第四話 『猟兵たちは闇へと融けて、雨音と共に』 その3
「あ。おいしい!」
「ほんと。とっても美味しいですよ、ソルジェさまっ!!」
「だろう?」
オレたちは、カミラのベッドの近くに集まって、オレの手作りエビグラタンを食べるのさ。美少女たちがオレの料理を食べて、褒めてくれる。いい環境だ。永遠にいたくなるよ、ここにね。
でも。美味しい食事の時間は終わる。美味しい食事ほど、早く食べてしまうのがヒトというものだ。素敵な時間が早く過ぎるのも、ヒトの心の性質だね。
「ごちそうさまー!」
「ごちそうさまです!!」
「ああ。エビに感謝だ」
平らげた皿を、近くのテーブルに重ねて置く。夫婦三人の食器が重なり合うのって、なんか幸せな光景だよね?
「ふー。しかし、ソルジェ。お前は料理が上手だな。いいところだぞ」
「ああ、人生を少しでも楽しくするコツだろ?美味い料理はな」
「ああ。おかげで、ちょっと楽しくなったぞ」
「自分も、とてもおいしかったす……それに、とても幸せな気持ちっす」
カミラは笑っている。さっきここから出てるときは、ビビっていたのになあ。
好奇心……それが時にヒトを苦しめることもある。でも、このときもオレの好奇心は止まることは無かった。
「二人で、どんなハナシしていたんだ?」
「そ、それはっすね……あの、色々とっす」
「色々?」
「ああ。私たちが、どうしてお前を好きなのかとかだな」
「……面と向かって言われると、耳が赤くなりそうなんだが」
「す、素直に話したのだから、照れるな!!」
そう言いながら照れているから、リエルちゃんのことが好き。
「お互い、話したんすよ……そしたら、やっぱり似てたっす」
「似てた?」
「はい!自分もリエルちゃんも、同じだったすよ?」
「そうなのか?」
「ああ。とても似ていたぞ、お前との出会いとかもな」
「……オレとの出会い?」
「ええ。そうっす。自分もリエルちゃんも、似てたっす。リエルちゃんの話は、初めて聞いたんすけど……とても似ていたっす。ああ、吸血鬼も出て来ません。でも、あるとき、あなたがそこにいて……助けてくれるんすよ、必死になって、世界の業に怒りながら」
「んー?……リエルは、2年とちょっと前に、『パンジャール猟兵団』に入りたいって、やって来たよな?」
「……そ、それは、その?」
「あのとき、オレは君を助けていたのか?」
「き、気にするな!!忘れろ!!流すのだ!!」
「……えへへ。照れてる。リエルちゃんかわいいっす」
「か、からかうんじゃない、カミラ……っ」
「うん。わかったっす!!ソルジェさま、さっきのは、自分ら二人の秘密っす!」
「そ、そうだ!!乙女同士の秘密だから、忘れろ、詮索するな、でも、忘れるな!!」
『忘れろ』と『忘れるな』が並んでオーダーされやがったな。
これは、トンチがいるハナシなのかね。
「どういうことだ?」
「いつか、思い出せたら、そのときに全てが分かるっすよ!」
「ふむ?」
「とにかく、今は、その……忘れていろ」
「……でも、忘れるなって?」
「う、うん。もう!!詮索するなーっ!!」
リエルが赤くなり、怒っている。何なのだろうか?まあ、いいか……忘れていることならば、いつか思い出す日も来るのか?
うむ、忘れていることを、忘れないでおこう。
「……とにかく、ソルジェさま」
「なんだい、カミラ?」
「自分らは、似てたっす。だから、ソルジェ・ストラウスをどんなに好きなのか、手に取るように分かるっすよ……」
魔法がかかっているみたいに、カミラのアメジスト色の瞳は魅力的だったね。いつもはアホで子供っぽいけれど。本気の愛を伝えてくるときのお前は、誰よりも色っぽくなる。
「うむ……だから!わ、私は……カミラが、お前の第三夫人になるのなら……認める」
「正妻さまのお許しが出たのか」
「はいっす!!問題なしっすよ!!」
カミラがアホな子供みたいに、ベッドから飛んで。オレに抱きついてくる。そして、ほほにキスをしてくるのさ。唇でも良かったけど、エビグラタンの香りを気にしたのか?
