第一話 『蛇のように、静かに。その牙に毒を宿し』 その10


 その小さな墓を作ったオレたちにはやることがある。


 まずは、このクソ忌々しい帝国軍の雑兵の服を脱ぎ捨てた。そして、小さくうつくしい庭園を抜け出して、死体だらけのあの中庭にまで降りていく。そして、ゼファーを呼び寄せるのさ!!


「来い!!ゼファーぁあああああああああああああああああああッッ!!」


 ドガシャアアアアアアアアアアアアアンンンッッ!!


 ゼファーの羽ばたきが集めた風の弾丸が、茨のしげった鉄格子を粉砕して、ゼファーがこの死者のための庭に着陸するのだ。


 そして、竜の背からオレのリエルちゃんが飛び出してくる。


 ドヤ顔だった。


「私たちを呼んだか!!」


 わかる。きっと、ヒマだったのだろう。


 マジメな彼女だって、『見張り』なんて地味な作業はつまらない。だから、呼ばれたことにワクワクしてしまうんだろうな。どーだ、私たちが必要だろう!?そういうメッセージ性の強い感情がガンガン伝わってくるよ……。


 でも、リエルはオレが上半身裸であることに気がついた。


「うおおおおおおおおおおおッ!?こ、こんな、こんな敵地のド真ん中で、き、貴様は何を考えているのだ、この、破廉恥キングがあああああッ!?」


「破廉恥キング!?」


 ……なんだ、それ。人生で初めて言われた悪口だぞ。でも、不思議とイヤじゃない。なんか自由に生きてそうだよな、破廉恥キングて!?


 リエルは顔を隠しながら、罵詈雑言を浴びせてくる。


「このド変態めッ!!わ、私を呼び寄せたと思ったら、む、ムードとか気にする暇も与えず、即座に交尾を要求するのか!?」


 誤解しているな。オレは上着と鎧と竜太刀と、あと食糧を要求するつもりであって、こんな状況で性行為を求めているわけじゃないんだけど……?


 ……だが、うん。面白い。


 見物しよう。見たいぞ、君のアホで可愛い姿が!!


「た、確かに、私たちは恋人だぞ!?お前からすれば、私は『正妻』だしな。ロロカお姉さまとお前がキスをしたら、私は、三倍はキスをしなければならんし―――」


 そういうシステムなのか?


 正妻と第二夫人の関係性とは?


 ……じゃあ。アレか?ロロカ先生と×××したと言えば、その三倍はスゴいことを要求してもいいということなのだろうか。


 おいおい、なんてことだ。


 最高なシステムじゃないか。


 森のエルフよ!!ありがとう、偉大なる文化をオレたちに残してくれて!!リエルを娶るわけだから、君たちはオレの先祖みたいなポジションになるな!!


 ああ、ありがとう、義理のご先祖サマ!!あなた方が作りあげた、『一夫多妻』という男の夢は……人類の文化遺産は、このソルジェ・ストラウスが継いでいきますからッ!!


「―――だ、だが!!節度も大事なのだぞ!?ま、毎度毎度、唐突にいやらしいことをしてきたり……け、今朝も、いきなり階段で、あんな……危ないだろ?階段はやめとけ。堕ちたらケガするぞ……」


「そうだよな。ほら?だから、今度は、広いところだぞ?」


「た、たしかにな、足場は広い……あんなデカい墓穴を掘れるぐらい広いスペースだが。せ、戦場で、い、いきなり?だ、だいたい……ま、まだ昼前だぞ!?」


「いいじゃないか?」


「ど、どういう意味だ!?な、なにがいいというのだ!?あ、朝も、昼も、夜も、お、お構いなしに迫ってくるのが、お前の性欲なのかッ!?」


 違うとも言い切れない『実績』があるな。オレのセクハラ行為も、そこそこキャリアがあるぜ……。


 オレ、いつも何やってんだろ?……まあ、いいや、楽しいから。だいたい、リエルにするセクハラは、セクハラじゃないもんな。プレイだもん。セクハラ・プレイさ。


 恋人同士がいちゃついているだけだもんね。かわいいもんだろ?


