第二話 『大地の底で、目覚めた暗黒』 その2


 ロンは、もうすっかり下半身が融けてしまっていた。絶命してくれていて、良かった。あの半分融けた姿で、『たすけてえ』と言われてもな……どうにも出来なかった。


 短い付き合いだったな。これも何かの縁だろう、弔いぐらいはしてやるさ。


 オレはロンの腕を引っ張り、彼のことを分離派たちの死体の山へと投げ込んだ。


「ゼファー。火葬にしてやれ。蟲けらなんぞに食われるのは、ヒトとして屈辱すぎるだろう―――」


『うん。じゃあ、やきはらうね』


「ちょ、ちょっと待ちなさい!!」


 リエルが死体の焼却処理を中断させていた。


「どうしたんだ?」


「……何か、おかしいわ、この遺体たち」


「ロンのか?そんなに言ってやるな、ちょっと腰周りが消化されてるだけだぞ」


「そうじゃない。そのデバガメ二等兵の下にいる連中よ……おかしいわ」


「おかしい?」


「魔眼で探ってみてくれない?」


「……んー。ああ、分かった。で、どこを?」


「そうね。私の魔術地雷を探すときの要領よ」


「ふむふむ……『罠』をか」


「うん。予想になるけれど……『罠』というよりも、『エサ』ね」


 『エサ』に『罠』ね。リエルちゃんの言いたいことは予想がついてきたよ。オレたちは、ひょっとして余計なことをしてしまったのかもしれないな。


「さーて……そういう仕組みね。ああ、チクショウ」


「どうしたの?」


「……このオレさまが、すーっかりと出し抜かれちまってたよ」


 まさか、アーレスの魔眼を使っても、気づけないとはな。


「出し抜かれた?」


「ああ。魔術の痕跡を重ねてね?……リエル、お前が予想していた『エサ』の呪術。そいつを隠すために、コイツらは何度も『身体強化魔術』を自分にかけて、その痕跡を残している……しっかり調べるだけなら、強化魔術の痕跡だけが見つかり―――」


「呪いの方は、見つけられないのね」


「ああ。よく分かったな」


「エルフの勘よ。なんとなく、違和感を覚えたの!」


「……さっすがオレのリエル・ハーヴェル」


「ええ。あなたの正妻さまは役に立つでしょう?ソルジェ・ストラウス?」


「ホントにね」


「ねえ、二人だけ、何が分かったのー?秘密とかナシー、ズルいー」


 ミアがオレの背中に飛びつきながら文句を口にした。スマンね、ちょっと魔術の専門家同士で盛り上がっちまった。なかなか興味深い『策』を見れたんでね。


「―――端的に答えだけを言っちまうと、こいつら、自分の『命』で、この『砦』に『地獄蟲』を呼びやがったんだ」


 ミアは目をパチクリさせてる。ああ、宇宙一可愛いぜ、オレのミア。くそ、シスコンのハートに、お前の感情たっぷりな仕草は深く突き刺さっちまうぜ!!


「どーゆうこと?」


「こいつらは、自分自身に『地獄蟲』を呼び寄せる『呪い』をかけていたってことさ。しかも、見破られないようにたくさんの小細工をしてね」


 実に計画的だ。そして、自己犠牲的。破滅願望かね……?


 どこの国でも愛国心ある連中が、追い詰められると……持ちうる限りで最も過激な策を採用するってことかな?


 なんというかメッセージを感じる。自分たちは命を捧げたのだ……オレは、ヴァシリのじいさまを思い出す。死霊にまでなって、国を救おうとしたのさ。


 ここの連中―――分離派とやらの目的が、救国ではなく破壊活動であろうとも、似たようなものだよ。自分たちの命よりも、目的を優先した。敵を殺すというね……。


「……つまり、100人という余りに少ない数での『砦』への襲撃……そもそもが『罠』だったと?」


 ガンダラがオレに訊いてくる。賢いガンダラにモノを教えられるなんて、至福の時だ。自分の低脳さにまつわるコンプレックスが癒やされるよね。


「ああ。いくらなんでも数が『少なすぎる』と思ったが……そもそも、全員が殺されるのを覚悟しての行動だったのさ。むしろ、死んでからが、彼らの真の戦いだった。その身にかかった呪いと肉で、『地獄蟲』の群れを呼ぶ」


「……なるほど。自暴自棄になったと偽装していたわけですね。分離派の一部集団の無謀な暴走に見せかけて……真の目的は、『呪われた彼ら/地獄蟲のエサ』を、この場に『蓄積』させることが目的だった。となれば―――」


