第三話 『ドワーフ王国の落日』 その5
「―――団長!!団長ッ!!お、起きて下さいっす!!」
覚醒していく意識のなかで、涙が今にもあふれそうなカミラの顔を見る。ああ、クソ、体が痛えな。そうか、深く入り過ぎて同調し―――『大地獄蟲』の呪いどころか、制作者の記憶まで見てしまったか。
魔眼の真髄、また一つそれに近づいてしまったようだな。
オレは痛む身体をムリやりに起こす。カミラが、わああ!と叫びながら抱きついてきた。なんだか心配かけていたようだな。うむ。体のあちこちが痛む。夢に入っているあいだに打撃されたのか、『大地獄蟲』に?……おいおい、我ながら、よく死ななかったな。
「ああ!!団長ッ!!み、未亡人になるかと心配したっすよう!!」
「……何があった?」
「ジャスカを連れて帰って来たら、団長がロジンと一緒に硬直してたっす」
「あっちもか。なるほどね」
「で、でも、いきなりロジンが動いて、尻尾で団長を打撃して……」
「動けんオレは情けなくもノックダウンか」
「情けなくはないですが、倒れてました。心配したっす……っ」
「ああ。心配かけたな。だが……収穫はあったぞ」
「ほ、ホントっすか!?」
「ロジンは……あと、姫はどこだ?」
「ふ、二人は、あそこです……っ」
カミラの視線を追いかけて、オレは戦場を見た。
そうだ。そこに恋人たちはいた。ジャスカ・イーグルゥ姫と、その恋人が化けた『大地獄蟲』が対峙している。なるほど、いい状況だ。
「ロジン!!落ち着いて!!暴れないで!!」
『ぐるるるうううう……』
『大地獄蟲』は……いや、ロジン・ガードナーは興奮状態ではなくなっている。姫が来たことでヤツの心は落ち着いている。いや、強さを増しているのだ。
「……団長!気づきましたか!!」
姫のそばに待機しているガンダラが、オレに気がつき叫んでいた。槍を下ろしている。ロジンを刺激しないためにだな。いい判断だ。リスクはあるが……リスク無しに解決できるような現実ではない。
「ああ。よく単独で踏ん張ってくれた」
「ええ。なんとかしましたよ」
「……苦労をかけるね、副官くん」
「それで。収穫は?」
「あった……姫よ!!しばらく、ロジンを呼びつづけろ!!」
「え、ええ!!ロジンは、生きているのね!!」
「確信していることを問うな。ヤツは、君を見て呪いと戦っている」
「呪いと、戦う?」
「……詳しくは後でだが、この呪いは、君を殺すためだけの呪いだ」
「え……」
「だからこそ、ロジンは君から距離を取り、ここで殺されようとしたのさ」
「そ、そんな私を、殺す?……一体、誰が……ッ」
「分かっていることを訊くな」
「っ!ええ、そうね……隠者さまが……いいえ、『隠者ガルードゥ』のヤツが……ッ」
『ぎゃぐぐぐうううッ』
ロジンが隠者……ガルードゥの名前に反応しているな。ロジンも分かっているのだ、自分に呪いをかけた犯人を。うむ。もしかしたら、オレと同じ『夢』を見たのかもしれない。ガルードゥの邪悪なる人生の在り方を。
嫉妬と歪んだ自尊心……愛国思想なのか己の血統への崇拝なのか、まあ大した器を感じさせないものだ。取るに足らない男だが、その実害に苦しめられている恋人たちからすれば、ヤツの名はこの世で最も嫌悪すべき言葉だな。
「……とにかく、姫よ。いいニュースと悪いニュースがある。どちらから聞きたい?」
「自分の不幸を自嘲するために、笑顔が出そうなのよ?」
「ああ。聞くまでもなかったな。いいニュースがある。オレは、この呪いを見切った。カミラを使えば、どうにか助けられそうだ」
「……やった!!ロジン!!やったわよ!!」
『ぎゃぐうううう』
姫の言葉なら耳に届くか。ふむ、愛の力は偉大だな。それとも、姫のほうの呪いをカミラが完全に消滅させたから、少しは正気に近づいているのか?
