第四話 『猟兵たちは闇へと融けて、雨音と共に』 その4


「―――おはよーう、だいびんぐぅうううううッッ!!」


 オレのシスコンもかなり極まったようだな。リエルの四倍媚薬やらグリズリーちゃんでも眠っちゃうような睡眠薬を盛られたというのに、スイート・エンジェル・ミア・マルー・ストラウスの声で目が覚めるとは……。


 『ゼルアガ・アグレイアス』との戦いの後遺症で、シスコンが進んでしまった。このシスコンを治すつもりはないが―――もしも、治したいヒトが発生した場合とかは、労務災害として、クラリス陛下に請求してもいいのだろうか……?


「あれ?」


 オレの指がオレを目掛けてダイビングしてくる天使を、受け止めていた。肋骨と骨盤を左右の手のひらで支えることでね?今、天使は宙にいた。


「おお!!単独飛行モードだあああああっ!!」


 ニンマリと笑顔で天使は手足をバタバタさせる。そうだね、空を飛べたら、絶対にそれをやりたいところだな?……うん。分かってる。それは分かってるけど?


「……ミア。おはよう」


「おはよう。お兄ちゃん」


「どした?」


「時間だよ?」


「ん……ああ。そうか、戦か?」


「そう。戦だよー」


「ふむ。砦が静かだな……他の連中は出発したのか?」


「うん!!私たちは、ゼファー部隊!!」


 固有名詞は大事だ。その意味を深く知っているだけで、一つの単語にまつわる情報を高密度に受け取ることが可能だからな。


 オレたちはゼファーで超高速移動が出来るから、作戦時間ギリギリに動き始めても十分なのさ……。


「メンバーは?」


「おふたりと自分っす!!」


 カミラがいた。オレのセックス・パートナーが、薄暗い部屋のなかで柔軟体操をしている。ほんとうに体が柔らかいな。男のオレでは、あの柔らかさはムリだから、ときどき羨ましくもなる。


 今夜のカミラは、コルテス式・戦術衣『月光』……をまとっているな。光りそうな名前だが、まったく光らないぜ?


 むしろ、月光さえ吸う闇の色だ。ガルフ・コルテスが酒をあおりながら決めた名前だから、仕方が無い。なんとなく、カッコ良かったからだろ?男のネーミングセンスなんて、九割方、そんな選択基準だろうよ?


 アレは……動きやすさを追求した装備である。鋼線を混ぜた厚手の布を、要所に仕込んだミスリルのプレートで補強。軽くて、急所は最低限は守れる。ルーキーにもベテランにも愛されるような戦士の服だな。


 カミラちゃんてば、いつかオレがくれてやったあの赤い紐で、金髪をポニーテールにまとめているね。いいカンジだ。セックスをさせてくれそうな時のエロい貌も好きだが……この凜とした猟兵の姿にも惚れ直すぞ。


「あ。正妻さまは、先行部隊っす!」


「……リエルが地下を行ったのかよ?ふむ……なるほど、地下迷宮での経験値を得るためか」


 マジメな娘だ、我が正妻はね。今後のために、地下迷宮を知ろうとしているのさ。備えすぎている?……そこが、彼女の強さだろう。見ろ、このムダな体力と気力の充実。あんだけ秘薬を喰らったのに、この健康度?


 二種の秘薬を摂ることで、おそらく毒性が中和されていたのさ。詳しい薬理作用なんて分からないが、今のオレは、彼女の薬のおかげもあって、死ぬほど好調。


 ミアを片手でくるくると回す曲芸だって、出来るもの?


「アハハハハハハハハハハハハハ!!とるねーどぉおおおおお!!」


「いつか。こういう合体技を作ろうな?」


「うん!!開発しよおおおおおおおおおおおおおお!!」


「さて!!団長、そろそろ行きましょうっす!!」


「時間がないな。よし、ミア、降りてくれ。ゼファーのところに行くぞ!!」


「うん!!ドッキング、解除おおおおおおおッ!!」


 ミアが背筋と重心移動をつかって、空中でくるくる回って、合体エロベッドの端に降り立つ。ふむ。いい技だな。さすが、ミア。


「あ、団長。ガンダラさんも先に行っているっす!」


「うん。そうだと思ったよ」


 ガンダラがゼファー部隊から外れたのは、体重が重いのと……あと、ジャスカ・イーグルゥ姫の戦術理解度を懸念して、つきっきりで今夜と今後の作戦を教え込んでいるからだろうな。


 まあ、姫よ。オレみたいなアホ族ではなく、真のインテリの前に冷静かつしっかりと教えてもらうといいさ。今後の作戦の鍵は、彼女だし……下手すれば、この国の次の女王になるかもしれないからね。


「団長。鎧はどうされます?ゼファーちゃんのところには、運んでおきましたけど?」


「……そうだな。どっちだと思う?」


 質問に質問で返す。オレは意地悪な上司だよ。でも大丈夫、カミラはドMだって叫んでいたし?


