第一話 『蛇のように、静かに。その牙に毒を宿し』 その2
『あそこのがけ?』
「ああ。あれだ……オレたちが三年前に作った『拠点』さ」
「ゼファーが着陸できるところは?あるの?」
「崖の上に、ドワーフどもが朝陽に礼拝を捧げるための祭壇があった場所がある。ドワーフの仕事でつくられた祭壇だから、竜の重さにも耐えられるだろう」
「祭壇に?罰当たりじゃないか?」
しきたりや掟を重視しちゃう森のエルフさんらしい発想だよな。でも、考えてみてくれないか、リエル・ハーヴェルよ?
「オレたちのゼファーを、聖なる場所に『座らせてやるんだ』。むしろ、褒めて欲しいぐらいだよ、このスペシャルな行いをさ?」
「……なるほど。そういう論法か。たしかに、嫌いじゃないぞ、うちのゼファーは特別な存在だからな」
『ぼく、とくべつ!?』
「ああ。もちろんよ。さあ!ゼファー、あそこに降りなさいッ!!」
『うん!!わかったよ、『まーじぇ』ッ!!』
はしゃぐゼファーの心音と、翼のピッチは連動し、ゼファーはどこか誇らしげに崖の上の祭壇跡地へと着地していた。大地が揺れる。だが、この場所を構成する石材は壊れることを知らない。
ヒビぐらい入るかもとは予想していたが、そんなことはなかった。ドワーフたちの信仰心が、石材を選びに選び抜いたということだろうな。しかし、そんな信仰の場所でも、鉱山が枯れたら捨てちまうというのもドワーフらしい。
他の種族ならば、このうつくしい彫刻や、すばらしく磨かれた石柱なんかが立ち並ぶ場所を放棄することはためらうだろう。移転するとしたら、もっと回収して運ぶのがフツーだろ?
でも、ドワーフはしない。
新しい信仰の場所を『作れば』良いと考えているのさ。そういうところにも職人気質が現れているかもな?過去の作品を、超えれば?……過去の品に必要以上に肩入れしなくてもいいのさ。
投棄と創造のサイクルを繰り返しながら、彼らの鍛冶技術やら石材加工の腕は、どんどん向上していったというわけだ。
『―――ふう。つかれた』
「そうだな。よく一晩でこれだけの距離を飛んでくれた」
『えへへ。『どーじぇ』がつよい『かぜ』をみつけてくれたからだよ』
「じゃあ。二人の功績だな?」
『うん!!』
「ありがとうな。ゼファー、しばらく休んでおけ」
『そーする。なにかすることがあったら、すぐによんで』
「おう。それまで、翼を休めておいてくれ」
オレは嬉しそうなゼファーの背から、ピョンと飛び降りた。その衝撃で兄妹合体中のミアが目を覚ます。うえええ?と呻きながら、十数秒が経ち、ミアの質問タイムが始まる。
「……お兄ちゃん、ここ、作戦地域?」
「ああ。そうだ、着いたぞ、グラーセスだ」
「……そっか……よし……そりゃ!!」
バシュッ!!オレたち兄妹を連結しているロープが切れる。ミアが魔力を用いて、風の刃を呼んだのさ。それで、このロープを切った。
ミアが『ネグラーチカ』のコートを脱ぎ捨てる。そして、体調を確認するために空へと跳んだ。空中で三回転しながら、着地する。
脚を前後に大きく広げて、まるで地を這う蛇のように姿勢を低くしてみせた。
俊敏さと柔軟性を確かめたミアは、宣言する。
「準・備・完・了。三日寝ずに、動けるっ!!」
「さすがだ。頼りにしているぜ?」
「うん!!……で、ここ、どこ?」
「グラーセスでの『拠点』……いや、『アジト』だな」
「お家かー……ホコリっぽい?」
「掃除する人手はなかっただろう。アンティークを楽しもうぜ?」
「うん。『ぶんかじん』みたい」
どこで覚えて来たんだろう、文化人なんて言葉?
まあ、いいさ。さて、そろそろ声をかけてやるかね?
