第三話 『ドワーフ王国の落日』 その7
それは岩壁にあいた小さな穴にさえ見えた。蝋燭や聖なる意味を持つかもしれない杯、グラーセス・ドワーフを創造したという『地母神マーヤ』……丸っこい土塊で作られたその神像が、おびただしい数ほど並んでいなければ?
この穴が誰かにとっての『聖地』だとは思わなかっただろう。
だが、どんな聖地であり、どんな偉大なる神々が祀られていたとしても、この穴にはオレたち三人に侵される運命だ。
「狭い穴ね」
「お兄ちゃん、ミアが先頭行こうか?」
「いいや。ミアは後ろ。こういう穴では後ろから攻められたときのが厄介。ここでも動けるお前がそこにいて欲しい」
「ラジャー!!じゃあ、お兄ちゃんが先頭!!ジャスカちゃんは真ん中ー」
「ちょっと、あいつは私の恋人を呪ったのよ?」
「……正確には、君を狙っているんだ。ヤツからすれば、アミリアの代表の息子さえも、君を殺すための道具にしか見ていないさ」
そうだ。バランスを欠いている。
暴走しているのかね。
……いいや、元から彼は狂信的な人物だ。自分にも流れるドワーフ王家の血を、闇雲に崇拝していやがる。それが自尊心を回復する唯一の手段なのかね、去勢された男の?血を遺せないからこその依存なのだろうか……根が深そうだ。
「気をつけろ。ヤツは死んでも君を殺したがる」
「あはは。恨まれてるのね、私」
「ジャスカちゃん、あのジジイの誰かを殺したの?」
ミアが質問。そうだね、ジャスカ姫はなかなか血のにおいをさせる女だ。
ジャスカ・イーグルゥ姫は肩をすくめる。
「そうじゃないわ。あのヒトは、私が父上の子だから気に入らないのよ……正確には、私が『狭間』だからでしょうね……」
「……どーして?」
ミアの大いなる難しさを秘めた言葉が、闇のなかで聞こえた。
どうして世界から差別はなくならないのか?
多くの大人が口ごもってしまう質問だろう。だが、世界というものは……世界に責任を持っている『大人』という存在には、子供の純粋な言葉に答えるべきときもある。
さあて、どんな風にオレの妹に答えてくれるのかな、ジャスカ・イーグルゥ姫?
彼女はしばらくの沈黙を思考の時間に消費したあとで、ゆっくりと語りはじめる。
「うふふ……どーしてかしらね。ヒトはね、自分と違ったモノが、憎くて、嫌いで、殺したくなってしまうのよ……『本能』なのね、きっと……」
ああ、なんていう悲しい答えだろう。ヒトがヒトを許容できないのは、『本能』。さみしいね。
だが、たしかに真実でもある。ヒトは自分と違ったモノを許容する行為になど、長けている存在ではないのだ。世界を旅するオレは、どこの土地でもその真実を見かけてしまうからな。
しかし。それが世界の『全て』でもない。
「なにそれ、帝国のヤツらみたいだよ……っ」
ミアはその答えが気に入らなかったみたいだ。素直ないい子だよ、オレの妹は。
「そうね。たしかに、帝国の哲学ね。『人種の浄化政策』という考えは……でも、それは帝国だけに限ったものではないの。ヒトはね、なかなか自由になれないの。ヒトを好きになることさえも、許されないときがあるのよ」
「あー……なんだか、悲しい気持ちー」
「うふふ。でもね、それでも……愛する気持ちは止まらない時があるのよ?」
「……おお。なんか、とっても……とってもラブだよね、その言葉!!」
「ええ。とっても愛おしくて、自由な言葉でしょう?……かつて、そういう気持ちになった父上と母上がいるから、私はここに存在しているのよ!!」
『狭間』……違う人種のあいだに生まれた子供たち。世界を探せば、たくさんいる。そして、その多くが残念ながら、不幸に晒されているのが現実だ。
……だが、それでも幸せをつかもうと、あがいてもがく者たちがいる。
そして、その戦いは、その子供たちの父親と母親だってそうなのさ。
ドワーフの父親と、人間の母親。彼らのあいだに生まれたのが、ジャスカ・イーグルゥ姫さ。彼女は、両親たちの『祈り』でもある。このお姫さまの居場所を作ってやりたいから、アンタは片腕なのに戦ったんだろ、『荒野の風』よ?
