第二話 『大地の底で、目覚めた暗黒』 その1



 ―――グラーセスの地下には、怪物がいる。


 その名も怖い、『地獄蟲』。


 不気味な姿に、残酷な性質。


 そして、その数もやたらと多いのさ。




 ―――騎士団がひとつ、食われたとも。


 国がひとつ、食われてしまったこともあると。


 そう伝わる、邪悪なる闇の『蟲』。


 でもね……本当の『闇』の支配者は、こんなものではないんだよ。




 大穴の底で山積みにされていた死体が動いた。死霊じゃない。その下に、何かが這い出て来ただけさ。死体を底から突いていやがる。


「リエル!!岩の上に跳んでろ、下から来るぞ!!」


「うむ!!」


 リエルが近くの大岩に飛び乗り、矢を弓につがえた時―――オレは右側七メートルの場所に敵意を感じた。そこは、ロン二等兵のいる場所だ。


「ロン!!動くな!!下にいるぞ!!」


「えッ。そ、そんなあああああ……ッ。た、助けてくださぁあああいいッ!!」


「叫ぶな、『それ』を、刺激するんじゃない!!」


「いやだあああ!!死にたくないぃいいッ!!『地獄蟲』なんかの、エサに、なりたくないよおおおおおおッッ!!」


 ―――『地獄蟲』。そう言うのか、このモンスターは……そうオレが思った次の瞬間だった。『地獄蟲』が、その不気味な姿を現していた。二等兵の体が、大地から出て来たそれに突き上げられた。


「ぎゃひいいッ!?」


 突き上げられながら、その体は、ヤツの邪悪な牙により、腹を大きく切り裂かれてしまうのだ。


 腹を裂かれたロンが、大地に叩きつけられる。ロンは、それから這いずって逃げようとするが……腹部をアレだけ裂かれていたら、助かる見込みはない。


 ムカデとカニと蜘蛛を合わせたような、不気味な姿―――『地獄蟲』が、はらわたで赤い道を地面に描くロンのことを追いかけた。


 斬るか、と思ったその瞬間に、『地獄蟲』が口から何かを吐いていた。それを吹き付けられたロンの体が、煙を上げる?……強酸か?消化液を、噴射しやがるのか、このクマサイズの不気味蟲はよ!!


「あああああああああああああああッ!!」


 融けていく痛みにロンが叫ぶ。クソが!!


 ―――魔眼で見る。何が有効か?……いや、まずは殺すのが先だ!!


 竜太刀を抜刀し、刃に逆巻く竜の劫火を召喚する。オレの魔力の高まりに、ロンを食い千切った『地獄蟲』はこちらを向いた。だが、遅いぜ?こっちの火力の高まりは、もう十分なのさッッ!!


「魔剣、『バースト・ザッパー』ぁあああああああああああああああッッ!!」


 大地を劫火を帯びた竜太刀の斬撃が爆撃して、灼熱を帯びた爆風が『地獄蟲』を砕きながら焼き払っていた。しかし、想像以上に甲殻の破損が少ない。もっと、粉々になるかと考えていたのだが―――。


「ふむ。固い甲羅だな」


「ソルジェ!!下から、来るぞ!!」


「ああ。わかっているさ」


 オレは大地から跳びだしてくる二体目の『地獄蟲』を躱す。そして、リエルの矢がその敵を貫いていた。


 一撃では死なない。体の中心ラインの一点を射抜いているが、そこが『急所』ではないのか―――ふむ?これは、どうだ?


「……『風よ』」


 魔術で風の刃を呼び、それを幾つか当ててみせる。しかし、『地獄蟲』の外骨格は揺らぐことはない。


「なるほど。これは戦闘に特化した生物だな」


『ギャギャシイイイイイイッ!!』


 不気味な声で鳴く蟲だな。さすがは『地獄蟲』といったところだ!


 ヤツの左右の腕になるのか、巨大なハサミがオレの頭部を目掛けて何度も放たれてくる。そこそこ速いね。本気になるほどではないが、並みの兵士では歯が立たない。


 あそこで融けて骨盤と内臓が見えてしまっているロンのように、虐殺されるだけだろうな。こんなモンスターが、この土地の地下にはつまっているのか?


 ロンに事情を聞きたいが、彼はすでに絶命していた。むしろ、幸運だな。腹と腰が融けちまったのに、まだ意識を保つなんて方が、悲惨すぎるぜ。


「ソルジェ、遊んでいるなよ。あちこちから来てるぞ!!」


「ああ。だからこそ、数が少ない内に『観察』するのさ」


『ギャガガアシシシシシイイイイ――――ッ!!』


 ふむ。『消化液』を吐くために、一瞬のチャージがいるか。体を大きく膨らませ、どこか体内の……おそらく『袋』みたいな構造に、それをため込む。そして、体をしぼませながら、こうやって吐くのか。


 オレはその消化液のブレスを難なく躱す。そして、竜太刀の一撃で、『地獄蟲』の頭部を切り落としてやった。即死という概念はないのか?原始的な反射が生きているのだろう、首を落としてもヤツは動く。とにかく脚を伸ばして、暴れて来やがるのさ。


