第一話 『蛇のように、静かに。その牙に毒を宿し』 その6


「いくね……」


 こういうミッションでは無類の強さを発揮するのが、ミア・マルー・ストラウスだ。彼女は革製手袋とブーツの内側をつかって、この見張り台へとつづいているハシゴを滑り降りていく。


 そう。ハシゴを外から挟んでな、そのまま降りていく。


「私には出来ない芸当ですな」


「巨人だからな。お前は頭脳労働も担当しているんだから、問題ないさ」


「ええ。そして、今回も巨人奴隷のマネですけどね」


「愚痴るな。お前なら、ボロボロの服着るだけで済むんだぞ?」


「そうですな。団長の屈辱を思えば、マシなものです」


「ああ。オレは帝国軍の『雑兵』の服だもん……」


 潜入のために、色々と小細工をしているよ。竜太刀は持ってきていない。かさばるからね。そして、せっかく装備した鎧も置いてきた。


 そんなもん着てたら敵だってバレるから。


 眼帯も外して、いつもは金色に輝いてるカッコ良すぎる魔眼を、右のと同じく青色に魔術で変えてる。


 んで。トドメに今着ているのは、ガンダラがグラーセスにやって来る途中で殺した、帝国兵サンのお古さ。


 死体のお古だよ、誰かも知らないヤツのね。


 しかも、『雑兵』のだぜ?


「……今後は、せめて士官の服にしてくれんかね?無能な新兵のコスプレとか、屈辱だ」


「変な見栄ですな。さて、行きましょう。ミアを待たせてしまいます」


「ああ、オレから行こう。もし、ガンダラの体重でハシゴが壊れたら?……オレが滑り落ちてくるお前を受け止めてやるよ」


「そういう折に触れての騎士道精神の発露が、複数の女性を娶るコツですか?」


「そうだろうね。じゃあ、オレもミアのマネしてみるか」


 オレもハシゴの外側持って、滑り落ちていく!!


「ハハハ!なかなか楽しいぜっと!!」


 開始してから数秒。オレは『砦』の内部に侵入していた。


 すでにミアは気配を消している。魔眼の加護が無ければ、そしてオレがシスコンでなければ、おそらくあの大きな柱の裏にいるミアに気づけなかった。


 オレは、ミアにコルテス式指サインで命令を送った。


 ―――『南側を見てこい。オレとガンダラは北側だ』


 ―――『ラジャー』


 兄妹は指の動きだけで心を通じさせるのさ。


 ミアは、闇を伝って、完全なる無音のステップ……『フェアリー・ムーブ』を行う。無音暗殺は、いつでも可能なのさ。日々、彼女の暗殺者としてのスキルは向上しつづけている。


 ギシギシギシ。忍ぶのが下手な男は、ハシゴを揺らしながら降りてきた。幸いにも支柱は壊れることはなかった。ドワーフは、いい仕事をするぜ。


「ふう。楽しい運動ではなかった」


「だろうな。爽快さに欠く動きだったよ」


「ミアは、動いたのですね」


「そう役割分担。フロアの北がオレたちの仕事さ……おっと。まずは最初の犠牲者の登場だな……」


 ガンダラは柱の裏に身を隠す。


 ふむ、さすがに巨体で生きて三十余年、上手に隠れているじゃないか。


 では、オレは営業と行くか?見張りの兵士に向かって、オレはニコニコしながら歩いて行く。


「よう!!」


「なんだ、お前は?持ち場に戻れよ?」


「堅いこと言うなよ?どーせ、誰も来やしないって。将軍たちお偉いさんも帰って来やしねえだろ?」


「呑んでいるのか?……『分離派』の動きは、常に警戒しておけ!!ヤツらは、この地下の道を、我々の何倍もよく知っているんだぞ?」


「ああ。悪かったよ……すまんね。ちょっと疲れているのさ」


「分かればいい。さて、持ち場に戻れよ?」


「ああ。やれ。ガンダラ」


「え?―――ッ!?」


 会話に夢中の凡人。その背後を取るのは、ガンダラなら容易い。ガンダラは、この不運なオレの犠牲者を羽交い締めにして、その怪力を使い、アゴが一ミリも動かないように頭を固定しちまっていた。