「わ、私が魅力的な女なのは、百も承知だが!!……さ、さすがに、そんな毎食みたいなペースで、エッチなことされたら、こ、壊れちゃうだろう!?」


「だいじょうぶ、リエルはタフだし」


「だ、だいじょうぶとか言うな。お前の、それは、何か信じられんのだッ!?」


「ほら、来いよ!?」


 オレは両腕を広げて、恋人エルフさんを呼ぶ。


 恋人エルフさんは、葛藤している。


 フツーに抱きしめて欲しがっているようだな。まあ、これが恋人というものだよ?さあ、来いよ、リエル・ハーヴェル。


「認めてしまえ、お前は日々、オレから受けてきた『セクハラの毒』が回り……いつでも24時間、オレのセクハラを求めてしまう体へと調教済みなのだ」


「『セクハラの毒』ッ!?ば、バカな、そんなものがあるわけ―――」


「え?おいおい、まさか、森のエルフは知らないのか?」


「―――し、知っているともさあッッ!?」


 面白い。


 じつに面白い娘だ、リエル・ハーヴェルよ。オレの最愛の恋人エルフさんよ?


「知っていたか。まあ、大人の常識だもんな」


「そ、そーだ。私はもう17才。エルフ族として、立派な成人を迎えた女!!わ、私に知らない社会常識なんて、存在せんのだッ!?」


「ああ。あるよな?『セクハラの毒』?」


「お、おう!とーぜんだ、あるぞ、あるとも、あるもんな!?」


 見栄っ張りと強がりが、彼女を面白い風に転がしていくな。


「そうだ。『セクハラの毒』は、一度体に浴びると呪いのように人の心を蝕むのだ!!」


「な、なんだと!?」


「もう、『セクハラの毒』が回ったお前は、オレのセクハラを求めるように仕上がっているということなのだよ!!」


「ち、ちがう。私は、そんな破廉恥クイーンじゃないぞっ!?」


 人生で初めて聞く単語がまた耳に入ってくる。うん。面白い。


「いいじゃないかね、破廉恥キングと破廉恥クイーンらしく、とても破廉恥なことを昼間っからしようじゃないか!!」


「で、できるか……っ。そんな破廉恥王朝など、建国してたまるものか……っ」


 素敵な『ダイナスティー/王朝』だな。国民になるどころか、オレたち国父と国母かい?名誉ではないと思うが、楽しけりゃいいさ。だから、オレはこの言葉を捧げる。


「だいじょうぶ!!」


「だから、そ、その言葉は、とても嘘くさいぞっ!?」


「細かいコトはいいから。ほら。おいで、オレのリエル?」


「うぐッ!?あ、甘い言葉で、やさしく呼ぶんじゃないッ!?」


 ニコリと笑う。


「なあ……来てくれ、リエル。オレには君が必要なんだ!!」


「ひ、ひつよう……って、そ、そんな……たしかに、お前には私が必要だけど!?」


「おいで、やさしく抱きしめてあげるから!!」


「そ、そんなに、そんなにチョロい女じゃないんだからなあああああ……っ!!」


 リエルちゃんが混乱しながら、唇を噛む。あれで、耐えるつもりなのか、『セクハラの毒』とやらに?


 ……自分で言い出しておいておきながら、こんなこと考えるのは無責任なのだが、なんだね?『セクハラの毒』とは……ワケが分からんぞ?


 まあ、いいや。強硬手段だ!


「ゼファー!!『マージェ』を『ドージェ』に、トスだ!!」


『え?え?こ、こう!?』


 ひょい!うちの仔が、背骨をしならせて、背中にいる『マージェ』を空へと放っていた。


「きゃ、きゃあ!?な、なにをする、ゼファーぁあああああ!?」


「ほーら!!ミアみたいに、受け止めてやるぞ!!」


「え。は、裸だし……っ!?」


 リエルは混乱しているのか照れているのか、それでも喜んでいるのか?さあ、来い……オレがまた『セクハラの毒』で、お前をまた一歩エロい女に調教してやるぜ!!