……じゃあ、オレを殴ったのは何のつもりだろうか?いつか事情を聞いてみたいことだよね……そう、すぐにはムリだ……いつか、ね。
「ねえ!どうするの、どうすればいい?」
「方針を伝えるよ。まずは、ロジンの意識を戻すぞ」
「意識を?」
「そうだ……ここで悪いニュースの発表だ」
「……どんなこと?」
「……心を取り戻すのは、おそらく簡単だ。だが、肉体の方は……時間がかかる」
「……どれぐらい?」
「……よくて、数ヶ月だ。長ければ、数年だな」
「―――わかった。それぐらいなら、待つわ!!」
即答か。さすがは『荒野の風』の娘だ。しかし、オレを山賊やゲリラの頭目と似ているというのか?……褒め言葉なのだろうが、あの厳つく下品な片腕のオッサンと同じカテゴリーに分類されるのはイヤだ。
オレはイケメン竜騎士なのに……オッサン、鼻毛と口ひげとアゴひげが合体してるような男性ホルモンの化身みたいなヤツじゃないか?……君がママに似て良かったよ、ジャスカ姫。まあ、そんなことは、どうでもいい。
「君の覚悟が聞けて嬉しいよ。今、彼の肉体は、この巨大な蟲のなかでバラバラになっているんだ」
「バラバラ!?」
「ああ、千切れている。ムリに取り出したら死んじまう」
「そうでしょうね……細切れになって生きていたヒトはしらない」
「ああ……だから、その肉のなかで、ゆっくりと『集めて』―――再生させるしかないのさ」
「うーん……なんだか、とても大変そう!」
「いいや。君にいるのは、恋人を待つ忍耐だけだ」
「そういうの、ある方よ。とても健気で一途ないい女だもの!!」
「なら、きっと出来るだろう……決まりだな。カミラ。ロジンの『心』を解放するぞ?」
「は、はい!!それで……自分、どーすれば?」
「こっちに来い。オレの腹に、背中をつけるように立て」
「了解っす!!」
カミラ・ブリーズが走り、オレの腹にその背中を預けるようにしてくっついた。いつの間にか、彼女の髪が普段のポニーテールになっていることに気がついた。いつもの赤い紐でまとめられた、ウェーブのかかった金髪のポニー。
ふむ、悪くない。今までも元気な印象を受けるその髪型だったが、今は、大地を駆ける馬みたいに力強い。
馬扱いしているのは悪い意味じゃないぞ?生命力を褒めているのさ……君の気合い―――呪われた力を、正しいことに使ってみせるという覚悟。それを、オレは『強い』と感じている。
さすがはオレの愛する第三夫人ちゃんだぜ。
オレはカミラの右手を掴む。そして、ゆっくりと持ち上げて、『大地獄蟲』へその手を向けさせるのだ。
「団長!!指示をくださいっす!!」
「このまま、オレの魔眼が君の『力』を誘導する」
「え、えーと?」
「分かるさ。オレがあの『大地獄蟲』くんに、魔眼で『印』を刻むから。そこを順番に『闇』でえぐっていけ。そうすれば、術は崩壊させられる」
「団長、そんなことが出来たっすか?」
「いいや。ついさっき、出来るようになった」
そうだ。
ガルードゥの人生をショートカットで見物していたとき、アーレスの『授業』を思い出していた。魔術とは何たるか、呪術とは何たるか―――竜はガキの頃のオレに、とんでもない『財産』を授けてくれていたのさ。
……もちろん、当時はチンプンカンプンさんだったぜ?何を言っているのか、まーったく、理解なんて出来なかったんだ。だが、この年齢になって、そこそこ経験が増えたこともあり、あの『授業』を思い出しながら、邪悪な隠者の人生を見ているとね……。
いい参考になったよ。
ヒトを呪うという作業とその意志……オレにはなかった経験。それを、ガルードゥの人生を見物している内に、覚えてしまった。
呪いの構造について、オレは今までの十数倍は詳しいよ。アーレスのくれていた『知識』とガルードゥがやった『実践』が合致して……理解を深めたのさ。
だから?
魔眼の……竜の眼の『呪術/呪眼』……それを覚えちまったぞ。
魔眼が輝きを増して、魔眼ににらまれた『大地獄蟲』の肉に、『呪印』が浮かぶ。金色に輝く紋章さ。
「……い、今の、見るだけで、呪ったっすか!?」
「ああ。アーレスの子の一匹には、見ただけで敵を麻痺させたヤツもいたな……それに比べれば、まだまだだ」
あの『呪印』は……そういう素敵な力と比べると、ずいぶんと見劣りするね。ダサいけど、発表する。
アレは、敵の『ターゲッティング』だよ。あの『呪印』を刻めば、オレと、オレとつながっている者の魔術からは絶対に逃れられない。
『あれ』を刻まれたら、魔術をそこに『誘導されちまう』のさ―――ファイヤーボールの命中確率に、とんでもなく上方修正がかかるわけだ。
なんだと?……つまらない?
