第四話 『猟兵たちは闇へと融けて、雨音と共に』 その2
「宇宙一美味いッッ!!再びだようッッ!!泣けるッッ!!泣ける味だああッッ!!」
聖なるほこらでの一件から、ミアにはそう言ってもらいたかった。
ああ、オレのスイート・シスター・ミアよ。
うなずきながら、確かめるように、オレの作ったホワイトソースがたっぷりかかったエビに噛みついているぜ。
上出来すぎたのだろう、号泣しているな。
「よしよし。おかわりは用意してある。たくさん食べろ!」
「うん!!重たかったけど、小麦粉運んで、良かったようッ!!」
「エビグラタンには小麦粉がなくちゃな?」
「うん。でも、夏の終わりから秋になったらさ……っ」
「ああ。わかっているさ。『茄子とツナとタマネギのグラタン』だ。ホワイトソースはヨーグルト多めに入れて作ってやるぜ?酸味がタマネギに合う。野菜の味を引き出すには、ヨーグルトがいい。ああ、チーズはたっぷりとかけてやるぞ」
「それも楽しみだああああああッッ!!」
「おお。いい茄子が手に入り次第、一度は作らないとな!」
「うん。でも、今日は、このエビさんに……惚れるうううッ!!」
ミアの猫耳がヒュンヒュンとリズミカルに動いているぜ。ああ、癒やされる。そうだ、料理を極めようって気持ちになってくるよね?
ああ、よかったぜ。
ガルードゥ、お前をぶっ殺すとき、『バースト・ザッパー』で決めて?首を刎ねるだけなら、お前、あんなに美味しいにおいをさせなかったもんな?
がっつくミアを見ていると、お前がジャスカ姫夫妻とその胎児を殺そうとしてことさえも、少しだけ許してやりたくなる。ああ、でも、許さない。まあ、もうぶっ殺したからべつにいいや―――。
「……ん?」
オレは窓の外にいる巨大な甲殻生物と目が合う。
ミアの食欲が失せてはマズいな。オレはミアに黙ったまま、食堂を出た。そして、食堂をのぞき込んでいた、巨大生物……ロジン・ガードナーの元へと向かった。
ロジンは……だいぶ仕上がっていた。
「見違えたぞ、ロジン!!」
思わず、褒めてしまった。そりゃそうだろう?今のロジンは、もう不気味な巨大生物などではない。その全身をミスリルの装甲に覆われて、何だか分からないが男心をくすぐる厳つい鎧生命体となっていた。
「防御力が高そうだ!!そのまま敵に突っ込めば、何十人も轢き殺してしまいそうだ!!オレは、何だか、そういうのワクワクする!!」
そうだ。鎧の先から串刺し用の『トゲ』が生えているのもいい。なんか、いいな。コレ。ゼファーにも、着せてみたい……ドワーフの技術力で、尖った鎧を全身に装備させてやりたいなあ……ッ。
「……名付けたいぜ、『聖隷蟲』とかは、ダメだ……蟲を取り除きたい。なにかカッコいい名前をよ?……そうだ、百人ぐらいぶっ殺せそうだ。そうだな、『センチュリオン/百人隊長』とかどうだ?」
『……え?『センチュリオン』……ふむ。蟲あつかいよりは、いい気がします』
ロジンの野郎、気に入ってやがるな。
男の子は、なんかカッコいい名前とかさ、盛り上がるよなあ!!
