第二話 『大地の底で、目覚めた暗黒』 その5


「せやあああああああああああああああああああッッ!!」


 ガンダラの槍術が、錆びたサーベルを持ったスケルトンどもを三体同時になぎ払っていた。さすがは巨人族の戦士だよな。あのリーチは反則だよ。スケルトンどもはその身を砕かれてしまい、骨のあいだから『呪いの風』が抜けていく。


 ミアは体術を使っていた。壁を走ってスケルトンの背後へと駆け抜ける。慌てるようにミアを追いかけてスケルトン野郎の頭蓋骨に、彼女は回し蹴りを叩き込む。


 威力に劣る分は、技巧で補う。そうだよ、かかとに仕込んで鉄のプレートを上手く命中させたのさ。速度は硬さを帯びて、スケルトンの頭蓋骨は破裂してしまう。ヒトであった時の癖か、頭部を粉砕されるとスケルトンは『即死』する……動かなくなるのさ。


 そのあたりは、死んでもヒトであろうとしているってことなのかね?


 ザクロアでアンデッドどもと戦ったり、下手すりゃ交流もしていたせいだろう。オレは白骨兵士どもに『親しみ』を覚えるようになっている。悪い傾向だ。『変人』らしさに磨きがかかっちまうよ。


 リハビリしよう。


 この白骨野郎どもを、蹴散らしてなああああああああッッ!!


「おらあああああああああああああああああああああああああああああッッ!!」


『ぎぎぎぎぎいいいいいッッ!!』


「やかましいわッ!!」


 竜太刀をぶん回し、槍持つスケルトンに破壊力を帯びた強打を叩き込んでやる。槍と腕の骨と頭部と胴体。それを一刀のもとに斬り裂いちまうのさ!!


『げひひいいいいいいいッッ!!』


「ふん!!オレさまを、喰えるわけがないだろうッッ!!」


 大きな口を開いて、オレに走り込んでくる巨大な人骨……おそらくガンダラと共通の祖先を持っていたのであろう、巨人族のスケルトンさ。この迷宮には、いろんなスケルトンがいる。それだけ多くの戦士が、ここに挑んで来たという証か。


 ……そして、ドワーフのスケルトンが少ないのは、どういうことなのかね?


 まあ、どうでもいい!!今は、カミラへの道を邪魔する貴様らに、時間を取られるわけにはいかんッ!!


「『荒ぶる炎の尾よ、我の敵を焼き払え』ッ!!『アルト・シュバンツ』ッ!!」


 呪文が魔力を喰らい、暴れる炎を召喚するのさ。


 迷宮の床石を焼きながら、巨大な炎の風がガンダラ系のスケルトンを呑み込み、呪われた骨どもを、砕きながら焼き払っていく。


「……さて―――終わったな」


「うん!!今ので、全滅う!!」


 ミアが肩に飛び乗ってくる。竜太刀を鞘に収められないけど、ミアの脚に頭をはさまれると幸せ。シスコンが満たされるね。


「いい運動でしたよ。ここは、下級モンスターがうじゃうじゃいますね」


「ああ。蟲に骨野郎に、色々といやがるな」


「いいところだね!!」


「ほんと、退屈しないな!!」


「……さて、進みましょう?……目的地点はすぐ先のはずですよ」


「うん!!」


 ミアがオレの体から飛び降りる。ちょっとさみしい。でも、今はカミラちゃんとの合流を急がなくちゃならん。


 オレたちはモンスターの死骸のあいだを抜ける……数十メートルを歩き、やや狭い通路を右に曲がる。あとは、まっすぐ行けばいい。あと500メートルほど歩けば、目的の地点さ―――そう考えていたオレたちの目が、それを見つける。


「血の跡が、つづいていますな」


「そうだな」


 床石に黒く乾いた血がついている。百年前のものじゃない。数時間から数日といったところだろう。不安が頭をよぎる。


「カミラちゃんの?」


「……オレは彼女じゃないから、これを見ても誰のかは分からない」


 ジャン・レッドウッド。人狼のお前なら、この血がカミラのものかどうか、すぐに分かっただろうに。


 まったく、今度のミッションは『探索』だぞ?狼の嗅覚を持つお前が、誰よりも活躍できるチャンスだったのになあ。


 ……お前は地味で気の弱い男だ。カミラみたいな出しゃばらずに健気な女とか、好みだろうに?……ヒーローになれる機会に、恵まれない不運な男だ。お前は、今ごろ、ザクロア東部の森のなかを、ガタガタ震えながら寒さに耐えているのだろうな……。


