第三話 『ドワーフ王国の落日』 その2


「……団長、鎧を」


「いや、そんな時間は無さそうだ。竜太刀さえあればいい。サポート、出来るか?」


「大丈夫っす!!団長の……だ、第三夫人として、が、がんばるっす!!」


 カミラがやる気だ。ありがたいが、病み上がりの彼女にはムリはさせたくない。


「オレがフロント。お前が魔術でサポートだ。アレが……もしも『ヒト』と『地獄蟲』の混ざったモノなら……考えなくてはならんからな」


「……ヒトと、『地獄蟲』を……ま、混ぜる……ッ!?」


 言わない方が、良かったか。カミラのお人良しの脳みそなら、せいぜいヒトを補食した『地獄蟲』のような考えにしかならなかったのかもしれない。オレは第三夫人ちゃんのコントロールがまだまだかもな。


「……やれることが無いか、調べる。出来なければ、殺すことこそ慈悲だろう」


「……はい!!」


 すまないな、カミラ。こんな言葉で追い込むように覚悟をさせて。


 さて、とりあえず出たとこ勝負だな。何か分からんが、これ以上暴れれば……この『隠し砦』そのものが崩壊して、ケガ人やらガキのいるこの場所も、お終いだろうさ。


「ここには、子供たちもいるっす……っ。団長、行きましょう!!」


「……ああ。やるぞ」


 そしてオレたちは隠していた気配も魔力も全開させて、この小さな家のドアを蹴破り、『隠し砦』の内部へと踊り出て行く。


 『ガロリスの鷹』のメンバーたちは、右往左往しているな。パニックだ。ゲリラ兵とは言え、ここにいるのはケガ人と女子供。オレの判断では彼らは非戦闘員さ。


『ギャルルルルルルルウウウウウウウウッッ!!』


「右で吼えてるっす!!」


「ああ、オレにつづけ、カミラ」


「はい!!」


 オレたちは逃げ惑う子供たちのあいだを駆け抜けて、砦の中央部にある広場へと向かった。そこでは、オレの団員たちが奮闘中だ。


「あれは、ガンダラさんに、ミアちゃん!!」


 そうだよ。我が妹と副官一号殿が、巨大で醜い『地獄蟲』と交戦中だよ。そうさ、アレはデカい『地獄蟲』だな……名付けるなら『大地獄蟲』というところか。


 ムカデとカニとクモを混ぜた形状は同じだが、よりスレンダーで前傾姿勢を帯びて、不気味な形状をしていやがるな。『より攻撃的』、『俊敏性が高そう』、『リーチを伸ばした』……捕食生物としての特性の全てが強化されている、そんなイメージだ。


 そして、せいぜいクマぐらいのサイズだったはずが、コイツは明らかにデカい。なにせ、ゼファー並みの巨体になっている。高さにして3メートル弱。体長はあの太くてトゲが生えた尻尾のような物体を含めると、7から8メートルはありそうだぞ。


 デカい。そこが『大地獄蟲』という言葉をオレが発想した理由さ。未知の脅威をシンプルに考えて、分かりやすい名前をつける。それが慌てないコツだと、年寄り竜に言い聞かされながら育ったもんでね。


『ギャアアアシシシシイイイイイイイッッ!!』


 『大地獄蟲』の野郎が吼えて、ハサミのラッシュをミアとガンダラに浴びせる。


 二人は冷静だった。敵意のままに振り回されるハサミの攻撃を、ミアは軽やかなステップの連続で、ガンダラはその巨体を活かした大きな一歩を使って躱していく。


 ハサミが砦の地面にふつかる。


 折れたら楽だったのに、そのハサミは折れることなく床石を砕いて、地面深くに突き刺さっていた。


「ハサミは頑丈。八本の脚で読みにくく、唐突に横にも動く―――」


「ハサミのリーチは相当に長いっすね……」


「カミラ。お前の『魔笛』で、アレをコントロール出来るか?」


「……いいえ。出来ない。普通の『地獄蟲』は誘導できたっすけど……コレの『心』は濁っていて知覚出来ないっすよ」


 普通の『地獄蟲』は誘導できるのか。さすが『闇』を統べる存在、吸血鬼だな。だが、濁る……?


「……心に……ヒトの意思が混じっているのか?」


「……そ、そうかもしれないっすけど!?……そ、そんなこと、あるんすか!?あって、いいんすか!?」


「良くはないが、それが現実だという時もある」


「……サー・ストラウス……」


 背後からジャスカ姫の声が聞こえた。彼女は負傷しているようだ。深手ではなさそうだな……着込んでいた鎧が彼女の命を救ったようだ。


 しかし、鎧の表面が曲がっているほどの打撃を浴びて、よく立って動けるな―――うむ、ドワーフと人間族の『狭間』らしく、鉄のようなタフさを持つのか?