「そ、そうっすね?……隠密がキモっすから、戦術衣だけでは?」


「正解。だから、君はオレのための『月光』と竜太刀を抱いている。さすがだぜ」


「だ、第三夫人として……っ。こ、これぐらいは当然っすよう!?」


「そっか。じゃあ、貸してくれ。着ながら歩くから」


「はい。どうぞっす!!」


 オレは二人の乙女の前で服を脱ぎ捨てて、カミラの手から渡された戦術衣を羽織る。オレのためにガルフ・コルテスがデザインした、『月光・突撃型』……プレートは多めに入っているが、柔らかいウール生地も仕込むことで減音性能は高い。


 カミラに貪欲な性の目で見つめられながら、オレは着替えを済ませる。そして、その頃には例の縦穴のところにいた。うむ……雨音がヒドいね。


「団長の予想が当たったとかで?ジャスカは、すごく喜んでましたよ?今夜は、とっても大雨っす。カッパも、ゼファーちゃんのところに置いてるっす!!」


「夜食もあるよ!リエルといっしょに、サンドイッチつくったの!!」


「ああ。楽しみだな!」


「きっと、銀河レベル」


「ちがいない」


「雨が酷いので、食べてから行きますか?……それとも、カッパの下に装備して、各々が現地での栄養補給に?」


「ミアは、お腹空いているか?」


 ぶんぶん。ミアは横に振る。なら、決まり。


「現地で喰おう。雨音に体が冷えすぎたら、各々の判断で食べるぞ」


「ええ!体温を維持するんですね?」


「そういうことだよ、カミラちゃん。食べると、人間って、体温が上がるの」


「ミアちゃん、物知りだなあ」


「えへへ。ガルフじいちゃん直伝」


「……今夜は前哨戦だから、体力の消耗は最小限に抑えるぞ?派手に狩らなくていい、絶対に見つからないように、こっそりと連中を狩っていくぞ」


「うん!」


「了解です!……では、その、ソルジェさま……竜太刀を」


「ああ、ありがとう。カミラ。それじゃあ、ゼファーに乗りに行くぜ」


 オレたちはあの縦穴を上がる。雨の音がすごい。雷の音も混じっている。サイアクのコンディションだな……だが。おそらく、地下迷宮の水位はあがらないだろうね。それこそが……このダンジョンの意義かもしれないな。


 まったく、疲れているときには、しっかりと寝てみるものだ。


 何となく、大きな謎が寝起きに解けることがある。昨夜までの悩みが、嘘のように晴れてね。オレは、その感覚を手にしているが……まあ、今夜は戦に集中しようじゃないかね?


 アインウルフとやらよ?


 ガンダラがオレを起こさなかったということは、全てはオレの読みの通りか。お前はよほど馬に自信を持っているようだな?


 感心なヤツだぞ。


 己の最強の武器を、どこまでも頼り、どこまでも大切にするということはな。


 だが……お前は不用心だ。


 もしも、ザック・クレインシーならば、オレは読めていなかっただろう。こちらが読み切ったと思ったら……次のフェーズでは、反応されて、逆転される。ああいう才覚とは異なる。


 ただ、第五師団と異なるのは弱兵ばかりではなく……お前たちの兵はエリート部隊が半数だということが強みだ。襲われても腕っ節でしのげる。その判断は、百戦錬磨の君に相応しい思想だな。いかにもエリート。


 それでは、教えておいてやろう。


 神さまは、君の願いを叶えるためだけにいるわけではないのだ。


 そして、神の祝福をもってしても?


 『魔王』は止まらない。


「―――そうだろう、ゼファー?」


 縦穴を登り切ったあとで、オレは目の前の岩だなにしゃがむゼファーに語りかけるのさ。雷が遠くに落ちて、空が一瞬だけ白くなり。その白が消えて数秒後に雷鳴が轟いていた。


 まるで滝の下にいるような雨だ。


『……うん、『どーじぇ』。つよいぐんたいどもを……ひっそりと、しとめる』


「ああ。もちろんだ。オレたちより怖い存在なんて、この世にはいないってことを、世間知らずのエリートさんの心に、刻んでやろう」


 ゼファーが牙を剥いて笑うのさ。


『うん!てきは、ぶっころすよ!!でも……こんやは、しずかに……っ!』


「ああ。今夜は、雨音の裏にかくれて殺すんだ……っ」


 オレたちはカッパを着込み、ゼファーに乗った。ミア、オレ、カミラ!前からその順番で、ベルト同士を縄で固定!はい、離陸準備は完了だ!!