 遠い北の地にいる地味な男のことを考えながら、オレはダンジョンを進んだ。自然と、その血を追いかけてね。これが『罠』の可能性もあるからな。それなりに注意は必要。


 血の跡を追いかけて死の罠にかけられる……よく見かけるな。どちらかと言えば、オレたちが仕掛ける側だけどね。


 オレたちは進む。集中しながらね、あらゆる細かな情報を見落とさないためにさ。血が罠かもしれないしね。


 それでも血を追うのは、カミラの痕跡を見つけたいから。


 これが彼女の血であるかもしれないしな。ああ、とにかく、彼女にまつわる痕跡が欲しい……何でもいいから、情報が落ちてねえかなあ。もし、彼女のハンカチとか落ちていたら、綺麗な運命の恋が始まる予感?でも、迷宮なんかに落ちているのは、ろくなもんがない。


「あ。死体だ」


 我が妹はシンプルな言葉で『それ』を表現した。


 そう。まさに死体だった。血まみれで、ズタボロ……戦闘のあげく、敗北したのだろう。その敗北者は深手を負ったまま、この道を走ったようだ。血をドボドボ垂らしながら。


 そう、さっきから点々とつづく血の痕跡は、コイツのものだろう。


「オッサンの死体だね。カミラちゃんじゃなくて安心」


「そだな」


 そう。カミラじゃないから興味はわかない。でも、一瞬でも見れば分かることはあるよ。彼の服装は、帝国軍のものではないな。それに、人間族の男だから、グラーセスのドワーフ兵でもない。


 消去法。あまり精確な思考の手段ではないだろうが、それでもオレの求めている答えには結びつく。


「……アミリアの分離派か」


「深手を負って、ここまで逃げてきた……団長の読みが、現実味を帯びてきましたな」


「ああ。我ながら、優れた洞察力だよ」


「……あれ?」


「どした、ミア?」


「ゾンビかな、動いてる?」


「首を落としておきましょうか」


「……やめとけ、分離派に疑われるのはイヤだ。カミラのことを訊くのに時間がかかるかもしれないだろ?」


「んー……お兄ちゃん、あれ、生きてるっぽい」


「……マジか?」


 オレは魔眼でそれを調べる。うん。心臓が止まりかけているが、わずかに生命の気配がある。タフな男だな。アレだけ血が出ていれば、九割方死んじまうものだが……どうにか、生きているようだ。


 応急処置が良かったのだろう。歩き続けているあいだに、あるいは、この場に力尽きて倒れたあとで、運良く血が固まってくれたのか。幸運なだけじゃない、練度も併せ持つ有能な戦士だな。


「団長。救助を試みましょう。分離派への土産になるかもしれない」


「そうだな。コイツが帝国の斥候だという可能性の少なさは、瀕死具合で証明してくれている……ミア、医療キットを出せ」


「ほーい!」


 ミアが小型のバックパックから、ガルフ・コルテス考案の『医療キット』を取り出した。そして、それをオレに渡してくる。


 中身を確認しようか。包帯と縫い針と糸と、ギンドウ製の注射器……そして、リエルが団員たちへの愛情と薬草たちを、大きな窯で煮込んでブレンドした『エルフの秘薬』が入っている。うん、完璧。


「ガンダラ、そいつの傷を確かめろ」


「もう診てますよ」


 スキンヘッドの副官は仕事が早い。壁に上半身をもたれている行き倒れ野郎の上着を脱がして、傷だらけの体をチェックしている。猟兵のお医者さんゴッコさ。ドクター・ガンダラの診察のあいだに、オレは注射器に霊薬を吸い上げさせた。


 口から入れても効果はあるが、虫の息の彼の口は、上手にお薬を飲めないかもしれないからな。直接、注射でヤツの心臓とか血管に、この『増血の秘薬』をぶち込んでやるのさ。こいつは優れモノ。オレの子を孕む美少女エルフ、リエルさまの傑作。


 この霊薬は失われた血の代役をつとめてくれるらしい。斬り合いばかりのオレたちのために、リエル・ハーヴェルの愛が、このピンク色の怖い色をした高性能霊薬を作った。


「ガンダラ、助かりそうか、それ?」


「……ええ、傷は、止血がしっかりしています。脈も弱いが、あるにはある」


「あるには、ある?」


「止まりかけていますな。時折、脈が飛ぶ」


「そいつは悪い状態だな。でも、血が漏れていないなら、コイツは有効だろう」


 オレはガンダラをどかして、そいつの前に座る。ガンダラが襟元のボタンを外していたおかげで、オレは男の服を脱がすというイヤな作業をしなくて助かった。


 指先をつかい、彼の首のつけ根をさわる。頚部の動脈は……ほんと、ときどき止まりながらも、どうにか脈を打ってくれている―――助かるかどうかは、半々。


 まあ、1%でも、やることはするよ。


 オレたち『パンジャール救命医療班』はね?


