第一話 『蛇のように、静かに。その牙に毒を宿し』 その1



 ―――成長したゼファーは、北からの風に乗った。


 恐るべき速度で、天空を駆けた黒い竜。


 夜明けの頃には、ルード王国の山岳地帯をまたぎ……。


 ドワーフたちの国へとたどり着く。




 ―――ソルジェとゼファーは、その金色の瞳を使い大地を見る。


 おびただしい数のクリーム色のテントが並ぶ、朝焼けの大地。


 山岳地帯のあいまにある、貴重な平野に帝国軍が陣取っていた。


 ソルジェが頭のなかの地図に、打倒すべき敵の影を記す。




 ―――グラーセス王国は、ドワーフたちは……。


 もう何度か国境沿いで、帝国と戦っていたのだろう。


 第六師団のテントの数は、4万人を収容できなさそうとゼファーは語る。


 ソルジェはうなずく、2万5000がいいところだ。




 ―――ゼファーが風に融ける、血の香りを悟る。


 確認するため、ソルジェはその寄り道を許した。


 彼の想像していたとおり、戦場があった……。


 朝焼けのグラーセスは、そのとき太陽だけでなく、人血の赤にも彩られていた。




『―――『どーじぇ』……これは!!』


「……ああ。死体が、放置されているままだ……ッ」


 遙かな空の高みにいるというのに、オレの嗅覚でさえ、血と砕けてしまった武具の放つ鉄のにおいが届いてくる。壮絶な戦闘があったのだ。


「……ゼファー、どれだけ死んでいるか、数えてくれるか?」


『うん!……まってて、すぐに、かぞえおわるよ』


 ゼファーが死者の影を数える、魔眼にゼファーの思考が伝わってくる。およそ3万人だろう……うむ。3万人か……その半分が帝国軍の死体としても、残りの短躯の死者たちは、まちがいなくドワーフどもだ。


『ていこくが、いちまんななせん……どわーふが、いちまんさんぜんとにひゃく』


「……わかった。ありがとう、ゼファー」


「……ドワーフの兵力は、二万と五千だったか?」


 オレとベルトをくくったまま、仮眠を取っていたはずの弓姫が、小さな声で語る。その数字はおおむねあっている。正確には二万と七千だが……些細な間違いを指摘するほど、オレは細かい男じゃない。


「ああ。その半分が死に……おそらく、残りも負傷者が大半だ」


「そうか。ドワーフたちは自分たちの国を守ろうと……誇りに殉じたのだな」


「そうだ。彼らは偉大だ。自国を守ろうと必死に戦い、自分たちより多くの敵をあの世に送った……だが、代償はあまりにも大きい」


「……うん」


 致命的で、深刻さ。


「この様子では、軍隊はもう崩壊状態だろうよ。第六師団の死体の位置を見るに、おそらく二段構えだった……前方の集団を、盾にして、戦場が膠着状態になったとき、温存していて後ろの主力で、ドワーフたちを殺戮した」


「前方を囮にしたのか?……大胆な策だな」


「……そうだな。非道さを感じる。ドワーフの勇猛さを知っておきながら、あえて攻めさせた。同数ならばドワーフが帝国兵に劣る要素はない。戦場の始まりから中盤までは、ドワーフの一方的な圧勝ムードだったのだろう」


