第四話 『猟兵たちは闇へと融けて、雨音と共に』 その5


 土砂降りの中、ゼファーは雷鳴と共に戦場へと降り立った。オレとゼファーの金色の魔眼は味方も敵の気配も察知するのさ。


 仲間たちは雨と闇に紛れながら、地下迷宮と地表をつなぐ大地の裂け目から這い出て2キロほど走り、この丘の影に陣取っていたのさ。


 大地の裂け目の存在に帝国軍たちは気づけていなかったのか、ただの崩落現場にしか彼らは判断できなかったのか……まあ、それを覆っている床石を打音して調べでもしなければ気づけないだろうからね。


 そして……グラーセスのドワーフたちは、まだ地下迷宮を使う戦術を取っていない。宗教的な価値観に囚われているのかもしれない。あるいは姑息な戦略を嫌う、ドワーフ戦士の魂のせいか?


 どちらにせよ、もはや負け戦。


 地下迷宮を使うという小細工一つでは、運命は変わらないと考えて、彼らは誇りに殉じたいのかもしれない。どこかジャスカ姫に似ている思想だな。彼女も、『未来』や生存をあきらめて、特攻しようとしていた。


 だがね。


 大地母神マーヤさまの祝福なのだろうよ、彼女は母親となる覚悟をしたぞ?運命をねじ伏せて、腹のなかの胎児に生きる道を与えた。


 今宵の彼女は強いぞ、帝国の豚どもよ……?


 雨に濡れて、泥にまみれて。


 体は冷えているが……その魂は、もはやドワーフの戦士たちよりも、熱いのさ。


「……おそかったわね、サー・ストラウス」


「……悪いね。でも、しっかりと体力は回復できたよ。状況は?」


「彼らはグラーセスの雷雨に不慣れなようね。テントの兵士たちも眠れていないみたい」


「なるほど。いい傾向だ。君たち『ガロリスの鷹』は、この雷雨にも慣れている?」


「慣れているわ。夜襲も奇襲も誘拐も。私たちは、悪名高き分離派組織よ?」


「いい言葉だ。腹は冷やすなよ?」


「あら?まるで父親みたいなセリフね」


「そのうちたくさんの子供の父親になる男だからね」


「他人の妻で妊婦に連れ添う予行演習かしら?」


「そんなところだ。だが、冗談抜きに胎児を守ってやれよ」


「だいじょうぶよ。過剰なぐらいお腹に布やら毛皮を巻いているわ」


「なるほどね。それならば……」


「あとは、獲物を狩るだけよ……まずは、どこから狙うの?」


「見張りから仕留めるのさ……」


「相手の『目』から潰していくのね。王道よね」


 ベタすぎて、君たちからすれば、つまらないかね『ガロリスの鷹』たちよ?……だが、オレの弓姫さまの技術には、脱帽するのではないかね?


 懐のなかで、ギンドウ製の時計が、カキンという音を鳴らしていた。


 作戦開始の合図さ。


 猟兵たちが動き始めるぞ?この集団に分散している、オレたちの狩りが始まるよ。


「……姫よ。あそこの兵士たちが見えるか?」


「……ええ。妊婦は何でも出来るのよ」


 母は強いとは言うからね。


 まあ、冗談はさておき。彼女も『狭間』……人間やドワーフ族には無い異能を幾つか保持しているだろう。その肉体の頑強さとかもね?


 それに薄暗い地下には慣れているさ。


「不細工な顔と、小太りの短足ね」


「顔まで見えるのかね?」


「嘘よ。そっちはね。体型までは分かるわ」


「上出来だ。小太りから襲われるぞ」


「なるほど、歩く速度が遅いからね」


「そういうことさ。ほら……」


 闇の中でさえ精度を失わぬリエルの矢が、土砂降りを貫いた。見事だな、風雨も読んだか。風使いの資質と、鍛錬の成果だな。小太りの男の頭を射抜いた。相棒が倒れたことに気がついた不細工が振り返り、後頭部を射抜かれる。


 『ガロリスの鷹』の戦士たちが、死体を素早く回収しに走り、それらをこちらに引きずってくるのさ。そう、死体を発見されたら侵入がバレるからね。それに、敵兵の装備を回収するのも大事だぞ。


 略奪という意味だけではない。服装や装備を回収して、それを着込むことで、あの兵団に融け込むためでもある……『ガロリスの鷹』のスパイが、あの軍勢に紛れ込むのさ。なかなかにリスクがあるけれど、死ぬ気さえある彼らなら完遂するだろう。


