第三話 『ドワーフ王国の落日』 その1


 ―――いい恋人たちね、カミラはきっと幸せになれるわよ、ロジン?


 私たちの戦いに巻き込まなくて、良かったわね。


 竜がいるのよ、空を駆ける竜が……。


 そんなものが、私たちにあったなら……世界の果てまで、逃げたかも。




 ―――この手が血に穢れてしまう前なら、多くの仲間を死地に誘う前なら。


 私たちは、きっと、それを選べたわよね?


 誇りを捨てて、あの二人に頼んだ。


 お願い、竜で、私たちを安全なところに運んで下さい。




 ―――でも、もう手遅れだわ。


 私たちは血に汚れ過ぎてしまったもの、生き残るために必死になりすぎて。


 殺したし、裏切ったし、盗みもした……女や子供も戦闘に巻き込んでしまった。


 『ガロリスの鷹』は……滅びつつある、だから、グラーセス王国とも組めた。




 ―――叔父上さまは……シャナン王は、そうでなければ、私を助けなかっただろう。


 『狭間』の血など、ドワーフ族だって嫌っている。


 ねえ、ロジン……私たちは、自分たちが心のままにいられる世界を創りたかった。


 でも……きっと、もう……その夢も終わりなのね。




 ―――私、ついさっきまで、死のうとしてたの。


 せっかく、カミラが助けてくれたみたいだけど。


 私は、100人の仲間で『罠』を作ったもの。


 仲間の死体で、『地獄蟲』を呼ぶのよ?……邪悪すぎるでしょう?




 ―――ほんとは4日前に、死ぬべきだったのよね。


 それでも……運命のいたずらで、私は生きてしまった。


 この4日、カミラを助けようと、シャナン王と交渉し、医者や兵士を借りた。


 カミラだけは、地下迷宮を使って安全なところまで運び出したかったから。




 ―――それ以外には、未練はないと思っていたわ。


 革命は、もう壊れてしまったもの……。


 グラーセス王国も滅びるでしょう……なによりも。


 貴方が、もうこの世界にいないと思っていたから……。




 ―――死ぬために武装して、グラーセスの城に援軍として向かおうとしていた。


 そしたら、ガルーナの竜騎士が現れたのよ?


 『隠し砦』を見つけだし……カミラを求めていた。


 そのうえ、どういういたずらなのか、貴方まで連れていたわ、ロジン。




 ―――未練が、出来ている……ドワーフの兵士たちは、私と残りの部下を求めている。


 城に赴き、帝国軍と戦い、死ぬために。


 一秒でも長く、グラーセス王国が滅びるのを先延ばしにするためだけにね。


 悪くない行為ね……誇りなんて、けっきょくのところ強がりだもの。




 ―――でも……ロジン、貴方を置いていくのはイヤ。


 戦場で一緒に死にたかったけど、そうならなかった。


 ……ねえ、ロジン……貴方のことを、殺してもいいかしら?


 貴方を殺して、私も、ここで死ぬの。




 ―――そしたら、ずっと一緒にいられないかしら……?


 ああ……こんなことを思うのは、カミラをサー・ストラウスに返せたからね。


 もう、背負っているものは、業だけね……。


 罪深い私たちは、生きていていい道理はないわ。




 ―――だから……一緒に死ねたら、幸せじゃないかな。


 意識を取り戻してくれないかしら、十分だけ、ハナシをさせて欲しい。


 そして……訊きたいの、疲れたの、もう死んでいい?


 ねえ、一緒に死んでくれない……?




 ―――そう訊きたかったけど……時間切れみたいね。


 城に行く時間が来ようとしている、契約は契約。


 『ガロリスの鷹』は、明日、死ぬでしょう。


 仲間たちの『肉』は、機能する……ガンダラが教えてくれたわ?




