第二話 『大地の底で、目覚めた暗黒』 その12


「……っ!?」


 欲望というのは抑えが利かないから厄介だ。いや、愛情もか。オレは腕のなかにいるカミラのことを動かしていた。回転するようにして、上下を逆にする。オレが上でカミラが下になっていた。


 さすがは屈強な農夫に色々されてしまっている、大人女子カミラちゃん。オレが何をしようとしているか、分かったようだな。


「だ、団長!?だ、ダメですよ!?う、浮気は、ダメです―――」


「浮気じゃねえよ。娶るんだ。お前は、オレの第三夫人になるんだよ」


「だ、第三夫人!?な、なにっすか、その制度……っ?」


「ガルーナの魔王には、いくらでもヨメがいてもいいのさ」


 これはもうエルフ族のルールじゃない。オレが決めた。オレは、リエルもロロカもカミラも、オレの女にしちまうんだよ。ストラウス家の再建が高速化しちまうな。


「そ、そんな……っ」


「三番目じゃイヤか?」


「イヤじゃ……ないっすよ……まさか、自分みたいな、穢れた者が……お嫁にもらっていただけるなんて、思ってもなかったっすよ……っ」


「なら。問題はねえ。なあ、欲しいモンは欲しいんだ。オレの女になれよ、カミラ」


「……う、うれしいっすよ……」


 ベッドの上で、オレに組み伏せられているカミラは、悲しそうに泣いていた。うれし涙じゃないことぐらい分かる。そうさ……彼女は劣等感が強すぎるのさ。


「でも……ダメですよ、団長っ。自分は……自分は、吸血鬼に汚されてる女っす」


「『ゾルケン伯爵夫人』にされたことは、忘れちまえ」


「そ、ゾルケンではないっすけど!?」


 しまった。そうか、それはエロ小説のハナシか。そう言えば、アイツなんだっけ?いいや、そんなことはどうでもいいんだ。


「カミラ、お前がどんなことされてても、オレは構わん。お前が欲しい、それだけだ」


「そ、そんな……でも、自分は―――」


「……ふん。荒療治と行くか。乱暴かもしれんが、お前のコンプレックスは気に入らん」


「す、すみません」


「おい、カミラ。話せ」


「……え。な、なにを……っすか……?」


「吸血鬼のバカ女に、どんなことされたのか、全部、オレに話せ」


「そ、そんな!?」


 カミラが怯えた顔になる。まるで、初めて『あの姿』になってしまった時のように。それはそうかもしれん。ヒドいことを聞いている自覚はオレにもあるぞ?


 だが……もう容赦する気はない。


「話せ。オレが信じられんのか?」


「そ、そうじゃ、ないです……た、ただ、嫌われたくないっすよ!?だ、団長に、嫌われたくないだけっすよう……ッ!!」


「その言葉はオレを信じていないことになるぞ」


「え……ッ!?」


 当然だろう、カミラ・ブリーズ。


「お前がどんな目に遭わされていようが、オレはお前を受け入れると言ったんだぞ?そのつもりがなければ、お前にこんなこと訊くか」


「……団長……ほ、ほんとに……っすか?」


「ああ」


「ほんとに、自分に、引いちゃわないっすか……?ほんとの、ほんとっすか?」


「くどいな。さっさと言えよ」


「あ……」


「どうした?」


 カミラの顔が、赤くなり。抵抗するためにかなり力を入れていた腕から、力が抜けていた。


「……団長、また、さっきの笑顔だった」


「さっきの?」


「はい。やさしいときの、笑顔」


 その笑顔はカミラにとって心を落ち着ける薬になったのだろう。


 カミラはしばらくオレを見つめたあとで、深呼吸をする。そして、強がるように笑う。そうさ、猟兵ってのは、そういう笑顔を浮かべるもんだ。


「……じ、じつは、私は……15のときから、二年間。吸血鬼のメルビナに誘拐されていたんです」


「ああ。知ってるさ。誰がそのバカぶっ殺したと思ってる?」


「えへへ。そうですね。団長ですよ」


「続きを聞いてやる。辛くなったら、言え。抱きしめてやるから」


「は、はい……そ、それでですね……私は、そ、その、いろいろと……ちょ、調教というか、その、メルビナに、いろいろと変なことをされていまして……」


 だろうな。


 あの変態女は、おぞましいことをしていた。


 処女の首を刎ねて血を風呂に満たして、入浴する?