 ふむ。頑丈な肉体をくれたご両親に感謝だな、姫よ。並みの人間の女なら、割れた肋骨が肺に刺さって致命傷になっていただろう。


「ジャスカ!!無事っすか!?」


「……ええ。四日も眠っていた貴方に心配されるとは、思っていなかったわ」


「それで、姫よ。状況は?ミアたちが戦っているアレは、なんだ?」


 オレの言葉は有効な質問なのかい……そんなに暗い表情へとなってしまったということは?カミラが戦友を心配する。カミラはアホだが、不幸には敏感な女だからな。


「ジャスカ……どうしたっすか?なんで、そんな顔をするっすか……?」


「……アレは、私の恋人が化けたモノよ」


「え……?」


「ロジン・ガードナーか」


「……ええ」


 ―――まったく。どうして悪い予感ばかり当たるのだ。


「で、でも……ッ!!ど、どうして!?」


「わ、私にも分からない……私が、眠っている彼にキスをしたら、いきなり、魔力が彼の『腹』からあふれて……爆発が起きた。それで私、吹き飛ばされたよ。壁に打ち付けられて、一瞬、気絶してた……!!ああ、もう、何が何だか!?」


「落ち着くっす!!ジャスカ、落ち着いて話すっすよ!!」


「え、ええ……そうよ。すぐに気がついて、ロジンを探したのよ。そ、そうしたら、砕けたベッドの破片が散らばる床のところに、ロジンが眠っていて、ろ、ロジンの腹を裂いて―――む、蟲の、頭が生えて来て……そ、それから、全身が……あ、あんな形に化けていったの……ッ」


 気丈なジャスカ姫が、青ざめた顔で口元をおおう。吐き気を催しているのかもしれないな。気丈さが仇となったか?……恋人が、あんなバケモノに変わってしまう過程を、彼女は見てしまったのか……並みの精神力の女性なら、気を失うという幸運に恵まれたものの。彼女は、全てを見てしまったのか。


「……そ、そんな!?……ヒトが、ロジンが……『アレ』に……ッ!?」


 カミラは呆然としている。


 そうだな、これはあまりにヒドい現実だ。ヒトを魔物に変える『呪い』は存在しているが―――それからヒトへと戻ったというハナシを、おとぎ話以外で聞いたことはないな。


 オレは静かに竜太刀を抜いた。


 カミラが、オレの殺気に反応を示す。


「だ、団長!?ま、まさか!?」


「さっきも言った通りだ。殺してやるのが、もはや、慈悲だろう」


「そ、それは……そうっすけど!?で、でも、アレは、ロジン……ジャスカの恋人なんですようっ!?」


「分かっている。その上で、言葉にしているのだ。あえて、ジャスカ姫の前でな」


「……サー・ストラウス」


「君は、どんな指示をする?……オレは猟兵。君との契約なら、受け付けるぞ。避難を手伝えと言うのなら、それをしよう。守れと言われれば、対象を守る。殺せというのなら、オレが君の剣となって、ロジンを終わらせてやってもいい」


 オレの力をジャスカ姫、貴方に貸すぞ?


 だが、選ぶのは君自身であるべきだ。君の命令で動く刃なら、あの醜く変わり果てたロジンを仕留める剣に相応しい。彼にも、君の慈悲と覚悟と……その愛が伝わると信じているぞ。


 それが辛いのなら、好きな道を選んでくれ。なんでもいいさ。君はオレのカミラを四日間も介抱してくれたのだ。恋人を失ったと信じ込み、絶望の痛みを抱えながらも。君は、恋人との思い出の場を……オレの女を眠らせるために使わせてくれた。


 大切な思い出よりも、カミラの命の重さを選んでくれた。


 恩には、報いる。


 それがガルーナの竜騎士の道だ。


「ジャスカ姫。オレたち『パンジャール猟兵団』は、貴方の剣になる。して欲しいことを口にしろ。やれることに、全力を尽くす」


「……ありがとう。サー・ストラウス」


「ジャスカ……」


「わ、私は、大丈夫よ!?……大丈夫。しなくちゃいけないことは、分かるもの」


「……言ってくれ、姫よ。君がカミラの友なら、オレは君の苦しみを放ってはおかない」


 せめて、肩代わりさせてくれ。


 君の命令で彼を殺すが……君の手に、彼の命が壊れていく感触などを、残さないでおきたい。そんな思い出は、命をかけてお互いを愛した君たちにの恋の結末には、似合わない。


 君らは劇的な恋をしていたはずだ。敵と味方の勢力に生まれつき、彼は人間、君は人間とドワーフの『狭間』なのだろう?……障害の大きすぎる恋だが、まるで物語のように美しいな。