 ―――竜騎士さんの正妻のエルフが、『策』を強化してくれているそうよ。


 ウフフ、男性には素敵なシステムね、奥さんがたくさんいていいなんて。


 自由な戦士……まさに、『荒野の風』ね。


 そう……第六師団の援軍、その到着は遅れるわ。




 ―――大地の裂け目を利用すれば、アインウルフのいる本陣近くに出れる。


 可能性は、とんでもなく低いものだけれど……。


 『ガロリスの鷹』の残り130名と、ドワーフの義勇兵で……。


 特攻を仕掛けて、アインウルフの首だけでも取るわ……。




 ―――有終の美にしましょう、それをね……。


 ごめんなさい、一緒に生きることも、一緒に死ぬことも出来ずに。


 だから、カミラたちに感情移入してるのかも……。


 一緒に生きて、一緒に死ぬでしょうね、彼ら『パンジャール猟兵団』は。




 ―――世界の秩序にケンカを売り続けるって、キツいわね。


 でも、あの戦士たちなら、最後までそれを貫くでしょう……。


 もしかしたらと、期待もするのよ?


 秩序を、破壊しちゃうかもって?




 ―――カミラは私を救い、竜騎士殿は貴方を救ってくれたの。


 私たちに待ち受けていた運命が、その質を変えたわ。


 私は、これから死にに行くけれど、貴方は生きていてね。


 彼らが作るかもしれない『未来』……それはね、きっと私の夢と同じ色をしている。




 ―――長く生きて、ロジン。


 私を殺した帝国が……滅びてしまうその日を、その目で見て。


 そして、祝って?


 カミラの愛する魔王さまが築いた『未来』なら、私たちの恋物語は、歌になれる。




 ―――そして、ジャスカ姫は愛する男に未来を託して、彼に口づけをする。


 ドワーフは王を決闘で決める、兄弟同士の殺し合いさ。


 シャナンは30年前、その試練に勝って、兄弟たちを皆殺しにした?


 いいや、兄のシャルオンは見逃した、その右腕を切り落とし、追放した。




 ―――シャナンは知っていた、最後の決闘で兄が自分のために手加減したことを。


 ドワーフの戦士としては、屈辱だった……だが、愛情も感じた。


 葛藤のあげく、シャルオンの利き腕を切り、追放することに決めたのだ。


 シャルオンはどう思ったのだろうか、僕には分からない。




 ―――シャルオンは隣国に落ち延びた、アミリアさ。


 そこで彼は山賊紛いの無法者になり、人間の妻を娶り……子をなした。


 『王になるべき男』シャルオンは、やがて大義に目覚めていった。


 支配されるアミリアの民、迫害される『狭間』の子ら。




 ―――自由の風を帯びた王の魂は、その屈辱を認められなかった。


 闘いに生きることを選んだ、心に吹く、その自由な風に黒い鷲は舞うのさ。


 『ガロリスの鷹』は産声を上げ、その翼は『荒野の風』が率いたのさ。


 その正義は熱く、激しく、無慈悲であったが……彼は死ぬまで自由を求めた。




 ―――ドワーフは戦士だから、シャルオンを偲ぶ者は多い。


 真の王は、シャルオン……シャルオンが王ならば、地母神は裏切らなかった。


 ファリス帝国に滅ぼされるのは、掟を歪めた罰なのだ。


 酒場の歌は、亡国の危機の今、『荒野の風』を求めていた。




 ―――『自由なる王の魂』……『荒野の風』。


 だからこそ……その自由を嫌悪する者も、少なからずいるのさ。


 美学に生きる、その老人もそうだった。


 だから彼は、死に瀕するその男を見たとき……その腹に呪いをかけた。




 ―――悪趣味な呪いさ、愛する女の口づけで、発芽するように。


 その『身』を『魔物』へと変える……狂戦士の呪法。


 死体となっても逃れられぬ、暗黒の秘術さ……。


 ジャスカ姫の、別れのキスが、引き金さ……そうだね、悪趣味なことだ。




 ……処女とはいえ、さんざんレズの吸血鬼とそのレズの眷属どもに調教されているオレのカミラちゃんは、オレの前で服を脱ぐのにためらいは少ない。


 そういう女を抱く機会は、今までなかった。レズに調教されたエロい処女?……なんか興奮する。シャーロンのバカには黙っておこう。本にされたら恥ずかしいもん。『続・ゾルケン伯爵夫人の痴情』の題材にされるのは屈辱である。


