらく馬と一緒にテントで寝ていたのだろうな。
それほどまでに大切にするか、あの生物を?……うむ。確かに、気品があるというか、尻の筋肉の大きく脚の長い馬だな……尾の毛もうつくしい。
ニヤリ。
オレの口元は、そんな邪悪な擬音が似合う形にでも曲がっていたのかね?
「―――高く売れそうでしょ?……ジェーレードの競馬大会で優勝している馬同士をかけ合わせて作った馬よ?……さらって、馬商人のところに持っていけば400万シエル以上のお金に化けるかもね」
盗賊姫は、オレの金銭欲をくすぐる言葉を耳打ちしてきたよ。ああ、クソ。あの中年を殺して馬を盗みたくなるが……オレは馬泥棒よりも猟兵こそが本業だよ。
獲物の顔を覚えておこう。馬じゃないぜ、マルケス・アインウルフ。お前の顔だよ。
「え?追いかける?しょ、将軍閣下直々にですか!?」
「き、危険ですぞ、鞍もつけずに!?」
「私の技術と、アレクシスの脚ならば余裕だ!!あの馬たちのなかには、アレクシスの異母弟たちもいる!!その血筋は、貴族のように尊いッ!!」
馬を愛する気持ちに燃えているな。
マルケス・アインウルフはその白い軍馬を走らせる。
……ぬうっ。バカにしたいが、その能力の高さに閉口するしかなかった。
まるで、白夜みたいに速いではないか?たかが馬のくせに、ユニコーンのように速いとはな。そして、この悪路をアレだけ速く走らせながら、鞍もつけずにその背に乗るかね、アインウルフ?
「……想像以上に、熱いオッサンだな」
「武芸百般でもあるらしいわよ。あと、社交界の花ですって?」
「マジかよ、ムカつく、落馬しやがればいいのに」
でも、アインウルフは落馬しなかった……。
「ああいうスマートなおじさまに劣等感があるの?昔、女でも寝取られたのかしら」
「そういう過去はない。でも、モテる男って、男からは嫌われるものだろう?」
「ああ、嫉妬ね。きっと、彼の方が貴方の十倍は多くの女を抱いているものね」
……反論はしない。あっちのが金持ってるもん。
……さて、ワイルドで顔がいい女にモテる社交界の花だが、そんな彼に置いてけぼりを食らわされた部下たちは、もちろんだけど大慌てだった。
「か、閣下をお一人にするな!!ここは、戦場だぞ!!」
なるほど、たしかに。
オレが本気で彼を狙っていなくて良かったな。今夜は彼に執着していない。むしろ、彼の暴走のおかげで、兵士どもの混乱が大きくなって、都合がいい。
さあ。走れ、アインウルフよ?ここにいるお前の部下たちを、分散させてくれると助かるぜ。
「追いかけろおおおおおッ!!」
「閣下をお守りしろおおおおおおおおおおッッ!!」
「そ、それに!!馬もだ、あちこちに怯えて逃げてしまっているぞッ!!」
兵士たちが、猛ダッシュして闇の中へと消えて行く。いいね、馬だけじゃなく、将軍さままでオレたちの駒になってくれたよ?
これで、燃えるテントの前には、十数名しか残らない。
若者が大半だが……ひとり、中年がいる。
体格もいい、身なりもね。
食糧事情と金銭に余裕のある中年なんて、軍隊にはそう多くいるわけじゃない。傭兵でもなさそうだね。品がある。傭兵なら、もう少しムダに下品なものさ……さて、質問しようじゃないか、この戦場の主役のひとりにね?
「……ジャスカ姫よ。アレは、ちょうどいい獲物か?」
「……ええ。最高ね。マルケス・アインウルフの副官よ」
「ほう。たしか……名前は―――」
「―――ユーリー・アッカーマン……ファリス帝国の伯爵よ。そこそこ大きな領地を持っているだけはあるわね、いい指輪つけてる!!」
「ふむ。姫さまのお眼鏡に適ったようだな。ならば、今宵の踊りの相手は彼でいいだろ?」
「そうするわ。金持ち殺すの大好きよ」
「気が合うね。だが、一つ聞かせろ?」
「なあに?」
「姫よ、お腹の調子は大丈夫かな?」
「ええ。まだデキてから間もないし、ときどきゲロ吐くだけよ」
剛毅な女性だ。君の動きを見ていて実力は分かった。『荒野の風』の継承者になれたのは、血によるものではないな。その技量、かなりのものだ。
信じているよ、君の強さ。
だが。あくまでも妊婦だからな……。
「……辛くなったら、すぐ赤毛のイケメン騎士を呼んでくれ。君の剣になってやる」
「ううん。今夜は私の剣にならなくてもいいわ。アレは、私の獲物なのよッ。父上の血がグラーセスに戻ったことを証明する獲物よ?私の手で殺さなくてはね!」
好戦的に笑ってくれるね。
ああ、そこにいる名も性別もまだ知らぬ胎児よ、君のママは、いつか武勇伝を聞かせてくれるだろう。
土砂降りの雨に打たれながら、敵軍の副官と一騎打ちをしたのよ?……そして、そのときには、あなたは私のお腹にいたの。
くくく、戦士の血脈に生まれた者からすれば、最高の思い出だ!!
……さて、母子の思い出作りのために、子だくさんになる予定のイケメン竜騎士さんも一肌脱ごうじゃないか?
おい。
ゼファーよ?……準備は出来ているか?
―――うん。『まーじぇ』と、みあ、せなかにいるよ!!
他の連中は撤退したか?
―――うん。みんなたいきゃくしてる!にげあし、はやい!!
脚が速いことは素晴らしいことだ。では、始めるぞ。矢と炎で、開幕だ。
―――りょうかい!!『まーじぇ』のやのあとに、ほのおをふくよっ!!
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