第二話 『大地の底で、目覚めた暗黒』 その6
感心なことにだが、この負傷兵は鎧を脱ぎかけていたのさ。治療の過程で、壊れた鎧を脱ぎ捨て、それを棄てて来たおそらく上半身のみを覆った薄い鉄の鎧だろうね。脱ぎ捨て、針と糸で傷口を縫い合わせ、包帯で圧迫、重量を軽くするため、鎧は放置だな。
もしくは……鎧を着て死ねば、モンスターに鎧を食い残される。そうなれば、分離派兵士の痕跡を残すことになり、帝国兵たちにこの辺りに『アジト』がないかを探されたかもしれない。
ふむ。よく訓練されている。
だが、冷酷さを感じる組織運営でもあるな。
やれやれ。君らの仲間は、ハードな人生を送っているようだね。ヒトのことを言える義理じゃないが……大変な戦いを経験しているようだな。
オレとガンダラはときおり負傷者の顔を見ながら、ミアの先導に従って迷宮を進んだ。そして、オレたちはついに『空白地帯』へとたどり着いたのさ。
左右には大きな『川』が流れている。その『川』のあいだにある幅四百メートルほどのレンガの壁さ……まるで、この迷宮の最果ての地みたいに見えるよね?……実際にそうかもしれないが、オレは自分の勘を信じている。分離派の兵士という根拠も見つけたしね。
「……到着!!……で、これから、どうするの、お兄ちゃん?」
「ミア。ナイフの底で、その壁を叩いてみろ」
「うん。こんなカンジ……?」
コンコン!
ふむ。そこじゃないか……。
「ミア、その調子で、とにかく壁を叩いて回れ。叩くのは同じリズムだぞ?……音の変化に注意しろ。そして……スイッチが無いかもな」
「了解!壁を撫でながら、ナイフの柄で、コンコンしてみるね!!」
「そうだ。頼むぞ」
「こころえたー!!」
打音検査がスタートさ。古典的だが、それだけに有効だろう。竜騎士のオレと、ケットシーのミアの耳なら、万全さ。
「ガンダラは知恵を絞ってくれるかね?」
「ええ。どんなことを考えるべきですか?」
「……交渉はオレが考えるから、いい。考えて欲しいのは、戦術」
「了解しました、団長。ここに立て籠もっているアミリア分離派を、どう殲滅するのがベストか、考えておきましょう。この範囲……連中のアジトは『縦長』でしょうな」
「ああ。川に……いや、『運河』に沿って作られている。まあ、立体的な空間かもしれないな……」
「魔眼に敵影は?」
「さすがに壁が厚すぎる。そして、おそらく術士の祝福で、気配を消してもいるだろう」
「……よい腕の術士が、ついているということですな」
「そして、残酷系の指導者もな」
「攻撃的な組織ですね」
「そうさ。だから、もしもカミラが陵辱を受けていたり、拷問を受けていた場合は……間違いなくオレは容赦しない。ゲリラが何百人いようが、全滅させる」
「もちろん。心得ております」
「ああ、だと思った。信頼しているぞ、そのときが来たら、お前の策を寄越せ」
「了解です……」
ガンダラは沈黙し、瞳を閉じる。何かを深く考えているな。おそらく、とても残酷なことだぞ。
彼は、『攻撃的な戦術家だ』。ロロカ先生の逆でね。君らのことを一人も残さず殺すには、どうするべきか。そんなこと緻密な精度で考えている。
アミリアの分離派とやらよ。
君らの正義や生き方にケチをつける気は毛頭ないんだが……オレたちのカミラ・ブリーズに傷一つでも負わせていたら?
……晩飯の時間が来るより先に、全員細切れにして、このよく冷えた川に流してやるよ。
ストラウス家の特別メニュー、『ゲリラの細切れ冷製スープ』さ。そういうお互いにとって悲しい晩餐になるようなことだけは、しておいてくれるなよ。
オレとガンダラが殺しの情念に取り憑かれている中で、探検家ミアの調査は続行していた。猫耳をピクつかせ、ナイフの底で、コンコンコンコン。打音で調査。それと同時に死を量産するあの繊細な指で、古びたドワーフレンガの表面をなぞっていく。
いい集中力だ。
そうだよ、死と風の神々に愛されたお前の技巧なら、隠された扉だって、見つけてしまうに違いない。もちろん、オレも魔眼と耳で調査中。敵対行動を取られないかも見張っているよ……その壁の上部……レンガと天井の岩盤のつなぎ目の高さ。
オレがここに隠し砦を作らせるなら、あそこに『のぞき穴』を作るぜ?あそこなら崩れて穴があいていも不思議じゃない。ああ、崩れてるんだとしか思えない。
……そして、監視には敵がここに来ても最後までノーリアクションを貫かせる。無音を徹底させるためにな?