 嫌味な生物だ。対戦する相手に、ちょっとでも手傷を与えようという底なしのしつこさだね。


『……『どーじぇ』!したいのやまのしたから、でてくるよ!』


「壊し方を研究しろ。どうすれば、効率良く壊せるか。どんな質のダメージが有効なのかを学び、全員で共有するぞ」


「……フフ。なるほど!!おもしろい!!」


『ガギュシシイイイイイイイイイイッッ!!』


 折り重なった死体を食い破りながら、『地獄蟲』たちが大地から生えてくる。リエルの矢がその一体の頭部を射抜く。一秒後に、体が動かなくなる。


 脳を壊しても、一秒は動く?接近戦のときは、注意すべきだな。ほんと、嫌味な蟲だぜ。


『GAAHHHHOOOOOOOOOOOOOOOOOOOHHHHHHッッ!!』


 ゼファーがブレスを吐いた。いつもの三割という力だ。灼熱の波は有効だ。ヤツらの動きを五秒で停止させる。破壊力を帯びさせれば一撃―――それはゼファーもオレの『バースト・ザッパー』を見ているから知っているのさ。


「やれやれ。貴族たちの部屋を探り終えた矢先に、モンスターの群れですか?」


 ガンダラがそう言いながら、戦場を駆けた。


 久しぶりに巨人の戦士の躍動を見られると思うと、嬉しくなるね。


 バカみたいにデカい男の、鍛えあげられた肉体が連動し、槍のフルスイングとなって『地獄蟲』に叩き込まれる!!


『ギャアアシュウウッッ!?』


 甲殻は相当に硬い。だが、本気の破壊力を用いれば、『地獄蟲』は真っ二つになるんだな。


「ふむ。驚異的な生命力ですね……蟲型モンスターらしいといえば、そうですが。壊せば、死にますよ」


「賢いヒトの意見かしらね、そういうのは?」


 リエルがオレに迫っていた『地獄蟲』を射抜いた。今度は、胴体?……くくく、外したわけじゃない。通常では急所にならない『そこ』で、殺すための何かを探っているのさ。


「『風よ、爆ぜろ』!!」


 ドバアアアアアンンンッッ!!


 リエルの矢に込められていた『風』の魔力が解放されたのさ。


「見なさい。風で内側から破裂させても、殺せるわよ?」


「それも賢明な意見ですかねえ。どんな生物でも、そうでしょう」


「ふん。腕力だけよりは、知的じゃないかしら」


『がるるるるううううううッッ!!』


 ガギゴギガグギイイ!!ゼファーが、『地獄蟲』を喰らった。


「ええ!?ゼファー!?」


「食べるのですか、アレを!?」


 『地獄蟲』が手足を暴れさせるが、竜の鱗を傷つけることは難しい。またたく間に呑み込まれていく。オレとリエルとガンダラは、なんとも言えない気持ちになる。


 アレを喰うのか?


 うん、獣の中の獣―――竜の発想はヒトのはるかに上を行くワイルドさだ。


『……かんでも、ころせるよ?……かたくて、にがい……でも、わるくない?』


「苦いのに、美味いのか?」


『うん。『どーじぇ』も、たべてみたら?いがいと、いけるっ』


 ……この、ムカデとカニとクモを合わせてしまったような、不気味な生命体を?食べるだと?……さすがにカンベンして欲しいぜ。


 ギャギャシイイイイイ……なんて鳴き声の食い物なんて、オレほどのワイルド・マッチョなイケンメお兄さんでも、まったく口に含みたくない。


「……さて。パワーに頼らず、効率良く―――」


 目の前にいる『地獄蟲』の動きを見る。ヤツが、膨らむ。そう『消化液』を溜めているな……さて?『どこに』?全身じゃないだろ?その部位だけは、特別によく膨らむ。それを支えるために、他の部位が動くだけ……。


 なるほど……アゴの下か。それを『喉』と呼んでいいのかは自信が持てないが、この蟲野郎の牙の裏側の奥に、『消化液をため込む部位』があるらしいな。


「はい。実験。『風』よ」


 ザシュウンンッ!!


 アゴの裏に、オレは真空の刃を送り込む。オレの予測が当たれば?……今ので『消化液』の『袋』は裂けたはずだ―――さて、どうなるんだ?


『ぎゃがああひいひひいいいいっ!?』


 ヤツの体から煙が上がる。ふむ、なるほどな。消化液はコイツら自身にも有効か。


「アゴ裏、そこに『消化液』が蓄えられているな。破壊すれば、コイツら自身の身を焼くぞ!……そうなれば、十秒で死ぬ」


「なるほど、さすがの洞察力ですな」


「魔眼はスゴいわね」


「スゴいのは、オレの能力の使い方さ」


 ―――当然だが、『地獄蟲』などというモンスターがいくら現れようとも、オレたちが遅れを取ることなどあり得ない。


 これを雑魚とは言わんが、そこそこでしかない。超一流しかいないオレたちを?それでは傷つけることさえ叶わないさ。


 では、オレたちは何をしているか?