「さて。『センチュリオン』こと、ロジンよ?」
『はい?』
「どうして、食堂を覗いていたんだ?」
もしかして、お前はミアに不倫か?可愛いけど……やめておけ。彼女に生殖針とかを近づけたら、八つ裂きにしてぶっ殺すからな……。
『あ、あの、私、何かしました?』
「いや。知りうる限りは、まだ、何も?……むしろ、何かしたのか?」
『いいえ。ただ……お腹が減りましてね』
「腹が空いた……?」
それは、そうか。生物だもんな。しかし……。
「何を喰うんだ、お前は?」
『……それが、自分でもよく分かりません』
「『地獄蟲』が喰っていたモノか……?」
『ええ。そうだと思いますが……』
「……」
『……』
沈黙が答えとなることがある。オレとロジンは、おそらく同じモノを頭に思い描いてしまっているな―――そう。あの砦で『地獄蟲』が喰らっていたのは……ヒトの死体だ。ジャン・レッドウッドを少しだけ思い出させたロンという青年は、生きたまま喰われたな。どちらにせよ、人肉だ。
「……思いついたのは、一つだけだ。スマンな、『それ』は許可できない」
『……ええ。私も人道には反したくない』
「深夜まで待て。仲間はムリだが、敵兵のなら、噛みつくフリして喰ってしまえ」
『え?』
「安心しろ。秘密にしておいてやる」
『……いいんですかね?』
「構わん。戦場で腐らせていく肉だ。有効利用しろ。それだけだな、アドバイスは」
『……蟲に、いや『センチュリオン』になることを、いいアイデアだと考えていたのですが、思わぬ欠点がありましたなあ』
「食糧問題か、戦場ではありがちだな」
『……ですが、そうですね。アドバイスに従います。そのときまで、どうにか寝て、飢えをしのぎましょう』
「ああ。そうしてくれ。自分の精神力を鍛える、いい機会だと思えばいい」
『そ、そうですね』
「姫の夫として生きていくのだ。強くなり、支えてやる必要があるだろう」
『……はい。そうですな、飢えぐらいに己を見失うようでは、いけません』
「……飢えをため込め。戦場で発散したらいい。ヒトの身では味わえない体験となるだろう。お前の器を大きく広げるに違いない」
『フフフ。わかりました、サー・ストラウス。最高のアドバイスをありがとう』
そう言い残して、『センチュリオン』は水の中へと戻っていく。水でも飲みに行ったのかもしれないし、さらに重量を増した肉体を安静に保つためかもしれない。
あの防御力と重量で突撃すれば?
相当な破壊力だろうな……そのためにも……ああ。あそこには馬がいるな。馬なら食い応えは十分だろう。人肉に抵抗を示した場合は、それを喰わすか……ゼファーにも言って、何匹か馬を貯蓄しておくのも有りだな。
……うむ。新たなユニークな仲間とコミュニケーションが取れてよかった。
見聞が広がったよ。
大型モンスターを飼うときは、食糧問題を気にしよう。
ゼファーのように食いだめが出来ないタイプかもしれないからな……。
オレは食堂に戻る。
うん。ミアは三杯目のエビグラタンを食べ終わっていた。
「ふう!!満腹!!心も体も、いっぱいだあ……っ!!」
「そうか。美味かったか?」
「うん!!宇宙一美味しかったよ!!」
「カツサンドとどっちがいい?」
「むー!……甲乙つけにくい。時と場合によるかも……?」
真剣に食について悩むミアは、なんとも可愛い。オレの食事をアレだけ純粋に喜んでくれる姿を見られただけで、オレの心は癒やされるな。
「……いい子だ。参考になったよ」
オレの指がミアの黒髪を撫でる。ミアは、心地よさそうに満足げな表情になる。猫っぽい。さすが、猫系妖精族ケットシーだな。
「……さて。他の連中にもエビグラタンを持っていってやらなければな」
冷めてはおいしさが半減だ。
「うん。ミアも運ぼうか?お手伝いしたい」
「そうだな……リエルとカミラが二人でいるところと……ガンダラとジャスカ姫がいるところ。どっちがいい?」
ミアがシンキングタイムだ。
10秒考えて、乙女は選んだ。
「後者だね!!」
「そっか、前者は危険なにおい?」
「んー。危険というか、お兄ちゃんが行くべきだよね」
「ああ。そうだね、きっと」
「じゃあ。行こう!!早く食べて欲しいもん!!熱いうちにさ!!」
「そうだな、グラタンは冷めちまったら―――」
「―――美味しさ半減だもの!!」
……さすがは軍事的集団の食堂だよな。さがせば配食用のワゴンなんて、すーぐに見つかるぜ。では、コイツに熱々グラタンと、取り皿と、フォークとスプーン。大きな水差しとコップを乗せて?
さあ、出発さ。
ミアとニヤニヤしながら『隠し砦』の可愛らしい小道を歩く。オレのエビグラタンの香りに、すれちがう戦士たちが、二度見するレベルだ。ああ、そうだ。君たちが想像している以上に、美味いぜ?
