第一話 『蛇のように、静かに。その牙に毒を宿し』 その5


 ゼファーに乗ったオレたちは東へと向かった。


 険しい山脈地帯がつづくのが見えた。まるで牙のように尖った山肌だ。急峻なその山を、ヒトの足が走破するのは難しいだろう……。


 平野部で戦をした理由がよく分かるな。公的に整備された大型の『道路』ぐらいしか、この山岳地帯を軍隊が移動出来るような場所はない。そして、その『道路』は戦をやるにはどうしたって狭いのだ。


 ドワーフたちにとっても、帝国軍第六師団の連中にとっても、戦場を構築するためにはあの場所しか無かったのか。ふむ、猪突猛進を美学とするドワーフたちは、戦略を嫌ったのだろうか?


 正々堂々としすぎているな。


 軍事的な集団としては、いいのか悪いのかだ。


 おそらく、ガンダラやロロカ先生、そしてクラリス女王陛下たちに戦を指揮させたら?この『道路』に何かするよな?……ぶっちゃけ、崩してしまえばいいじゃないか。時間稼ぎにはなったはずだ。


 ……それだけ自分たちの軍勢の頑強さに自信があったのだろうか。理解しかねるな。鎖国のし過ぎで、独特な軍事観を形勢したのかもしれないなぁ……。


『……『どーじぇ』。みえてきたよ』


「……ああ。デカすぎて、視界から外せないほどのサイズだな」


 それは山脈の一角を『要塞』に改造した建造物だ。いや、もう山そのものだろうか。山をくりぬき、そこにレンガや石材を詰めて、要塞化したのだろうさ。


 どれだけの時間や労力がかかったのか、想像を絶するよ―――。


「……これだけのサイズの要塞を……造って……放置しておいたのか!?」


 リエルが叫んでいた。ミアもつづいた。


「もったいなーい!!こんな、カッコいいお城なのにーッッ!!」


 んー?


 カッコいいかな?厳つすぎるぜ?ゴツゴツしているし、洗練さとか、そういうのは無い。本当に恐ろしいまでの『実用性』を感じる……いや?オレは寝ていないから疲れているのだろうか。


 このサイズの要塞を、何故、実用的と感じたのだ?


 ありえんだろ?


 ……『何』と戦うつもりの要塞なのだ?


 ヒトとの戦を想定したものではないぞ―――。


 そう考えたとき、頭のなかにアリアンロッドが浮かんだ。


 『ゼルアガ/侵略神』。異界からこの世界を独自の哲学のままに侵略し、浸食する邪悪な神々だが……かつて、ゼファーの祖父にあたるアーレスは、『竜騎士姫』と共に、山より巨大な『ゼルアガ』を殺したという。


 その喉笛を食い千切って、ようやく『ゼルアガ』は滅んだと。


 まさか、この『砦』は……神々との戦のためにでも造られたのか?……壮大な妄想ならいいんだがな。もしも、現実に、こんな『砦』でなければ止められもしないようなサイズの『ゼルアガ』が存在していたら……。


 怯え方も分からんレベルだな。まあ、正直言うとさ?……そういうサイズのバケモノと一度は殺し合いをしてみたいという願望も、ストラウスの血には流れている。


 しかし、今はいるかいないかも分からない超巨大悪神よりも、この『砦』に監禁されているかもしれないカミラ・ブリーズのことだぜ。


「……ゼファー、カミラの臭いはするか?」


『ううん。さすがにねー、この『とりで』はおおきすぎて……わからなーい……でも』


「でも、なんだ?何に気がついた、ゼファー?」


『……ちのにおいが、するよ。『とりで』で、ひとがたくさんころされている。あたらしいにおいだ』


「……たくさん?」


 ルード王国もオレたち以外にも、独自のスパイをこの土地には放っているだろう。だが、たくさんではないだろう?


「おい。ゼファーよ、具体的にどれだけの数が殺されているのか、分からないか?」


『……にひゃくよりは、いるかも?……せんにんは、いないかな』


「なんだ、その数は?」


「多いな。そして大きな疑問だぜ、『誰』だ?」


 ドワーフたちをここで殺したのか?……ドワーフの戦士の闘志が不屈だということを、帝国軍だって知っているだろう?……生かして、ここまで連行するのは、かなりのリスクを伴うな。鉄の声が聞ける彼らなら、手足の拘束具を破るヤツだって出てくるさ。


 だが、ドワーフでないなら、誰だ?


「……ガンダラ?見当はつくか?」


「……この土地に関しては情報が少なすぎる。ですが、ドワーフをここまで運んで虐殺するのは手間がかかりますね……これは、ただの勘ですが」


 賢いヒトの勘だってよ!?頼りになりそうな臭いがするぜ。


「どんなことだ、ガンダラ?」


「……襲撃者では?」


「―――なるほど。死体になるヤツを集めて来たんじゃない。死体になるヤツらから、この『砦』に乗り込んできたというわけか?」


「しかし、それだけの数では奇襲もかけられないぞ?目立ち過ぎる」


「そーだ!そーだ!少数精鋭じゃないと、潜入ミッションなんて出来ないモン!!」


 猟兵女子たちが文句をつける。そりゃ、分かっているよ。でも、ここはグラーセスなんだぜ。なあ、ガンダラ?


