第一話 『蛇のように、静かに。その牙に毒を宿し』 その4


「ゼファーの体力は大丈夫?……国を二つ一晩で飛び抜けたけど?」


 さすがは『マージェ/母親』、ゼファーのことを心配してくれる。だが、安心しろリエル。竜とは、とてつもなくタフな生き物だ。


「40分だけ寝ることが出来た。それだけの分はちゃんと回復しているさ。それに、この朝陽の当たりがいい場所だ……凍りかけていた体も、熱を帯びているだろう」


 竜の回復力は相当なものだ。オレたちの想像が及ばない生命力を宿しているのさ。それと魂でつながっている竜騎士には分かる。


「安心しろ。傷を負っていたわけじゃないんだ。まだ飛べる」


「……そうね。ミアみたいに『本気で寝ていた』ものね」


「ああ。それにゼファーなら飛びながらだって眠る」


「え?そんなこと出来るの?」


「行軍しながら寝てる兵士なんて、いくらでも見たことあるだろ」


「そう言われればそうだけど。『飛ぶ』と、『歩く』を同じように扱っていいの?」


「竜からすれば、歩きながら寝れることの方が、よっぽど不思議だと思うだろうさ」


「なるほど。竜にとっては『飛ぶ』ことって、私たちが『歩く』のと同じくらい当たり前のことなのね―――」


 リエルはまた新たな知識を得て、喜んでいるようだ。うん。いい徴候だ。これで君をまた『見張り』だなんていう『つまんない役目』を任せやすくなったぞ。


 戦術的に当然なこととして、見張り役を置くというのは当然だ。ゼファーだけでも相当なものだが……ゼファーには『静かに殺す』という芸当はムリだからな。10人を一瞬で焼き殺せても、無音での殺人ってのはありえんな。


 だから、素早く高い位置からの警戒能力に優れていて、無音の暗殺狙撃が可能なリエルは、これ以上ない見張りなのだ。ゼファーとのコンビネーションも最高だしね。


 さて、あとはどのタイミングで言い出すべきかだが……。


 シンキング・タイムが始まる。もちろん、『団長命令』には服従するリエルちゃんだが、彼女の気持ちも考えてやりたい。リエルは17で、カミラは19。年も近いしな?それに手酷い陵辱を受けていた場合、男のオレやガンダラよりも、彼女を上手に慰めてやれる気がするしな―――。


 だが……戦術的には、すでに決まっていることだからな。さっさと言わねばならない。


 『決まっていること』でも、ヒトは悩める。不思議なことだが、およその悩みなんてモノには、最初から答えが分かっているものさ。その答えを口にしにくかったり、気に入らなかったりするから悩む。


 そんな人類の抱えた不思議な習性に囚われながら、ゼファーのいる元・祭壇へと向かって岩を削って作られた階段を登っているときだ。


 リエルの指がオレの鎧をノックした。コンコンという小さな音に、オレは振り返る。リエル・ハーヴェルは、オレを見上げながら笑うのさ。


「ソルジェ。お前、私をまた置いていくつもりだな?」


「……バレたか」


「猟兵だからな。団長の戦術ぐらい理解している」


「いつも、オレのこと考えてくれているから?」


 からかうように言ったつもりだが、ツンデレ・エルフさんは真顔でうなずいた。


「ああ。お前のこと、いつでも見てるし、いつでもお前の心を知ろうとしているぞ」


 不覚にも、顔が赤くなったのはオレの方だった。ほんと、逆だろ?赤くなるのは君の仕事じゃないかね、リエルちゃんよ。オレは、徹夜明けだからだろうか?……リエルを愛おしいと思う気持ちが、強いのかも……?


「だ、だまるな、バカっ!リアクションしてくれないと、は、恥ずかしくなるだろうが!?」


「ああ……そうだな。リエル、ありがとうな」


 朝陽を浴びて黄金色にも見えるエルフの銀髪を、オレの指が撫でていた。これで正解だったのかは分からないが、リエルは、オレの手を受け入れていた。スマンな剣士のゴツゴツした指で。痛いかな?


