序章 『消えた猟兵』 その5


「よし!!『グラーセス遠征隊』ッ!!準備は完了だな!!」


「ああ!薬も包帯も食糧も、買い込んだぞ!!」


 リエルちゃんは、とても満足げだ。少し珍しいぐらいだな。いい買い物が出来たのか?タダなら嬉しいが、ザクロアの商人どもはそう甘くはないだろう?


「なにかいいことがあったのか?」


「ああ!民衆たちが実に協力的であった!!深夜に叩き起こしたというのに、皆、本当によく働いてくれたぞ!」


 ……『王族気質』なのかね?民衆が協力的だと、妙にテンションが高くなるのは?


 リエルちゃんは、世の中に認められたいという願望がどこかにあるのかもしれないな。いつもはクールなのに、ヒトの輪に混じることも嫌いじゃないんだろう。


『ぼくの、『れっぐぱっく』や『ばっくぱっく』へのつみこみも、しょーにんさんたちが、てつだってくれたよッ!!』


 ゼファーはその巨体を動かして、脚や背中の『道具入れ』を見せてきた。ギンドウ作の装備だが、ゼファーはそれらがお気に入りだ。


 やはり『ヒトのマネ』をしてみたいのだろうか?ギンドウは、そのうち『ゼファー用の武器』を開発するとか言っていたな。


 じつはアーレスの子の一匹には、巨大な鎌を口にくわえるという尖った哲学の竜がいた。前例がある以上、ゼファーならばやれるだろう。まあ、口に武器をくわえたら、火を吹けなくなるかもしれんがな―――。


 だが、今は自分が『より役に立つ存在』へなったことを嬉しそうにしているゼファーが目の前にいる。その事実を評価したい。


 ギンドウよ、いい仕事をしてくれた。今回は敵地の状況が全く分からないまま、そこへと向かうことになる。


 つまり、補充が出来るかも分からない任務だ。ゼファーにこれだけの荷物を持たせられたのは、戦略的な有利となる。お前はいようがいまいが、いつもオレたちを助けやがるな。


『たくさん、はいってるよ!!』


「そうだな、良かったな!!街の皆とも、仲良くなれているぞ、ゼファー」


『うん。なかよし!!』


 すっかりザクロアの守護竜あつかいだ。竜の信者が増えて、オレも嬉しいぜ。そうだ、民衆の支持、それも大きな力となっている。オレたちは弱い、そして広い意味からの観点では『異端者』だろう。


 だが、それでも協力してくれる者たちは増えているのだ。


 ファリス帝国の侵略に怯えて、仕方なくオレたちを選んだのかもしれないが……始まりがどんな形であろうとも、それを成熟させていくのは行動の積み重ねしかない。


「―――ザクロア市民の協力は、オレたちへの期待の証だ……失望されないように、オレたちらしい勝利を目指すぞ!!」


「ああ!!もちろんだ。カミラを見つけるぞ!!」


『みつけよーッ!』


 潜入先での行方不明……楽観視していいような状況ではないが、それでもオレは猟兵の底力を信じるさ。さて……ん?いるべきヒトが、いないな?


「……ミアは?」


「ああ。あの子は、『本気で寝る』となかなか起きないから……こんな状態にしている」


「え?」


 ゼファーへの積荷を運んで来たと想われる荷車に、赤と白のモフモフがいた。なにか見覚えがある……そうか!


「『ネグラーチカ』のコートか!!」


「ああ。防寒バッチリの珍獣のコートだ」


「ふむ。たしかに……コレなら温かいし。かわいいし……」


 荷台の上で、赤と白のフワフワ毛皮コートに身を包んだ、オレの妹、ミア・マール・ストラウスが安らかな寝息を立てていた。


 ああ、なんという可愛さだろう?あの長いまつげが、寝息のたびに揺れ、指を丸めている仕草は猫そのものだ。


「……おい、ミア、起きろ?ゼファーに乗るぞ?」


 リエルの手が、ミアのことをやさしく揺らして、眠りの世界から現世へと呼び戻していた。ミアは、眠たそうに目をこすり、あくびをした。


「ふにゃあああ……っ。じゅんび、かんりょー?」


「おう。待たせたな」


「ううん。ミアも、今、起きたところだからー……」


 え?ミアが薄情だって?仲間が敵のはびこる土地で行方不明になったのに、呑気に寝ている?……そう考えるのは素人だ。ミアのプロ意識は誰よりも高い。オレとガルフの『最高傑作』だからな。


