第三話 『ドワーフ王国の落日』 その6
「……お腹、いっぱい」
カミラ・ブリーズはそんな感想を述べたのさ。五カ所目を『闇』の牙でえぐった後で、恍惚の表情でオレに体を預けてくる。
なんというか、SなのかMなのか分からん娘だな。まあ、オレに対しては忠実なるMとして生きていてくれ。
闇の牙でさんざん吸い尽くされた『大地獄蟲』は、ぐったりとしている……。
オレの副官の賢いガンダラさんが、それを見つめている。アゴに曲げた人さし指を当てながら思索に耽っているようだな。
「ガンダラ、どうかしたのか?」
「いえ。素朴な疑問なのですが……死にかけていませんか?」
「……ああ。死にかけてる」
「ちょ、ちょっと!!私の恋人を助けるんじゃ!?」
姫さまからオレ流の救出活動にクレームが入った。顧客からの文句。ほんと、胃がキリキリ痛む時間だよ。
「結果論だ。死にかけているが、死んではいない」
「……ま、まあ。あのまま放っておいても何も解決はしなかったけど」
「だいじょうぶっすよー……ロジン、生きてますっすう」
「なんだか、酔っ払っているみたいね?」
「そうらしいな。彼女の新しい一面を知れて、夫としては嬉しいね」
あれだけ『闇』を吸うと、酔うのかね?また人生を豊かに暮らすための面白い知識が増えたな。吸血鬼は、魔力を吸いすぎると酩酊状態になる。ふむ。いつか、酒場の酔っ払いどもに教えてやろう。
「よくがんばったな、カミラ」
「はい……自分……がんばったすよー」
オレは第三夫人ちゃんを両腕で抱えた。お姫さま抱っこさ。
「えへへー、ご主人さまに、あいされてるう」
「続きはそのうちだ。首に腕回して、つかまってろ」
「うん……」
カミラの腕がオレの首に回ってくる。酔っ払いちゃんは、すぐにうつらうつらだ。平和な時間が過ぎているね。
よし。そろそろクライアントを納得させるとしようか……オレたちの仕事は最高だったはずだぞ?仕事の成果を正当に評価させるのも、経営者の任務だよな。
「……さーて。おい、ロジン・ガードナーよ。生きているだろう?……オレの言葉の意味が分かれば、右のハサミを二度振れ」
呪いは壊されているはずだぞ?ロジン・ガードナー、お前には大きく分けて二種類の『呪い』がかけられている―――まずは、その醜い巨体に変身させられるという『変異』。これは解けていない。
いや、正確には解かなかった。
解いてしまえば?……君の肉体は急速にヒトへと戻ろうとする。そして?そこに残るのはバラバラになった君の肉体だけ。だから、あえて解いていない。ゆっくりと時間をかけて、君は戻るべきなのさ。それならば、ヒトとしての『形』は保てられる……。
少なくとも、その可能性はあるんだ。人生の数週間か数ヶ月を使って、ヒトの形を取り戻す?……十分に満足が行くトレードじゃないか。その体では、生きていくのに、あまりにも不便なはずだぞ。
そして、もう一種類の『呪い』とは、『精神支配』だった。
ガルードゥは、お前の心に指令を送ったよな。ジャスカ・イーグルゥ姫を殺せと、その言葉は響いていたずさ。そして、お前を暗殺のための蟲に堕とした。だが、そちらの術は解除されているぞ。
そっちは急に解いても、問題はないはずの呪いだからな。
どうだ?