 不満げにほっぺたをふくらませるリエルは、耳まで赤くなりながら、文句を言う。


「……こ、子供あつかいするな……こ、これじゃあ……初めて……お前と会ったときみたいじゃないか―――」


「2年前の君は、もっとツンツンしてたんで、恐れ多くてこういう態度を取らなかったような気がするんだが……?」


「そ、それは!!……え、えーと。その……間違いだ」


「へへへ。なんだよ、リエルちゃん?初恋のイケメンお兄さんのことでも思い出したのか?」


「な、なに!?」


「いや、そーいう近所のイケメンにでもさ?ガキの頃に頭なでられたことでも思い出したのかなーって?」


「……あははは!」


 ん?笑うようなトコロあったかな?乙女心はお兄さんには理解しにくいぜ。


「笑えた?」


「ああ。とても笑えることを、お前は言っている」


「そうなのか?自覚はないんだが」


「自覚がないからこそ、笑えるんだろうな」


「そうか。笑いの道は、剣より難しそうだ」


「お前なら極められるだろう?」


 え?なにそれ?バカにしてんのかね?……でも、今のリエルちゃんには敵意を感じない。オレが笑いの道とやらを極めることを、期待してくれているのかな?


 いいけど、君はその爆笑王のヨメになって、その子供を産むけど?


 爆笑夫婦とか言われても、君のプライドが傷つかないなら、別にいいんだけどな。


「……じゃあ、サポート役、頼むぞ?」


「ああ。団長命令だからな、従う」


「有能な部下だこと」


「今さらだな?私は、とても有能な、出来る女だろ?」


 うん。本当にね。


「頼りにしてるぞ」


「あ。また頭を撫でるつもりか?べ、べつに、イヤじゃないんだが―――」


 いいや。そうじゃない。


 オレは君ともっと大人なことしたいもん。


 徹夜明けのお兄さんの腕は、リエルちゃんの腰に回るのさ。


「え?ちょ、ちょっと!?」


 慌てるリエルのことをヒョイッと肩に担ぐと、オレは素早くその場で身を反転させて、階段のより高いところにリエルを置いてしまう。


 リエルは素直に反応してたな。膝を曲げて段差に引っかからないようにしてくれるところとか、さすが猟兵女子の運動神経。


「な、なにがしたいのよ!?」


「見当ぐらいつくんじゃないか、このポジションで」


「そ、それは……っ」


 そうさ、うちの弓姫さんは階段に座らされちゃっているのさ。ちょっと高い位置にね。だから?とてもキスがしやすい。近づいてみる。


 リエルちゃんの膝がピクリと動くけど、オレの体をそこに招き入れるために、膝は開いていた。


「あれ?キスされたいどころか、抱きつきたいの?」


「ち、ちがうし……ッ」


「んー?そうかねえ?」


「こ、こんなところで、ふざけてると、あ、危ないんだからな……っ」


 世界で一番、危険な傭兵集団のリーダーなんだよ、オレ。危険、大好き。君もそうだろう?優等生のお姫さまは―――ん?森のエルフの……お姫さま?


「ど、どーした?」


「いや……なんか、今、何かを思い出しそうな……?」


「な、何かって、何だ!?」


 それが分かれば多分、思い出しているよね?


「残念だが、上手く思い出せん……どっかの森に、エルフのお姫さまがいてたような」


「え、エルフの、お、お姫さまは、だいたい、森にいるものだぞ!?」


「そりゃ、たしかに。正論だな……?」


 だが。そうではなく、一般論ではなく、いつかオレは……。


「そ、ソルジェ・ストラウスっっ!!」


「な、なんだ、いきなり大声出して?」


「き、貴様は、正妻で恋人の私を前に、ほ、他のお姫さまのコトとか、考えている場合かああああああああああああッ!!」


「た、たしかに。それは君に失礼で―――ッ!!」


 それは、まるで獣のようなスピードだった。リエルちゃんが関節技でも使うときみたいに、その長い手足を使って、オレを抱き寄せていた。


 抱き寄せながら、何故か顔面真っ赤で涙目のまま、彼女はオレの唇を奪っていたんだ。


 獣に飛びつかれてキスされたみたい―――でも、そういうワイルドなプレイ、オレも好きだぞ、リエル?


