第二話 『大地の底で、目覚めた暗黒』 その4


 さてと?……それじゃあ、ちょっと本気で『謎解き』をしましょうかね?カミラちゃんの地図をよく見てみようじゃないか。


 うん。さすがカミラちゃんだよね?彼女の身体能力とスタミナなら、一日で400キロメートルぐらいは移動できる。この地下は、あちこち水漏れもしている。飲み水の心配もしなくていいから、携帯する食料も少量で済んだはず。


 下手すれば500キロ以上、彼女なら移動出来るよな―――まあ、その桁外れな能力ゆえに、ガンダラがカミラ・ブリーズの単独潜入を許したわけだ。


 彼女の移動能力を考慮して、この地図を書けた……そう考えていたわけだが。カミラにしては上出来すぎる。『砦』から入って、ここまでの道だが……一時間近く歩いているわけだが、彼女の地図に間違いは一つもない。


 比較的シンプルな地図を作っているとはいえ、彼女にしては正確すぎるよな?


 やはり、これは彼女だけの作品ではなくて……協力者の『影』を感じる。おそらくそれはアミリアの『分離派』と呼ばれる集団。


「……分離派は、どういう連中なんだい、ガンダラ?」


「そうですね。アミリアは帝国に犬のように従う国家です」


「いいイメージはないね、オレたちのような反帝国野郎からすれば」


「ええ。強い者に媚びるのも生き方です。アミリアはその道を選びましたが―――」


「―――受け入れられなかった者がいる」


「はい。そういった者たちの中で、アミリアを分割してでも自分たちの国土を持とうする過激な組織が生まれたのです」


「つまり、それが?」


「アミリアの分離派、ですね」


「彼らは、母国を分割して、自前の国を持ちたいのか?」


「そう主張しているようです。本気度はともかく、構成員の活動自体は活発で、テロや暗殺、誘拐、アミリア公式軍や、駐屯しているファリス帝国軍への襲撃が後を絶たないそうですよ」


「へえ。血の気が多くて結構だね」


「……勇敢なだけではなく、残虐さも知られています」


「……残虐?」


 ……たしかに、そうかもしれないな。なにせ、仲間の『肉』で『地獄蟲』の群れを呼ぶという『策』をオレたちは目の当たりにしたばかりだ。彼らが善良かつ優しさに満ちた集団であるとは、考えにくい。


 だが、それでも少数が多数と戦うと、その道を選ぶしかないのも事実じゃあるな。


「アミリアからの独立を掲げている組織ですからね、同じアミリア人への攻撃性も強い」


「……なるほどな。だが、そういう組織なら人手は不足している。『敵』の『敵』ならば問題なく手を組んでくれそうだ」


「でしょうな。そして、世間知らずで無垢なカミラのような娘ならば……取り込みやすいと判断するかもしれません」


「……カミラちゃんはさみしがり屋サンだしね。オレたちと旅をしてきて、帝国を憎む気持ちは強い……この地下迷宮で、そういう連中に出会えば、仲間意識を構築してしまうかも」


「そして、協力が始まった。彼らから情報を手に入れた―――しかし、そうだとするのなら、気になることも」


「お前に報告しなかった理由か?」


「ええ」


「分離派どもに頼まれたのさ。自分たちの存在は秘密にしてくれってね?」


 すぐにうなずきそう。オレのカミラちゃんってば、素直ないい子ちゃんだし?田舎者で世間知らずでさみしがり屋のバカ。うん、言いくるめるの、宇宙一簡単そう!!


