第一話 『蛇のように、静かに。その牙に毒を宿し』 その7


 ―――『分離派』。言葉通りの意味だとするのなら?何か主流の組織からの離脱を試みている連中ということか?……ガンダラは知っているのかもしれないが、この土地に詳しくないオレは、君の口から聞きたいな、ロン。


 なぜかって?


 君は、オレに償うべきだからだ。


「話せるか?」


「……は、はい。は、話せます……ッ」


 ロンは、青い顔をしたまま口を開いてくれた。そうだ、その方がいいよ、お互いのためになるよね?オレは、今にも君のことを殺してしまいそうだが、君は貴重な情報源だ。


 君にはミアが見えていないから仕方がないけれど。


 ミアは今、『死の天使』と呼ばれる日に向けて、その鋭く愛らしい牙を磨いている。もう十人ぐらい殺しているぞ?オレが尋問していることに気がついて、『殺していいモード』に入った。


 君が、オレの探し求めているかもしれない女性を、犯して殺したかもしれないことを、あの子は聞いている。止められないよ、彼女の殺しは、君たちが殺したかもしれないカミラ・ブリーズへのレクイエムさ。


 運良くカミラでなかったとしても?ミアの牙と裁きは、君たちが受けるべき報いであるに違いないだろう?……オレの騎士道は、軍事的合理性とやらを上回る。君たちのいかなる弁明も、我々兄妹の怒りを止める機能はありはしないんだ。


 ―――さて。


「とっとと話してくれ。この指で、君の喉を今にも切り裂きそうだが……君は、一秒一秒より貴重な存在になっていてね?」


「ど、どういう意味でありますか!?」


「数が減っているのさ。時間の経過と共に、君たちの命は闇に葬られている」


「ほ、他にも、敵が!?」


「いるとも。オレより容赦がない、本職の殺し屋サンがな」


「そ、そんな……ここは、帝国軍の、第六師団の拠点なんだぞ……」


「だから、どうした?」


「……っ」


「不必要なことを喋るなよ。オレは短気なんだ。情報を話せよ、ロン。お互いのために」


「……は、はい……『分離派』というのは、オレたち『アミリア自治州』のゲリラ組織のことですよ」


「ゲリラ?反帝国の組織か?」


「はい」


 アミリア自治州……グラーセスから南東にある国―――いいや、帝国の属領だな。帝国への忠誠を誓った代わりに、あるていどの政治的自主性を持てている地域だが、それは結局のところ建前でしかないらしいとは聞く。


「ロンよ、君はアミリア自治州の男か?」


「……は、はい。第六師団が、ドワーフどもの国を襲撃するときに、新兵を募りました」


 なるほどね。君たちはアインウルフの『盾』として呼ばれたな。ドワーフの突撃をその肉体と命で受け止める、肉の壁を成す部品として。


 君は運がいいのだろう。君のようにマジメで、それほど腕の立たない凡庸な男は、昨日の戦闘に参加していたら、死んでいただろう。愚直に命令を信じて、まともにドワーフの鉄槌に挑み、頭の骨を砕かれていた。


 良かったな?一日だけでも長生き出来たぞ……?