 棍棒で女をボコボコに殴る?


 ほんと、残虐非道のクソ女だったな。


「で。どんなことをされた?……お前の苦しかったことを聞かせろ」


「……ま、まずは……そ、その……き、キスをされてしまいました」


「……そうか」


「は、初めてのキスだったのに、あんな吸血鬼の女に……っ。そ、それと、吸血鬼の眷属になっていた、奴隷の女たちにも、き、キスされてしまったっす」


「……そうか。なんだ、女にだけか?」


「え?は、はい……そ、そうですけど!?……女にでも、されたら、イヤっすよう!!」


 オレの言葉が軽率だったかね?君の初めてのキスの思い出を軽んじるつもりもないが……。


「男からすれば、女同士のキスなんて、ノーカウントだぜ」


「え?の、のーかうんと?」


「カミラちゃんは、まだファースト・キスしてないんだよ。女同士とか?アホか。そんなもの、オレさまからしたら勘定に入らないのさ」


「あ、アホって……し、失礼ですよ!?あ、あんなに毎日、べろべろされちゃったら、その……汚された感じしかしませんって!?」


 たしかにそうかも?


 でもさ?


「オレ、カミラちゃんが女といくらキスしてても、嫉妬しないね」


「え?」


「男の唇に汚されてないのなら、オレからすればファースト・キスはまだだ」


「何千回も、されちゃったんですよう!?」


「それでも、オレのための準備運動ぐらいにしか思わんな」


「そ、そうなんすか?……引かないんすか?自分、トラウマだったすけど!?」


「引かねえよ、そんなことぐらいで」


 ほんと、拍子抜けなぐらいだ。


 カミラちゃんの貞操観念が、思っていたよりも純朴でビックリしているぐらいさ。


「そ、そんなことは―――口では、いくらでも……言えるっすよ……っ」


 生意気なアホ娘め。言葉だけじゃ足りないのか?


 ああ、いいぜ。


「それじゃあ、カミラちゃん。ファースト・キスの時間だぞ?」


「え……そ、その、あの……っ」


「なんだ、オレに捧げてくれないのかよ?カミラちゃんのファースト・キス?」


「ち、ちがうっす……で、でも、心の準備が―――っ!?」


 猟兵女子をいきなり襲うの、慣れてますんで。


 今日も成功だよ。オレ、カミラちゃんの唇を奪っていた。


 カミラちゃんの体がこわばり……やがて、力を抜いてくれる。


 結果的には、やさしいファースト・キスになってるね。


 長く、そのまま続けて……やがて、解放してやる。


「……これで、カミラのファースト・キスはいただきだな。どうだった?」


「……か、感想を、発表するんすか?!そ、そんなシステムなんすか!?は、恥ずかしすぎるっすよう!?」


「当たり前だろ?お前のトラウマを克服するためのものだし。で、どうだ?」


 カミラはオレから顔を背けながらも、答えてくれる。


「……よ、良かったっす」


 オレは支配欲が満たされて、ニヤリと笑う。カミラは羞恥に耐えながらも、オレとの初めての思い出を語ってくれる。


「……吸血鬼どもに、無理やりされてたのと、全然違うっす。幸せな気持ちになった」


「そりゃ良かった。いいファースト・キスになって、良かったな、カミラちゃん」


「あ、頭撫でるとか、子供扱いしすぎっす!!……ほ、本気だせば、あんなキスじゃないんですから!?もっと、ムチャクチャされてたんすよ!?」


「じゃあ、本気のそれで楽しませてくれるか」


「そ、そんな……ま、マジっすか?ガチで、言ってるっすか?」


「ああ。お前がオレのためにしてきた特訓。その効果を、見せてくれよ」


「そ、そういう言い方されると……がんばるしか、ないっすけど……っ!……っ!?」


 ……くくく。また簡単にキスさせちまったな。隙だらけだぜ、カミラちゃん。


 カミラのアメジスト色の瞳が、色っぽくうるむのに気づいた。彼女はオレが差し込もうとしている舌を受け入れてくれる。そして、そのまま、さっきオレの指を舐めていたときみたいに、いやらしく舌を絡めてくる。