「ここには地下通路がある。アレを通れば、数の多い少ないは消え去る……」


「なるほどな。ならば、ドワーフ?」


『どわーふさんのちじゃなくて……にんげんたちの、ちのにおい……かも?』


「種族の血のにおいなんて、判別できるの、ゼファー?」


『うん。ちょっとだけねー。たぶん、じゃんがいれば、どのしゅぞくかも、あてた』


 ジャン・レッドウッド。そうだな。ザクロアから東に広がっている森林地帯に、敵影を探しに冒険中のお前がいれば、この謎の解明は早そうだったが、いないものはしかたがない。


「どうあれ……死体が一杯のおかしな『砦』ってことには違いない」


 ―――クソ。不吉だぜ、カミラ。


 お前まで、その死体の一つになんて、なっているんじゃねえぞ!!


「……考えていても情報が足りん、潜入するぞ。ゼファー、あの尾根の、そうだ、その岩だ。あそこに近づけ。オレとミアとガンダラが飛び移る。尾根伝いに移動していくから、途中の見張り台の敵は、お前の背中にいるリエルが射殺す」


『りょーかい!がんばろーね、『まーじぇ』ッ!!』


「ああ。腕がなる。その後は、私は上空でゼファーと共に待機だ。もしも、敵軍に動きがあれば、ゼファーを通じてお前に訊く。指示を出せ」


「わかった。さて、ミア、ガンダラ。あのデカい岩さんに飛び移るぜ」


「じゃあ!ミアが、いちばーん!!」


 ミアは風の子。突風のようにいきなりだったね。ゼファーの背からピョンと跳び、3メートルぐらい先の岩に飛び移る。ピョンピョンとその大岩の上で跳ねて、安全確認中だ。


 見てると、シスコンのせいか心が締めつけられる。スゲー心配。


「だ、だいじょうぶか、ミア!?」


「んー。ほぼほぼオッケー」


「ほぼほぼ、ですか」


 最も体重があり、即ち、あの大岩を崩す可能性が最も高いガンダラが、ちいさな声でつぶやいた。


「ふむ。では、試してみましょうか!」


 そしてガンダラは自分の幸運を試すのさ。ゼファーの背から、巨人が舞った。跳躍距離は十分だ。だが、それから後だな、問題は。


 ズシン!!


 見るからに重量が伝わる光景だったな。だが、大岩は動かなかった。


 なるほどね。じゃあ、オレも行こう。


 ためらうことなく空に遊んだ。あの大岩はガンダラで崩れないんだから、オレが乗ったぐらいでは平気だったさ、もちろんね。


 そして、オレたちは尾根伝いに山を歩いた。そう、右にも左にも百メートル先までスベって落ちそうな切り立ち具合さ。


 山歩きの基本だな。険しい道は尾根伝いに。そうは言っても、この高さをミアもガンダラもビビらないのだから、オレたちの度胸も相当なものだな。オレ?もちろん、怖くない。


 自前の命に関しての恐怖とかいう感情はお袋の腹に置き忘れてきたか、発生することもなかったんだろう。


 だが、この安心には、オレたちの頭がおかしいって以外にも『理由』があるぞ。この尾根には『道』がある。完全な道ではないが、歩きやすいように岩を破砕して、金属のプレートを山肌に打ち込んでいるぜ?おかげで、かなり歩きやすい。


 この様子では、オレたちが飛び移ったあの岩も自然物ではないのだろう。そもそも配置が不自然だしな。おそらく、金属であの岩も固定しているのだろう……。


 何のために?……『敵』と戦うため、その留め具を壊せば、あれば巨大な暴力として落下していきそうだな。下にいる『敵』には、死ぬほど効果があるだろうね。しかし、こんな山にどんな『敵』が来る?


 疑問は募る。だが、今は目の前にいるあくびをしている弓兵をどうにかしなくてはな。なるほど一人か。ミアに尾根を風のように走らせて、暗殺の奇襲攻撃に沈ませる―――それも有りだが、オレはリエルに任せた。


 ゼファーの背に立ち上がり、弓姫リエル・ハーヴェルの神速の矢が、風を貫き、その兵士の兜と脳も貫いていた。即死だろう。彼の肉体はその場で倒れていく、見張り台から乗り出すように落ちた彼は、百メートル以上の高さの崖を滑り落ちていった。


 死体の処理の仕方が分かったな。


 そう。殺したら、窓とか謎の穴を見つけて、そこから放り投げて棄てればいいのさ。


 さて……彼を排除した見張り台に、こっそりと『砦』の内部に侵入できそうなハッチがあるな。そして、おそらくこの『砦』の換気用の縦穴だろう。煙突のような物体が、山肌から直接に生えていた。


 ヒトの呼気が混じっているのだろうな、どこか湿っぽくて不快な風が、その縦穴から吹き出していた。


 風の鳴り方から見て、縦穴の深さは二百メートルじゃきかなさそうだ、相当な深さだ。山一つを『砦』に……いや、自分たちの国家全体に、『地下迷宮』を造るとはな。


 じつに男心をくすぐる文化だよ。


 こんな要塞、オレにもひとつ造って欲しいもんだぜ。


 オレたちは落ちないように尾根を歩き、その見張り台をよじ登って、そのハッチまでたどり着いた。鍵はかかっていない。そりゃ、そうだろうな。ここから襲撃されるなんて、考えることも出来ないよな―――だが、地下からなら入れる。


 そうさ。そうして侵入したカミラを、何かが襲った?……あるいは、カミラはここにはいないのかもしれないが……まあ、いいさ。やれるだけのことをするぜ。地下はオットーに任せて、オレたちはこっちだ。


「さて。謎に満ちたダンジョンに、もぐるとしようかね」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る