 これで彼は話すことも出来ない。あらゆる感情表現は顔面だけで伝えなくちゃならない状況さ。


 さて。お楽しみの時間を始める前に、とりあえず、この無人の部屋に入ろうか?オレの魔眼なら、中にいる生物の気配は分かるんだよ。ほーら、見えた通りに無人だ。


「ガンダラ、彼をここにエスコートしてくれ。ああ、君も、暴れるな?ムダに殺したくはないんだ」


 兵士はガンダラに連れて、この部屋へと連行された。オレは、左眼の術を解き、いつもの金目に戻すのさ。オレの魔眼を見て、その兵士はオレが誰かに気づいたようだ。有名人になったものだね?


「そうだ。オレは、魔王ソルジェ・ストラウス……あるいは、『ザクロアの死霊王』とか呼ばれている、君たちの天敵だよ?」


「……ッ!!」


「オレとの会話のルールを教えておく。大声を出そうとすれば、殺す。逃げようとすれば、殺す。オレに嘘をつけば、殺す。球蹴りよりも少ないルールの数だ。覚えられたかな?」


 ガンダラは彼を解放してやる。


「自由になったな。さて、叫ぶか?逃げるか?嘘をつくか?……オレの力と魔眼の前ではね、どれを選んでも君に悲しいことが起きるが―――どうする?」


 アーレスの魔眼の力で彼の感情が分かるよ。恐怖に怯えた濃い青さ。ブルブルガタガタ怯えてくれている。そんなに、オレの目が不気味かな?ショックだよ。


「さて。君はオレとの会話のルールを理解してくれたようだな」


 泣き顔の兵士は頭を何度もうなずかせた。オレにアピールしているな。いい傾向だ。オレにとって都合の良い態度は、歓迎するよ。


「君の名前を聞いていいかな?ファミリーネームはいいよ、君の家族に迷惑はかけない。オレなりの気遣いさ」


 そうだ。オレは慈悲深いところも見せる。交渉の基礎だよ。アメとムチ。家族の名前を知ったところでオレには何も出来ないし、するつもりもないが、脅しには十分だ。


 その無名の兵士は、さっきよりも怯えていない。オレに良心があることを知れて、ちょとは安心したのかもしれないな。


 茶色い髪と、よどんだブルーの瞳。その若者の口は、ようやく開いた。乾いた声で、彼はオレに自己紹介をしてくれた。


「……ロンです」


「そうか。普通の名前だ。いい両親に恵まれたか」


「……お、おそらく、普通ですが……僕たち兄弟には、やさしかったです」


「そうか。オレのお袋と妹は、君たちに裏切られてね、焼かれて殺されたんだ」


「……す、すみ、ません……ッ」


「あやまるなよ、昔の話だよ?……それで、オレの仇の服を着た君に、質問したいことがある。その質問に素直に答えてくれるかな?嘘をつけば、オレの目は見通すぞ。そして、そうなれば、オレは君を殺して、その窓から投げ捨てる」


 ガンダラはさすがにタイミングを心得ているな、背後から、窓を覆っていた木の板を外す音が聞こえた。光が差したね。まだ低い太陽の放つ、温かな光だ。


 そんな太陽光を浴びながら、なぜ、泣きそうになるんだ?


 君は、オレにとって話しにくいことでもあるのかい?


 ならばこそ、君を解放してやることは出来そうにないな。


「さて。始めようか」


「こ、殺さないで……っ」


「ああ。殺さないでやってもいい。オレの質問に忠実に答えればな」


「は、はい……ぼ、僕が知っていることなら、何でも話します……っ」


 だいぶ怖がってくれているようだ。いい傾向だな。愛や正義なんかの偉大な哲学と同様に、『死への恐怖』も、ヒトを素直にしてしまえるのさ。


 だから、オレは、オレに怯えている男が嫌いになれない。正直者が好きなのさ。


 しっかりと、オレに話してくれよ、ロン?


