第二話 『大地の底で、目覚めた暗黒』 その9


「いい気なもんだぜ……まったくよう?」


 ホッペタを引っ張る。


 ―――痛いっすよー。とか、今にも言い出しそうだ。


 ああ、鼻の穴にでも指を突っ込んでやりたい気持ちだが、騎士道的にアウト行為だからしない。どうせなら、もっと違う穴に……いや、すまない、失言だ。


「とにかく、カミラは助かるのね!?」


「そのうち、目を覚ます。邪魔なら、すぐに撤去するけど?」


「いいや、女性をそんな風に扱うなんてダメよ?貴方の『恋人』なんでしょ?優しくしてあげなくちゃダメじゃない!!」


「え?……いや、カミラは」


「はあああ!!安心しちゃった!!なんだか、お腹空いたわ。トンカツのにおいとか、するしね?」


「お昼ご飯、カツサンドだったの!!お兄ちゃん特製の!!」


「あははは!砦の前で、料理してますって、見張りから報告があって、ドン引きしちゃったけど貴方たちなら、それぐらいやりそうね」


「ガルーナの男子は、料理ぐらいマスターしているのさ」


「そう、いい恋人を持ったわね、カミラ!!」


「だから……」


「―――団長」


「……どーした、ガンダラ?」


 なぜ、クールな顔を作っているんだい?魔眼が教えてくれるよ、君が愉快なことを考えている時に放つ、黄色い光を『心』から放っていることをさ?


「カミラに『ご褒美』を。その方が、『呪い』の反動が収まるのも早い」


「……ああ?しかし、ジャスカ姫がいるし……?」


「え?あ、ああ。ご、ごめんなさい!!そ、そうよね!?恋人同士が運命的な『再会』したんだもの、す、することが、あるわよね!?」


 大人女子のジャスカ姫は、何か大きな誤解をしている……知っているぞ、賢きガンダラよ。お前は、こういう罠を仕掛けてくるんだよ?ラブコメ劇場が見たいってか?リエルとの夫婦コントじゃ足りないのか!?


 賢き策士は、ニヤリと笑う。くそ、確信犯だな……。


 だが、今日のオレはすでにリエルにセクハラをしている。ラブコメをする義務は、果たしているのだ!!


 ……さて、カミラの名誉のために、ちょっとジャスカ姫さまに説明しておきたい。


「ジャスカ姫、彼女にあげる『ご褒美』ってのは、オレの『血』で―――」


「―――ストーップ!!」


 姫さまに命令されたら騎士は黙るよね。野良でも、一応ガルーナ騎士ですから?


「ミアちゃんがいるのに、何て破廉恥なことを!!」


「いや、だから―――」


「―――ガンダラさん!!ミアちゃんと一緒に、お外に!!ミアちゃん、スイーツがあるから食べましょうね?」


「うわーい!!甘いモノ、ウルトラ大好きいいいいいッ!!」


「甘いモノは脳に良いと聞きます。私も食して来ましょう。さあ、ミア。私が肩車をしてあげましょう」


「わーい!!グレート肩車だあああ!!」


 ミア……っ。グレートって……オレの肩車より、いいって言ってる!?


 ……クソ、お袋。なぜ、オレの身長をあと30センチぐらい高く産んでくれなかった!?巨人族の高い高いには、さすがに負けるぜ……。


 ああ、ゼファー。もう、お前の力を借りるしかないなあ。


「では、団長、ごゆっくり」


「お兄ちゃん、がんばって!!」


 団員ズが、この建物を出て行ってしまう。


 そして、誤解が著しいジャスカ姫が、オレの目の前にいるんですけど?


「こ、ここは、私たちの部屋だったわけで……そ、その、引き出しとかには、ちゃんと避妊用のアレとかコレとかもあるわけだけど」


「いや、そういうのは必要なくて―――」


「―――そ、そうよね!?ご、ご褒美に、『血』を授けるって……そ、そうよね!?」


「だから、姫よ」


「こ」


「……こ?」


「……『子作りエッチ』しちゃうって、ことよね?」


 大人女子、ジャスカ姫は面白い誤解をしていた。ガンダラめ、策士だな。完全に、面白いことになっているぞ。


 クソ、あの賢くデカいヤツの手のひらの上で、すっかりと踊らされちまっているぜ、姫さまよ!?


「こ、恋人同士だもの!!大人同士だし!!ど、どうぞ、どうぞ!!」


「……あの」


「い、いつも、言ってたわよ?」


「……カミラのアホが、一体、何を?」


「……『自分、団長に言われたっす。『家族』になろうって』……つまり、それって『家族を作ろう』ってことでしょう!?」


 そうかな?それは間違った解釈じゃないかね……?