ああ、ホント。親父の乗ってた『石眼のイシュタール』に比べたら、ホント地味な力だよ、アーレス。でも……『これ』を鍛えると、多分、色々と面白いコトが出来るようになるだろう。
今は自分と仲間の魔術しか誘導できないが……『敵の魔術』をも誘導できるようになりそうだな。雷の魔術を、オレではなく、オレの眼が狙ったモノへ落とせるようになれば?……魔術に対して、最高の防御術になりかねん。
まあ、それは今後のハナシだ。今は、カミラの『闇』を誘導して、ガルードゥの下らん呪術を解体していこうじゃないか?
「さて。行くぞ?……『闇』を解放しろ。オレが導くから、オレの魔力を感じて追いかけて来い」
「は、はい!!」
カミラが『力』を込める。彼女の肉体から、『闇』をまとった暗い黒の気配が立ち上っていく……強くなったな。お前は、この『闇』を使う姿を、オレたち以外の誰にも見られたくはなかったはずだ。
でも。お前は友情を築いたジャスカ・イーグルゥ姫に、その光景を見せている。姫は、この未知の魔力に、ちょっと驚いている。しかし拒絶の意志はない。さすがは『荒野の風』の娘か……異質な者でも、受け入れる。
その器の大きさに、カミラも惹かれたのか?
ジャスカ姫が、カミラに告げた。
「カミラ……その力、何だか分からないけど、素敵よ?」
「は、はい。邪悪だけど、それでもいいって、褒めてもらえたんです」
「ラブラブなのね」
「はい。愛し合えてます」
カミラはそう言った。オレは今、彼女の金色の髪しか見えないけれど、きっと猟兵らしい笑顔を浮かべているに違いないさ。
君の犬歯は人一倍に大きいから、きっと、その強い笑みはよく似合うよ。
さて。その笑みに相応しい仕事をさせてやろう。
「カミラ……呪いに触れるぞ。不気味な感触かもしれないが、思い切り、それに噛みついて喰らうんだ。呪いが君を傷つけることはない」
「はい。私自身の呪いが……吸血鬼の呪いが、守ってくれるから―――」
「―――そうではない。オレの魔眼が、君を襲おうとする呪いを縛るからだ」
「えへへ。なら、なにも心配ありません!!」
「そうだ。だから、喰らえ、カミラ!!」
「イエス・サー・ストラウスッ!!」
カミラのまとっていた黒いオーラが、オレの『呪眼』に導かれて、『大地獄蟲』の肉体を貫通する!!まるで、『牙』だった。吸血鬼の本質をあらわす形なのかもしれないな。
『ぎゃががああああああああああああああああああああああああああッッ!?』
ロジン・ガードナーが叫んだ。痛むか。それは、そうだろう。だが、まだ貴様の呪いは残っている。『闇』のオーラは躍動し、その牙が『大地獄蟲』の甲殻を砕き、その身から血潮を爆ぜさせた。
ロジンが痛みの余りに、また叫び、暴れようと身をよじる。
「姫!彼のことを勇気づけろ!!暴れられても、かえって傷口が広がるだけだ!!」
「ええ、わかった!!さあ、ロジン!!がんばりなさい!!カミラとストラウス卿が、貴方の心を解き放とうとしているのよ!!」
『ぎゃぐううっ』
『大地獄蟲』が静かになる―――それでいい。
「愛は偉大だね」
「はい!!自分も、あなたに思い知らされてるっすよ、私のご主人さま……っ」
「くくく。そうかい。なら、彼らの愛を助けるぞ?」
「はい!!」
「あと五カ所だ!!死ぬほど痛いが、死にはせん!!」
「らしいわよ!!ほら、がんばりなさい、ロジン!!」
『がぐううううううううッ!!』
『呪眼』に導かれた、オレのカミラの『闇』が、ロジンの肉体へ牙となって突き刺さる。痛みに悲鳴するその『大地獄蟲』を見て、吸血鬼ガールのカミラちゃんはちょっと昂ぶっているみたいだ。
出さなくてもいいのに、背中から小さなコウモリの羽が生えて、なんかパタついている。犬の尻尾みたいなものだろう。呪いに含まれる、闇の味が美味いのかもね。
そして……気のせいではないのだろうな、ジャスカ・イーグルゥ姫も何だか楽しそうなのだ。ロジン・ガードナーよ。君はきっと永遠に彼女の尻に敷かれることになるんだろうね―――。
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