解けているはずだが……ダメージが大きすぎるのだろうか?リアクションが来ない。まいったな、失敗か?そんなことを考えていると、『大地獄蟲』のハサミが、二度揺れた。
「や、やったわ!!」
ジャスカ姫が叫んだ。そして彼女はその不気味な姿へと成り果てたはずの恋人、抱きしめていた。まったく躊躇はない。愛の偉大さを思い知らされる。
「……姫。あまり、振動を与えると、彼の傷口に障りますぞ」
ガンダラが仔犬みたいにじゃれつくジャスカ姫へ、注意を与えた。姫は、口元を抑えて反省の意を示した。
「そ、そうね。せっかく呪いが解けるのに、これ以上のダメージはなしよね?」
「ええ。その方がいいでしょう。さあ、お休み下さい、ロジン・ガードナー氏よ」
ガンダラの言葉に従って、『大地獄蟲』は、その頭をゆっくりと下げる。ガンダラめ、ずいぶんとロジンを大事にするな。まあ、理由は博愛主義ではなくて、間違いなく彼の素性のためさ。
ファリス帝国の『犬』、アミリア自治州代表ガードナー氏の息子。アミリア自治州に対する政治工作のための素材としては、十分なものだ。
そうだ。だから、ガンダラはやさしい瞳でロジンの眠りを見守っているのさ。オレたちにとって利用できる強力なカードだから。
さて。その裏表があるやさしさを、なんだか不満ありげに見ている恋人さんがいるぞ。ジャスカ姫は、ガンダラの側に寄ると、背の高い彼を見上げながら口を開いた。
「……巨人さん?」
「はい。なんでしょうか?姫さま?」
「……あのね?そういうやさしい言葉は、恋人である私が彼にかけるべきじゃないかしらね?ゆっくり、休んで、ダーリンって?」
「じゃあ。どうぞ、今からでも間に合います」
「そういうコトじゃないんですけど?誰かの後だと、意味薄いでしょ?」
「どういうことですかな。恋愛の機微にはさとくないのですよ」
ガンダラが姫さまに追い込まれているな。いいや……わざと、とぼけているだけか。
「……まあ、いいわ。とにかく、『パンジャール猟兵団』!!……感謝します!!本当に、ありがとう、私のロジン・ガードナーを救ってくれて!!」
「……えへへ」
オレの酔っ払ってるヨメが、腕のなかで笑っていた。意識はほとんどなくても、聞こえたのか?可愛らしいじゃないか、オレのカミラ・ブリーズ。
そうだ。この輝かしい勝利は、君の言葉から始まった。君がこの結末を望んだから、君の友人であるジャスカ・イーグルゥ姫は、この未来をオレたちにねだれた。
立場に縛られてしまえば、心や選択の自由などなくなってしまうことがある。それに、常識にもね。確かにオレたちは非常識だったし、アホ丸出しだったよ。死力を尽くして、偶然、上手いように転がっただけだ。
場合によれば、オレやガンダラは死んでいたかもしれない。それでもな、カミラ。君の言葉が、ジャスカ姫に自由を与えた。だから、彼女は……こうして今、怪物となってしまっているが、愛する恋人の前で笑っているんだぜ。
ああ、オレの『聖なる呪われた娘』よ。
オレは、今、君のことがとても誇らしくてしかたがない。
「いい笑顔をしているわね、サー・ストラウス」
「貴方のそれには劣るだろう」
「まあ、いい勝負じゃないの?愛を誇る表情に、甲乙なんてつけられないでしょ」
「そりゃそうだ。だが、彼はしばらく回復にはかかるぞ」
「……ええ。どれぐらい?」
「……まあ。これから数ヶ月は養生させなくてはな……そうだな、そこらの水路がいいだろう。ろくに動けなくなり、筋力は落ち続ける……自重を支えるためにも、どこかため池だとか……水の張った場所がベストだ」
「くわしいのね?」
オレのこと脳みそまで筋肉な、知恵とは無縁のタイプの男だとでも思っていたのかい?……ああ、そうだね。これはオレが苦労して本を読み漁って築き上げた知識なんかではないよ。
「じつは、君らの憎き敵、隠者・ガルードゥ……ロジンの『呪い』をこの竜の眼で調べたとき、ヤツにまつわる情報も採取できたのさ」
「情報?」
「ああ。記憶とか、性格……呪術に関する知識、情念……あらゆるものじゃないが、色々ね。彼がどういった存在なのかについて、オレはもしかすると君より詳しいよ」
訊かないが、君はアレが自分の曾祖父の弟だということを、知っていたかい?