「―――ああ。アインウルフが探している『男』……その存在を知っているヤツにしか組めない策だな」


「ええ。そうでないと、この死体を谷底にでも捨てていた」


「そうなれば、谷底に『地獄蟲』が湧いてる。帝国軍にはノーダメージ」


「……なかなか興味深い戦略ですね」


「オレたちでやるなよ?」


「ええ。最悪の状況にでもならなければ、やりませんよ」


 賢いヒトの想像力ってのは、怖いね。ガンダラは、いつかこの策をオレたちで試す可能性を否定しなかった。楽しんでるようだな、残酷な空想を。


 まあ、いいけど。死んでも殺さなきゃならん敵が相手ならば―――ファリスの皇帝ユアンダートを殺すためなら、オレは恨まん。


「でも。せっかくの命がけの『策』も失敗ね」


「……みたいだな。『地獄蟲』が来るのが遅かったのか……?」


「……いえ。失敗と決めつけるのは早い」


「どういうことかしら?」


 ―――そうか。さすがは、ガンダラ。オレより賢い、そこに嫉妬するけど、憧れる。オレの表情を見て、ガンダラは笑う。


「団長、続きをどうぞ?」


「上司を立ててくれるなんて、いい巨人さんだ」


「有能で仕事の出来る男ですからね、私」


「ユーモアもあるよね」


「おい。無駄話はいいから、早く言え!!」


「そーだよー、お兄ちゃんのクールなところ、見てみたいー!!」


 猟兵女子ズがオレの活躍を見たがってるね。ああ、猟兵女子にはモテるね、オレ。他の女にはモテないけど?いいさ、リエルとロロカ先生がヨメだもん。いつか、二人同時に抱いてやるんだ!!


 さて、とりあず、妄想よりもビジネース。


「……つまり、『ここ』に『地獄蟲』が湧けば?……『ここ』を通りにくくなるよな」


「そうね?」


「そうそう」


 ミアは分かっていないっぽい。でも、可愛いからいい!!オレ、シスコンだもん!!


「……この『策』の真の意味は、『これから補充される予定』の第六師団の『新兵』たちが、ここを通るのを邪魔すること―――そうじゃないかと、オレとガンダラは思っているのさ」


「なるほどね。元々、『本隊を叩く予定では無かった』?……ここが『地獄蟲』であふれたなら、たしかに『東側からの補充兵』は通れないわね」


「ああ。コレ考えたの、賢くて非道なヤツだ……夜になり、『地獄蟲』が要塞中に満ちたなら?……暗闇の中で連中と戦うのは、面白いコトになりそうだぜ」


 しかも行軍で疲れ果てたあとでな。


 この急な山道を武装して登った直後に、『地獄蟲』の群れとか、サイアクだろうさ。全滅はしないかもしれないが、本国に戻らなくちゃならないケガ人は大勢出ちまうなぁ。


「なるほど、『地獄蟲』は、いい『ストッパー』になるわね」


「ああ。ここで、敵の補充兵を止められる」


「ええ。そうなれば、ドワーフたちとの戦いで疲弊した第六師団の戦力は、回復しませんね。アインウルフを、討ち取りやすい状況ですな」


「フフフ。ヒドい策だけど……効果はあるわね」


「ええ。そして、リエルとミアのおかげで、さらに強化できますな」


 ガンダラが語る。


 ミアは、ほえ?と可愛い声だ。いいよ?分からなくていいんだ。その純朴さに、お兄ちゃんは惹かれているぞおおおおおお!!


 魔術のエキスパートである、オレの正妻ちゃんは、そこそこ勘づいていた。


「ミアがそこら中に殺した死体があるわね……そう、『エサ』になる『肉』だらけってことよ」


「ああ!!なるほどお!!」


 分かったのかい?……ああ、じーっと口を閉じて、沈黙してる。うん。いいのさ、リエルが続きを話すから。


「―――つまり、私がエルフの王族の魔力をもって、この『地獄蟲を誘う呪術』を、『砦』全体にかければ?」


「さっきよりも、はるかにたくさんの『地獄蟲』さんで、この『砦』はあふれちまうってことさ!!」


「きゃー、ステキー!!」


 肩車してあげているミアが、不気味モンスターであふれた『砦』のことを、『素敵』と言ってくれた。うん。お兄ちゃんもそう思う。


 やっぱり、オレたち兄妹だ!!ストラウスの血は、そう発想するもんだよねッ!!