「すごいわね。闇のなかで、しかもこれだけの雨で、的確な二連続のヘッドショット!」


「敗北の歴史があるからな。彼女は、夜の闇のなかで矢を外し、奇襲攻撃を失敗に導いたこともある」


「……なるほど。マジメそうだから、その屈辱を忘れていないのね」


「仲間の死を招くからな。リエルの弓は死者を背負っているのさ。その矢は魂と同じく、まっすぐに敵を射抜く」


「フフフ。仲良くなれそう」


「だろう?だから、オレの正妻さ」


 作戦は継続する。カミラが走っていた。音もなく。時速にして70キロぐらいかね。馬より速い。それでも無音。オレたち猟兵でも、あの走りに気づける者は少ないだろう。


「……姫。君の親友の本気を見られるぞ。ほら、あそこだ」


「……え。カミラ……あのテントを狙うの?」


「ああ。雷雨に怯え、固まって眠っている馬たちを見守る、馬番のテントさ」


「ランプの灯りが見えるわ。起きているのね?」


「どちらでも同じさ」


「え?」


「すぐ殺されるだけだ」


 そう。


 カミラはテントにいる男たちを襲った。


 オレの前では従順な性奴隷になることを誓う、あの娘も、オレが仕込んだ猟兵の一人。闇のなかでの戦闘能力は、ミアにも勝る。


 オレの教えた言葉を愚直に肉体で表現していく。ああ、殺しのなかにオレを感じて、恍惚としているのなら、嬉しいね。


 カミラは『闇』を使う。


 影から伸びた『闇』が、一人の男の首に巻き付き、それをへし折った。二人目は、時速七十キロからの跳び蹴りひとつさ。


 柔軟さと高速を帯びた、そのうつくしい獣のような跳躍は、男の首をへし折るのさ。三人目がその場にいたが、状況を把握できない。呆然としている。カミラの動きは速すぎる。近い距離で時速七十キロで動く小娘の体。それを、凡人の裸眼は見ることなど許されない。


 カミラは正面からそれに近づき、手に握ったナイフでその男の首を横一線にかき切ったのさ。馬番どもはこうして全滅する。そして、オレに手を振ってくるぜ。


「カミラ、さすがね」


「ああ。今度、たっぷりと褒めてやるよ」


「ドスケベ」


「そう考えるのは、君の恋愛脳の悪いところだよ」


「そうかしら?でも、あなたの奥さんズは強いわね」


「人妻は魅力的だと語る酔っ払いは多いな」


「じゃあ。私の強さも見せてあげようか?」


「オレと共に動くぞ」


「ええ。お腹の子も安全ね」


「行動を開始だ」


 オレとジャスカ姫は身を低くしたまま、雷雨の音に紛れて走った。


 オレたちが狙うのは?


 巡回の見張りたちさ。


 見張りたちの数は15組……ドワーフの夜襲を警戒しているというよりも、通常の警備だろうね。彼らの斥候部隊のほとんどは、南西に陣取り、ドワーフたちを警戒している。当然の行動だな。


 だからこそ、非常識的な行動に対応出来ないものさ。


 今夜は君たちに多くのトラブルを用意しているぜ。


 まずは……君らの15組の夜回り兵士どもを、一人ずつ飲み込んでいくぞ。


「……しゃがめ」


「了解よ」


 オレとジャスカ姫はランタンを持って歩く兵士たちを待ち伏せするために、その場にしゃがむ。兵士は二人組。槍を持つ者と、ランタンを掲げて夜道を右に左に照らして回る者。


 その行動はパターンを帯びている。


 連携を成すために、秩序だって行動しているのさ。


 悪いことではない。


 だが、つけ込む隙はいくらでもある。


 さて……実践練習といくかね。


「……今から、あのランタンの灯りを奪う」


「そういうことまで出来るの?」


「ああ。闇が訪れる。君は背の低いランタン持ちを殺せ。赤毛の男だ。オレに似てハンサムだから、君が殺すに相応しいよ」


「わかった。槍兵はあなたね?」


「ああ。槍に腹を突き刺されたことが幾度かあってね。妊婦に任せる気になれない」


「なるほど。それでも死なないぐらいタフだと、奥さんが三人も出来るのね」


「そう。無敵の生命力が愛に変わり、たくさんの交尾を求めてるのさ」


 軽口は殺意を和らげる?


 そういうことではない。


 オレとジャスカ姫はベテランの殺人鬼だ。


 小粋な会話を楽しみながらも、殺人の衝動も、そのための技巧も、色あせることはないのさ。


 そして、そういう仕事人間たちは、どいつもこいつも向上心を持っているものだ。


 オレは左眼の力を解放する。


 アーレスの魔眼が覚えた、新たな『力』さ……。


 ガルードゥの邪悪な記憶と……アーレスの叡智が紡いだ技術。


 『呪眼』が発動する。


 今度はランタンの灯に……正確にはそれを放つロウソクに刻まれたんだよ、呪われた金色の紋章はね?


 兵士たちがオレたち近づく。6メートル、5メートル、だから?


 オレの魔力が風を呼ぶ。そして、『ターゲッティング』の呪いに誘われた風のナイフは、バターナイフみたいな低殺傷能力であるものの、熱された蝋を切るには十分だった……静かに、そして突然、ランタンの火が消える。


 闇が訪れる。


 雨が入ったとでも思ったのかね?


「どうした?」


「いや、急に消えちまってね?」


 日常的な会話だ。


 日常のなかで死ねるのだ。


 君たちは怖くなかっただろう。


 それはとても幸福なことではないか?


 闇に紛れて走ったジャスカ姫が、ポールアックスを振り落とし、ランタンをガチャガチャ揺すっていた男の頭部を粉砕する。


 オレは静かだよ。槍男の背後に回り、首を取り、口をふさいだ。一瞬後には、その首が180度ほど動いて、脊髄を大いに損傷しながら絶命するのさ。首を捻って殺したんだよ。


「いいコンビになれそうじゃない」


「君が人妻になる前だったら、オレの子供を産んで欲しいところだ」


「戦場でも口説くの?」


「ああ。酒場で口説いて上手くいったことがないからね」


「貴方は猟兵ぐらいじゃないと、持て余すのよ」


「君なら、オレを飼えるかな?」


「うちには一匹、七メートルぐらいになってる旦那がいるから、足りてるわ」


「だろうね」


 旦那なんて一匹いれば十分だろう。


 若くて美人な奥様は、何人いたっていいけどね。


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