第二話 『大地の底で、目覚めた暗黒』 その3


 地下迷宮。その言葉で何をイメージする?薄暗いとか、狭いとか、湿気ているとか?グラーセスのそれに関しては、それらのネガティブなイメージは当てはまらない。


「ひろーおおい!!」


 そうだ。ムチャクチャ広い。なにせ巨人族であるガンダラがフツーに歩けるほど、天井は高い。通路でさえ三メートルの高さはあるし、横幅も四メートルから五メートルはあるな。


「……資料で知っていましたが、実物で見ると、また圧巻ですな」


 ガンダラが感動している。賢い彼は、この構造物を見て、オレでは思いつけないことを考えているに違いない。


 何世紀前の流行りだとか?そこらのオブジェにある意味とか?ちょいちょいあるドワーフの王族らしき彫像の名前とかに、反応出来るんじゃないかね?


 インテリのヒトの方が、そういう面では世の中を楽しめるのだろう。


 同じモノを見ても、楽しみ方が複雑。


 ガンダラの大きくて黒い瞳には、オレの知らない意味や価値に彩られたダンジョンが映っているのだろう。


 オレは……そうだな、とにかくデカい!!広い!!そして明るい!!そんなシンプルな感動しかない。


 ガンダラにそれを伝えたら?純粋でいいですね、とか微笑まれながら言われてしまいそうだ……それは、なんか恥ずかしい。だから、訊かれるまでは言わない。オレはね、このガンダラさんとね、対等の関係でいたいのさ。


 そのために見栄をはらなくちゃならないのなら、はるよ?


 しょうがないじゃん。


 オレ、男の子。


 しかもウルトラがついていいほどの負けず嫌いだしね。


 ……でも、オレにしか出来ない特技もあるぜ?竜に乗ること?まあ、『最後の竜騎士』だから、それはそうなのだが―――風使いとしても、超有能ってところさ!!


「……『春風の精よ、草花の香りを探せ』」


 オレは『風』の魔術で最も弱い呪文を唱えていた。ダンジョンのなかを爽やかな風が流れていくのさ。これで、何をするのか?風の鳴り方で、ダンジョンの内部環境を推し量るんだよ。


 大した特技だろう?


「……ふむ。風の反響で環境を知るのですね」


「……いきなりネタばれてるのな」


「まあ、貴方の神業を見るのには慣れていますから」


 うん?今、喜ぶべきかな?それとも、拗ねるべき?それさえも分からんぜ。


「とにかく、コイツを使えば、周囲二、三百メートルの概要ぐらいは分かるのさ」


「へー……ミアも、マネするね!!」


「ああ。きっと、風に愛されているお前なら、すぐに出来る。でも、今はオレにさせてくれないか?」


「えー?」


「魔力を節約するのさ。これは地味だけど、範囲も広くて、じわじわと魔力を喰らっちまうのさ」


「……うん。了解。ミア、今日はガマンして、カミラちゃんを探すね!」


「そうだ。あらゆる情報を見逃さないようにしよう……さっきの風で分かったが、落盤が多いというのも事実だ。あちこちに、大穴が空いているぞ」


「たしかに。これほど、広大なダンジョンならば、朽ちていく……」


「……趣味だけで、これを作る?そして、維持をする……そういう考えで、コレをとらえていいものか、自信が無くなってくるな」


「ええ。無意味にこんなものを造る?……理解が出来ません」


 賢いヒトが疑っているようなことは、大体、真実ではないものさ。


 きっと、このドワーフのダンジョンにも、『目的』や『意味』があるはずだ。


 どういうことだろうね?


 かつては『侵略戦争用の通路』でもあったわけだが……今は、何のためにコレを維持しているのだろう?祖先から受け継いだ財産だから?