 ブーツの内側で、ゼファーを叩いて命令をする。


 音もなく……ゼファーはこの高台から飛んでいた。闇に融けるような無音の飛行で、夜空と一体化していく―――うむ。隠密。そのテーマをゼファーはかつてより精緻に理解してくれているな。


 そうだ。戦場にたどり着くはるか以前より、心は作っておくべきなのだ。そうでなければ、戦場に慣れない。日常と戦場の境目を無くすことで、オレたちは戦場を日常に近づけるのさ。


 そうすれば?


 体はベストの仕事をするからね。


 平常心。これを真に理解するのにはヒトでは24年ぐらいかかるけど……ゼファーよ、お前はすぐに覚えてくれたな。熱く燃えることを許されない戦いもあるのさ。オレたちみたいな、少数の強者にはね?


 静かに、殺すぞ?


 たったの五百ほどでいい。


 帝国豚の首たちが……シャルロンの血が、グラーセスの王城へと帰還するための『生け贄』となるのさ。


 マルケス・アインウルフ……今夜、機会があれば、一太刀だけでも斬り合ってみるかね?42才の『若さ』―――大貴族サマのあんたの時間が、オレさまの26年という『高齢』に勝てるかな?


 オレと君が歩む一年の価値が、どれぐらい違うのだろうかね、エリート大貴族さま。


 知らないだろうから、教えておいてやるよ。


 エリートごときでは、泥を啜って生きぬいた真の天才には敵わないということをね。




 ―――闇の中を翼は進む……戦場は、静かであった。


 丘の上に陣取った第六師団は、ドワーフたちのいる南西ばかりを気にしている。


 『盾』である若い兵士たちは、南西に固められていた。


 北の守りは手薄だった、彼らは己の強さを信じていた。




 ―――北にいるのは強者の部隊、軽装騎兵の乗り手たち。


 幾たびかの死線を越えて、自信と経験を積んだ強兵どもさ。


 たしかに彼らは強く、アインウルフに愛され食事の量も多かった。


 肉体は頑強たる者ばかり、長身たることも資格の一つ。




 ―――しかし、たかが幾たびかの勝ち戦を生き抜いただけのこと。


 数百の死線を抜けて、数十の負け戦に叩かれ磨かれた猟兵からすれば?


 ひよっこでしかないのだよ、我々は勝ちで強さを定義しない。


 負けたことの多い我々だからこそ、それでも死なない我々こそ、最強なのさ。




 ―――負けても死なずに、戦い抜いて……強さを磨いて鬼へと至る。


 そして、黒き翼の幸運に導かれ、ようやく勝ち始めたのさ。


 ソルジェ、リエル、ミア、ガンダラ、カミラ、そしてゼファー。


 我らの名は、『パンジャール猟兵団』、この大陸で、最強の獣たちさ。




―――そして、君たちは知らないだろう。


 戦い、負けて、折れて……死を覚悟し……それでも今、蘇った者たちを。


 彼らの名は、『ガロリスの鷹』。


 自由を帯びた王者の風、『シャルロン・イーグルゥ』の後継者たち。




 ―――彼らは負けを知っている、何十もの負け戦を味わった。


 最強の戦士である『荒野の風』を、失った。


 多くの仲間を失った、邪悪な隠者にも騙されて呪われた。


 死を覚悟した、負けと滅びを悟って泣いて。



 


 ―――なのにまだ生きている、その意味が、分かるかい?


 そして、地母神の聖なるほこらで、母の強さに目覚めた姫がいる。


 大いなる呪いを越えて、それでも家族のために戦う呪われた男がいる。


 『荒野の風』に憧れるドワーフと、自由を求めて足掻いたケガ人たちもね。




 我々と似ているじゃないか?……いいや全く同質さ。


 負けに磨かれて、絶望を喰らい、立ち上がった者たちだよ。


 死なぬは才能ゆえのこと、負けの数は強さを磨く……。


 君たち負け知らずごときが、我々と『ガロリスの鷹』の連合に襲われるのさ。




 ―――ほんとうに、無事でいられるのかな?



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