第四話 『猟兵たちは闇へと融けて、雨音と共に』 その6


 闇の中でのビジネスは進むのさ。オレのヒト殺しの指が大地を押した。ぬかるむ土の軟らかさを確かめているのさ。ふむ、山岳地帯の土には珍しく、やけに水を吸う土だな。なるほどね、土が蓄えられる限界の水量に達する前に……地下の水路で吸収しちまうのか?


 そうすることで、水にあふれた土が流されてしまうのを防ぐ……。


 グラーセスが高地の山脈でありながら、鎖国を出来る理由のひとつだ。この高地に土を激しい雨に流されずにキープ出来たからこそ、森林を敬わないドワーフたちの時代遅れの農耕技術でも彼らの貪欲な胃袋を満たせたというワケかね?


「……サー・ストラウス?道草でも食べるつもり?」


「君のユーモアのセンスには感心するね……情報を採取しているんだ」


「敵の足音を指で?」


「いいや。でも、彼らを不幸にするための情報は集めておかなくてはね。そして、我々の安全も……この雨だ。災害も発生する」


「この丘が崩れるの?」


「いいや。おそらく、その可能性は低い」


「そう。なら、あまり必要のなかった心配ね」


「……ああ。そうだね」


 君の性格が分かるね、ジャスカ姫よ。彼女はガンダラと合うだろう。『攻撃的な性格』だからね。攻撃的な戦術をくれる人物は嫌いじゃないだろう。


 ……ああ。『攻撃的な性格』といっても、粗暴で野蛮と褒めているわけじゃない。え?なるほどね、ヒトによっては悪口からもしれないが、『粗暴で野蛮な人物』……オレからすると褒め言葉だよ。


 とにかく、オレが言いたいのはさ?


 『攻撃的な性格』の人物を、バカでひとくくりしてはいけないと言いたいのさ。


 事実、粗野で性生活も貪欲そうで浅はかなジャスカ姫だが……『作戦』に対しての忠誠は、恐ろしいほどに強いだろ?……自分の命を犠牲にする作戦のときでさえ、彼女は迷わず、プランをこなそうとしていく。とんでもなくマジメ。


 それが、オレの言う『攻撃的な性格』の本質さ。


 分かりやすく言うと、『作戦を守るヒト』だよね。


 作戦というのは相手を破壊するために組まれたものだ。作戦通りの展開が進むほど、理屈の上では最大の攻撃力になる。


 つまりね、マジメで几帳面なヤツほど、攻撃的なんだよ?計画を立てて、それに沿って、殺そうとするからな。『ついかっとなって殺すヤツ』は被害者一名さ。『たくさん殺す』には準備と計画がいる。大量殺人鬼は誰しもマジメで几帳面なんだよ。


 例えをあげると……『パンジャール猟兵団』で言えば、ガンダラが攻撃的。


 緻密な作戦で、多くのヒトを不幸のどん底に落とそうとする。悪くて賢い巨人さんさ。


 逆に、『守備的な性格』とは、『いい加減なヒトたち』のこと。


 いい意味でね。


 いい加減だから、やたらと柔軟。自前の人生で想定外の事象に遭遇することが多いから、想定外への対応に、どこまでも慣れている。


 うちで言えばオレの愛しい巨乳でメガネなロロカ先生。天然ボケでもあるからな。彼女の人生は想定外に満ちているのだが、それに鍛えられたおかげで、想定外の行為に動じず、すぐさま対応も可能。


 攻撃という基本的に想定外なことがらに対して、ロロカ先生は素早く対応出来てしまうのさ。だから、防御に優れていると言えるんだ。つまりね?いい加減なヒトじゃないと、危機管理には根源的に向いてないんだよね。


 マジメで几帳面なヒトに?想定外を対応させようとすると失敗するのさ。想定内の人生を送ろうと必死だったヒトにね?……そんなヒトが、異常事態の対応に向いているわけがないだろ。


 でも、そういうヒトたちをよく見かけるよね?だから、オレたちみたいなゲリラ崩れはそいつを狙う。向いていないヒトを攻撃するのは簡単、その結果として奇襲はとても効果的だ。


 守りについてて本当に厄介な性格は、ザック・クレインシーやらロロカ先生、ガルフ・コルテスたちだね。


 いい意味で適当でいい加減だから。『決めつけることなく』、アクシデントが起きたら対応するために、組織も人員も『縛らない』。風のように柔軟で、どこに噛みついていいかも分からない。


 攻撃にさらされるという『未知の状況』では、ヒトは本能に従う。だから、部下がどうパニックになるかも、彼ら天然どもは熟知しているのさ。自前の経験が生きるからね。


 面白いだろ?