「……さて、その隣国アミリアの『分離派』とやらが、この砦を襲撃したのか?」


「……え、ええ。あいつらは、僕たちの国で、大暴れしています……盗賊みたいな連中ですよ……あいつらは、ドワーフの地下迷宮に隠れ住んで、神出鬼没なんだ」


「待て。分離派が、ドワーフの地下通路……地下迷宮に『住んでいる』?」


「え、ええ。ここ何ヶ月かは、そんなですよ」


「ドワーフが、よく許したな」


 鎖国を維持しようとしている彼らが、他国の集団を受け入れるとは思えないが……事実ならば受け入れるしかない。ロンよ、納得のいく情報を吐いてもらえると助かる。


「……ドワーフにも、色々いるみたいです……地下に住んで、分離派に力を貸している連中もいるようで……」


「……鎖国の国にも、外交に積極的な連中がいるというわけか。ガンダラ、知っていた情報か?」


「はい。アミリアの分離派の存在については。しかし……地下迷宮に住んでいるとは?」


 ガンダラの知識を上回るという非常識な状態か。たしかにそうだろうな。鎖国ドワーフなら、地下の侵入者に気づかずに放置するというのも、変じゃある。


 だが、思い当たることも幾つかあるんだよね……。


「……ここ数ヶ月のことだと言っていたな」


「……はい。分離派狩りがアミリアで強くなったから……あいつらは、きっと……ドワーフどもと手を結んだ」


「なるほど。敵の敵は味方ということか。帝国軍はグラーセスを攻めようとしているし、アミリアは帝国の犬だからな」


「い、犬なんかじゃ……ぼ、僕たちは……」


「君は志願兵だよ。つまり、帝国市民権が欲しかったんだろう?アミリアを捨てようとしていた。素敵な故郷だね」


 青年はまた沈黙してしまう。


 いじめ過ぎたか?


「……す、好きで……帝国にしたがっているわけじゃないよ。でも、そうするしかないじゃないか?……分離派の言い分だって、それは、わかる……帝国の命令ばかり聞かされるのは、イヤだよ?……でも、帝国は、秩序や豊かさをくれる」


「欲望に素直に生きるといい。それも、ストレスの無い生き方だろう。だが、君のその生き方のための犠牲になった女性が、最低でも一人いるな」


 この言葉で良心が苦しめられるなら、もう少し生きさせてやる。


 反省をしてくれ。苦しんでくれ。怖がってくれ。


 それが、君と君の同僚たちがした、行為への報いとなるだろう。


 君はそうすべきだとオレは信じている。


 異論があれば口にしろ?オレが、感情のまま君の首をへし折って、その窓から捨ててやるよ。君のことが嫌いなんだ。いくらでも出来る。君が百人いたって、オレは飽きずに笑いながら全員の首を折るよ。


 オレからカミラを奪った?


 当然の罰だぞ。


「……か、彼女には、悪いコトをしたって……思っています」


「そうだな。とても悪いことだ。輪姦して殺したんだからな。彼女の人権を無視してレイプしたあげく、その無抵抗であっただろう命も奪った」


「……無抵抗って……彼女は、暴れて、たくさん、オレたちも死んで」


「そうか。彼女の勇敢さを聞けて、嬉しいよ。だから、手足の腱を切ったか?無抵抗にして、そこから何時間も楽しんだのか?」


「な、なんで……そ、そんなことが分かるんだ……ッ」


「魔王の力だよ。悲しい死の苦しみについては、死者がオレに嘆き訴えてくる」


 罰を与えてくれ。


 この世界を、破壊してくれ。


 ああ。


 この話題を続けると自制心が無くなるな。


 他のことを聞いて気を紛らわせるよ。だから、オレを心配そうににらむなガンダラ。ここまで素直な情報源が得がたいことぐらい、知っているよ。ときおり指を痙攣させるほどの殺意の衝動。それを抑え込みながら、オレはロン青年にたずねるのさ。


「……この砦には、たくさんの死体があるらしいが?それは、誰の死体だ」


「……ここを襲撃してきた、分離派たちの死体です……地下からあふれて、いきなり襲撃してきた。でも、返り討ちだ」


「いつだい?」


「……4日前」


 ガンダラと視線が交差する。カミラ・ブリーズが消えた日だな。


「どれぐらい死んだ?割合のことだ、君らと彼らの」


「あいつらが100、こっちも同じぐらいだった」


「……ほう。少ない数だな」


 ドワーフと連携しているのなら、もっと大勢で攻めてきそうなものだが?しかも、100だと?陽動ならば、本隊と連携してみるべきだろうが、それはやらなかったのか?何のための攻撃だ?……ドワーフ側も、一枚岩ではないのかもしれないな。


「それで、ロンよ」


「は、はい……」


「聞きたいことは、大体、聞けた。君のような若者に、これ以上の情報を期待することは出来ないからね」


「……ま、まさか……ッ」


 ロンの顔がよく晴れた日の朝陽を浴びながら曇る。


 そう誘惑しないでくれないか?