嫌いじゃないけどね、エビグラタン味の美少女の唇。
「こ、こら。正妻は私なのだから、ちょっとは気をつかうのだぞ……っ」
正妻エルフさんが嫉妬してるのか?……ああ、そうか。だが、心配するな……オレはリエルに腕を伸ばす。リエルはいつもよりも素直にオレの腕に抱かれる。
右の腕でカミラを、左の腕でリエルを抱きしめていた。
温かくて、やわらかくて、いい香りがした。エビグラタンの香ばしさもあったけどね。でも、そのホワイトソースの香りが、『家族』っぽくて良い気がするね。
「愛しているぞ、リエル……カミラ……お前たちが大好きで、愛しているんだ」
「うむ……ロロカお姉さまもだろ?」
「そうっす。忘れちゃダメっす……自分たち、三人とも、あなたの奥さんっすよ」
「ああ。ロロカもだよ……忘れちゃいないさ」
「お前は恋の多い男だなあ……」
「ああ。ヒトを愛して求める心が強いんだろう……さっきは、カミラがしてくれたから、今はリエル。お前のキスが欲しいな」
「お、おお……っ。そ、それぐらいは、し、してやるとも……正妻が、第三夫人に劣るわけにはいかぬからな……っ」
そのシステム、近いうちにオレに悪用される気しかしないけれど、いいのかね?
「じゃ、じゃあ。するぞ……私は、く、唇だ」
「そっちにしたいから?」
「……そ、そうじゃなくて……正妻は、ま、負けてはならぬからだっ」
そして?オレと正妻エルフさんはキスをするのさ。カミラが、その横から、オレたちの行為を至近距離で観察している。オレはその視線にへっちゃらだけど。リエルちゃんは羞恥を覚えるらしいね。
ゆっくりと、オレから唇を離して、第三夫人ちゃんに注意する。
「が、ガン見は、どうなのだ?……さ、さすがに、恥ずかしくなるだろ」
「大丈夫っすよ?」
「大丈夫だぞ?」
「こ、こら!結託して、私をからかうなあ……っ!!」
「ううん。からかってはいないっす。愛し合う夫婦のキスは、ホントに……素敵っすよ?」
「なんだ、まだ女吸血鬼なんかのことを気にしているのか?」
「カミラ、そんなことこそ気にするな!」
「うん。ありがとうっす。大丈夫。ソルジェさまと、リエルちゃんがいるから、自分はもう、これから先ずっと……大丈夫っすよ」
それは勇気と愛と希望の混じった表情で。そのときの『大丈夫』はとても偉大な言葉だった。カミラはオレたちの誇るべき『家族』なのさ。
カミラがさっき唇にキスしなかったのは、自分のせいとでも思ったのだろう。リエルは正妻としてオレに命じるのだ。
「そ、ソルジェよ!!私だけが唇のキスなのは、不公平なのだッ!!だ、だから、カミラにもしてやるのだ……っ!!」
リエル・ハーヴェルよ、お前は本当にマジメなのだな。自分が出来る最良を選ぼうとしている。愛ぐらい、独占しようとしてもいいのにね……っ。だが、そのやさしさが、オレは好きなのだ。
「ああ。仰せのままに」
「ソルジェさま……っ」
カミラがオレに唇をささげる。それだけじゃない。カミラは女吸血鬼に仕込まれてしまった技術を、惜しみなく使う。もう、恥じていないのだ。その屈辱は過去となり、今ではただの糧となり、彼女はその悪夢さえも喰らい己のものにしたのだ。
処女とは思えぬ舌の動きで、カミラはオレを楽しませようと必死だ。
それを間近で観察していたリエルちゃんが、真っ赤になっていく。自分など、このベテラン娼婦のような淫乱なカミラのキスに比べれば、まだまだお子様キスだということを思い知らされているっぽい。
極めてエロい吸血鬼のキスが終わる。カミラはオレの舌から魔力でも吸っているかのように、恍惚として、獣じみた表情をしていた。
リエルは、肩を落としてしまう。
「な、なんだか……敗北感が、すごい……っ」
「えへへ。大丈夫っすよ。そのうち、技術はソルジェさまに仕込まれるっすから」
「し、仕込まれるとか、言うな……っ」
「コツは、教えてあげられるっすよ?」
キスの達人カミラちゃんが、とても色っぽくリエルに提案。オレのヨメ同士がキス?オレは抵抗ないな。でも……いい加減、キスだけとか、まどろっこしいんだよ……。