「ガンダラ!!いるんだろ!?」
「え?ガンダラが来ているの?」
眠るために目を閉じたゼファーの首を撫でてやっていた『マージェ』が、ちょっと驚いていた。
「潜入や探索が得意とは考えていなかったわ」
たしかに二メートル越えの巨人族が、短躯で知られるドワーフだらけの王国に潜入?目立ちすぎるだろうね。でも、責任感が、不得手な任務にも参加させることはあるのさ。
たとえば今回みたいにな。
「……魔眼の前では、隠遁の技術も効果が無いようですね」
その声が祭壇の間の下から響いた。懐かしの我が副官一号、ガンダラの登場だな。スキンヘッドで浅黒い肌をした巨人が、祭壇へと至る岩製の階段を登ってくる。
「ガンダラちゃんだー!!」
お気にの『ネグラーチカ・コート』を、ゼファーの『バックパック』に詰め込んでいたミアが、彼の姿を見るとはしゃいだ。久しぶりだからな、やってもらえ、『ウルトラ・高い高い』!!
「ミア、元気そうで何よりだ」
「うん!!だから、じゃーんぷ!!」
ガンダラがあきらめたような顔で、空中にいるミアにその巨大な『右手』を差し出した。ミアは、その手を蹴り、ガンダラはミアを空へと向かって押し上げる。
いいコンビ芸だな。
ミアは、朝焼けの空の中に、さっきの倍以上の高さまで舞い上がる。なんとも楽しそうだ。さすがは、風に愛された妖精族、ケットシー……この身軽さは、オレではどう願っても手に入らないな。
まあいい、その代わりに、ミアに飛んでもらえればいい。それに、オレにはゼファーがいるから文句も言えない。
「お兄ちゃーん!!うっけとめてーッッ!!」
「おう!!」
上空から落下してくるミアのことを、ガシリと抱きしめて受け止めてやる。ミアの笑顔がオレに迫る。そして、オレの頬に感謝のキスをするのさ。
「ありがとー!!ミア、楽しかった……だからね。これから後は、ぜんぶカミラちゃんのための時間にするね」
「……ああ。ありがとうな、ミア」
ほんと、癒やされる。
そうだな、これから後は、ぜんぶカミラのための時間だぞ。
だから……。
「ガンダラ、情報は集められているな?」
「ええ。可能な限り。そして、『オットー』も来ています」
「オットー・ノーランか!!なるほど、超一流の『探検家』さまなら、地下のダンジョンは任せておけばいいな」
オレの腕のなかで、ミアが首をかしげる。
「んー……『地下のダンジョン』?」
「ああ。この土地の地下には、とんでもないサイズのダンジョンが広げられている」
「なんで、そんなのものがあるのだ?」
寝付いたゼファーから離れたリエルが、オレのとなりに並ぶと、オレの顔を見上げながら訊いてくる。
「ほとんど、ドワーフの趣味だ」
「趣味?」
「彼らは土や岩と戯れるのが好きなんだよ。穴と通路を掘りまくって、生活圏を地下にも広げていく……ワインや肉を保存するにも、地下室があれば便利だろ?」
「そういうものか?……それが、国中に広がったのか?」
「何千年も掘り続けたら、そんなことになる」
「床が抜けそうだな……」
「ああ。実際、『崩落』もあちこちみたいだぜ」
「ならば、なぜ、そんなことをする?」
リエルは女子らしく愚かな男の美学には手厳しい。男にしか理解できない趣味ってあるよね?不変なんだよ、下手すりゃ一生?40になってもカブトムシを育てている男を、オレは何人も知っている。
売るんじゃない。ただの趣味のために、家中を腐葉土の入った間抜けな容器で満たすのだ。いつか奥さんに切れられて、全部捨てられるまでつづき、捨てられても、そのうち再開するのだよ。
「考えられない。自分たちで掘った穴に、落ちるなんて?何がしたいんだ!?」
「まあ、穴掘りが趣味なんだからだろ?……好きなことは、やめられないさ」
「お前が酒を呑んで、私たちにセクハラしてくるのと同じか?」
悪癖は治らないってことかな……?
セクハラって言ってもさ?オレのは、恋人たちとのコミュニケーションじゃないか?リエルちゃんにどんな行為しても、君はイヤがらないだろう?
