第二話 『大地の底で、目覚めた暗黒』 その7


 岩壁に擬態していた扉が開く。かなり重たそうなギギギギギイイという音を響かせながら。そうか、水車を使って開いているんだな?……ふむ、年代物の割りには、壊れていないのか―――それとも、修理したのかな。


 なるほど、グラーセス王国のドワーフにも、あんたら分離派の『協力者』がいるようだな。ここを偶然見つけて整備するのは、人間族にはちょっとムリそうだな。その扉を完璧に修復する技術も、君らにはおそらく無いだろ?


 鎖国とそれに由来する『永世中立』……それは建前なのかな、ドワーフの王国よ?それとも、君たちまで一枚岩ではないのか?


 ガガガガ……っ。


 ドアが止まる。歯車の重たい音も。出てくるな、ここのリーダー格が。オレは期待しているぞ、アンタがどんな人物だということに感心はないんだが、アンタがオレたちのカミラの情報を持っていることをな。


 そして、彼女を保護しているのなら、喜ぼう。


 彼女を傷つけているのなら、慈悲は与えん。


 解放されたドワーフの隠し扉の奥から、一人の戦士が歩いてくる。部下たちについてくるなと命じたのか。オレは、竜太刀をしまう。ミアとガンダラも武器をしまった。そうだ。彼らはオレたちの『敵』の『敵』……現状は、憎悪も怒りもない。


 戦士は重装備だが、武器は持っていなかった……オレたちの視界に入ったその人物は、兜を脱いだのさ。金色の髪と青い瞳が見える。そして美しい顔立ち。美男子かと思ったが、そうではなかった。


「……女戦士か」


「……ええ。私の名前はジャスカ・イーグルゥ。アミリア分離派組織、『ガロリスの鷹』の現リーダーよ」


「……『ぶんりは』って、お名前じゃなかったの?」


 ミアが子供らしい言葉を吐いた。ジャスカは、オレの妹の言葉に怒ることはなかった。


「ええ。そうよ、お嬢ちゃん。分離派とは、私たちの生き方をバカにした連中が勝手に呼んでる言葉。私たちの真の名前は、『ガロリスの鷹』よ」


「そっか。教えてくれて、ありがとう、ジャスカ・イーグルゥさん」


「いいのよ」


 ……ふむ。政治目的で組織された暴力集団の構成員。そんな連中は、短気で自己中心的な人物が多いものだが……ジャスカは、それよりは冷静な戦士みたいだな。


 喜ぶべきかな?微妙だ。もっとバカの方が、扱いやすかったかもしれない。


 彼女は冷静にムチャなことを選べる人間だろうな。自称だが、リーダーと名乗る人物が、得体の知れないオレたちみたいな存在に身をさらすとはね。まあ、この危険との間合いの取り方―――『砦』での『策』を考案した人物らしいと言えば、そうかもな……。


 肉を切らせて骨を断つ。その言葉を実践する気にあふれた、厄介そうな烈女だろ。


「―――ジャスカ・イーグルゥ」


「……なんでしょう、お客人?」


「我が名は、ソルジェ・ストラウス。ガルーナの『最後の竜騎士』だ。そして、『パンジャール猟兵団』の団長。単刀直入に質問するのだが、うちの団員、カミラ・ブリーズの行方を知らないか?」


 さあ。ジャスカ。頼むよ、オレの望む答えを教えてくれないか?


「……知っているわ。貴方たちの『地図』。それの製作を手伝ったのは、私と数名の幹部よ。偶然にも、貴方たちが助けてくれたその男も、その中の一人ね」


「……そうか。友好的な関係みたいで良かったよ。君たちを、殺さなくてすみそうだ」


「……堂々と言うのね?ここは私たちの本拠地だというのに?……まあ、あの子のボスらしいと言えばそうかしら」


「カミラを捜すために、竜に乗ってザクロアからここまで来たんだ。だから、さっさと、彼女のところへ案内してくれないか?……カミラ・ブリーズが、ここに来ていない理由を、ぜひとも聞かせてもらいたくもある」