 オレは怯えた帝国豚を殺すのが、たまらなく好きなんだぞ?


 セシルに捧げている気持ちになれる。


 君らの血潮の赤を浴びるとね、あの日に抱きしめた、セシルのちいさな欠片を思い出せるよ。もう7才だってのに、セシルの骨は本当にちいさくてね?炎で炙られちまったせいだろう、とても熱くて、赤くなっていたよ。


 オレはな、君たちの赤を捧げたい。


 オレの大切だったヒトたちの魂にね。


 後ずさりするロンがいた。オレから逃げるか?


「ああ。叫んでもいいぞ?いくらでも雑兵を呼んでくれて構わない。オレはその全てだって殺してやるよ?」


「……そ、そんなこと、出来るワケが……ッ」


「オレは9年間、帝国から賞金をかけられつづけているが、この通り健康体だ。なぜか分かるかい?」


「わ、わかりません……ッ」


「死ぬほど、強いからだよ?この砦に何十人が残っているかは知らないが、全員を殺すことも簡単だ。このフロアには、仮眠中の者も含めて、20人弱いただろ?」


「ど、どうして、それを?」


 魔眼を全開にしているからね、分かるのさ、何となく命の気配の数が。そして、それを刈り取るオレの可愛い天使の羽ばたきも。


「もう。彼らは君の先に旅立ったぞ」


「そ、そんなばかな……」


「信じなくてもいい。死ねば、思い知らされるから。だって、あの世の入り口で、君は同僚たちの顔を見れるぞ」


 オレの殺意を信じてくれたのか、ロンが失禁する。べつにいいさ、恥じることはない。オレみたいなヤツと出会って、殺される時が来たら、そうなるよ。


「……団長」


 ガンダラがオレの自制を促す。


 そうだな……もう一仕事、させたいね。


 この臆病な男は、オレの奴隷のように忠実に動くだろう。


 だから?


 カミラ・ブリーズに償うチャンスを与えてやらないとな。


 オレはロンに向けていた手を、殺意に力強く震える指を、下げていた。


「……ロン。オレの名前を知っているな?」


「は、はい」


「言ってみろ?」



「そ、ソルジェ……ソルジェ・ストラウス……さま……です」


「大きな声で、もう一度だ」


「そ、ソルジェ・ストラウスさまですッッ!!」


「ハハハハハハハッ!!……サマ付けして呼んでくれるなんて、嬉しいな。だから、ちょっとだけ生き残るチャンスをやるよ」


「……チャンス……?」


「この目に頼って、彼女の悲鳴を追うのも、悪くはないが……後悔しながら歩く君の背中を見物しながらね……カミラ・ブリーズのところへ案内されるのも、悪くない。この砦は大きくて複雑だから。頼めるかな、オレのロンくん?」


「は、はい。も、もちろんです!!か、彼女のところへ、ご、ご案内いたします!!」


 涙と鼻水を流しながら、彼はもう少し自分の命が続くことを喜んでいた。


 ああ、せいぜい、オレに怯えながら歩け。


 ……何なら、刃向かってくれ。


 命をかけて、オレから逃げようとしろ。


 その勇敢さを見せてくれるなら、オレは君を一瞬で殺してやる。


 そうでなければ?


 長く、残酷な時間をかけて殺すつもりだ。


 君は死ぬよ?昼食の心配はしないでいい。それまでは、生きちゃいないし。生きていても食事を味わえるほど、君の健康を残すつもりはない……そうだな。口と胃を焼き払って、食事が出来ないまま放置するとかどうかな?


 オレは残酷な感情のままスマイルする。


 すると、愉快なことに、ロンくん。君もつられるように笑うね。


 きっと、君はオレを誤解しているよ。


 オレが君を許すわけがない。


「さて……オレの忠実なロン。案内してくれ、迅速によどみなく」


「い、イエス・サー!!」


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