第二話 『大地の底で、目覚めた暗黒』 その8


 ……猟兵のイヤな予感っていうのは、よく当たるんだ。世の中には不幸なことが多いからかな。


 それとも、この世は悪意に満ちていて、不意打ちで起きるようなイベントは、おおよそ悲しいことが多いからか?


 ああ。


 いつもの通りの君が見たいよ、カミラ・ブリーズ。


 マジメだけど、アホで。


 不幸な生い立ちのくせに、なんだか健気で。


 君のドジはね、オレたち壊れた猟兵たちの心を明るくさせてくれるんだぞ?


 スゴいことさ。君は、あんな『怪物ども』に好き放題される奴隷だったんだぞ?何年も、悲惨な目に遭わされてきた。死さえ願うほどに、自分が穢れた存在だとオレに訴えた。


 ……『殺してくれ』と、オレにねだっていたじゃないか。


 ……そんな君は、いつしか、よく笑えるようになっていた。


 オレたちのために、努力を惜しまなかった。


 『家族』になるために。


 『仲間』で在るために。


 ……君は、オレたちを助けて、君の存在は、オレたちの中で、かけがえのない宝物になっていったんだよ。


 オレはね。


 君の口から、いつか聞きたいんだよ?


 ―――団長、自分、生きていて、良かったっす!!


 そういって、はにかむように笑う君を、オレの青い瞳と金色の眼に、見せてくれ。


 ……そうだ。


 オレは、北極圏の近くからゼファーに乗って、ようやくここまでやって来たのさ。ああ、ようやく見つけたぞ、カミラ・ブリーズ。


 彼女はジャスカ姫の家のベッドで眠っている。その姿に、ケガをしている様子もない。そうだな、たしかにジャスカ姫もそう言っていた。彼女は、自分の保身のために嘘をつくような人物じゃないだろう。


 カミラよ……彼女たちも君が信じた『仲間』だな。なるほど、オレたちに似ていたからかい?ここにいた連中は、居場所が無い人々だからな……そうさ、オレたちというか、君にだって似ているんだ。


 だから、『ガロリスの鷹』に協力したんだろう?……似ているもんな。居場所を作ろうと、生きていこうと、未来を掴んでやろうと、あがいてもがくその指が。


 ベッドのなかで安らかに眠る。そうだ、君は死んじゃいない。呼吸は浅いし、脈を診れば心拍数も少ない。でも、安らかに安定している……どうした?頭を打ったのか?脳の血管でも切れてしまったのか?


 もう、このまま目覚めないというのか……?


「……カミラ」


 オレは彼女の手を握る。ミアが泣きそうな顔で、オレに訊く。


「お兄ちゃん、カミラちゃん……どうしちゃったの?」


「……分からない。どうして、こんな昏睡状態に……?」


「サー・ストラウス……状況を、説明させてくれないかしら?」


「……ジャスカ姫」


「ジャスカでいいわ」


「わかったよ。なあ、ジャスカ。何が起きたんだ、オレたちのカミラに」


「カミラちゃん、どうしちゃったの……?」


「……4日前。私たちは、『忘れられた砦』に向かった」


「ふむ。あの『砦』のことですな?」


「……オレたちがカミラを探して襲撃した『砦』だな」


「……え?襲撃した?」


 ジャスカが驚くような顔をする。


「そりゃそうさ。カミラが捕らえられているとすれば、あそこだろ?……最悪のパターンだからこそ、すぐに行ったのさ」


「そ、そうだけど……ほんと、スゴい行動力ね。この『隠し砦』を見つけたのだって、相当なことなのに……カミラは、貴方たちに報告しなかったのよね?」


「もちろんです。彼女の名誉のために言いますが、『ガロリスの鷹』についての情報は一切、私たちに報告していません。彼女は、貴方との約束を守ったのでしょう」


「……やっぱりね。いい子すぎるわ、カミラ……でも、驚いたわ。あの『砦』を落とすなんて……『パンジャール猟兵団』は強いのね、怖くなるぐらいに」


「怖がらなくていい。カミラが戦友と認めたのなら、オレたちは君の敵になる日は来ないだろう……」


「……そうだと、助かるわね。でも、スゴい強さ。何人で落としたの?」


「まあ、第六師団は、前線に出ていましたからね、いたのはたかだか百人ちょっとです」


「……百人ちょっとって、まさか、貴方たちと竜で、『忘れられた砦』を落としたの?」


「ゼファーは……竜は見張りだけ。オレたち三人で潜入して、ほとんどミアが殺した」


「はああああッ!?」


 ん?