「多分、そんなものさ……興味深いのは、その通路はグラーセスの国土だけで収まっているワケじゃないってところさ」
「おい。そんな不毛な穴をヨソ様の国にまで広げているというのか?」
「ああ。だからこそ、クラリス陛下もガンダラに相談したんだろ」
「……どういうことだ?」
この続きは、オレよりも本人から話させた方がいいだろうな。
オレは促すためにガンダラを見る。ガンダラは、オレの視線を浴びると、静かにうなずいた。
「―――ドワーフたちの巨大な地下通路が、ルード王国の地下にも通じています。二百年前に、こっそりとルード王国の地下へと、それは伸びた」
「……何のためにだ?」
猟兵の勘か、女の勘か。リエル・ハーヴェルは顔をしかめながら、そう言った。
「他国へ食指を伸ばす行為に、『侵略』以外の目的はありません」
そうだな。他人様の家に乗り込む?……その発想が、友好的な哲学に根ざした行為であるわけがないだろうな。
「……ならば、彼らは侵略者か」
「二百年前は、ですね。当時、おそらくグラーセスはルード王国の地下資源や、あるいは奇襲攻撃による侵略戦争を企んでいたのかもしれません。ですが、今は彼らにそういう意志はない。この二百年、他国に戦を仕掛けた歴史は彼らにはありませんよ」
「……なるほど。それなら、助ける価値がある国か?」
「そうです。そして……クラリス陛下は大変に懸念されている。地下の道までが、帝国の手に落ちてしまうことを」
「……地下通路とやらを伝って、帝国軍が攻めてくると?」
「あり得ないことではないでしょう?元々は、そのための通路なのですから」
そうだ。それゆえに、クラリス陛下はガンダラの知恵を頼り、ガンダラは……カミラ・ブリーズをこの土地に派遣したんだな。
「……『暗闇』は彼女の独壇場……地下通路を探り、そして帝国軍の意志がそこに向いているかを探らせたんだよな、ガンダラ?」
「ええ。団長。すみません。彼女に、負担を多くかけすぎた気がします」
「……いや。オレたちは数が少ない。それに……ルードとザクロア。手を広げすぎているのも確かだ。人手不足は、オレの方針の結果だ……カミラをロストしてしまったのは、オレの責任が大きい」
「いいえ。貴方の不在を守るのが、私の仕事のはずです。断れば良かった。団長たちがザクロアから帰還するのを待てば」
「……それを出来ないほど、『暗殺騎士/アサシン』どもがルードに仕掛けて来ていたのか?」
「暗殺騎士か……確かに、ザクロアへ旅立つ以前も、ヤツらの影を感じたな」
「クラリス陛下を狙っているんだろう。彼女は、もはや反帝国の『象徴』だからね」
「ええ。彼女を防衛するためにも、数を割くことが出来ませんでした―――だから、単独の戦力でも生き抜けるカミラを選んだのです」
なるほどね。
ガンダラの考え方は間違いが見つけられない。クラリス陛下の暗殺は絶対に防がなければならないことだし、グラーセスの地下通路だって無視できる問題じゃない。
もしも、ガンダラが判断を下したそのとき。オレがルード王国にいて、ガンダラの意見を聞いた後で、判断を迫られたら?
まちがいなく、オレはカミラを選んだろう―――ただし、単独で行かせただろうか?そして、地下通路の探索と、帝国軍の動きを探れ……二つの仕事を背負わせたのだろうか?
……ガンダラを責められないが、それでも、モヤモヤとした苦悩がオレの奥歯を噛ませてしまう。ガンダラも自分の判断の結果を『失敗』だと考え、苦しんでいやがるね。
もしかして、オレは文句を口にして……つまり、感情のままにガンダラを罵ったほうがいいのか?……そのほうが、お互いがスッキリするのだろうか?ガンダラ自身も罰を求めているのなら―――。
そんな下らないことで悩んでいたとき、オレの腕のなかにいるプロフェッショナルは語るのさ。
「―――たらればとか、もう過ぎたことを考えてるのは、時間のムダだよ?」
「……っ!!」
「……ッ!!」
「お兄ちゃん、ガンダラちゃん。その時間の使い方は、カミラちゃんのために、なっていないよね?」
「……ああ。そうだな。ガンダラ、情報を寄越せ!!」
「ええ。では立ち話もなんです。『拠点』にお入り下さい。私たちには最高の機動力と潜入のエキスパートがいる。ゼファーとミアが……戦略を構築しましょう」
「おう。降りるついでに、ゼファーから荷を下ろすぞ」
「おー!!」
「了解だ、団長!!」
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