オレは再び両腕でヨメたちを抱き寄せる。そして、二人の耳に届くようにつぶやいた。
「……なあ、三人でしようぜ?」
「え、す、するって!?」
「自分は、オッケーっすよ?さっきも、しちゃうつもりでしたもん」
「カミラちゃんはオッケーだって?」
「だ、第三夫人に遅れは、と、とれるか……っ」
「じゃあ。リエルちゃんが、先に抱かれるっすね?」
「え?……あ、ああ……っ」
オレはニヤリと笑う。エロ吸血鬼少女も同じように笑った。
「カミラ!!ベッドを合体だ!!」
「うっす!!ここのベッドは、ドワーフ仕様でちょっと狭いっす!!」
「だが!!」
「こうして!!」
「横向けにして!!」
「合体させたなら?」
「大きなベッドの完成だッッ!!」
「これなら、三人でも余裕っすね!!」
オレとカミラのコンビネーションは完璧だった。そう。縦に短いベッドを?横にして並べれば、まるで最初から一つの巨大ベッドのようだ!!
これもドワーフの職人気質なところなのか?並べると、すき間が出ないぐらいにマットレスが密着する。合理性、それが生きているね。こうして三人でも愛し合える、ストラウス夫婦用の愛の巣は完成したのであった。
「お、お前ら、エッチなことに対して、コンビネーションが、良すぎだろ!?」
「そのうち、リエルちゃんもこうなるっすよ?さあ、リエルちゃん。脱ぐっすよ?それとも、旦那さまに脱がせてもらうっすか?」
「じ、自分で脱ぐのは、は、恥ずかしいと、いつかも言っただろう!?」
「わかった。オレが脱がしてやる……っと?」
「ソルジェ?」
「ソルジェさま?」
一瞬、立ちくらみがしやがった。睡眠不足だったからか?情けねえ。こんな大イベントの前によ?
「大丈夫か?お前、もうずいぶんと眠っていないだろう?」
「クマが、大きくなっているっす。これは、グリズリー級っすよ?」
「だいじょうぶ!」
「強がるときのだいじょうぶは、ダメな大丈夫だぞ!?」
「そうっす……ソルジェさまの健康のほうが、エッチよりも大切っすよ」
「……舐めてもらっては、困る。これを見ろ?」
そうだ。どさくさに紛れて、リエルの腰の道具袋から、抜いていたのさ。
「そ、それは!リエルちゃんの叡智が注がれた媚薬!?」
「ち、ちが!?あ、あれは、た、ただの精力剤で!?」
「さ、さすが、正妻っす。そんなものを常備してるとは……敗北感っすよ!?」
「その敗北感は、私に対して失礼だからな!?」
「じゃあ、飲むぜ!!」
グビグビとそのピンク色のポーションを飲む込んでいた。うむ?なんだ、いつもより苦いような、いつもより甘いような……。
「馬鹿者、吐き出すのだ!?そ、それは、いつもより四倍濃いヤツだ!?」
「四倍だと!?」
「リエルちゃん、四倍媚薬って……ウルトラなスケベっす」
「そ、そうではない。それは、薄める作業の前のヤツだ!!用法を守れば、問題ないのだぞ!?あと、媚薬じゃなくて、体力を回復させるだけの大丈夫なヤツだから!?」
「あああ。なんだ、コレ、体熱い、ウルトラ効いて来た感じだぜッ!!リエル、大丈夫だぞ?いくらでも、抱けそう!!」
「いくらでもじゃ、壊れてしまう!!」
「大丈夫っすよ。ソルジェさまはやさしいから、媚薬盛られていても……あれ?目が、危なそうっすね」
「そ、そうだ。普段からセクハラを常とする、性欲の強いこの男が、この媚薬―――じゃない、大丈夫な薬をあんなに飲めば!?」
「も、もう性のケダモノになってしまうっす!!」
「ああ。もう、正気など一欠片も残っていない鬼畜になっている……ッ」
「せ、セックスをするためだけのマシーンっすね!?リエルちゃん、なんてアイテムを!?」
「ち、ちがうぞ!?想定外だ!!体力を、回復させてやりたかっただけだ!!そんな大丈夫な薬であって、スケベな薬などではない!!」
……まったく、君らは愛する男を、性欲のカタマリだとかセックス・マシーンとかセクハラを常にするとか……ちょっと失礼だろ?でも、いいもん。このまま正気を失ったフリして、オレの愛情を伝えてやるぜ……ッ!!