 単純なイメージに惑わされて、性格と仕事内容を一致させようとすると、組織運営は失敗するのさ。


 ―――そういう視野も使って、人間観察と組織のプロファイリングをすべきだろうな。人間観察のツールとして、用意しておいて損はない思考だとオレは思うよ?攻撃的は几帳面、守備的はいい加減。マジメな人ほど暴力に向いてて、やさしい人ほど反撃上手。


 これを知っておけば、オレたちの世界の複雑さを、少しぐらいは整理してくれるよ……?


 さて。


 バカで粗野で下品だが―――作戦に対しては忠実で几帳面な『攻撃的な性格』のお姫さまが、プランに従いたくてウズウズしちゃっている。


 妊婦へのストレスだって?……それは生命への冒涜だ。だから、さっさと彼女のためにも殺しに行こう。誕生すべき新たな命のためにね、ヒトはヒトを殺すのさ。罪深いコトだよ。


「姫よ、作戦を続行するぞ」


 見張りはあらかた片付けている。そうなるのは、下らんことを考えながら待っていたのさ。オレの瞳と連動するゼファーの瞳が、戦場を網羅してくれている。第一段階はノーミスで完了。


 さて、次のフェイズのために指揮者が棒を振るぞ?……『オレとジャスカ姫』だ。この混成チームのリーダーが動く。それが合図となって、作戦のフェーズは移るのさ。オレたちは燕尾服着たオッサンの棒だよ。この殺戮楽団の合奏を操るね。


 オレたちは走った。


 どこへだって?


 妊婦さんが知っている。


「屈強な男たちの寝込みを襲うのは好きかな?」


「ええ、魅力的な言葉ね」


 冗談なのか、リアルな性癖なのか……分からない。たしかめるのも怖いよ。若い頃は荒れた性生活を送っていたのよね!そんな言葉を聞かせられると、オレの性癖と語彙で対応出来るのか不安だ。


 でも、大丈夫。


 その不慣れなトークよりも、この毒薬を兵士たちのテントに放り込むことを無言で行えばいいだけのことだしね。


 オレがテントの一部をナイフで切って小さな窓を工作し、ジャスカ姫がオレの正妻手作りの秘薬の瓶のフタを開けて、二つほどそこから放り込む。そしたら、素早く撤退だ。


 二種類の秘薬はすぐに揮発して、空気と混じり、透明無臭の殺人ガスとなる。魔力の動きに負荷をかけるお薬さ。居眠りの最中に嗅いじまったら?そのまま永眠するだろうね。魔力や体力の強いヤツは生き残るが、しばらく体はガタガタだろう。戦には対応出来ないさ。


 さて。そんな怖い毒たちが、あちこちのテントの中に投入されていくぞ?


 ああ。


 オレたちの悪名がまた広がるね?


 でも、まだまだだ。


 今夜はもっとヒドいことをたくさんするよ。


 オレと姫は次のテントへと向かう。そこは食糧備蓄をしてあるんだよね、ゼファーの嗅覚と偵察班が分析済みさ。『食料庫』だな。見張りがいるね、ここもツーマンセル/二人組。悪くないね。


 でも、オレたち首領コンビの敵じゃあない。


 人妻がポールアックスを捨てて、地面を這う女豹となった。闇に潜んで、そいつらのうちの一人に近づく。そして、いきなりその兵士の背後へと立ち上がり、ナイフで首を掻き切ったのさ。土砂降りの雨の中に、血潮が放たれる。そこだけは赤い雨だね。


 もう片方にも死は訪れる。


 オレは女豹にはなれないが……大地を低く這う大きめの蛇にはなれていた。この太い筋肉質の腕をもう一人の兵士の首に回していた。締め落とす?ああ、そうでもいいが、この男のようにアゴを下げる力がつよく、お互い全身がずぶ濡れの土砂降り夜じゃスベってしまうかもな。