 しばらくリエルのキスを観察していたが。なんだか、この飛びつき三角締めからのキスみたいな姿勢に、女子としての羞恥を抱いてしまったのか、ゆっくりとその恋愛系関節技を解除していく。


「……こ、これは、その……ち、ちがうんだ!?こんなの、私じゃなくてだな!?」


「激しかったぞ?そんなに、オレが欲しかったのか?」


「は、はげしいとか!!ほ、欲しがってるとか、い、言うなああああああっ!!」


 リエルの左右の拳がビュンビュン飛んでくる。いつもなら愛あるツッコミを顔面で甘んじて受け止めてやるのが笑いの道を歩く男のつとめだが……徹夜明けの男のテンションを舐めてはいけない。


 首と頭を振って、その鋭いパンチを避けるのさ。


「よ、避けるな、ハレンチ男は、成敗されねば正義が成り立たないっ」


「ハレンチなのは、君だろうが?」


「ち、ちがうんだ!?あ、あれは、そーいうのじゃ、ない……あれは、その……口を封じたかったというか……記憶を封じたかったというかだな……?」


 よく分からないね。でも、そんなことはどうでもいい。


 涙目のツンデレ・エルフさんをフォローしないとな?彼女はオレの恋人なんだし。それに、よく分からないものの、オレが追いつめてしまったようだからな。


 数多の罪とか血に汚れてるオレの指で、彼女のきれいなアゴをつかむのさ。


「そ、ソルジェ……っ」


「ほら、目をつぶれって?ちゃんとしたキスをしてやるから」


「……わかった……初めから、ちゃんとしたのすれば、あんな惨事は起きなかったんだ」


「まさかの展開だ。読めんよ、オレの頭じゃね」


「……しゃべってないで、さっさと―――っ」


 しゃべってないで、さっさとキスをしてみましたが?ちょと、不満そうなのはオレが悪いのか、君が悪いのか。でも、まあ、こうして繋がっていると……どうでも良くなるよね?


 しばらくキスをしていて、それが終わると、リエルは、泣き止んでいた。


「……元気出た?」


「……う、うん。不覚にもな……落ちついてるぞ、心がな」


「そいつは、良かった」


「―――ええ。良かったですよ、お二人の夫婦コントを久しぶりに目撃出来て?」


「もう。任務の前なのに、お兄ちゃんとリエルがキスしてたー」


 ガンダラとミアが一部始終を見ていたようだ。リエルが赤くなる。赤くなり、音速かと見まごう勢いでオレの顔面にパンチを入れた。


 避けられなかったが、あまり痛くない。スピード重視すぎるな。うん、拳ツッコミってカンジ?


「こ、こうやって、暴漢に襲われそうになったら、一撃入れるよーに。わ、わかったな、ミア訓練生!!」


 なかなか特殊な照れ隠しだな。


「ラジャーでありますっっ!!」


 ミアは、ノリノリで敬礼している。


 リエル・ハーヴェル暴漢対策教室の有能な生徒さんだな、うちの妹は。


「よ、よく覚えておくようにっ!!い、以上だ!!解散!!ゼファーに乗るぞ!!」


「うん!!覚えとくように、日記に書くね」


 また、オレのセクハラ・シーンを日記に書くの?だいじょうぶかな、その日記。公開されたら、オレが後悔することになりませんかね。


「今日、お兄ちゃんとリエルが階段でしてましたって書く!!」


「にゅ、ニュアンスが変だぞ、ミア!?」


 リエルが慌ててる。オレは傍観するだけ。見てて楽しい。


「わかった。階段でやってましたにするね」


「もっと、ダメだ!!」


「なんて、書けばいいの?」


 書かなくてもいいんじゃないかな?


 オレはそう思うけど、マジメなリエルちゃんは子供の質問に本気対応。


「そ、そーだな……階段で、愛し合っていたとかなら、綺麗だ!」


「わかった。お兄ちゃんとリエルが階段で愛し合っていましたって書くね!!」


 ……状況は変わっていないと思うけど、いいのかな?


 まあ、いいか。


 しかし……緊張感が抜けたな。ガンダラが、コルテス式指サインを送ってくる。親指だけ立てて、他の指はギュッと握る。


 『いい仕事だぜ、リラックスして行こうや?どんな辛い任務の前でも、緊張しすぎていいことはねえってもんさ』―――星になったガルフ・コルテスの声が、聞こえた気がした。


 そうだな。


 うん、オレとアンタで見つけた、ナンバー13……カミラ・ブリーズはタフな女だ。何があっても生きぬいてくれているに違いない。探すだけさ!!


「さて!!猟兵ども!!茶番は終わりだ、行くぜッッ!!」


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