岩が分厚い。そして、角度が悪い……アーレスの魔眼でも、『そこ』は透視することができない。だが、いるのなら……オレたちが担いでいる男の顔を、よく見ておけ。
お前たちが判断を誤れば、このよく訓練された熟練戦士が欠けるぞ?
ゲリラにとって、使える駒がどれだけ貴重なのか。オレも、お前らみたいなのと昔はよくつるんで帝国と戦っていたから分かるぜ。
勝ちたいのなら、この有能な人材を、殺すなよ?
―――コンコンゴン……っ。
「……お兄ちゃん。ターゲット、発見」
「オレにも分かった」
「どうするの、爆破する?すき間が微妙にあるから、風を入れて砕くことも出来そう」
オレのミアはシンキング・タイム。どうやって、その扉を開けようか、迷っている。うんうん。宝箱を開けるときみたいな、ワクワクなタイムだよね。
でも、だいじょうぶ。
「ミア。オレたちは、VIPだ。開けるんじゃない。開けさせるのさ」
「ほええ?どーするの?」
「こっちにおいで」
「うん!」
ミアが風のような軽やかさでオレの隣に走ってくる。オレたち兄妹並ぶ。そして、オレとミアは同時に『そこ』を見る。
「……残念だな、未熟者よ」
「うんうん。ミアがドアを叩いちゃったとき、ビビって、動いてたよ」
そう。あのとき感じた音は二つ。
ゴンという、これまでとは異質な重たい音と、姿勢を変えるために動いた未熟者の靴底が、砂を噛んだジャリっという音だ。フツーの兵士には気づかれないだろう。でもね、オレたちストラウス兄妹は、猟兵さんだぞ?
「いいか、未熟者。貴様がそこにいるのは分かった。この壁の裏にお前たち分離派が住んでいることも、想像がついている。だが、安心しろ。オレたちは帝国軍じゃない。そして、君らの敵である仲の悪い同胞、アミリア正規軍でもないぞ」
「そうなのだー!!我々は、『パンジャール猟兵団』だぞっ!!」
「おう!!君は、聞いたことがないかね?……北のルード王国で、帝国軍の大軍を撃破させた赤毛の竜騎士の歌を?」
「そーだ!!きっと、聞いたことがあるはずだーッ!!お兄ちゃんを知らないようなゲリラなんて、ドがつく二流だぞッ!!」
「そうだ!!我が名は、ソルジェ・ストラウス!!……『パンジャール猟兵団』の団長であり、君らと縁があるであろう、猟兵カミラ・ブリーズの雇用主だ!!そこの見張りの三下野郎ッ!!貴様なんぞの水準以下の無能では、ハナシにならん!!」
「そうだ!!二人いるだろ!!バレバレなんだから!!」
「見張りをサボれないというのなら、どっちかだけでいいんだ。さっさと、走って責任者を呼んで来やがれッッ!!」
「さもなければ、この岩壁ごとぶっ壊しちゃうぞッッ!!」
「そうだ!!いいか、三下ども!!分かったら、行動しろ!!」
……オレたちストラウス兄妹は満足げ。ドヤ顔全開で、二流ゲリラ兵どもの動きを観察する。もうダメだぞ、オレたちの感覚からは逃げられない。そうさ、もう今なら魔眼で見える。緊張と恐怖と混乱で、魔力の動きを活性化したな。
だから、岩の向こう側にいる君らが、手に取るように『見える』のさ。
話し合っているな、小声で。
だが?
「お前ら、三下では、ハナシにならんと言っているだろうがッ!!行動をせんか、行動ぉおおおおおおおおおおおおおッッ!!」
怒声と共に、オレは左の手のひらに『炎』を呼んだ。低級魔術、『ファイアーボール』さ。その怒れる炎の球を、三下どもの隠れる岩壁に向かい、撃ち込んでやる!!