 少なくとも、あのときの言葉は、そんな子作り宣言するハナシじゃなくて、もっと泣ける系の状況だったんですけど?でも、もう姫さまの恋愛脳は止まらなかった。


「さ、さあ!!や、やっちゃいなさい!!わ、私は去るし、ここには人払いをしておいてあげるから!!た、たっぷり!!が、がんばって!!」


 そして、赤面姫はこの空間にオレとカミラだけを置いて、走り去っていった―――。


「……いつか、この状況がどういうモノなのかを教えてやれば、彼女は恥ずかしさで死んじゃうかもしれんね」


 ……もしかしてだが、そういう性癖なのかね、ガンダラよ?


 リエルも王族の一種だからか?


 君はオレをダシにして、高貴な女性たちが恥ずかしがる姿を見たいというのか?


 元・奴隷野郎だから、そういう上流階級に対しての復讐心みたいなもんが影響して、そんな特異な癖が成り立つのだろうか。


 ……怖い。


 オレは、君を初めて怖いと感じたぞ……ッ。


「お前、もしそうだとするなら……ド変態さんじゃないか……?」


 『高貴な女性を他人が辱めるのを見て楽しむプレイ』……?


 ……なんだ、それッッ!!


 くそ。改めて言葉にすると、なおさらエロいじゃないか……。


 ゴクリ。


 オレは、自分の喉が生唾なんて呑み込み音を鳴らしたことにビックリだ。


 ハナシには聞いたことあったけど、マジで、生唾呑み込むと、ゴクリっていうんだな?……知らなかったぜ。自分の身体における現象なのに……。


 ガンダラめ。


 恐ろしい変態紳士だ。


 いつもは性欲の欠片も見せないくせに……お前、なんだ、ときおり見せる、この切れ味は?……どうなっているんだオレの人間関係は?いつも、お前の邪悪な欲望のままに、踊らされているが……?


 ……神さまとか、機能していないのにも程があるぜ。


 ダメだろ?


 あの悪い巨人の願いを、ヒョイヒョイ叶えちまうとかさ。


「……まったく。どいつもこいつも、ろくな性癖のヤツがいねえぜ。オレなんて、ちゃんと正妻にエルフの弓姫、第二夫人にディアロスのロロカ先生を配置しているんだぜ?美乳と巨乳だぞ?」


 まったくもって、ちゃんとした性癖だぜ。


 美少女の美乳と、美女の巨乳だ。


 ほんと……完全無欠だ。


 そのオレが?


 後輩系女子のカミラちゃんと一つ屋根の下だからといって……。


 そのカミラちゃんが、ぐっすりと眠っているからといって……。


 エロいこととか……セクハラとか……子作りエッチとか……ッ。


 ゴクリ。


 また、オレの喉が鳴っていた。


「……だ、だいじょうぶ。オレは、やましいことをするんじゃない!!ジャスカ姫は誤解しておられるだけだぜッ!!」


 そうさ。


 たしかに、オレはカミラに『血』を授けるけどよ?


 それは、比喩じゃない。


 オレの子種でカミラちゃんを妊娠させて、自分の子供を孕ますという意味じゃないよ。そういう意味の……血筋という意味の血じゃない。そのままの意味での『血』さ。


 オレは篭手を外す。


 そして、指をスヤスヤと寝息を立てる金髪少女に近づけていく。


 何をするのかって?噛ませるんだよ。


「そりゃ!!」


 オレの武骨な指が、アホのカミラの半開きになっている口の中に、ズボリと這入った。カミラの犬歯は鋭いからな。その内、噛まれて血が出る。それを舐めれば、コイツは元気が回復するのさ。


 血には『魔力』が大量に含まれている。


 だから、それを吸えば『力』を使い過ぎて、動けなくなっているカミラ・ブリーズも栄養補給が行き届き、復活するって寸法さ。


 常人にはムリな作戦だが、カミラには有効なんだよ。


「さて。噛め。怒らんから、ガブッとやりな?噛み癖があるだろ、君?スルメとかビーフジャーキーとかも好物じゃないか?」


 いつもはバカ犬みたいに、色んなモノをかじっている印象がある噛みのエキスパート・カミラちゃんだが。オレの指を噛んでくれない。


 それどころから、なんか舐め始めている。


「……おい。そんな舌使いで、舐めるんじゃねえよ」


 寝ているはずのカミラは、アゴを開き、その舌でオレの武骨で太い指を舐めてくる。噛むどころか、口を開いてどうするんだ?


 そして、なぜ、そんなエロい舌使いで、オレの指を舐める……?


「……そういえば、コイツ……ガキの頃から、あのバケモノんとこに捕まって、奴隷としてヒドいことされていたって言ってたけど……」


 ま、まさか!?