 セックスのときに上目遣いで敬語を用い、オレを求めて来る……っ。そんなオレ的に理想な女に調教してやるぜッ!!


「おのれえ、ソルジェめえええ!!お前の思うがままに、なると思うなよ!!じゃ、邪気、退散ッッ!!」


「え?」


 オレの『邪悪な欲望』を感じ取れるようになったという猟兵女子が、空のなかで踊る。うつくしい。そして危険だ。逃げるべきだ。逃げなきゃ痛い。なのに。なぜだ?からかっていた罪悪感か?


 今、オレの脚を『セクハラの毒』が呪縛していた。彼女をからかった罰を受けるべきである。そうだ、それが騎士道である―――そうなのか?賢きアーレスよ、教えてくれ!?


 魔眼は……沈黙する。


 そうだ、分かっている、下らな過ぎて反応する気が起きないんだな?


 うん。分かった。もう避けれない。避けたら、リエルが地面にぶつかっちまうもの。そんなのオレは許容できんさ。


「―――甘んじて、受けるぜ」


「天・誅ッッ!!」


 天の裁きが、リエルの曲げられた肘が、オレの頭部へと突き刺さっていた。オレじゃなければ死ぬレベル?ううん。そうじゃない、これは遊びだからね。リエルちゃんも必殺の一撃が当たるポイントを、ズラしている。


 だから、オレ、見た目ほど痛くない。加減されなきゃ、頭の皮が裂けて血潮を吹いているところだよ?


 でも、リエルちゃんを抱きしめながら、大地に倒れ込むのさ。彼女にダメージが無いようにね?……こういう茶番をしていると、それなりに彼女の気持ちが和む。オレたちバカな猟兵たちには、こんな派手なじゃれ合い方もあるのさ。


 倒れたオレの上に四つん這いになりながら、リエルは顔を赤らめながら、それでも興味津々って雰囲気を漂わせながら、訊いてくるのさ。


「……ど、どんなことを、するつもりだったのだ……?」


「いや。地下のダンジョンに潜ろうってことになったからさ、着替えたくてな」


「……え?」


「帝国の雑兵の服なんて、いつまでも着てられんから脱いだだけだぜ、リエル?」


「な、なんだと!?」


「なあ、オレの上着を取ってくれないか?あと、食糧も……それに、鎧を装備するのを手伝ってくれると助かる。時間は貴重だからな」


「……お、おう!!そ、そういうことか!!ほ、ほら!!起きろ、バカ!!」


 バカな男はアホな女に手を引かれて、地面から立ちますよーっと。


 リエルは世界一素早く行動していた。


 一瞬でゼファーのそばに移動して、食糧と医薬品の入った袋と、オレの上着、そして鎧を梱包した箱を背負って、再びオレの前にダッシュでやって来る。


「団長!全部、持ってきたぞ!!」


 凜々しい顔で、そう言った。


 でも、オレはニヤけてしまう。


「な、なにを、ニヤけている?」


「どんなこと、されたかったんだ?」


「へ、変なコトを言うと、雷を呼ぶぞッ!?」


「分かった。急ごう。鎧を箱から出してくれるか?」


「お、おう!!ま、任せろ!!私は有能な猟兵だ!!」


 有能な猟兵女子はテキパキと動いた。箱からオレの鎧を取り出してくれる。オレは上着を着てしまい、リエルのとなりへと移動する。


「それ取って?」


「お、おう。任せろ、着せてやるから……その方が、早いだろ?」


「ああ。ありがとうな、リエル」


「う、うむ……すまんな、何だか、誤解して、勝手に勘違いをして?」


「いいのさ。君も疲れているんだよ」


「うん……そうだ。いや。お前だって、お前のほうが、疲れてるだろ?」


 鎧を着るのを手伝ってくれながら、リエルが語りかけてくれる。心配してくれているのさ。オレの体調をさ。たしかに、ロクに寝ていないしな……。


「なんとかなる。ゼファーとつながっているだけで、魔力と生命力をもらえる」


「……でも、下に行けば?……森から離れると、エルフは力をもらえなくなるぞ」


「だいじょうぶ」


「その言葉は……強がるときにも、使うだろう?」


「カミラも待っているだろうからな。それに、オットーも潜ってくれている。オレは、カミラちゃんを探すために来たわけだもんな。行かないわけには、いかないさ。ていうか、行きたいね」