ドガアアアンンンッッ!!
爆裂の音、揺れる壁。でも、壊してはいない。あえてだ。
「……威力は抑えてやっている。君らのためにな。オレは君らの兵士を救助している。それに、帝国の敵。君らの『敵』の『敵』だ。分かるだろ?争いに来たわけじゃない。ただ、カミラ・ブリーズを返して欲しいだけだ。カミラのことを知らないなら、それはそれで構わん。とにかく責任者を出せ。三十分くれてやる!!三十分して、そのドアを開いていないなら、今の百倍の火力で、貴様らの下らん岩壁をぶっ壊して、押し入るからな!!」
「そーだ!!」
足音がする。一人分だけな。上出来だ。30分後に、オレに何をさせるかは、君たちの対応次第だ。失望させてくれるなよ。
「……よし!!」
「……ようし!!」
「……さて。昼飯にしようぜ?オレ、とてもお腹が空いた」
「うん。私も、ペコペコさーん……っ」
我が妹が上半身を大きくグッタリとさせ、空腹アピール。うむ。庇護欲がスゴい!!目の前に、最高級レストランとかが無いのが残念だ。あったら、お兄ちゃん、君のためにそこの料理長の首に縄をかけて引きずって来てやるのにな?
これは比喩じゃない。ガチでする。誘拐も、オッサンを引きずるのも、ホントにする。だが、無いものはどうにもならないな―――。
「……ミア。料理長を拉致できないオレの無能を許せ」
「んー、料理長?よくわからないけど……ゆるした!!」
「ああ、ありがとう。じゃあ、せめてもの償いだ。何が、食べたい?」
料理が出来るイケメン竜騎士が使う、魔法の言葉。『何が、食べたい?』だ。さあ、食いしん坊な成長期乙女よ、オレは君のために何を作ればいいのかな?
「うーん。お腹空いちゃってるからなあ、ガッツリ系ッッ!!」
「じゃあ、カツサンドとか、どうだい?……でっかいトンカツ揚げるぜ?」
「ウルトラ好物だああああああああああああッッ!!」
「よし!!さっそく、クッキングだ!!」
「手伝うね!!」
「ああ。ガンダラ、カツサンドでいいな?」
「……ええ。それでいいですとも」
「もっと喜べないものか?カツサンドだぞ?」
「……喜んでいますよ。さあ、早く作ってください」
うう。リアクション薄い。まあ、しっかりと戦術を練ってくれているなら、経営者の手料理に喜ばない非礼を許そうではないか。
オレたちの楽しいダンジョン内での調理が始まる。モンスターは食わないぞ。野生生物には当たり外れが多いからな?
うちの正妻エルフさんみたいな達人が、広大な狩り場を与えられることで、ようやく真に上手い肉の獣が捕獲できる。彼女が選んだ肉なら、かなり美味だ。だが、全ての野生動物が美味しいわけではないのだ。
けっきょくのところ、管理された家畜の肉についた脂肪!!
この食材に、野良の肉が勝ることなど、そうありえない。万に一つよりは多い数だ。だが、考慮すべくまでもないほどに野性の肉は不味い。
モンスターも含めて、野性の生物なんてのは脂肪が少ないからな。シシ肉では、トンカツに勝れないのだよ?見ろ、この豚肉の脂の付き方を!!最高だな、ザクロアの養豚は優秀だ!!
「脂がいいカンジだろ、ミア?」
「うん!!鮮度もいいぞう!!ギンドウちゃん、ナイス・ジョブ!!」
そうだ。いなくてもオレたちの冒険を支える男、発明家ギンドウ。空を機械で飛べなくとも、彼のアイテム作りの腕は一流さ。この『保冷箱』もな!!熱伝導を遮断する……とにかく、なんか氷をこの箱に入れとくと融けない!!
仕組みはよく分からないが、肉の鮮度を保つのさ!!これがあれば、『風』、『雷』、『火』の次に位置していた属性……人類から奪われたという第四属性……『氷』の魔術が無くとも、肉を長期間保存できるのだ!!