ガンダラとジャスカ姫は、まだベンチの会議をしながら……修羅場の発生を待っているようだな。
「よう、デバガメーズ?愉快な現象を目撃することに成功したかね?」
「変なあだ名をつけないでよ?重婚クソ野郎って呼ぶわよ?」
それはカンベンして欲しいな。オレのつけたデバガメーズに比べて、愛嬌がなさ過ぎるぞ?あだ名というか、十割の悪口だ。ユーモア要素が一欠片も入っていない。
「なにかあった、ガンダラちゃん?」
「いいえ。状況は沈黙を保っています……私としては、泣き叫びながらカミラが飛び出してくるものかと思っていたのですがな」
「鬼か。なんてこと考えているんだ、ガンダラさんよ?」
「私は鬼ではなく巨人族です。それで?お二人はまたどうして?」
「食後のデートかしら?」
「うん。それと、お手伝い!!はーい!!ジャスカちゃん?ガンダラちゃん?熱いよ、火傷に気をつけて!!」
ミアは配食ワゴンから二人のために、キッチンミトンで熱いグラタン皿をつかんでは、トレーに乗せた。そして、ベンチの二人にお届けする。
「宇宙一なグラタンを、召し上がれっ!!」
「まあ。ミアちゃんがつくったの?」
「ううん。ミアは作ってない。お兄ちゃん作だよ」
そうだな。今度はミアにもお手伝いさせてやろう。兄妹の共同作業だ。うん素敵な癒やしを帯びた響き。
「へー。けっきょく、私の分まで作ってくれたのね?期待していいの?」
いたずらっぽく笑いながら、ジャスカ姫はオレを見つめる。好奇心に満ちた瞳だな。ああ、ますますうちのお袋に似てくる。あの胎児は、きっとストラウスとハナシの合う悪ガキに育つのだろうな……。
「……ああ。ミアの舌を信じろ。宇宙一だそうだ」
「ふむ。団長は料理の腕がみょうにいいですからな」
ガンダラも料理が上手だ。でも、あまり本気で作らない。
どこか、料理が栄養を摂取するための手段ぐらいにしか思っていないフシがある。いつか、好みの味を見つけて、うならせてやりたいね。
「料理得意なのね、サー・ストラウスってば。なんだか、意外な趣味よね?」
「9年も旅を続けてれば、色々と身につくものさ。じゃあ、後で感想を聞かせてくれ」
「……二人にも届けるの?さすが勇敢さに満ちた男ね」
「おいおい、ここでいるのは勇気じゃなくて、愛だろう?」
「ハハハハハハハハハハハハハハハッッ!!」
ジャスカ姫が爆笑する。
彼女に高貴な血筋が流れているというのは、真実なのだろうか?
「面白い!!行ってきなさい!!愛が勝つか修羅場が勝つか、見ててあげる」
「見守るヒマがあれば、作戦会議でも煮詰めることだな……オレは、このまま戻ってはこんぞ?」
「死ぬのかしら?」
「そうじゃねえ。メシ食って、寝るの」
「へー。『寝る』の?睡眠という意味で解釈してもいいのかしら?」
「好きに解釈してくれていいさ。ガンダラ、戦に備えてオレは寝るぞ」
「ええ。可能な限りお休み下さい」
「なんだ、可能な限りとは?」
「いいえ。他意はありません。より多くの睡眠と休息が取れることを祈っています」
「……ああ。それじゃあ、数時間後な」
「うん。お兄ちゃん、がんばって!!」
「がんばって下さい、団長」
「楽しませてね!!」
期待とか応援とか興味本位の好奇心を背中に浴びながら?オレはエビグラタンを積んだトレーを持って、その『アジト・隠れ砦支部』のドアを叩くのさ。
「リエル!カミラ!メシだぞ!!」
「……わかった。開ける」
リエルの声が聞こえて、ドアが開く。
リエルはいつものクールな美少女顔だ。怒ってはいない。彼女のうつくしい形の鼻が、ホワイトソースの香りを嗅ぎ取ったようだ。
「おお。もしかして、グラタンか?」
「そうだ。リエル、お前も好きだろ、エビグラタン」
「うむ……入れ。そういえば朝から食事を取っていない」
「だと思って、たくさん用意している。竜の背の上は、風に吹かれて疲れるからな」
「……うむ。お前も、眠れていないのだな?」
「ああ」
「そっか。よく、がんばったな」
ときおり放たれるデレに、毎回のようにオレの心が射抜かれてること知っているかね、リエルちゃん。食欲満たしたら、違う欲も満たして、そのあとで睡眠取りたい気持ちになるよ。
「ああ。重たいよな、ほら、入れ」
「おう。カミラ!メシだぞ、メシ!!四日ぶりだろ!!」
「は、はい!!食べます、ソルジェさまっ!!」
ああ。やっぱり、カミラ・ブリーズも元気そう。
ほら、心配することなんて無かっただろ?
そして、オレは正妻エルフさんと第三夫人吸血鬼ちゃんが待っている、寝室へと挑むのさ―――そう、勇気はいらない。愛さえあればいいのさ。
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