いつか……オレもきっとその心を思い知る。その祈りがもつ熱量と、重さと、苦しみと、偉大さをね。
だって、リエルはエルフだ。彼女が産む、オレの子はハーフ・エルフ。世界で最も疎まれている『狭間』の子供たちさ。ロロカはディアロスだし、カミラは吸血鬼……うん?吸血鬼の子供って、ハーフ・吸血鬼になるのかな?
とにかく、我がストラウスの次世代は、オレの子供たちは、『狭間』だらけ。世界の祝福を受けそうにない子供たちさ。
もしも、まだ見ぬ我が子たちが、帝国人なんかに迫害されてると思うと?……オレは片腕どころか両腕もがれても、帝国人のこと殺しに行くね。あのときの吸血鬼相手みていに、『ゼルアガ』を屠ったアーレスみたいに、喉笛噛みちぎって殺してやるよ。
ああ、『荒野の風』よ……そんな戦いで死んだアンタに、オレは一度会ってみたかったもんだぜ。オレにとって大切な何かを、伝えてくれそうだもん。
いや。というより、伝えてくれなくてもいいんだ。大切なことは、アンタの生き様のハナシを聞いただけで十分伝わってる気がするよ。とにかく全力で人生を駆け抜けたってことだろ?大切なモノのために、命もふくんだ全てを賭けてね?
だから、十分だ。そんなことより、何だか酒を一緒に呑んでみたいだけだよね。なあ、オレが死んだら、あの世で呑もうぜ、片腕の暴れん坊ジジイさま?アンタは、どんな酒が呑みたい?アルコール度数高いのとか、好きそうなイメージだぜ。
「……そっか。それじゃあ。やっぱり、ジャスカちゃんはその場所が一番いい」
「え?どういうこと?」
「守るの。そういうヒトたちを、ガルーナの竜騎士と、『パンジャール猟兵団』はね」
「……ああ。『人間ならざる者たちの王』―――『魔王』……うふふ。ソルジェ・ストラウス、貴方はやっぱり『荒野の風』に似ているわ!!」
「……そうかい。それはありがとうよ」
「『荒野の風』って……誰?」
「人間と亜人が一緒にいてもいいって世界を創ろうとしたヒトよ」
「おー。ほんとだ、同じだね、お兄ちゃん」
「……そうだな。そういう世界を、創るのさ」
「とても素敵ね。でも……スゴく、不可能に思える夢ね―――」
この薄暗く『地母神』だらけの穴に、ジャスカ姫の言葉が響いていた。そうだ。彼女は革命家をやっているものの、大人な女子だ。冷静な判断力だって持っている。だから、当然なことを言っている。
不可能?……ああ、そう思えるかもね。『世界を変える』?自分たちの望む『未来』を、その指で掴み取る?
こんなにちっぽけなオレたちが?
ああ、どうかしているかもしれない。
だが……それでも、心からあふれる風は止まらない。
お袋が作ってくれたストラウスの魂が、やっちまえ!!と叫んでいるのさ。
「―――大丈夫だよぉ」
ミア・マルー・ストラウスの声が、闇のなかに風を伴い走っていた。それは穏やかな声だ。子供のミアが、こんなにやさしい声を出せるとは、知らなかったな。
大丈夫。
その言葉が捧げられたのは?当然、オレじゃない。ミアは知っているのさ、おそらく誰よりも。ストラウスの妹だからね。ストラウスのお兄ちゃんのコトに誰よりも詳しい。オレはあきらめない。死んでもあきらめない。それが、ストラウスだから。
その言葉を捧げられたのは、ジャスカ・イーグルゥ姫だよ。
何故か?