姫はオレに感心してくれている。
「スゴい力ね。『魔王』と呼ばれるわけかしら?」
「褒めていただけると光栄さ。だけど―――仕事が残っているな」
「そうね。でも、それは……私の手で仕留めるべきことよね」
「……面白いお姫さまだ」
「まあ、フツーの姫じゃないわ。『荒野の風』の娘で、ゲリラで、『狭間』で……『ガロリスの鷹』の現リーダーだもの」
「そりゃそうだ。だが……今は報告を聞こう。ミア!!」
オレは物陰で気まずそうにしている妹を呼んだ。ミアは、うなだれたまま歩く。そうか獲物は捕れなかったか、残念だな。こういう日もある。
「……逃がしちゃった。めんご」
「いいさ。お土産つきだろ?」
「うん……はい。ジャスカちゃん」
「え?なに、この包み?」
ミアから受け取った包みを、ジャスカ姫はゆっくりと開けていく。そして、きゃあ!と悲鳴を上げていた。オレはニヤリと笑う。
「だ、誰のよ!?」
「いきなり、そう訊いてくるのが普通の女性ではないな。一般的には、う、腕!?……とかだと思うぜ、姫さま」
「腕なのは、見たら分かるでしょう?」
「誰のかも、見当はつくだろ。うちのミアが、持って帰ったんだぞ?」
「……ガルードゥ?」
「正解。ミア、ヤツはどこにいたんだ?」
「お兄ちゃんの言う通り、上にいたよ?ほら、岩壁の裂け目……天井近くにね、横穴があるの。そこに隠れていたからね、見つけて追い詰めたの。でも、隠し通路に飛び込んで、逃げられちゃった……自己嫌悪」
「いいさ。姫さまは、ご自分の手で殺したがっている。つまり、グッジョブさ、ミア」
「……えへへ。褒められちゃった!」
ミアが嬉しそうだ。だから、オレも嬉しくなる。兄妹愛だよね、こういうのってさ。オレたちが兄妹愛に浸っているあいだ、ジャスカ姫は呪術師の腕を見ていたが、しばらくして、それを地面に叩きつけていた。
いいね。そういう強気な姫さまは。
「……どんな逃げ道があろうとも、ヤツの逃げるトコロは知っているわ」
「そうか。面白い。オレも行こう。ヤツは、今日中に殺しておきたい人物だからね」
「ええ。とりあえず、カミラをあの家に置いて来なさい」
「わかった。すぐに戻る」
「あら、『すぐ』でいいの?……早いのね」
「……そういう挑発で、オレを置き去りにするつもりなのか?」
恋愛脳の女ゲリラは、王家の血を引いていても少々下品だ。そして、仲間を死地にさらすぐらいなら、自分だけが危険を選ぶという、気高さを持っている。危なっかしいが、嫌いになれない正義だよ。
「あら。バレた?」
「ああいう厄介な敵に、ひとりで挑もうとするのは良くないぜ、姫さまよ」
「まあ、騎士殿らしいのね、お姫さまをエスコートしてくれるなんて」
「君を死なせると、オレたちが努力した意味が消える。絶対に死なせないさ」
「……フフ。いいわ。私の復讐を目撃するチャンスをあげるわよ」
「ああ。ガンダラ……ここは頼むぜ?『ガロリスの鷹』たちが、ロジンを誤解して攻撃しないようにしてくれ」
「ええ。了解。私も、それなりに疲れていますし……ドワーフの隠者の隠れ家ですか?私のサイズと合いそうにありませんな」
うん。短躯のドワーフの背中の曲がった年寄り隠者サマ……そいつの隠れ家だって?……ホント、クソ狭そうだよね。まちがっても巨人族には向かないトコロに思えるよ。
「適材適所と行こうぜ。ガンダラは、ここだ!……そして、ミア、来い。仕留め損なった獲物が、どんな風に死ぬのか、お前だって知りたいだろ?」
「うん!!ジャスカちゃーん。手こずるなら、サポートを求めてね!!」
ミアはガルードゥに逃げられたことを悔しがっている。雪辱の機会を求めているのさ。だから連れて行く。
姫さまの復讐を邪魔したくはないが……何せ、相手はこの地下迷宮を知り尽くすヤツだからね。
逃がすわけにはいかない。リベンジに燃えるミアという最高の保険をかけておくべきじゃあるのさ。
「……ええ。さて、私も仲間たちにロジンのこと知らせてくる。寝てる彼を焼き殺さないようにしなくちゃね……」
―――準備を整えた三人は、『運河』へと船を下ろした。
姫の導きのまま、その『運河』をさかのぼり、迷宮の奥へと向かう。
姫は語る、隠者の『役目』を。
この『ドワーフの古き都』の奥で、彼らは伝統を守って継ぐ。
―――世俗から離れて、純度を保つのよ。
ドワーフの掟には、誰よりも忠実。
私たちに協力をしてくれたのは、私の王家の『血』のためね。
騙したときも、本音の今も。
―――運河をのぼり、一時間。
そこにあったのは、隠者たちの『地下墓地』だった。
彼らの住み処にして、聖なる場所さ。
夕べの祈りの時には、戻らなければならないの。
―――だから、伝統に縛られたあの年寄りは。
私のロジンに呪いをかけた、あの殺すべき男は……。
必ず、ここにいるのよね。
そうさ……その老人は伝統そのもの、善悪ではない、伝統なのさ。
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