 ああ、そうか。ジャスカはオレたちのこと知らないんだ。


「オレたちは猟兵。そういうことが出来る存在だ。ミアは暗所での暗殺技能を徹底的に仕込んでいる。天性の才能もその指には宿っているのさ……簡単さ、奇襲でファリスの豚を仕留めて回るぐらい」


「うん……かんたん。でも、無力感だよう……カミラちゃん……何もしてあげられないのかなあ……っ」


「……ミアちゃん」


 ジャスカがミアに手を伸ばす。ミアへの恐怖と、それを上回る同情を宿したやさしいお姫さまの手で、ミアの黒髪のことを撫でてやった。


 ミアが、ボロボロと泣き出してしまう。耐えていたのさ、今までね。オレたちは強がりの生き物だ。オレだって、今がひとりだったら、泣いているよ。


「……来なさい」


 ジャスカ姫が、ミアのことを抱きしめる。恐ろしい暗殺者だと分かった上で、それでも躊躇することなく、彼女はミアを抱きしめるのさ。ミアが泣く。


「……ありがとう。オレじゃ、ミアが強がってしまう。それだと、きっと、ここまで素直に泣けない。ありがとうな、ジャスカ姫」


「ジャスカでいいわ。私は、『狭間』よ……?」


「いいや、そんなことはどうだっていいことさ。アンタの『気高さ』は、姫と呼ぶに相応しい。だから、オレは、アンタをそう呼びたいのさ。なあ、許可してもらえるかい?」


「……ええ。いいわよ、『サー・ストラウス』。私のことを、ジャスカ姫と呼びなさい」


「そうさせてもらうよ」


「……あはは。どこか、上から目線よね、貴方は?」


「……野良の騎士だから、礼儀作法とか、忘れちまったのさ」


「貴方は、荒野の風みたいね」


 どういう意味を持つ言葉なのだろうか?この地方の慣用句?


「ええ。団長は、そういう存在ですよ」


 ガンダラも納得している。


 クソ、バカをバカにしてたらバチがあたるんだぜ。きっとよ……。


 ああ、カミラ。同じアホ族の君が元気に笑ってくれていたら、もっと気楽にバカにされたことを楽しめるのになあ……。


「……それで……ジャスカ姫」


「なにかしら?」


「続きを話してくれ。何があったんだ、オレたちのカミラ・ブリーズに?」


「……そうね。4日前に、私たちは第六師団で一杯の『忘れられた砦』を奇襲した。それまでは石版で隠していたのだけれど、地下迷宮からの入り口が地下にある」


 そうか、オレたちが地下迷宮に降りたアレか。


 なるほど、『フタ』がしてあったんだな。じゃないと、バレバレだもんね。


「深夜に襲撃をかけた。百二十人で行って、帰ってきたのは私とカミラを含む十数名だけね……あと、さっき、私の恋人、ロジン・ガードナーも戻ってきてくれたわ」


「……そうか。彼を助けられて良かった」


「ええ。感謝しているわ」


「強い男だ。必死に生き残ろうとしていたし、もし死んでも、ここを……いいや、『君』を敵に見つけられたりしないように、工夫をしていたように見える」


「あいつらしい。そうね、色々工夫していた。ロジンが死んだとバレたら困るから、ついて来ちゃダメだと言ったのよ?彼の死体がすぐに見つかれば、他の死体を谷底に棄てられちゃうかもしれないから……そしたら、彼、あんなに大事にしていたヒゲを剃ったの!そして、死ぬはずだった私に付き合ってくれたの。なかなか、いい男でしょ?」


 誇らしげに姫さまは笑う。そうか、死ぬなよロジン。お前はまだ半死半生の状態だろうが、死ぬんじゃない。この姫さまを、少しでも笑顔にさせてやれ。


 オレは、この姫さまの機嫌を損なうかもしれないことを訊くんだ。笑わせることは、出来ないだろう。


「……ジャスカ姫。アンタは彼らを、『生け贄』にしたんだな?」


「……ええ。気づくのね、そのことにも」


「うちの団員は優秀なのさ」


「その通り、彼らには……そして、もちろん『私』にも呪術がかかっている。死体になれば、『地獄蟲』を呼ぶ血のにおいを放つようにね」


「……ジャスカ姫にも?」


「ええ。私は『ガロリスの鷹』の闘士よ?お姫さまである前にね」


 彼女は手袋を外し、『左の手首』にある『紋章』を見せつけながら、オレにさらりと言ってのけた。なるほど、このお姫さまからは、『パンジャール猟兵団』に通じる風が吹いているな。


 あの慣用句の意味は、オレにはよく分からないんだが、きっと、アンタも『荒野の風』に似ているんじゃないか?