あの言葉は、オレたちを否定するための言葉じゃないから。
あの言葉は、彼女自身が、彼女自身の運命を不安に思って口にした言葉だからだ。
「……ジャスカちゃん。不安にならなくてもいいんだよ?」
「え?み、ミアちゃん?」
「世界はねー、とっても複雑に見えちゃう時があるんだけどー」
「だけど?」
「実際はねー、ヒトとヒトでしか出来てないんだよねー」
「そ、そうね?」
「ヒトはねー、ほとんどのヒトが、ミアやお兄ちゃんと一緒で、アホ族なんだよ?」
「あはは!!な、なによ、アホ族って?」
オレたちのことー!!そんなことを考えながら、オレはバカみたいに笑ってみる。この顔をジャスカ姫には見せたりしないけどね、絶対にバカにされるから。アホ族にだって、羞恥心はあるんだよ。
「アホ族ってのはねー、シンプルにモノを考えるヒトたちのこと。仲が悪いのなら、仲が良くなればいいだけー」
「そうね……でも」
「ミアはねー、小さな頃から世界を旅してばかりなんだー」
「そう、なの?」
「うん。小さい頃は、ママと一緒で奴隷さーん。あるとき、人買いから逃げていたらさー、赤い髪の騎士さまが、自分の死んじゃった妹さんの名前を叫びながら、助けてくれたの」
「……そう」
「ガルフ・コルテスっておじいちゃんがー、爆笑しながらさー、『今日から、お前たち兄妹だぜ』!!って、決めてくれたの。それだけでー、その出会いと言葉だけでー、私たちは兄妹になれたよー」
「……よかったわね、ミアちゃん」
「それからねー、色んなところを旅していく内にねー、たくさんヒトが増えてったの。どんどん、どんどん、増えてった。そしてねー」
「……そして?」
「私たちー、ムチャクチャ強くなってたのー」
「そ、そうね。ほんと、ムチャクチャな強さよね、貴方たちって」
「うん。でもねー、まだまだ、強くなってるんだよー。なんでか、わかるー、ジャスカちゃーん?」
「……いいえ。才能、かしらね?あと努力とか、精神力?」
「全部正解ー。でもー、足りてないのがひとつあるー」
「……何かしら?」
「今日はね、ジャスカちゃんだよねー」
「……え?」
「ジャスカちゃーん、りぴーと・あふたー・みー。はい、ガルフ・コルテスいわくー」
「え?が、ガルフ・コルテスいわくー……?」
謎のガルフ・コルテス道場がオレの背後で開かれていて、なんだかとっても面白い。才能があるな、ジャスカ・イーグルゥ姫。君にも流れているぞ、君の親父さん由来だと思う、アホの血が……。
ニヤリと笑うオレの背後で、道場は継続するのさ。
「強くなりたいのならー?」
「つ、強くなりたいのならー?」
「『にやりと笑って、『仲間』をつくれー』ッ!!」
「に、『にやりと、笑って、『仲間』をつくれー』っ!?」
「そういうことです」
「ど、どういうことかしら?」
「強くならないと世界を変えられないのなら?かんたん、かんたん。世界を旅して、『仲間』を増やしていけばいいってことだよー。今日はねー、ミアたちねー、ジャスカちゃんに出逢えてさ、その分だけ強くなってるよう?世界はさー、ヒトとヒトでしか出来ていない、単純なものなんだよ?」
「……そ、そうね?」
「だからね、今日、『世界はちょっとだけ変わった』のー。ジャスカちゃんと仲間になれたからさー、私から見える世界は、昨日とそれだけ違っているんだよう?」
「ミアちゃん……」
「世界を変えるのにはね、強くなって、お友達を増やすの。それだけでいいんだ。とっても簡単。それにねー、ウルトラ天才なケットシーの私にはさー、見えるんだー、世界の風がね、混ざっていくのがー」
「風が……混ざる?」
「うん。色々なヒトがいてねー、そのヒトたちの色がねー、どんどん混ざっていって……まっ黒な風になろうとしているのー」
「まっ黒な風……?」
「うん。全ての色が混じった、最強の『風』……『魔王軍』の『風』!!」
「『魔王……軍』?」
「そう。お兄ちゃんは魔王さま。私たちは、お兄ちゃんと共に在る『風』……『魔王軍』。ジャスカちゃんも、じつはすでにー、ミアのなかでは『魔王軍認定』ー!!」
「うふふ。それは、光栄ね」
「でしょー?だからね、どんなことをしても守ってあげるの。ジャスカちゃんのことを。『魔王軍』のみんなでね、この世界をぶっ壊してでも!!」
「そ、それは、頼りになるわね」
「でしょう?」
「ええ!」
「えへへ。だからね、だいじょうぶなんだよ、ジャスカちゃん」
「え?」
「だいじょうぶだよ。ジャスカちゃんはさ、『お母さん』になってもいいんだよ」
「……ッ!?」
―――おいおい。まさか……。
「ジャスカちゃん、ジャスカちゃん。その子にね、何も心配せずに『未来』をあげていいんだよ?お兄ちゃんと私たちが、その子に都合の良い『未来』を必ず作るからさ」
「ミアちゃん……」
「だから、だいじょうぶ。細かいことを心配せずに、その子を、愛してあげていいんだよ」
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