「ま、魔眼が光ってる!?ていうか、魔眼じゃないほうも光ってる!?」
「ダメっす。ソルジェさまに、もう理性はないっす。獣っす!!」
「ふざけるな!!わ、私は初めてなのだぞ!?あんな怪物を受け止められるかッ!?」
「じゃ、じゃあ、私も初めてっすけど、ボロ雑巾になるぐらいされて、ソルジェさまを十分に沈静化させてから、リエルちゃんが行くっすよ?」
「ず、ズルい!!第三夫人のくせに!!……っていうか、ダメだぞ、こんなこと!!」
「わ、私はべつにオッケーすよ!?だって、ドMっすから!?」
「やはりそういうタイプか。だ、だが、その性癖など関係ない!!大切な初めての夜を捧げたのに、ソルジェが覚えていないとか、ダメだ!!そんなの、捧げ損だ!!」
「そ、そう言われると、そんな気がしなくもないっす!!」
「思い出は、大切にしたい!!忘れられるとか、覚えていないとか、やっぱり、それはダメだろう!?」
なぜか、リエルの言葉が心に響く。なんだか、とんでもない罪悪感に襲われるね。
「カミラ!!『闇』で、吸えッ!!」
「了解っす!!」
ガブリ!!
背後に回ったカミラがオレの首に牙を立てた。全力で、オレの魔力を吸っているのか?だが、媚薬でセックス・マシーンとなったオレが、貴様の『力』なんぞで?
「ほはははひ(止まらない)っ!?」
「大丈夫だ!!魔力が少しでも減衰すれば、コレは効く!!」
その水色のポーションは?
「超強力な睡眠薬だ……これを、こうして」
リエルがその薬を飲み干して、いつか見たいに口移しで飲ませてくる。オレは、死ぬほど彼女たちを抱きたいけど……彼女たちを愛しているから、彼女たちの本気の攻撃は、全て……受け止めるしかねえのさ―――。
ゴクリ。
喉を通ったその薬液は、甘くて―――意識が、すぐに闇に融けていく―――。
―――性の獣と化したソルジェを、ヨメたちは圧倒していた?
ソルジェはあえて飲み込んだが、二人は疲れ果ててそれどころじゃなかった。
ソルジェの巨体を大きなベッドの中央に、そして、二人は右と左の腕枕。
お腹もいっぱいで、運動もしたし……戦に備えて寝る必要もあった。
―――つづきは、また、いつかだな。
リエルはほほにキスしながら、寝息を立てるソルジェに告げる。
こんどは、たくさんしましょうね……あいしています。
カミラは愛欲に満ちた誓いを、耳に捧げた。
―――女たちは、しばらくソルジェの物語を話していった。
好きなところとか、直して欲しいところとか。
笑い合う、そして……愛しい男の体温のなかに。
彼女たちの意識もまた、融けていったのさ……。
―――たっぷりお休み猟兵たちよ、目が覚めれば、いつものように戦の獣さ。
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