 正妻さんと第二夫人さんには、まだ出来ない芸当だな。これが男に仕込まれたものだと思うと、なんかスゲー口惜しいと思ったり嫉妬したりするんだろうが。オレの性癖のせいかね?


 女同士のキスがどんなに激しかろうと、嫉妬の対象にすらならんね。むしろ……こういうと語弊があるが、いい『放牧』にでも出していた気持ちというか?


 ……カミラはレズビアン吸血鬼どもに仕込まれた技術を、オレとのキスに注ぎ込む。そうすることで、きっと、忘れられるだろう?ていうか、忘れさせてやるぜ。


「……っ!?」


 カミラがオレの舌の乱暴な動きに、驚いて、しばらく責められっぱなしになるが。やがて、従順に舌を絡めてくる。長くいやらしい儀式は終わり、オレはカミラの唇を解放してやった。


「……そ、そんなの……ズルいっすよう。乱暴です……こ、こんな激しいのは、知らないっすよう」


「吸血鬼どものキスなんて、忘れちまっただろう?オレの感触に上書きされてよ」


「……は、はい……っ」


「それで。キス以外にもされたこと、全部言えよ。順番に」


「ど、どーしてっすか?……ま、まさか?」


「そんなもの、オレとの行為で『上書き』してやるんだよ」


「さ、されたこと、全部、ソルジェ団長に、されるんすか……っ!?」


「ああ。今ここで再現できそうなのは、全部な。さすがに特殊すぎたり道具いるのはケース・バイ・ケースになるが……イヤか?オレに『上書き』されるの?」


「い、いやじゃないっすよ!?……で、でも、引きませんか、こ、こんなエッチなのを、自分は、あのレズ・モンスターどもにされてるっすよ!?」


「いや、全然。オレの性癖なのか、女同士のそれについては、嫉妬も抱けないんだ。むしろ、オレのために、オレの女をよく仕込んでくれたって感覚だぞ」


「ひ、ヒドいっすよ。自分、ヤツらにされたことのせいで……とんでもなく、苦しくて!!とんでもなく恥ずかしくて!!よ、汚されたって……苦しんで……だ、だから、ソルジェさまに愛してるとか、好きとか、言えなかったっすよ……ッ」