「……ええ」


「―――生きているだろうな?」


 怒りを抑えようと試みていたのだが。口から出たのは、明確な敵意を帯びた言葉だった。ジャスカに敵対するつもりは今のところない。それでも、オレは気が立っているのだろう。


 『隠し砦』の奥から、戦士たちが出て来そうになる。オレが激怒していると考えたのかもしれない。スマンな、そういうつもりではないが、心は完全に制御できるものではないのだ。ジャスカの腕が分離派を……いや、『ガロリスの鷹』の戦士たちを制止する。


 よく躾けられた戦士たちの中に、特徴的な短躯の者がいた。ドワーフだ。どういう集団なのか気になるが、今は、そんなクソどうでもいいことよりも、カミラのことだぜ。


「……ジャスカ。答えてくれないか」


 オレが騎士道に反するような行いをもって、女である君から無理やりに吐かせる前にね―――。


「……大丈夫。生きているわ」


「……そうか。安心したよ」


 魔眼で見ているから分かる。嘘の気配は君から出ていない。君は痛ましいぐらいに誠実な魂を持っているのかもしれないな。ザクロアで会ったぞ、ヴァシリ・ノーヴァ。君の魂からは、あの偉大な老騎士と似た風を感じる。


 そして、さみしさもな。


 何を悲しんでいる?


「……ケガをしているの、カミラちゃん……っ」


 ミアが不安げな声で訊いた。ジャスカは彼女のために膝を折り、ミアの黒い髪を撫でていた。


「……いいえ。そういうのじゃ、無いの。命に別状はないから、安心して?」


「……ほんと?」


「ええ。約束するわ。医者にも診せた。ケガは、どこにもしていない……ただ」


「―――ただ、どうした?」


 ああ、くそ。一々、オレの言葉は殺気立ってしまうな。コトを荒立てるつもりはないというのに……ッ。


 ジャスカは、微笑む。


 オレの間抜けな苦悩を見抜いたか?……それとも、オレよりも殺気立ってる部下を抑えるためにか?……どちらにせよ、スマンね。その表情のおかげで、オレは無益な殺生をせずに済んだよ。あのドワーフさんらが怒って武器を掲げて来たら?二秒で殺してた。


「……ザクロアから来るなんてね。ソルジェ・ストラウス、彼女は貴方にとって、どんな女性なのかしら?」


「うちの団員は、みんな特別な存在だ。オレは彼女に居場所を与えると約束したのさ」


「素敵ね。私の恋人よりも、ムチャをするヒト、初めて見たかも?」


「……そりゃどうも。オレは頭のおかしいストラウス家の一員なんでね」


「変ないじけ方するヒトなのね?……いいわ、貴方の愛する女性に会わせてあげる」


 ―――ジャスカはオレとカミラの関係を誤解しているようだな。まあ、どうでもいいよ。今は、カミラに会ってやりたい。会って、抱きしめたいな。


 オレは……さっき抱きしめたカミラと同じ金髪をした女性を、抱きしめたときの絶望が、指に残ってる。


 キツかったぜ。カミラよ、君の死体だと思って、抱きしめた彼女の冷たさはな……ッ。


 ジャスカが歩く。オレたちはついて歩く。そういえば、あの負傷者は……そう口に出そうとした矢先、ジャスカは部下の血気盛んそうなドワーフたちに命じていた。


「あそこで死にかけている、私の恋人を運んでくれる?」


「へい!!」


「了解しましたぜ、『姫様』!!」


 ドワーフたちがオレたちの横を駆け抜けていく。


 連中、オレをにらみつけていた。余計なことをするな。そういうメッセージかな。いいさ、カミラの温もりで、この指の冷たい絶望を解消出来るのなら、君たちを襲うこともないよ。


 ミアが好奇心に駆られたのだろう、口を開いていた。


「……あのオジサン、ジャスカの恋人?」


「ええ。私の恋人のロジン・ガードナーよ」


 ガンダラが驚きの声を上げた。


「なんですと!?……ガードナー!?あの、ガードナー!?」


 賢い巨人ガンダラの知識量が、オレの知らない有名人に気がついたようだ。かなり重要なことらしい。そうだな……大貴族のアインウルフが、わざわざ死体の顔を似顔絵書きさせてまで捜していた『人間族の男』がいたが。


 その存在を知っていたジャスカが、仲間の『肉』で『地獄蟲』を呼ぶという『策』を実行した。なるほど、ドワーフに『姫様』と呼ばれる君の恋人は、誰なんだろうね?