「そして、卵さんも、無事だ!!」
ガンダラが背負っていた大型バックパックの中から、卵をミアは取り出す!!そう、こっちはオレの正妻さまの魔術だ。卵の殻を石のように硬くします。はい、割れません。オレみたいな鉄を指で曲げられるヒトじゃないかぎり。
「新鮮な卵!!」
「ザクロアの養鶏農家は優秀だな」
「うん!!ザクロアに住みたいレベル!!」
「いい土地だったな、また行こうぜ」
そうだ。オレ、リエル、ロロカ先生、ミア……このメンバーで混浴しよう。ああ、ゼファーも入れて、五人でな……っ。
さて。
火を起こし、豚肉切って、鍋に油。隠し味にスパイスをまぶす。豚肉さんをといた卵につけて、パン粉をまぶして……はい、揚げます!!
「いいにおいだああ!!」
「ああ。ミア、食パン切ったか?」
「ううん。切らない。デカいのを、大きくサンドするの!!」
「なるほど!!いいぜ、そういう豪快なライフスタイル、好きだ!!」
「でしょー!!お兄ちゃんも?」
「ああ。デカいのを、大きくサンドだぜッ!!」
「あはは!!気が合うううう!!」
「だって、オレたち?」
「兄妹だものおおおおおおおおおおおおおッ!!」
はしゃぐ歌と、揚げられていくトンカツににおいがダンジョンに満ちていく。いいねえ、最高に楽しい。そして、オレは熟練を見せるのさ。揚げ上がったトンカツは、こんがりとしたキツネさん色である。
「うつくしい……その道のプロに、評価していただきたいな」
「うん。オーラが見える」
「マジか?……ほんとだ、魔眼で見ると、うっすらと黄金色に発光している」
「お、お兄ちゃん。ま、まちがいなく、これは―――」
「―――ああ、妹よ。世界一、美味いに決まってる!!」
「決まってるううううううッッ!!」
揚げたてトンカツは、カットしない!!甘辛い特性ソースをたっぷりかけて、食パン二枚に豪快にはさむんだ!!
「いただきまーすううううッ!!」
ミアが大号令。オレもつづいて、いただきます。ガンダラは、ええ、いただきます、と塩対応な声だった。まあいい、食え!!食うのだ、この傑作を、舌で味わえ!!
しゃりり!!
衣がイイ感じの音を立てて、肉の弾力を牙に感じる。熱で溶けた豚の脂が口に広がり、甘みを舌に伝えていくのさ。ああ、酸味と甘みと辛味、あと塩も少しだけ使ったオレの特製ソースが、マッチしてる。
ミア、どうだ!?
ああ、泣いてる!!
「な、泣くレベルで、うまああああいいい……もぐもぐ!!」
「そうだな……豚さんと、リエルとギンドウに感謝だな。これは、チームプレーの勝利だよ!!」
「もぐもぐ……うん。ニワトリさんと、提供してくださった、農家の努力にも!!」
「オレたち、幸せモンだな!!」
「うん!!世界トップレベル!!」
「……ああ、ホントにいけますね、これ。お店出せるレベルです」
ガンダラも褒めてくれた。クールにだけど!!
ああ。美味しい。バカ騒ぎしながら食べる昼飯の、なんて美味いことか……。
オレたちは、カツサンドを楽しみ終わる。
「ふう。ごちそーさまでした!!最高でした、また作ってね!!」
「おう。その言葉と笑顔があるから、お兄ちゃん、料理頑張ろうって思えるぜ!!」
「さて……お腹いっぱいだし。一眠りしたい」
「ああ。そうだな」
「お兄ちゃん、腕枕!!」
「ん。おう、いいぜー、ミア!!」
オレたち、ダンジョンに毛布しいて、オレ寝転がって、腕をオープン。ミアはそこに飛び込んでくる。ああ、お兄ちゃん、君のこと守るぜ。『地獄蟲』とか来たら、今、眼力だけで焼き殺せそう……。
食後のお昼寝タイム……それを満喫しようとした矢先。30分が過ぎていた。
そして、彼らは選択していたのさ。
ゴゴゴゴという重い音を立てて、ドアが開いていく。オレとミアとガンダラは、即座に戦闘態勢。舐められてはいけないからね―――クッキング・コントのあいだも、オレたちは全員、君らの気配を探っていたよ。
十人連れてきたのかい?
たったの?
オレとミアは笑う。ストラウス系スマイルさ!!ガンダラは静かに槍を構えた。
「……アミリア分離派の諸君。答えを聞かせてもらおうじゃないか?」
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