「……なるほど。たしかに、そう言われたら、私にも秘密にしそうですな」


「それぐらい仲よくやっていたのかもね?分離派も彼女の能力に頼っていたのだろうさ。やさしい娘だ、頼ってくる者たちを拒めない」


「そうですね。頭脳はともかく、戦闘能力、探索能力、潜入能力……能力だけなら、カミラは非常に優れている―――」


「しかも、暗闇のなかではミアより強い。まあ、切れ味はミアだがね?」


 オレはミアの頭をぐしぐしと撫でてやる。ミアがうれしそう。


「うん。私、カミラちゃんと訓練したなら負けるう!!でも、殺し合いなら、勝てる。やらないけどねー?『家族』だもん」


「そうだ。『家族』同士で殺し合う必要はどこにもない」


「……カミラは、分離派たちのためにも仕事をしていた?」


「トレードだな。カミラは分離派から、このダンジョンの地図情報を得たのだろう、自分の探索と、彼らの情報を合わせることで、この地図を完成させたのさ」


「その引き替えに、偵察した情報を?」


「分離派にも渡したんだろう。カミラの頭なら、分離派と組むリスクは思いつけない。ミア?『敵』の『敵』は?」


「おともだちー!!」


「……オレたち、『アホの民』は、こんな発想さ」


「なるほど。説得力がありますな」


 ……自虐を誰かに納得されると、ちょっと心に傷がつく。でも、いいよ!アホはアホらしくポジティブシンキング!!前向きに生きていこうじゃないかね?


「カミラはそう疑うこともなく、オレたちや分離派のために働いた……分離派が、『地獄蟲』の『策』を完成させられたのも、カミラの力があるかも」


「……カミラが、『地獄蟲』を誘導した?」


「やれなくはないだろう?彼女は、『闇』を統べる女だ」


「ふむ。あの程度の下級モンスター、しかも社会性の強い甲虫型モンスター……『操る』ことは、カミラには容易いかもしれない」


「完璧なコントロールじゃなくてもいい。分離派の連中には……あの『エサ』に志願した連中に対して、モンスターを誘導する『呪術』をかけたヤツもいるわけだしな」


「『地獄蟲』を『砦』の下に集めれば、『エサ』に惹かれて、地上を目指す……」


「ああ。ガンダラも分かるだろ?」


 オレは右目で天井をにらむ。ガンダラはうなずいた。さすが副官。夫婦みたいに以心伝心だよね。


「……土のなかを、『地獄蟲』が這っていきますね」


「意外と地表近くに穴を掘る蟲みたいだな、そしてこの気配の数と、争いの少なさから、ガンダラの言う通り、社会性が強いみたいだな」


「……どゆことー?」


 知りたがりガールがオレに質問。そのつぶらな黒い瞳に、シスコンのオレが逆らえるわけがない。


「蟲ども、みんな仲良しってこと。誰かが掘った穴を共有して、今、『砦』にアホみたいにたくさんの『地獄蟲』が集まってる」


「パーティーだね!!」


「オレたちも参加したいが、別の機会になるな」


「うん!!今日は、カミラちゃんを見つけないとね!!なんか、カミラちゃん、元気でやってそうな予感!!」


「……オレもそう思うよ。猟兵の勘は当たるんだ。さて、そろそろ、オレたちの求めてやまないアイドルちゃん、カミラの居場所を見当つけちまおうかね?」


「簡単に言いますが?」


「……ああ。簡単さ。アホは、読みやすいから軽んじられる。カミラがガンダラに協力者との接触を報告しなかったのはさ……多分、カミラにすら『バレやすい場所』だなと、ハッキリ分かるからだろ」


「なるほど。ゲリラとは戦場近くに潜む存在でしたな?……つまり、可能な限り作戦地域の近くに潜んでいるはず……そして、『シンプルな隠蔽に保護された場所』。そこに、分離派は拠点を築いている?」


「攻撃性の強い連中だからな。そして、そこそこ『策』を使える頭のあるヤツもいる……オレがゲリラの指揮官ならさ、この『運河』の仕組みにさえ気づけば……潜伏先を敵の懐近くに選ぶよ。武術でもそうだが、敵の懐は、そこそこ安全なものでもあるしね」


「たしかに、貴方はそれを選びそうですな」


 褒め言葉なのか?