「ナース・ミア!二本目、準備してるか?」


「オッケー。してるよ、ガンガンいっちゃって!!」


「おう。お医者さんゴッコのスタートだぞっと!!」


 ザクリ。ギンドウのつくった注射器の太くて長い針を、オレはそいつの胸骨の横からぶっ刺していく。


 目指したのは?この男の心臓。肺を破らないように気をつけながら、注射針を操るのさ。ああ、ちょっと弾力の違う組織に刺さったな。これ。これが、心臓。


「入ったぜ。さーて、お薬の時間だぞ?……これがあれば、心臓は可能な限り脈打ってくれる。アンタのなかの血が少なくても、心臓ちゃんは全力で生きようともがく」


 それから先は、運だよ。


「……がんばれよ?」


 応援の言葉をつぶやいて、オレは彼の心臓にエルフの秘薬をプレゼントしてやる。心臓にエルフの祝福がかかり、ドクン!と強く脈打った。


「……おお。動いたね」


 看護師ミアが興味津々だ。いつかナース服着て、オレと一緒に寝てくれないか?他意はないぞ。可愛いから、添い寝してくれキューティー・ナースちゃん。


「さて。ミア、注射のおかわり」


「おっけー。どーぞ、先生!!」


「ありがとう、ミアくん」


 オレはミアから注射器を受け取る。そいつには紫色の薬。こいつは怖い、細胞や臓器、脳みその働きの一部を弱くする薬だ。


 毒みたい?


 いい発想だ。リエル曰く、薬とは全て、毒らしいな。


 体にいい薬なんてモノは存在しない。リスクとリターン。その法則は鉄の掟さ、例外なんてない。さっきの秘薬は心臓を無理やり働かせるものさ。猟兵みたいなバケモノどもならともかく、常人にはかなりキツい。


 心臓が元気になりすぎてしまうそうだ。あれだけ薬打った状態で目を覚ますと、脳が興奮しすぎちまって、傷からの出血が酷くなるんだってさ?そのままだと、失血死だよ。


 だから?この紫の霊薬を使って、あえて彼を昏睡状態にする。起きたら死ぬなら、起こさない。そういう治療方針だ。分かりやすくていいだろ。


 あと、細かく言えば、この紫の霊薬は、彼の脳みそやら胃腸とか筋肉の働きを死人並みに低下させる。メリットがあるかだって?


 とてもある。彼は血が足りない。臓器に送る栄養が足りないと言い換えられる。血が出過ぎて死ぬのは、血が臓器に提供するエネルギーが無くなるから。臓器は生きていくためにエネルギーを必要とするからね。


 じゃあ?


 この紫の呪術で、『生存に必要ではない臓器の全て』の活性を抑えちまえば?……それだけ肉体の必要とする栄養が少なく済むだろ?……今は筋肉も胃腸も、ついでに言えば脳も休止していて欲しい状況だ。


 だから、この紫色の怖い毒を、彼の左腕の肘のくぼみ、そこに浮いている青い静脈さんから注入するのさ。


 リエルとガルフの治療コンセプトの結晶体だ。それより深いことは知らないが、止血をしっかりして、これを行うのがベストだと、『パンジャール猟兵団』の全員は信じているはずだぞ。オレだって、これのおかげで救われたことがある。


「はい。注射は終了!!リエル&ギンドウ!!グッジョブ!!」


「グッジョブ!!」


 さて。オレはその男の顔色を見る。うん、悪くない。赤みは増しているね。脈はさっきより弱いが……トン……トン……と、定期的には動いている。いいカンジだな。あとは、モンスターの出ないところに運んで、休ませる。


 ここから先は、こいつの体力と幸運が、死神から逃れるかどうかの問題。オレはそこまで責任は持てないね。あとは、彼が死なないことを祈ってくれる親身なお仲間にでも託したいところだ。


「運ぶか。放置していたらモンスターのエサだし」


「ええ。二本の槍と布で、簡易の担架を作りました」


「ガルフ式担架だな。彼の発想は、よく出来ていたよな」


「そこら中にあるものが武器であり、彼を助ける防具だった。風のように柔軟なお方でしたね」


「故人を偲ぶのもいいが……さて、ミア、手伝ってくれ。こいつをアレに乗せて運ぶとしようぜ?」


「おっけー。脚の下に、バックパックを敷くんだっけ?」


「そう。よく覚えていたな、ナース・ミア!!」


「うん。今度、お兄ちゃんが死にかけたら、ミアが心臓に注射してあげる」


「人工呼吸も頼むぜ?」


「うん!!激しく空気を送り込む!!」


「ハハハハハ!!……あー、死にかけるのが楽しみだあ。さて、楽しいトークはさておいて、余計な荷物が増えちまったけど、これを運ぶか、ガンダラ?」


「ええ。ミア、先導を任します」


「うん!!みんなを、守るよ!!すべての敵を、斬り裂いてッ!!」


 ミアがニヤリと笑うのさ!!うちの妹の成長を感じるぜ……もしかしたら、オレ、今夜、ベッドに入ってこのことを思い出して感涙を流すかも?……しかたないだろ?シスコンなんだもの……。


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