 だから。君の手で、殺すことはないんだ。


「……サー・ストラウス。このままでは、被害が拡大します。あの大きさの『地獄蟲』が消化液を吐けば……?この『隠し砦』の内装を組んである古い木たちに火がついてしまうかもしれない……ここには、動けないほどの重傷者もいるのよ……そ、それに―――」


「……辛いなら、一言だけ言えば、伝わるぞ」


「うん……ロジンを、殺して……」


「―――了解した」


 それが貴方の願いなら。きっと、この悲しい願いを帯びた竜太刀も、彼を最小限の苦しみで死へと誘うだろう。アーレスは慈悲深い。泣いている姫の願いを、無下にするような竜ではないのだ。


 今、この刃の鋼は冴えて……君と彼のために切れ味を増すだろう。


 ロジンよ……楽にしてやる―――っ!?


「……カミラ」


 オレの服を、カミラの指がつかまえていた。意味は、分かるぞ。だが……。


「……団長。ちょっと、待ってください」


「時間がない。アレを抑えるのは、ミアとガンダラでも長くは保たない。殺してやるのが慈悲だろう」


「……そうよ。カミラ……今は、やさしさが意味を成す状況ではないわ」


「……そんなことは、無いっすよッ!!」


「カミラよ……ムチャを―――」


「―――ソルジェ・ストラウスなら……もし、自分が……私が、バケモノになったぐらいではあきらめない」


 ……それを言われると、言葉に困るな。だが、そうだな。確かにアレが君なら?


 ……竜太刀で首を斬ることを、すぐに選ぶことはないだろう。しかし、カミラよ。この状況を解決する策があるのか?……オレには、見えん。


「で、でも!?このままじゃ、ロジンが、仲間たちを殺してしまう!?」


「……まだ、殺してないっすよ。アレに化けたとき、一番すぐ近くにいた、ジャスカのことを殺さなかったっす」


「そ、それは!?で、でも……あんなに、暴れて……っ」


「つまり、慌てて、走って……広場に出たっす。あそこなら、戦ってもらいやすい。殺されやすい場所に、自分から出たんすよ!!」


「……っ!!」


「おい。まさか。ああまでなって、まだ、自我が残っている?ロジン・ガードナーの意識は、途絶えていないというのか!?」


「はい。分かりますよ。だって、ロジンはジャスカのこと、あんなに大好きなんですから」


 アホのカミラは本気だった。感情が暴走しているだけの言葉にも聞こえるが……そうではない。彼女は、本気で確信を抱いている。


「……オレは、ロジンを知らない。だから、決められそうにない」


「団長……っ」


「ジャスカ姫。もう一度、選択肢を君に与えたい……」


「わ、私だって、確信が、持てないわよ!!」


「そういうことを聞いているのではない。意志を訊ねるという行為は……君の『願望』を聞いているのさ」


「サー・ストラウス……?」


「いいんだ。もはや確率など、考えなくていい。責任なんてドブに捨てろ……なあ、ジャスカ姫さま。君が願う、どんな『未来』のために、オレたちはあがけばいい?」


 そうだよ、ジャスカ姫。


 君の願いを聞きたいんだ。


 どんなに儚い夢でもいい。ありえそうにない未来でもいい。


 オレたちは、そういうモノに手を伸ばしてもがくことに、なれているんだ。


 くくく、アーレスの竜太刀が、今、かつてないほどにその刃を輝かせているぞ。


 ―――あきらめる?たかがヒトの子が?世界の神秘も知らぬ、ひよっこの分際で。


 あのフェミニストの竜が……竜騎士姫の翼が、オレのアーレスが。泣いているお姫さまのために、力を貸さないわけがない。


「ジャスカ!!」


 カミラの声が、魔法のような強さを帯びて、ただ短く、友の名前を呼んでいた。


 アホな心さ。アホな願いから生まれた言葉。無責任な希望を宿した、不屈のアホな願い。いいさ、上等だ!!そういうアホなものにこそ、命を賭ける価値がある!!


「わ、わたしは―――ッ!!」


 震える声が、意志を風に伝える。歪んだ顔で、必死になって、その言葉は紡がれる。


「私は、『また』……ううん。『まだ』、ロジンと一緒に『生きていきたい』ッ!!」


「うん。そうだよね、ジャスカ!!……団長ッッ!!」


「おうよ。不可能上等!!アホ上等!!……オレは、ガルーナの竜騎士!!竜と共に在る狂った剣鬼さ……やるぜ、アーレス!!いくぞ、カミラ!!」


「はい!!」


「オレたち『パンジャール猟兵団』に任せておけ、ジャスカ姫ッ!!」


 戦うために笑うのさ!!


 あり得ないことを、実現するために!!



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