「……だが、流れは変わったのだな」


「ああ。ドワーフの勇敢だが単調の突撃は、ドワーフたちの体力を奪った。そして、勝ちまくる自分たちにも酔ったのだろう」


「ドワーフらしいな。熱が入ると、視野が狭くなる」


「そうだな。偏屈だし、マニアック。職人気質さ」


 そこまで読んでいたのだろうか……第六師団の長は?……まだ四十になったばかりという若き将軍、マルケス・アインウルフ。


 帝国南部の名門貴族アインウルフ家の当主の次男。金で地位を買ったのではという噂であったが……それだけではないのかもしれない。


『いくさは、こうはんになると、どーなったの?』


 知的好奇心が旺盛なゼファーがオレに質問してくれた。そうだな、ハナシの途中だったな。


「死体の位置を見ろ?……帝国兵だらけの南西が戦の始まった場所さ……ドワーフはそこでヤツらを蹴散らし、北上した。残りの敵も国境から追い出そうとな」


『したいのいちで、いくさのじかんけいかをみるんだね?』


「そういうことだ。北上したドワーフを待っていたのは、逃げる敵の姿だったのだろう。それに騙された。気をよくして、彼らはなだらかなその丘をマラソンさせられた」


「泳がされたのか?……釣りみたいだな」


 そうだな。魚釣りに似ている。引き上げるまでに、しっかりと左右に泳がせて、弱らせるのさ。


「ドワーフたちは圧勝の気配に心を躍らせてしまった。全滅していないところを見ると、指揮官や王は気づいたのだろうが、末端の兵は、愛国心のせいか暴走していた」


『てきのさくに、はめられたんだね』


「ああ。後退する敵の尻を追いかけて、丘を駆け上がり、疲れが見えた頃に『策』は完成したのさ。待ち構えていたのは、おそらく丘の影に隠されていた弓兵だ」


 丘の斜面を目隠しの壁にして、こっそりと配置されてきた。後退する自軍がドワーフを誘い込む罠を用意していた。


「見えるだろ?あの場所だよ」


『ほんとだ。おかのうえのちかくに、いころされた、どわーふがたくさん』


「うん。あそこが帝国の反撃の場所だ。ドワーフの疲れた戦士たちは、左右から挟み込まれるように射殺されていき……混乱した。そこに、走る役目の帝国軍と交替して、最後まで体力を残していた主力が、ドワーフを蹴散らした」


「……騎馬隊か?」


「そのようだな」


「疲れたあげく、矢で射られて混乱し……あげく歩兵キラーの騎馬隊に襲われたのか」


「流れるような戦略だ。ドワーフのことを、よく知っているらしい。注意しなくてはな、今度の敵は、クレインシーと違って、『攻撃的』だ」


 アインウルフの哲学は、自軍の雑兵を気にしちゃいないようだ。もともと数も多いし、この罠の丘に誘い込めるほど、しっかりと偵察をして地形を把握していた。クレインシーなら、この勝利を得るのに、自軍の死者をあと3000人は少なくしていたはずだ。


 アインウルフにも似たようなことは出来た。戦力と地形の把握と好位置の取得、あきらかに有利なスタートだからな。


 だが、アインウルフが無能なわけではない。有能な主力部隊はほぼ無傷だった。うむ、貴族趣味と言っていいのか?


 年若く、おそらく身分の低い志願兵たちを、主力部隊の華やかな勝利のための生け贄にした。残酷かい?そうだろうね、だが、補充のきく兵士と、きかない兵士がいる。ヒトは個性に満ちていて、能力の差は激しい。


 そして、劣った者を見つけるのは容易いが、有能な者を見つけるのは困難と来ている。この戦を生き残った雑兵を、アインウルフは主力部隊に昇格させるだろう。


 強ければ出世できる。


 そのエサと事実で若く熱心な『生け贄』を誘う。


 これは敵と味方に死を多く産むスタイルだな。だが、それだけに侵攻の勢いは強いのだ。自軍の犠牲を厭わないからこそ、このたった一度の戦で、アインウルフの勝利は決定的なモノとなっただろう―――自軍の被害を懸念するクレインシーならば?