「でもさー。ほんと、広いよね」


 ミアがそう言った。さすがは女子。どこか、こんなアホな巨大迷宮を造ったドワーフに呆れているようだ。女子って、ロマンに対してのジャッジが辛目だもんね。


 たしかに、こんな穴掘るぐらいなら、綺麗な城でも建てたほうが良い気はする。


「なんだか、『住めちゃう』よねえ」


「……住める?」


 ―――『住むため』か。オレはガンダラに視線をやる。ガンダラもミアの発想に食い付いているようだな。ミアは、すぐに探索に集中を移した。


 だが、オレたちは少し考えてしまう。


 このサイズと……そして、ヒカリゴケによる明るさの確保。やたらと居住性が高すぎるよな?……そのことを説明するのには、『住める』というのも悪くないのではないだろうか。


 国土を超える広さの、究極に整備された環境だぞ。『地獄蟲』が湧く?あんなもの退治しちまえばいいだけさ。ドワーフならやれるだろ?……この空間に……そうだな、『街』を作れるのではないだろうか。


 下手すれば、この地下世界だけで完結した生態系をも作れるかも……牧場とか作れるかもしれん。


 畑も作れなくはなさそうだが……まあ、太陽光に勝る農業をやれるとは思わない。しかし、もうこのサイズなら、何をしていても分からないよな。


 オレたちはしばらく道なりに進み、やがて、その巨大な空間に躍り出る。


「川だよ!!川が、流れてる!!」


「そ、そうだな……『水路』と地図にはあるが……」


 巨大なブロックでつくられたオレたちの『橋』は、左右を流れていく巨大な水の流れを遮っている……ヒカリゴケが生えている範囲を見るに、このそれなりの流れのある川は数キロ以上はまっすぐに続いていそうだな。


 そうだ、まっすぐ。


 ということは、これは人工物に違いないのだろうな。川にしか見えないが、このまっすぐさは異質だ。自然の川では、こんなものは見たことがない。なるほど、数千年の流れによって、水路だったものが崩れて、だんだんと川に近づいていったのか……。


「この水源は、一体どこから……?」


「山が雨を吸収し、数十年から数百年を経て、地下の水脈に至る……そんな説も聞いたことがあります」


「ふーむ。グラーセスは高山が多いし、山脈が連なっている。なるほど、山肌が喰らった雲や雨のなれの果てが、この川か……」


「この水さんたちは、どこに行くの?」


「……そうだな。どこに行くんだろう?」


「……見当もつきませんね」


 そう、オレにも見当がつかない。世界の奥底に落ちていく?そうだと面白いが、オレはそんな現象を信じてはいない。これはどこかに流れついているのさ……そこはどんな空間だろうか―――?


「ですが、これは川ではなく『水路』……人工的な解決策が用意されているのでしょう」


「……ふむ」


 『これ』が……『水路』……ね。


「……ガンダラよ」


「どうしました?」


「彼女の……カミラの寄越した地図には、『これ』を、『水路』と書いてあるよな?」


「ええ。たしかに、そうありますね」


「ミア。『これ』、『何』に見える?」


 オレはその大きな水の流れを指差しながら、可愛い妹ケットシーに訊いてみた。ミアはオレと全く同じ感想を口にする。


「え?『川』だよね?」


「……ああ。お兄ちゃんもそう思う。ガンダラには、『これ』、『川』に見えないか?」


「……私は、すでにカミラの報告書と地図を読んでいますので、既成概念というか……これを知識の上で、『水路』だと既に思い込んでいますね」


「……なあ、ガンダラよ、カミラは、お前よりもオレやミアに近い感性を持っていると思わないか?」


「……それは、たしかに、そうでしょう。彼女もアホですから」


 ……うん。そうだけど。オレもミアも、ちょっと落ち込む。


「……失言です。『ユニーク』です」


「いいよ。オレたちバカだもん。な!」


「うん!バカ同士、支え合って生きていこうね!!」


 ストラウス一族が兄妹愛を示すために、お互いの手指を絡めるのさ!!そして、オレたちを非難するスキンヘッドの巨人野郎を見つめる。


「……新手の演劇ですか?」


「そう。家族愛を表現することで、君の悪い言葉づかいを非難しているのさ」


「……すみません。アホは言いすぎでした。『愉快な人々』で?」


「やったー!!格上げだ!!」


 ミアが万歳だ。


 そ、そうかな……アホじゃなくて、『愉快な人々』?ユニークと変わっていなくないかね?……むしろ、バカにされ具合が強まっているような気がするぜ……。


 ガンダラがニヤリと笑う。あいつ、ミアが喜ぶと、オレが何でもかんでも許すとか思っているんじゃないだろうか?……ああ!!そうだよ、可愛い妹が喜んでいるんだ!!