「そうよ。あのガードナーなのよ、巨人さん」


「……浅学をさらすようで恥ずかしいのだが、誰なんだ、そのガードナーとは?」


「団長、バロウ・ガードナーは、アミリア自治州の『代表』ですよ」


「……ほう。それは、また……とんでもないカップルだ」


 アインウルフがアミリアの兵士たちに秘密のままに、死体を検分させた理由が解けたよ。


 ファリス帝国の犬であるはずの、バロウ・ガードナー。そいつの息子が、分離派『ガロリスの鷹』のリーダーで、『ドワーフの姫さま』と恋人か。


 ……反乱のにおいしかしないね。このカップルの存在が世に知られたら、アミリア人の正式な代表であるバロウ・ガードナーが、『ガロリスの鷹』と組みたがっているように思われるだろうな。


 あの臆病なロンでさえ、帝国に不満を持っていた。バロウ・ガードナーの息子が反帝国組織にいるなんてことがバレたら?……帝国に反旗をひるがえすアミリアの若者たちが爆発的に増えたに違いない。独立運動の兆しが高まるな。


 しかも帝国軍第六師団が、グラーセス王国を攻めている矢先だ。足場であり兵士の補充源であるアミリアが反乱を起こせば?……戦上手の名侵略者であるアインウルフも、挟み撃ちだ。間違いなく、討たれていただろう。


「なかなか熱い恋愛をしているようだな、ジャスカ・イーグルゥ『姫』」


「ええ。貴方みたいに竜に乗って、恋人を戦場に探しに現るのも、中々だと思うけど」


「……フフフ。ロジン氏を助けておいて良かったですな、ソルジェ団長」


 攻撃的な戦術を考えるのが得意なインテリ巨人が、喜んでいる。帝国への打撃を与える策を思いついたか。まあ、それはいい。それはいいが、今は。


「―――カミラのとこに、連れて行けよ」


「……そんなに怖い声を出さないでよ?ちゃんと連れて行くわよ」




 ―――そこは幅は狭いが、重層的な街である。


 二十階建ての建造物よと、目を丸くして驚く黒猫に『姫』は語る。


 ドワーフがいて、人間がいて、エルフもいた。


 皆が若い、若すぎる……ミアより若い者もいた。




 ―――荒れる魔王に代わって、賢き巨人が質問する。


 貴方は何者ですか?アミリアの人間だけでなく、亜人種たちも、引き連れている。


 ……追い詰められて、集まったのよ。


 帝国の支配を受ける、アミリアでは、『私たちのような『狭間』は生きられない』。




 ―――賢き巨人は、悟るのだ。


 ドワーフの王の血を引く『姫』……なるほど、実に興味深い。


 グラーセス王国のドワーフたちが、『姫』に助力をした理由が、うっすらと見えた。


 魔王は無言のまま、『姫』の背中を追いかける。




 ―――ついたわ、この屋敷よ?


 『姫』はその小さな可愛い屋敷へと、魔王たちを案内した。


 私とロジンの家よ、今は、カミラだけがいる。


 来なさい、みんな……仲間に会わせてあげるから―――。




 ―――『姫』の心が悲しみの波動を放ち、魔王は左眼を手で覆う。


 求めていた真実が、残酷な結末だったことは、一度じゃない。


 9年前の雨の日と、数時間前に抱いた女の死体の冷たさが、魔王の心に戻ってくる。


 彼は無力な幼子のように祈るのだ、神でも悪魔でもなく、偉大なる古竜アーレスに。




 ―――お願いだ、アーレス、オレの『家族』を、どうか守ってくれよ……っ。


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