 そういうときは技術を使う。


 彼の努力に協力してやるのさ。頭を必死に前に倒そうとしているのなら、その後頭部を押し込もうじゃないか、乱暴な力で。でも、角度は守ろう。そう、この角度だね。どうなるか?オレの太くて硬い腕と彼の太めのアゴが悲劇的な運動の支点になる。


 頭蓋骨と『頸椎』―――『首の骨』が外れるような力が加わるんだ。どうなるか?ヒトの構造上、破綻しやすいところが破綻する。


 第一頸椎と第二頸椎の固定は弱いんだ。解剖学的知識をアーレスから叩き込まれているオレの指に、科学知識の通りに肉体が壊れて行く感触が伝わってくる。ボキリと乾いた音がなる。これが命の壊れてゆく音だよ。


「ああ、怖がるなよ、青年。一瞬だ。もう、延髄が壊れているよ……ほら、楽になった」


 環軸椎の破綻さ。精確さを度外して簡単に言うと、首の骨と頭の骨が、外れたんだよ。だから?簡単に言うとすぐに死ぬよ。呼吸も意識も消失し、ほとんど即死だろう。


 また死体が二つ出来上がった。


 オレたちは食料庫代わりのそのテントの内部へと、彼らの死体を運び込む。


 盗み食いをしているヤツはいなかった。


 素晴らしい品揃えだ。色々とある。フルーツも多いね、リンゴを盗んでかじってみた。なかなか、美味いね。でも、味見は一口でいい。さて、良質の食糧たちだな……。


「……ああ、たくさんあるわ!これらを盗みたいところだけど?」


 盗賊稼業の歴史も長そうな姫さまは、ため息を吐いた。


「ダメにしちゃうのよね?」


「いいや。台所を預かる奥様の目の前で、食べ物は粗末に扱いはしないよ」


 オレは小麦の袋をナイフで切って、その切り口に、腰裏の袋にある水筒を取り出す。そして、その水筒から赤い水を注ぐのさ、小麦の袋たちにね、それらをかけていく。


「……それが、毒なの?」


「毒を混ぜてやるつもりだったが……これだけの食材をムダにするのは勿体ないだろう、奥様?」


「ええ。で、どういうことなの?」


「これは赤いだけの水。血みたいに赤いが、食紅が混じっているだけのものさ」


「……ふむ。なるほどね、まるで毒々しい色。だから、毒みたい。『そう見えるだけでいいのね』?」


「ああ。よほどのバカじゃなければ、敵兵が侵入した食料庫から見つかった、ピンクに染まった小麦を食べたいとかは思わないだろ」


「動物に喰わせてみるとかは?」


「彼らは馬を大切にしているからね。そんな検査はしないさ。ここに放置してくれたなら、オレたちに好都合だよ」


「あとからでも回収出来るわね!」


「ああ。そしたら、赤いパンを作ろう」


「でも、それならもっと、たくさんの『食料庫』を襲えば良かったわ」


「その時間も人手もないからな。だが、一カ所だけでも、十分だよ」


「疑心暗鬼になるのね?どのテントの食糧も、汚染されているかもしれないと考える」


「ああ。ここの傷病兵は、明日の朝食が豪勢になるだろう」


 馬よりは大切に扱われないだろうからな。最も組織の役に立たない者たちを、有効活用するだろう。毒味役にするのさ。残酷だが、戦場とはそういうものだ。


「いい盗賊になれるわよ、サー・ストラウス」


「いい戦士とは、いい盗賊のことだよ」


「父上と同じことを言うのね」


「……そうかい。似てるんだろうね、頭のなかは」


 でも、フェイスは圧倒的にオレのが上だからな?


「……でも。そんな液体、何のために持ち歩いているの?」


「血液を偽装して、敵を誘導するためだよ」


 その血を追跡したら地雷とかね?あるいは、本拠地とは逆の方向に敵を誘導するためとか。色々と使える。口が赤くなることをガマンすれば?飲料水にもなるよ。


「なるほどね。ほんと、芸が細かい」


「破壊力と小細工、どちらも併用しなければ……帝国を崩せん」


「……そうね。貴方たちだけじゃ大変だから、手伝ってあげる」


「ああ。頼むぜ、『ガロリスの翼』よ。オレたちは結束し、強くなる」


「ええ……『魔王軍』の一員だもの、私もね?」


「そうさ。自由を求めて秩序を壊す、それがオレたちの本質だよ、ジャスカ・イーグルゥ姫よ」


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