「まず、ロンよ。ここに捕虜はいるのか?」


「……ほ、捕虜……い、います……いますが……」


「その中に、金髪で紫色の瞳をした、人間族に見える若い女がいるか?」


「人間の女……」


「19才だ。そして、金髪で、紫色の瞳をしている。背は、オレの肩より少し下ってカンジだ」


「……っ」


「……知っているんだな。素直に吐けよ?嘘は、つく意味がない」


「……は、はい……たぶん、知っている……と、思います」


「確実ではない情報か?」


「ぼ、僕は、彼女の名前も知らないんだ……」


「彼女の名前はカミラ・ブリーズ。君たちが輪姦して嬲り殺しにしたのかい?」


 兵士は無言。


 そうだな。それがいい。オレは、かなり怒っているんだ。久しぶりに魔眼でヒトの心を覗こうとしてみたが、かつてよりも、ずっと性能がいい。


 オレの日々の鍛錬のおかげかな?あるいは……『ゼルアガ・アグレイアス』との闘いの成果かな。


 そうだ。ヤツの術は、最悪だったぞ。


 何百回も妹のセシルが焼けていく光景をさ、見せられたのさ。オレはその幻術を破ろうと必死に魔眼を使いまくったよ。最初は逃げるためだったが、そのうち、より深く識ろうとした。魔眼は偉大なる竜アーレスの遺産だ。


 逃げるために使うべき力ではないだろ?


 魔眼で、その幻術の仕組みを識ろうと集中していた。何回も失敗したし、何十回もセシルの断末魔を耳にした。それでもオレはあきらめはしなかった。


 ずいぶんと心が疲れた頃に、魔眼が『ゼルアガ』の術を『見た』。魔術の構造によく似ていたな。魔力ではない何かで書かれた、魔術に似て否なる何か。だから?それを指で掴んで壊してやった。空間に漂っていたそのクソ忌々しい術式をね、崩せたのさ。


 そしたら?


 目が覚めていた。


 ―――あの忌々しい体験が、魔眼の性能を研いで、力を引き出したのかね?……オレの魔眼は、今まで以上に死にまつわる情報を取り出せているぞ?


 今のオレは、闇のなかでこの男と他の兵士たちに輪姦される少女を見ている。彼女の髪は、金色だ。顔が腫れ上がっているのと、その悲惨な現実から逃れるためにか、必死に目を閉じているから、瞳の色は分からないんだ。これは、オレの知っているカミラちゃんかな……?


「なあ……彼女は楽しめたかい?」


 無言だよ。


 ロン。ああ、君はルールに抵触しようとしているね。


 嘘をつこうとしている。君は、君たちは、あんなに嬉しそうな獣じみた貌で、楽しんでいるじゃないかね?


「どうした?答えないのか?10、9、8……」


「な、なんで、カウントダウンするんだっ」


「想像してくれ。きっと、君の心のなかに答えはあるよ。さて、5、4、3、2……」


「き、気持ち良かった!!と、とても、とても、楽しかったですッッ!!」


 兵士はオレの考えに気づいてくれた。この数字がゼロになったら、問答無用で君の喉笛を指で引きちぎってやったところだよ。


「……そうか。君の家族に聞かせてやりたい言葉だね」


「ぼ、僕だって……したくて、したかったんじゃない……あの子は、ど、どんなに拷問されても、口を割らないから……だ、だから、暴力じゃなくて、辱めることで―――」


「―――おや、それは暴力じゃないのかね」


 兵士は無言になる。うん。殺してやりたいところさ。だが、君からは情報を、もっと聞かせて欲しいね。


「トークが止まってしまったな。このままでは、場が白ける。なあ、質問を変えるぞ?」


「……は、はい」


「……君は、さっき口にしたな?『分離派』……それは、どういう集団のことだ?」


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