第一話 『蛇のように、静かに。その牙に毒を宿し』 その9
オレは『彼女』を腕に抱える。誰だかは知らないが、こんなヒドい場所に放置することは出来ない。家族や仲間に引き渡してやりたいが……せめて、どこか土のある場所に埋葬してやりたいな。
オレは『彼女』を腕に抱いて、そのまま牢屋を出た。
ガンダラが苦い顔をする。うむ、誤解を与えてしまっているな。
説明をしなければ―――っ!
「……カミラちゃん……っ」
ミアがいた。全くの気配を感じさせずに、ガンダラの側にいる。『フェアリー・ムーブ』、いよいよ完成してきている。だが、マズい。ミアが、泣きそうだ。
「ミア、誤解するな」
「―――ガンダラちゃんッッ!!そいつの腕、抑えてッッ!!」
「ええ」
ガンダラもブチ切れしている。そりゃそうだが。
「痛いッ!!痛いッッ!!」
ロンがガンダラに羽交い締めにされる。ガンダラの右腕が青年の細い首を固定して、左腕がミアの願いのままでロンの左腕を掴み、固定していた。ロンはもう動けなかった。
泣いているミアは、それでも涙をたたえた黒い瞳でロン青年をにらみつける。そのナイフの尖端よりも研ぎ澄まされた殺意を浴びて、雑兵ロンは身動きが取れない。蛇に睨まれたカエル。そんなイメージだ。
動物として、存在している階級が異なっているのさ。
理性が消え去ったとき、ミアは生態系における、絶対的な頂点であり、ロンはただの捕食されるだけの肉でしかない。立場は永遠に変わることはない。
暗殺妖精の両手の指が、それぞれにナイフを遊ばせる。究極の技巧が、ミアの指のなかでナイフを踊らせる。銀の閃きが薄暗い地下牢のなかを切り裂いて、殺意を示していく。
「指から、切ってあげる。一本ずつじゃない。知っている?指の骨には詳しい名前があるんだよ?……末節骨、中節骨、基節骨。指一本はさ、ナイフでも三度、切断出来る。ああ、お父さん指は二度だけ」
「そ、そんなあああッッ」
「たくさん切れるよ?指はね、神経が豊富で、とても繊細。だから、痛みに敏感。良かったね、ミアは手術が上手だから、暴れても精確に刻める。手の指から、始めるよ?そのあとは、足の指。その後、お耳。それからお鼻を削いで、まぶたを切ってあげる」
オレとガルフの『最高傑作』が、ロンの手をじっと見ている。とても嬉しそうだ。そうだ、怒りと悲しみと憎しみを、暴力に込める。それがオレのミア・マルー・ストラウス。最愛の妹さ。
「た、たすけてえええええええええッ!!」
「助けるわけないでしょう?カミラちゃんを、あんたたちは殺したんだもの。あんたを痛めつけて殺したあとは、砦にいる残りの豚さんどもを、私たちみんなで全滅させるの」
「……ええ。私も、久しぶりに暴れてやりたい気分ですよ。さあ、ミア」
「うん。ガンダラちゃん、抑えててね。精確な手術には、助手の腕もいるよ」
「もちろん。私は、いい助手をやれる自信がありますよ」
「や、やだああああ!!しゅ、手術なんて、いやだああああああああッ!?」
「―――ミア、ガンダラ。スマンな、言い忘れてることがあるんだ」
「……なんですか、団長?」
「お兄ちゃん、いいところなんだけど?」
「そんなに邪険にするな。いいニュースなんだから。オレが抱えている『彼女』は、カミラ・ブリーズではない」
「……え?」
「……なんと」
ミアもガンダラも驚いていた。
うん、そうだな。すまないな、もっと明るい顔で出て来たら分かりやすかったと思うが―――まあ、『彼女』は悲惨な死に方をしている女性だし、その前で笑顔を浮かべるのも、オレには出来なくてね。
この死体の女性に、オレは感情移入しているのさ。君たちがそうであるようにね。
「良かった……ほんとに、ちがうヒト?」
「ああ。このタトゥーも古傷も、カミラにはなかっただろう?」
ミアが走って近寄ってきた。そして、『彼女』の右腕のタトゥーを確認する。
「ホントだ。カミラちゃんじゃないよ!!」
「……安心しました」
ガンダラが、ふう、とため息を吐く。だが、もちろんロンの拘束を解くつもりはない。そうだ、それでいい。
「ロンよ?他に女の捕虜はいるのか?」
「い、いません!!……その子だけで……だから、みんな、その子を……はけ口に……」
慰安婦代わりに捕虜を犯して遊ぶね。
戦場ではよくあるが、騎士道一直線のオレさまには、たまらなく不快な現実だけどな。オレみたいに愛で結ばれた女性にのみ、セクハラとか?強引なキスとか?そうするべきだよな、リエル?ロロカ先生?