 ガンダラは、オレとは違う目線で状況を観察していた。


「……その手首の『紋章』、『誰』がかけたのですか?」


「もちろん『隠者様』よ」


「隠者様?」


「……この地下迷宮に隠れ住んでいる呪術師さまのこと。とても大きな力を持っているの」


「……色んなヤツがいるもんだ。一つだけ訊いていいかな?」


「カミラに呪術をかけたかどうか?……それなら、ノーよ。彼女はゲスト、そんなことさせられるわけがない。この土地の問題なんだから、あくまでも、私たちが片付けなくちゃ」


「……そうだろうな。ゲリラはみんな、そう言うさ。それに……きっと、カミラはそんな『策』には反対したはず。彼女には、話してもいないな」


「……うん。そう。黙って行くつもりだったのに、彼女は、いつの間にか追いついていたわ。『あり得ないスピードでね』……」


 ん?『力』を使った―――?


「……そして、戦闘になったわ。私たちは装備も貧弱だし、敵は警戒してた。まあ、死んで死体になるつもりだったから、それでも良かったの。劣勢になったから、カミラに『撤退しなさい』と命じたのよ」


「それで、何が起きた?……君も死ぬ予定だったのだろう?」


「……ええ。仲間だけを犠牲にしたくはなかった」


「……だから、恋人さんも一緒に行ったか」


「うん。いいヤツでしょ?」


「そうだね。きっと、死んでも、君たちの魂はつがいの星になるさ」


「ありがとう、サー・ストラウス。褒めてくれているのは分かるわ」


「もちろん、褒めているさ……さて、ジャスカ姫。死ぬ予定は、どうして『狂った』?」


「……分からないわ。あのとき、私たちは……『闇』に……ううん、自分たちの『影』に呑まれたような気がするの……変なハナシだけど、生き残った皆が、そう言っている」


 ふむ。


 なるほど、カミラ、君の『力』か。


 十数人を、『闇』に引きずり込んで……『影』を伝って『飛んだ』のか。


 ……ふむ。なるほど、君が『補給』したのは、ルード会戦以来かな?


「……とにかく、不思議なことが起きたわ。気がつけば、私たちは、この『隠し砦』の近くに倒れていた。カミラも一緒にいたわ。そしたら―――」


「―――彼女だけ、起きないまま」


「ええ。そうよ。何をしても、起きやしないのよ。瞳孔も開いているとかで、医者は脳がやられたんじゃないかって……」


「……なるほどな!」


 オレの唇がニヤリと歪んだ。ジャスカ姫は、きょとんとする。


「なにか、分かったの?」


「……ああ。カミラが昏睡状態の理由と、その治療法もね」


「ほんとうに!!スゴいわ、サー・ストラウス!!どういうこと!?」


「……あああああ、心配して損しちゃったあああああああ!!」


 ミアが叫ぶ。うん、ホント。そう。心配して損した。


 脳がやられたのかとか心配していたら、なんだ、『そんなこと』かよ?さすがはアホの一族。オレらの同類だな!!


「ええ!?どういうこと?」


 姫さまがついて行けない。だから、賢いガンダラさまが答えを与える。


「カミラは一種の……その、『呪い』がかかっていまして」


「呪い……私たちの『これ』みたいな?」


 ジャスカ姫は左手首に刻印され、いまだ紫色に輝く『紋章』をガンダラに見せる。たしかに、死ぬと体から『地獄蟲』みたいなグロい生物を呼ぶにおいが出るなんて、結構な呪いだ。悪趣味だよな。


「そのようなものです。カミラの場合は、『呪い』を『力』として発揮することが出来ます」


「じゃあ、あのとき、私たちを助けてくれたのは?」


「カミラですな。『呪い』を解放して、姫さま方を、この『隠し砦』の近くまで運んだのですよ」


「スゴい……もしかしたらって、思っていたケド……やっぱり、彼女が……ああ、ありがとう、カミラ!!……それで、治療法は!?」


「……この昏睡は、一種の『空腹』です。疲れ過ぎて、眠っているようなものですな」


「……え?じゃあ、その内、カミラは目覚めるの!?」


「ああ。そうだぜ?……ホント、人騒がせなヤツだぜ……アホのカミラはよ」


 オレは安らかに眠っているカミラの顔を、いたずらするように撫でた。アホ娘が、心無しがニンマリする。


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