 まあ、いいや。


「……それをふまえて、この地図をもう一度見るとだな?」


「……この水路……いえ、『運河』を遡れば……?」


「この空白地帯……『運河』に囲まれているな?」


 オレの指が地図を示す。その場所は、左右を『運河』に囲まれた空間。『砦』の比較的近くにありながら……地図に書かれた情報量が少ない。調べてみても何も無かった?そういう可能性もある。


 だが、あえて何も書かなかった。あるいは調べなかったのではないか?


 そうお友達の分離派たちが、カミラちゃんに、この『アジト』のことは秘密にしてねとお願いを一つすれば?カミラちゃんなら、絶対にそこの情報をガンダラに報告することはしないだろうね。


 性格いいもん。いつか、悪い男に騙されないか心配。だから、オレが守る!!


「……オレたち、この『空白地帯』に向かえばいいさ」


「運河を泳いで渡らなくても?」


「たぶん、大丈夫。それは最終手段だな―――ドワーフってのはさ、職人気質。職人ってのは、芸術家じゃない。特別にややこしい技巧は使わず……比較的、シンプルかつ実用的な仕事をする」


「……『空白地帯』に『拠点』があるとするのなら、そこへのアクセスもシンプルな手段が存在している?」


「隠し通路の一つや二つ、あるんじゃないかね。その空間を作るための作業用の通路……あるいは、正当な入り口が」


「……なるほど。さすがは団長ですな」


「ほめるなよ?まだ、外れちまう可能性だってあるんだから」


「ええ。ですが、私の知恵では思いつかない分析です」


 どこかバカにされている気持ちになれるから不思議。コンプレックスはヒトを素直に出来なくしちゃう、厄介な病気だよね。


「分析の基本は、相手の気持ちになるってことさ……アホの気持ちは、アホ族のオレに任せな。ガンダラは……アインウルフを狩る手段を考えていてくれ」


「ええ。考え中ですよ」


「さすがは、オレの副官さまだよ。それじゃあ、とりあえず、この場所に行ってみようじゃないか?……もしも当たっていたら、カミラちゃんに出逢えそう」


「……分離派に、監禁されている?」


「保護されているのかも?ケガをしているかもしれないし、この広すぎる迷宮だ。彼女だって行き倒れる可能性もある」


「……友好的に考えるべきですかね?」


「『敵』の『敵』だからね。仲良くなれそうなら、すみやかにカミラをオレの腕の中に返してもらおう……返してくれないなら?血を流せばいい。彼らのだけを、大量にね」


 どうだい、ガンダラよ?


 アホの世渡り方法は、シンプルで素敵でしょ?


「じゃあ!!行こうよ、カミラちゃんのとこに!!」


 ミアが張り切る。そして、両手のなかで、ナイフを華麗に踊らせる。


「私、今日だけで百人は殺してるけど……暗殺ばかりで、つまんなかった!!カミラちゃんに意地悪したヒトたちなら……『敵』の『敵』も、私の『獲物』!!」


「……ふう。まったく、よく似た兄妹ですな」


 ガンダラが、褒めてくれる!!


 だから、オレとミア、ストラウス式のスマイル!!


 不敵に笑って、殺意全開!!


「待ってろ、カミラ!!」


「今から行くよう!!」


「邪魔するヤツは―――」


「―――ぶっ殺ぉおおおおおおおおおおおおおおおすッッ!!」




 ―――ダンジョンを進むのだ、足取り軽く。


 火吹きトカゲに、見慣れたスケルトン。


 ときおり天井からは、『地獄蟲』。


 そんな雑魚で?『パンジャール猟兵団』の歩みは止まらない!!




 ―――待ってろ、カミラ!!


 今度こそ、この腕に、君を抱くんだ。


 あの地下牢で、金髪の女戦士の遺体を抱いたことを、魔王は忘れていない。


 カミラのことを思うと、魔王は不安になるのさ。




 ―――安心を得るためには、カミラをその腕で抱くしかないだろう。


 足取りは、軽いのさ。


 カミラに近づいている実感を、彼らは感じていたからね。


 そうさ……『魔王』と『闇を統べる者』、その絆もまた定めを帯びる。

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