 ドワーフの撤退を許していただろう、追撃で追い詰め反撃されることを嫌っただろう。その結果?クレインシーはまだ勝利を確実なモノにはしていなかったはず。そして、より有利な地形を陣取り、交渉で無血の道を模索したんだろうよ、あの大きな心の持ち主は。


 それは悪いことじゃなく、素晴らしいことだ。だが、文句のつけどころはある。のんびりしすぎているのさ……。


 そうだ。


 マルケス・アインウルフは『やさしくはない』。人としての器や指揮官としての技量はザック・クレインシーの足下にも及ばないだろう。


 だが、侵略者としてはザック・クレインシーよりも優れた面はある。スタイルが攻撃的なのだ、自軍に対しても敵に対しても。それだけに、この結末を昨日作れた。


 そして、再起動するのも早いだろうな。『攻撃的で、非人道的な美学を持つ大貴族サマ』は、本国から送られてくる雑兵を補充するだけで、数日以内に群をかつてと同じか、消耗率次第では、かつて以上に強くなっている。


 弱いヤツを犠牲にして、強いヤツらで仕留めてくる……。


 守りの達人の後は……攻撃性剥き出しのエリート将軍と戦かよ。オレの人生も、バラエティーに富んでいるな。


 攻略法?そりゃあるさ。


 鋭い刃ほど、脆いものだからな。


 だが……今はオレたちだけだし、そして戦をしに来たわけでもない。だが、残念がるなよ?おそらく近い内に、ぶつかることとなるだろう。オレは帝国の敵だからな。


 そのときを楽しみしていろ、マルケス・アインウルフ。


 クラリス陛下に捧げるのか、ドワーフの王に捧げるのかは分からないが。お前の首を叩き切るのは、アーレスの竜太刀だよ。今、決めた。お前の首は、オレの獲物だ。


 ……ふん。まったく悪い癖だ。


 今、優先すべきはカミラ・ブリーズだ。


「ゼファー、お前の鼻は、カミラを嗅ぎつけなかったな?」


『うん。たーぶーんー、いない』


 もし、敵軍のテントにいたら?……そこで帝国兵士どもに戦勝祝いに輪姦でもされてたら?……三分以内に、お前のことを助け出して、その場にいるヤツらを皆殺しにして、お前を抱えて空に戻ったんだがな―――。


 その光景を見なくてすんだことを喜べる……そんな結末をオレは望むぞ。無事であってくれ、カミラよ……どこかの穴で迷子とか?そんな笑えるオチならいいんだがな。


 そしたらよ?


 全員で、マルケス・アインウルフの首を取りに行こうぜ?お前が自室に飾りたいなら、マルケスの首を塩漬けにして、くれてやるよ、カミラ・ブリーズ……。


「よし……もう戦場見物は十分だ。いいぞ、西に向かおう」


『うん!わかった!!』


 ゼファーの翼が空を叩いて、大きな体が旋回する。オレはゼファーに魔眼で『道しるべ』を与えるんだ。こちらの知識のなかにある、『隠れ家』の座標を与えてやったのさ。


『こっちの『おうち』にむかうんだね』


「ああ。そうだ、そこにガンダラも来ているはずだ」


 オレたちは各国に、そんな『隠れ家』を持っている。山奥の放棄された民家だとか、あるいは動物みたいに洞穴なんかだよ。そういう場所に、潜入のための拠点を、その国の許可を得た場合や、まったくの非合法のままに作りあげている。


 国家間を渡り歩く傭兵稼業だ。


 そういう『足場』を用意しておくことは大切なのさ。ヒトには、何だかんだで『家』がいる。それが洞穴なんかであろうとも、無いよりはマシさ。


 疲れた足を休め、敵の目を気にすることなく睡眠が取れる、雨風をしのげる場所……そういうものが、オレたちにはいる。


 定期報告によれば、カミラがグラーセス王国に潜入したのは一週間前だ。そして、彼女は『家』の安全を確認したはずだった。


 そこはオレたちが三年前に確保した『家』。貪欲なドワーフの鍛冶意欲のあげくに、鉄を吸い尽くされて廃棄された鉱山地帯……その鉱山の一つ。坑道内部にある、もと教会兼医療施設だった場所―――そこが、オレたちの拠点だ。


「……ガンダラ、情報を掴んでいろよ?……カミラをこの土地に単独で潜入させたのは、お前の判断だからな―――オレを失望させるなよ、賢き巨人よ」


 ……怒っているわけじゃない。


 そうだ。でも、この状況を解決できなければ、お前の給料を下げてやるからな、ガンダラよ。


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