「でも、今、言えたじゃないか」


「……あ、あれ?ほ、ホントだ……」


「アホだな。オレのカミラは」


「お、オレの……って」


「ああ。オレのだ。違うのか?」


「ち、違わないっす!!じ、自分は……自分は、ソルジェさまだけの、女っす!!」


 これはこれで調教の悪い後遺症かもしれないな。『さま』とか?……まったく、あのレズ吸血鬼め、オレさまのカミラちゃんに、サマ付けさせていたのかよ。


 ほんと性奴隷扱いだったんだろうな。


 ムカつくね。でも、許してやるよ、クソ吸血鬼よ……お前の血は、そう言えば美味かった気がするし、アーレスのマネを出来たから、うれしくもあったから―――。


「―――で……カミラ。どんな屈強な農夫に犯されたんだ?」


「へ?の、農夫?」


「ああ。農夫じゃないのなら馬飼いか?」


「わ、私……そ、その……色々、変なコトは、あのレズ吸血鬼どもにされちゃいましたっすけど?……お、男とは、その……し、してない……っす」


 カミラが顔を背ける。そんなことで照れるのか?純情なんだな。好きだぞ、そういう反応は、オレの征服欲を満たしてくれるから。


「そうなのか?……もう、されてると思ってた」


「ひ、ヒドい言いがかりっす!!そ、そんなことされてたら、自分は、舌を噛んで死んでいたっす……愛してもない男にされるぐらいなら、じ、自分は、舌を噛んだっすよ!?」


「くくく。スマンな、勝手な誤解だった。失礼した」


「ほ、ほんと、失礼っすよ……っ!!」


「じゃあ。オレさまにカミラの処女を捧げてくれるんだな?」


「あ、あの!!……は、はい……っ!!……ソルジェさまに……捧げられるっす」


「そうか。それなら、オレはお前が穢されたなんて思わんぞ」


「……で、でも。自分は……『闇』が……混じっているっすよ!?邪悪な、『吸血鬼』の呪いが、私の血と肉には、混じっているっすよ!?」


「だから?」


「……え」


「お前が吸血鬼なんてことは、初めて会った日から、ずっと知ってるけど?……それでオレが引いたか?うちの団員どもも?」


 カミラが静かに首を振る。


 横にね、もちろん。


「だろ?……お前は考え過ぎているだけだ。オレは、言っただろ?呪われてる?たしかにそうだ。でも、オレはお前にあだ名をつけたぜ、率直な私見を反映させてね」


「……『聖なる呪われた娘』……」


「呪われていようが、関係ない。殺された家族や故郷。村の者たち。ただ村を通りすがっただけで吸血鬼に家族ごと捕まって、殺されちまった10才の女の子……そういう者たちのために、祈りの声と涙を流せる女に、オレは神聖さと気高さを感じるんだよ」


「ソルジェさま……っ」


「お前の『呪い』とかいう細かいことは、どうでもいい。気にもならん。さっさと、オレに抱かれろ、カミラ・ブリーズ。お前の下らんコンプレックスを、オレので忘れさせてやるよ」


「……は、はい……ご主人さまッ!!」


 調教の後遺症が、とんでもないタイミングで飛び出しちまうところが、アホだな。いや、いいタイミングかもしれない。


「す、すみません、ソルジェさま……ていうか、だ、団長……っ。へ、変な風にお呼びしてしまい、申し訳ないっす……ッ。ひ、引いたっすよね?はうう!!なんたる失態!!」


 目を細めながら、カミラは羞恥と後悔の涙を流す。


 だから?オレ、ゾクゾクする。


 ニヤリと笑う。牙が空気に触れるね、カミラが放つ色気にあふれた空気にさ。


「いいや。オレ、そう呼ばれながら、するの……多分、スゴく好きだぞ。なんか、興奮してきた。手加減してやれないかも?でも、そっちの方がレズ吸血鬼のことなんて、忘れさせやすいかも?」


「……ご、ご主人さまの……え、エッチ……っ」


「じゃあ。オレのモノにしてやるよ」


「は、はい!あ……で、でも……その。ひとつ、いいですか……?」


「なんだ」


「…………あいしています、ソルジェ・ストラウスさま。初めて、あなたにお会いしたその日から―――」




 ―――カミラが笑顔で、その告白を出来たとき。


 ソルジェはやさしくほほえんで、彼女にもう一度キスをした。


 カミラは自覚する、自分が愛の奴隷になるのだと。


 もはや自己嫌悪は消えて、ソルジェへ仕えることだけを考えていた。




 ―――全てを捧げるだろう、彼の求めるままに、自分の身体は動いてしまう。


 抱かれながら、愛していますと歌うだろう、それを心が望んでいるから。


 二年間、言えなかった言葉を、全て唇で歌うのだ。


 あいしています、だいすきです、あなたのこどもがほしいです。




 ―――カミラが、ソルジェのために服を脱ごうとしていたころ。


 異変は起きていたのさ、残念だけど……『暗黒』が目覚める必要ある。


 彼の腹のなかに、呪いはいたのさ。


 彼……そう、ロジン・ガードナーに、呪術はかかっていた。

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