「やったな!!オレたち、『愉快な人々』だってよ!!」


「うん!!人生を、エンジョイできてそー!!」


「ほんと!!」


 もうヤケクソだ。


 でも……そうなのさ。


 オレとミアはアホだし。カミラだって、間違いなくこっちサイドのヤツだ。彼女は悲惨な幼少時代を育っている。学力は下の下だ。あいつが文字なんて書けることに感動したんだぞ、オレは?


「で!……オレが言いたいのはね、ガンダラ」


「はい?」


「……オレたちの『愉快な仲間』であるカミラなら、『コレ』を見て、『川』って書くんじゃねえの」


 『水路』?そんな難しい言葉を知っているのかね?


 ガンダラは賢いからバカの気持ちを分からないかもしれない。そりゃ、そもそもが人工物の地下迷宮なんだからさ?ガンダラなら予備知識無しでも、これを水路と思えるかもしれない。賢いからね?


 だが、カミラはヒト並み以上に学の無い娘なんだぞ?


 行方不明なんて深刻な状況だから、オレもシリアスになりすぎていたけど。そもそも、あいつはバカなんだ。行方不明者を悪く言うと不謹慎だから、言えなかったけど。あいつはバカな上で、ちょっとドジだ。


 『水路』という言葉を知っているのか?……『たくさん水の流れているところ』、それは即ち『川』だ。


「ガンダラよ、カミラは……あいつは、バカなんだぞ。『常にシンプルに物事をとらえるタイプ』だ。彼女には、『これ』は『川』にしか見えないはずだ」


「……ええ。そう、ですね?……たしかに、彼女ならば、そう書くような気がします」


「……大体、この地図も『しっかり書け過ぎていないか』?オレは、竜騎士だから、地図を書けと言われると書けるぜ……でも、それはオレが訓練を受けた竜騎士だからで、彼女はそこまでは高度な訓練を受けちゃいない。初級のマッピング程度さ。探索にかけては超一流だろうがな……知能は、知れているんだぞ」


「……ふむ。今回の彼女の仕事は、たしかに、異常なほど出来が良い」


「もちろん、カミラちゃんは天才だ。才能だけならオレたちよりも色々と上だろう。だけど、現状ではそこまでじゃない。オレとミアの同類だ、ガンダラさん曰くね」


「……この仕事は、『彼女だけの仕事ではない』と?」


「……アドバイスを受けた。あるいは……『協力者』がいる」


「……この地下迷宮には、『分離派』が数ヶ月前から居着いているというハナシでしたな」


「そう。つまり、長く隠れていたんだ。居住可能なだけじゃない。どこかに隠れられる場所がある……それも遠くではいけない。ゲリラは、活動家だ。働けなければただのクズ野郎。彼らは良くも悪くも行動をしたいと願っている。つまり」


「……戦場の近くに潜む」


「そうさ。あるいは……機動力があれば別だよな。オレのゼファーみたいに。まあ、竜じゃなくても」


「……『船』ならば、そこそこ速いでしょうな」


 オレとガンダラは『川』を見ている。いいや、うん、そうだよ。『これ』、じつはよく見れば『川』じゃないんだよね。


「ガンダラ。バカは目がいいって、知っているかい?」


「さあ。迷信ですかね」


「……いいや、ガチのハナシさ」


「……何が、見えるのですか?」


「シンプルなもの。たしかに、『これ』は『川』じゃなくて、『水路』……いや、正確に言うのなら……『運河』だ」


「……『運河』?」


「水量が変わっている。流れる勢いも。そして……そもそもだが、さっきからじっと見ていると分かったんだが……たまに、逆流してる」


「……な!!」


「……オレ、カミラちゃんがどこにいるか、分かっちゃったかも」

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