さて。
ここにカミラが捕らえられていないということは……消去法で選択肢が減ったな。
「……カミラは、地下にいるみたいだな」
「でしょうな。それでは、一時、拠点に戻りますか?」
「ダメだよ、そんなの!!絶対にダメだからねッッ!!」
ミアがガンダラちゃんを叱りつける。そうだぜ、ガンダラちゃん。オレも我が妹ミアの意見に賛成だよ。
「せっかく、ここまで来たんだもん!!『ここ』から地下にもぐって、『お家』の方に向かって通路を進めばいいじゃない!!そのルートに、カミラちゃんいるっぽいじゃん!!」
「そうだな。ミアの意見には、全面的に賛成だよ。なあ、ガンダラ?お前も、久しぶりに体を動かしたいんだろう?」
「……団長の指示には従いますよ。そもそも、団長とミアだけでは、複雑なダンジョンで迷子にならないとは限らない……二重遭難は、避けるべきです。私がいて、良かったですな」
オレとミア、無言でニヤリ。そうです。バカですもん、オレたちストラウス兄妹。
死ぬほど鋭い勘と洞察力はあるけれど、細かな分析とか?複雑な迷路を頭脳で攻略とか?……そんなことに向いてると思えるほど、楽天家じゃありません!!
「ガンダラちゃんがいてくれて、ウルトラ助かるよう!!」
「ほんと。助かるよ。さて、ロン」
「な、なんですか、ストラウスさまあああッッ!?」
「また少しだけ長生きが出来るぜ?……ほら、ガンダラ。離してやれ」
「了解しました。さあ、どうぞ?」
ロンは巨人に解放された腕と肩を痛そうにさすりながら、オレだけを見て言った。
「―――そ、それで、僕は、どうすればいいんですか?」
「まずは……彼女を埋めるに相応しい場所はあるかな?」
「……は、はい。貴族さまたちが、憩いの場にしていた、庭園が」
「いいところだ。そこに埋めてやろう。さっそく、案内してくれたまえ」
「は、はい!!こちらですとも!!」
ロンは、元気できびきびと動き始める。
「……さて。ミア。お仕事頼めるかい?」
「うん。お任せ!お兄ちゃんに、この砦をプレゼント」
「頼んだ。静かにしてやらないと、『彼女』が気持ち良く眠れないもんね?」
「もちのろん」
ろん。という語尾にロンが反応して体を凍りつかせる。そして、死の妖精は明るく微笑みながら、そんなロンを全くムシして、彼の側を駆け抜けていった。
「……怖がるな。君のことじゃないよ、ロン」
「そ、そうですか……」
そうだ。
君はいい労働力だから、殺さない。墓穴を掘るなんてのは、なかなかの重労働だしね。
さて。
オレは魔眼を用いて、ゼファーとリエルに連絡を入れる。ふたりも気になっていただろうからな。ここにいたのはカミラではない。そう連絡を入れた。そして、二人には見張りの継続を頼んだ。
数百人もの兵士が戻ってきたら?
あるいは、補充の兵士が東の道を大勢のぼってきたら?
さすがに、ちょっとキツいからね。見張りってのは大事だよ。
オレたちはロンに案内されて、この複雑怪奇な『砦』の上層部を目指した。
「……こ、ここです!」
「ほう。なるほど、これは……」
「見事なものですな……」
オレもガンダラもドワーフの仕事にビックリだよ?……そこにあったのは、ガチに美しい庭園さ。翼の生えた女神の彫像だとか、噴水のある白い石材で作られた小さな池。
野生の草だが、春に花を咲かせる草花たちが生えそろっている。ここなら『彼女』も静かに眠りにつくことが出来そうだな。
「上空は……ステンドグラスかよ?……空から、見えるか、ゼファー?」
―――ううん。わからない。そこをこわしてもいい?『まーじぇ』にも、みせてあげたい。
「ゼファー。それは残念だけど、やめてくれ。ここは、『彼女』のお墓にするんだ。『彼女』はよく戦ったんだから、静かに眠らせてやれ」
―――うん。わかったよ。いのるね、このそらから。
「……そうしてくれ。竜の祈りは……お前の祈りなら、彼女の魂は迷うことなく星に導かれるに違いない」
そして。
ロンとガンダラの労働が始まる。オレも手伝おうかと思ったが、『彼女』を地面に置くのも気が引けてね?……しばらくしたあとで、ミアが合流する。『砦』の連中は全滅させられたらしいな。
ああ、ゼファーに乗ったリエルも、ミアの援護をしてくれたらしい。竜に乗ったエルフの射手に、暗殺妖精……とんでもない豪華な殺戮ユニットさ。
ミアは可憐な乙女だな。草花たちを摘み、『彼女』のために花束をこしらえていた。
掘り終わった穴に、オレは『彼女』を寝かせる。あとは、オレたちとロンで土をかけていった。最後に小さな石を墓石代わりにして、ミアはさっき作った花束を捧げた。
お葬式は終わる。
誰かも分からない女戦士の墓が、そこに出来た。
―――それは静かな願いの時間、黒猫ミアは花束と共に。
無言の祈りを捧げるのだ、静かに眠ってね。
ママと同じように、苦しんで死んだ、あなたに。
でもね、世界は苦しみだけじゃ、なかったでしょう?
―――だからこそ、あなたは戦えたんだよね?
わかるよ、私もそうだから。
愛するヒトがいたの?それとも、見たい『未来』があったの?
だいじょうぶだよ、私たちが、継いでいく。
―――私の影に宿って、私の刃に宿って。
私たちは、ひとつになろう。
あなたの願いは、私とひとつに融け合って。
私の戦いが、あなたの軌跡を継いでいく。
―――さあ、全ての『色』が融け合う『黒』へと至ろう。
闇色の翼に導かれ、私と共に魔王のそばで暴れよう。
見せてあげるよ、あなたの『敵』が滅びるさまを。
私の名前は、ミア・マルー・ストラウス。
……世界を破壊し、『未来』を築く、『魔王』のための暗殺者だよ。
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