 オレのカミラちゃんってば、その奴隷の日々のあいだに、こ、こんなエロい調教を受けてしまっていたのか!?


 あまりハナシたがらないから、聞きにくかったけど……我が友、シャーロンの書いた恋愛小説―――と本人が主張するだけの『官能小説』にも、そんなハナシがあったけど!?


 ……い、いや。


 そうじゃない!!


 カミラちゃんを奴隷にしていたバケモノは……『女』じゃないか?クソ女だったけど、一応は女……女には、男についてるアレがないから。こんな、エロいテクニックを仕込まれる心配はない。


 だいじょうぶ。


 カミラちゃんは、穢れてないよ?


 ほんと、大丈夫……。


 大丈夫。男の口にするこの言葉が、胡散臭い。正妻エルフの言葉が脳裏に反響する。ほんとだ!!改めて思うけど、なんて、嘘くさいんだよ!?


 知ってるモン!!


 著・シャーロン・ドーチェの恋愛小説『ゾルケン伯爵夫人の痴情』に書いてあった……っていうか、今さらだが、なんだ、そのタイトル!?恋愛小説のワケねえだろッ!?そんなモノにあるのはただれた性の狂乱ぐらいだっつーの!?


 ま、まあ?


 レズの恋愛ものだったけど?……夫が早死にした伯爵夫人が、貧乏ながらうつくしい少女のメルウを金で買い。レディーに仕立てる教育をメルウに施しながらも、結局、レズの世界に引きずり込んでいくだけの、女同士のさわやかな恋愛小説で……っ。


 そ、そこに書いてあったもん!!


 『メルウの処女を奪うために、伯爵夫人は村で一番たくましく若い農夫を雇った。伯爵夫人の命令に従うほかないメルウは、ベッドに拘束されたまま、煙管でアヘンを楽しむ伯爵夫人に見物されながら……たくましい農夫によって、その純潔を乱暴に―――』


「……そういうパターンだったのかッ!?」


 くそう!!


 オレは、部下の心の傷に気づいてやれなかったのか!?


 シャーロンめ!!なんて、セクハラをしてやがる!!メルウって、お前、カミラのことだったのか!?妙にリアリティがあって、いやらしい本なワケだよ!?ノンフィクションじゃねえか!?


 ていうか、シャーロン。お前、鬼畜すぎるぞ!?同僚の悲しく卑猥な過去を、よりにもよって出版するとか何を考えているんだ!?しかも……あの本、売れてたじゃん!?オレも、買って、読んで……リエルに焚書の刑にあったぜ?


「か、可愛そう過ぎる……っ。あの童顔美形の貴族顔の悪魔野郎め……神さまぁ。アンタは、あんなヤツを、一秒だって野放しにしていてはいけない……!!」


 神さまよ、ヤツに落雷を落とすんだ!!それがきっとアンタの正義を示す唯一の方法だ!!


 ……ああ。知ってる。


 あいつ、それぐらいじゃ死なない。猟兵だもの。


「……しかし、メルウよ。じゃなかった、カミラよ。お前、あの怪物に、そんな悪さされちゃっていたんだなあ?……どんな農夫に仕込まれたんだ、お前?」


 くそ、オレのカミラちゃんに何てことしてるのだ、怪物に支配された貧村よ……?


 すっかりとセックス・マシーンに調教されていた悲しいカミラは、オレの指を何かと勘違いして舐め続ける。


 くそ、不憫だ。興奮しないこともないけど、そんなので興奮してはいけない。オレは騎士だもの!!彼女の哀れな過去など、見て見ぬフリすればいい!!


 オレは、それが正義だと信じるぜ!!


「よし!!カミラ!!そんな恥辱の過去は忘れちまえ!!お前は、今や、猟兵!!大陸最強、『パンジャール猟兵団』のエース格!!カミラ・ブリーズさまだッ!!」


 食わせてやるぜ、オレの『血』を!!


 オレは彼女の舌奉仕から指を逃し、彼女の上下の歯列のあいだに指をセットするのさ。そして、意を決したオレは、彼女の下あごを反対側の手で押すのさ!!思いっきりね!!


 ガブリ!!


「いだッ!?」


 カミラのアホみたいに鋭い牙が、オレの指の皮膚を突き破り、オレの指から血があふれてしまう。口まですっかり調教済みのカミラは、オレのその血をズルズルと啜っていく。なんて、いやらしい吸い方なんだ……ッ。


 オレじゃなくて、お前の方が今度ばかりはセクハラ犯だと思うけど!?きっと、社会はオレを責めるような気がするのは何故だろう!?オレは、セクハラなんて、していないよね!?だから、言っておく!!宣言しておく!!


「これは、魔力補給であって!!その他一切の、何らいかがわしい行為では、無いんだあああああああッッ!!」


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