 ガンダラが、はしゃぐオレたち兄妹を咳払いで制御する。肩車したまま走り回っていたオレ、その場に停止する。ミア。お口を両手でふさいで、沈黙をアピール。


「コホン!えー……素敵かどうかは、趣味の問題でしょうが、とても有効な『策』になります。リエル、お願い出来ますか?ゼファーと共に、地上に残り……この『砦』をモンスターの巣にしてくれませんか?」


「……ああ。元より、オットーとの連絡要員と、ゼファーに乗っての偵察だけでは、つまらないと考えていた。その仕事、引き受けよう!!」


『うん!!がんばろうね、『まーじぇ』!!』


「ええ!!」


 リエルは自信満々だ、彼女とゼファーを疑うわけではないが……この旅が始まった時から抱えている『喪失感』が、オレを不安にさせちまう。


 ああ、リエルにゼファー……ふたりとも、オレの命よりも大切な存在なんだぜ?君たちのためなら、オレは死んでもいい。『ミストラル』みたいに300年、戦い続けてもいい。あらゆる言葉で表現したいけど、一言にまとめると……『愛してる』にたどり着く。


「……なあ、リエル。ゼファー。お前たちを信じているぞ。でも、絶対に、ムリはするなよ?……二重遭難はゴメンだぜ?……オレ、君らに何かがあったら、死ぬ」


 オレは雨に打たれる捨て犬みたいに、泣きそうな顔になってはいないかな?そうだといいんだが、今は自信が出ちゃくれない。カミラだと思って、あの名も知らない女戦士を腕に抱きかかえた感触が……まだオレに取り憑いているんだ。


 不安を打ち払ってくれるように、リエルは笑顔をくれた。さすが、オレの恋人エルフさんだ。オレ、君の笑顔に込められている、『だいじょうぶよ』……という言葉に安心しちまう。帰ったら、マジで子供を仕込んでやるからな、リエル。


「ええ。気をつける。でも、あなたたちこそ、迷子にならないようにね!!」


「私が引率するから大丈夫です」


「私は、サバイバル能力高いもん」


「オレは、不死身さが売り!!……さて、皆で、誰かの『策』を乗っ取って、帝国軍への妨害行動を強化してやろう」


「でも。誰の考えなのかしら?」


「それは分からん。だが、オレたちの『敵』の『敵』だということは、想像がつく」


「仲良くなれそー!!」


 ミアが足をばたつかせて、オレの鎧に靴に仕込んだ鉄片を当てる。カンカンと小気味よいそのリズムは、友好さを示す。まあ……そこまで友好的な人物かは分からないね。


 なにせ、仲間の『肉』で、モンスターを呼ぶようなことを考えるヤツだもん。オレが『魔王』と呼ばれるのなら、そいつは『邪神』じゃね?


 まあ、性格の悪さ勝負では負けちまうかもしれんが……実力では負けてやるつもりはないぜ、邪神ちゃんよ?……この戦に関わっているのなら、そのうち、会えそうだな。


「……どうあれ、ファリス帝国を潰すための『策』が、目の前に転がっているんだ。せいぜい、オレたちも利用させてもらうとしようぜ」




 ―――こうしてソルジェは、チームを分ける。


 リエルとゼファーは地上に残り、その巨大な『砦』に呪いをかける。


 茨はにょきにょき伸びていき、世界で有数の呪われ城の完成だ。


 屍肉に群がる『地獄蟲』、地下から湧いたその数は500匹。




 ―――まさか、竜に乗り、魔物を呼ぶ日が来ようとは。


 リエル・ハーヴェルは、ニヤリと笑う。


 そうだね、いよいよ君も魔王の妻らしくなってきた。


 鏑矢に、大いなる呪詛を込めて放つのさ。




 ―――矢は風を食らって、呪文を歌う。


 地の底でうごめく邪悪なる者どものよ、呪いの声に耳を貸せ。


 この場所には、貴様らの食欲を満たすものが、たくさんあるぞ。


 リエルの矢一つで、『砦』は呪いに堕ちたのさ。




 ―――ソルジェとミアとガンダラは、カミラの足跡を求めて地下へと潜る。


 『砦』の最下層には、大きな階段が地下へと続く。


 岩肌には、ヒカリゴケ。


 大地の魔力を光に変えて、地下迷宮を照らしてくれる。




 ……さあ、地下深くに潜む、『闇』を求める冒険の、始まり、始まり。

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