「……ご主人さま……っ。もう、準備は……」


 下着も脱いだカミラがいた。19才の若い肢体は白くて、その肌は綺麗だ。胸の大きさは普通だが形は好みだ。カミラのいつもは愛らしい童顔は、今では発情を帯びてうるんでいる。


 まだ生娘のくせに、エロい貌しやがって。欲望のせいでオレの唇が歪むのさ。獣みたいに牙を剥く。むさぼってやろうという欲望に駆られる。彼女の表情で分かる。オレの欲望を全て叶えてくれる従順さが伝わるね……。


「ああ。待ってろ、オレも脱ぐからさ」


「は、はい……っ」


 ベルトに指をかけた瞬間だった。オレの恋愛によく起きる現象なんだけど、いざって時に邪魔が入る。今回は、いきなりの魔力の高まりと―――そして、爆音さ。


 オレの腕と体は全裸のカミラを抱きしめて、その背で盾をつくる。カミラはオレの腕のなかで、声を上げる。


「な、なにっすか!?」


「……伝統芸だな」


「伝統芸!?」


「服を着ろ、カミラ……何かは知らんが、この『隠し砦』に『敵』がいる」


「敵……帝国!?」


「いや。この邪悪な気配は、そうじゃないな」


「邪悪?……『地獄蟲』のにおいに、似てる……?でも、ヒトが、混ざってる?」


「……ヒトが混ざるね」


 イヤな予感だ。ヒトと『地獄蟲』のセットか―――思い当たるのは、ひとつだけ。この地下迷宮に隠れ住む呪術師……『隠者サマ』とやらだね。その男か女か分からん呪術師が、ゲリラ兵の屍肉に『地獄蟲』を呼ぶ呪いをかけた。


 ヤツは凄腕。


 そう……隠蔽した呪術の罠は、このオレにも気づかせない。


 そうか。同じヤツに二度も騙されたか。1日の内に、二度もだって?


「……『罠』かもって、思っていたのに……まったく、アーレスに知られたら、説教を食らいそうだぜ」


 ―――小僧、お前は、魔眼を使いこなせていないぞ。


 そんな声が冥府から聞こえてくるようだ。


 カミラがスゴい勢いで服を着て、オレに敬礼する。


「ソルジェ団長、カミラ、戦闘準備完了っす!!」


「……ああ、行こうぜ。オレとお前の交尾を邪魔した連中に、文句言いに行こう」


「はいっす!!」


 ……さて。『隠者サマ』とやら……テメー、あの男に……ロジン・ガードナーに『何』を仕込んでいやがった?


 その男はな、ジャスカ姫殿下の、恋人でもあるんだぞ……?


「なあ、カミラ……お前は『隠者サマ』を知っているか?」


「え?……ジャスカたちのアドバイザーっすね。顔は知らないっす」


「気配は知っているのか?」


「……何となくは。どこか、その、つかみ所が無い気配っす……空間に融け込んでる?って、言えばいいのでしょうか?」


「……隠遁上手ね……とはいえ、アーレスの魔眼から完璧には逃れられはしないだろう?……すれ違ったとは思えないな……ならば」


 ……別ルートで、『ここ』に入っていたのか……そして身を隠していた?


 そもそも、この『隠し砦』を提供したのが、もしも『隠者サマ』とかいうハナシなら……ヤツは正門以外の通路も知っていそうだな。その裏口からなら、ジャスカたちにも知られることなく潜入してくるのか……?


「団長!!何かが、砦の中を走り回ってるっす!!」


「……考えるより先か。この罠が……オレの思っているよりも、残酷じゃなければいいんだがな……」


 そいつは希望的観測すぎるかい、悪趣味な『隠者サマ』よ……?


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