「……そーだな。そして、またお前は―――私に、『ついて来るな』と命令するんだな?」


 リエルが、少し……いいや、さみしそうに言った。オレの背中にある革製のバンドのなかに、アーレスの竜太刀を差し込みながらね。


 その言葉に引きよせられて、オレは背後にいる彼女のことを振り返った。リエルは後ろ手に手を組んだまま、笑う。さみそうに。


「……リエル、その」


「いいんだ。団長の戦術ぐらい、分かっているとも」


 そうだ。


 これは戦術的な判断だ。


 オットーはあと二十数時間後に、『拠点』へと戻る。彼との連絡係がいるのだ。ガンダラは地下迷宮の探索には不可欠な知識を持ち……ミアは暗所や狭い空間での戦闘能力の高さは証明済みだ。


 外すヤツを選ぶなら、リエルだ。


「……ああ。それに、リエル。頼みたいことがある」


「うむ!こんなことだろ?……ゼファーの背から、敵の動きを観察してこい。偵察能力は私とゼファーの十八番だもんな?」


 そうだ。


 その通りだ。


 でも、言いたいことはそれだけじゃあない。


 リエルの肩を両側からつかんで、オレは彼女に真剣な顔で伝える。


「オレの子供を産んでくれ」


 一瞬の間を置いて、リエルの顔が羞恥に染まる。赤い色だ。


「な、な、な、なにを!?」


「……ダメか?」


「い、いや……そ、その……あの……わ、わかった」


「そうか。伝えたいのは、それだけだ」


「お、おう」


「じゃあな?」


「う、うん……がんばってこい!カミラを見つけてやれ?」


「ああ。もちろんだ……ん?……どうした?キスでもして欲しいのか?」


「……うん」


 ―――ときどき。素直にそう言われると、オレは何故だか顔が赤くなっちまうんだよな。ツンデレ・エルフさんの必殺技の、チェンジ・オブ・ペースだ。いきなりキャラ変えるから、オレ、ハートを撃ち抜かれちまう。


 くそ。オレ、ダメだ、コイツ、可愛すぎる……ッ。よ、よし、わかったぜ、リエルちゃん、オレが熱烈なキスを―――『キスで妊娠するってホントだったんだ』って思ってしまうような濃度のラブを……ッ!?


 リエルの表情が変わる。


 オレの邪気を感じ取ったのか?


 違う、視線がオレを見ていない。


 ……敵?


 ……いや、そうじゃなかった。うむ、そうじゃないとも言い切れないけれど、想像していたモノとは違ってた。


 とにかく、リエルがキレたのは、捕虜のロンに対してだったのさ。


「な、なにを見ておるか、このデバガメ二等兵がああああああッ!!」


「い、いいえ、そ、そんな、み、見てないですううううッ!?」


「嘘をつくのは、悪い帝国兵の証であるぞッッ!!」


「そ、そうじゃないです!!」


「問答無用だ、このデバガメ二等兵があああああああああああッッ!!」


 リエルは走った。手足を拘束されて無抵抗なロンに。ああ、そうか。ロンは、ジャンに似ているのだ。その不幸なところとか、気の弱いところとか、リエルの左ハイキックを浴びせられて大地に転がるトコロとか……。


 ……オレ、だんだん、ロンくんに愛着がわいて来ちまってるなあ。


「ひ、ひどい……っ」


 それなりに正当な文句を口にしながら、捕虜のロン二等兵が地面に倒れてイモムシみたいに転がった。


 そんなとき?


 オレとリエルの野性が、本物の『敵意』を感じ取っていた。ゼファーもだ。


「なんだ、この気配?」


「下から、来るの?」


『ぐるるるるるるううッッ!!』


 そうさ……グラーセスの地下には、『敵』が棲んでいたのさ。


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