 効率良く殺せる方法を探しているだけ。


 地下に潜るのであれば、地下から来たコイツらともたくさん戦うことになる。毎度、全力を出して破壊していけば?……すぐにスタミナ切れになっちまうさ。


 ならば、効率良く殺せる手段で、最小エネルギーで殺す。


 そうすれば、探索が楽になるからな。だから、オレたちはこうやって研究をしている。壊すべき部位、気をつけるべき攻撃、そういうモノを把握していくんだよ。


 どこまで広いダンジョンなのか、分かったものではないからな。体力の温存は最重要テーマ。


 それに、『これ』より強力なモンスターがどれだけ出るかも分からない。


 対策出来ることは、全てやるのが。プロってもんさ。


 そうだろう?ミア?


「……まだ観察に時間がかかるか?」


 オレはこの戦場と化した中庭を見下ろせる窓から、にょろりと身を乗り出している黒猫ちゃんに訊いてみた。


「ううん!!100%!!ミアも、参戦すっぞぉおおおおおおッッ!!」


 ミアが戦場の空に舞う。


 お兄ちゃんにお前の『狩り』を見せてくれないか?


 空にいながら、ミアは改造手甲からスリング・ショットを放った。鉄のつぶてが狙ったのは、『地獄蟲』のアゴのあいだ。口の中さ。


 鉄のつぶてがそこに命中した直後、『地獄蟲』の頭部が破裂する。リエルの矢に込めた『風』を再現したのさ。


「やるわね、ミア!いい風だ!!」


「いい技だから、もらっちったー!!そして、これは、私のオリジナルううッ!!」


 ミアが風より速いステップで―――『影』のステップで『地獄蟲』の間合いのなかに躍り出る。『地獄蟲』の殺意がハサミのラッシュとなった。しかし?ミアにそんな遅い攻撃で触れられるわけがない。


 全ての攻撃が空を切った。ミアが、全部躱した?……バカをいえ。オレのミアだぞ?躱すだけじゃない。ストラウスの『嵐』は、躱しながらも切り裂くのさ。


『ギャギシシシシイイイイイイッ!!』


 殺意は止まらない。『地獄蟲』は圧倒的なスピード差のミアを、それでも追いかける。だが?もう、彼にはハサミは無い。ミアが切り落としていたのだからね。


『ギギイイイイイイイッッ!?』


 心なしか、驚愕しているように見えた。うん。でも、言わないでおこう。


 以前、死霊になったヴァシリのじいさまと『会話』してたら、あのジャンにさえ引かれた。あのジャンがだぞ?命令すればオレの足でも平気で舐めそうなぐらいの、オレの信奉者がな。


 ゲテモノ虫の声まで聞こえだしたら?


 イヤだよ、そんなヤツ。気持ち悪がられて当然だ。だから、オレは蟲の声には気づかないフリだ。『なにいいいい!?』って、言ってるような気がするのは、気のせい。


「あはははは。遅いよー!」


 違うね、ミア。君が速すぎるんだ。


 ミアは精確無比に刃を振るう。甲羅を切っているのではなく、『関節の継ぎ目』を切り裂いているのさ。そこは、この甲殻生物においても弱点だ。柔軟で無くては動けないからな、その部位は。


 だから、非力なミアのナイフでも料理出来る。


 技術と速度で急所をかっさばくのさ。


 あっという間に『地獄蟲』が全ての手足を失い、大地にイモムシみたいに転がった。場違いな程に戦力ダウンしてしまった、そのイモムシは口惜しそうに鳴いた?……そう見えるのは、オレの感性が豊かで、ゲテモノにも移入できるから。


 そう。オレの耳は、こんなゲテモノ蟲の声なんて、聞こえてねえぞ?


「さて。殺し方も分かった。あとは戦術を、洗練する」


「了解だ、ソルジェ団長!!」


「ええ。わかりました、団長」


「おっけー、団長お兄ちゃん!!」


『がるるるるるるううううううッッ!!』


 そうだ。もはや『地獄蟲』に対しての感動はない。彼らの動きも、彼らの攻撃の趣向も、彼らの弱点も……その全てが手に取るように分かる。我々は目をつぶりながらでも、もはやこの『慣れ親しんだ怪物』をノーダメージで殺してしまうだろう。


 ときおり見せたことのない動きもするし、二、三匹が同時に襲いかかってくることもある。だが、本気のスピードで、本気のパワーで対応すれば、急場は容易くしのげてしまう。


 我々は、もう飽きているのだ。


 この弱すぎるモンスターに対してね。


 『パンジャール猟兵団』の動きは加速し、より効率的に、より早く、より力を使わずに、『地獄蟲』を蹴散らしていった。


「―――まあ。オレさまたちにケンカ売るのは、間違った行いだということさ」


 100秒後、オレたちはのべ34匹もの『地獄蟲』を殺し終わっていた。


 もちろん、誰も傷一つ負っちゃいないし、息の一つも乱れちゃいないよ。まあ、こんなものだ。実力というものが違う。虫けらと我々では、次元が違うのさ。


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