 彼女は判断している。戦略までは理解できるような年ではないが、自分のこなすべき『役割』については誰よりも熟知しているのだ。


 彼女に与えられる任務は?……カミラが迷子だとか、どこぞのしょうもない穴にでもハマって動けないだけなら問題は少ない。だが、現実はシビアだからな。オレがまず確認したいのは、最悪のケースからだ。


 カミラが敵兵に捕らえられ、拷問や陵辱を受けるのみに終わらず、殺害されている可能性だな。ミアには、それらを確かめてもらうことになる。


 敵の拠点に忍び込み、カミラを探す。あるいは、カミラにまつわる情報を何でもいいから採取してくるのが、オレが戦地でミアに与えるであろう仕事だ。


 それは無論ハードな任務だ。状況次第では、ミアは自分より大きいであろう兵士を、生きたまま運ばなければならない。


 どういうことか?


 その兵士をオレが拷問して、カミラの情報を得るためだ。ミアなら、『持ち運びやすくする』ために、そいつの腕や脚を切り落として、重量を減らすだろうな。なかなか疲れる任務だ。


 ミアは、そのための行動をすでに始めている。体力を温存させ、睡眠を取り、『健康』を保つ。


 そうだ。明日、カミラを助けるためのあらゆる行動。それを実行するための『体力』を、こうして作っているんだよ。


 どうだ?我が妹ほど、シビアなプロ思考をしている猟兵もいないだろう。寝るのさ、仲間のためにあえて不安を消し、ミアは今、全力で眠っている。


 この徹底的な合理の追求こそ、ミア・マール・ストラウスだよ。自分の体力が作戦に足りなければ?戦場でだってミアは寝るぞ。そういう猟兵の鑑みたいな娘だ。ストラウスの血族に誰よりも相応しい。


 ―――だが、今は、少しだけ起きてくれ。


 リエルの言ったとおり、ゼファーに乗らなくてはならない。


「おい、ミア。手を貸す、つかまれ」


「ん!……ん……っ」


 ああ、今にも二度寝しそうなミアが、荷台の上で立つ。そして、両腕を夜の闇に大きく広げた。


「お兄ちゃん。かもーん」


「おお。ハグか?」


「うん。兄妹合体なのだーっ」


 近づいたオレに、ミアが荷台の上からピョンと飛びついてくる。シスコンのオレは、もちろんそのミアをやさしく受け止める。ああ、『ネグラーチカ』の毛皮のおかげで、モフモフして温かいぜ。


 そして、ミアの腕と脚が、オレの首と胴回りに絡みつく。うむ、なるほど。これがお前の言う『兄妹合体』だな?オレに運べってことさ。


「どっきんぐー、かんりょー……あとは、お兄ちゃんに……おまかせー……」


「おう。落ちないようにしっかりと掴まっておけ?」


「……うん……」


 ……ああ、これはダメだ。寝返りといっしょにゼファーから落ちてしまうかも?だが、こういうときこそ機転を見せねばな。オレたちの頭蓋骨の内部にある物体は、頭部に重量を与えるためだけの組織ではない。


 知恵を生み出すための場所なのだ、『脳』とはな?


「リエル。あそこのロープで、ミアとオレの胴をぐるぐる巻きにしろ」


「ああ、なるほどな。それならば、たしかに落ちない!」


「よし。任せろ」


 そしてオレの恋人エルフであるリエル・ハーヴェルは慣れた手つきでロープを使う。オレとミアをぐるぐる巻きで固定する。うむ、さすがはロープを使った罠猟も得意な森のエルフだ、仕事が早い。


「どーだ?兄妹合体、完成したぞ?」


「……うん……たくしたー……」


「ああ、託された」


 ……絶対に落とさないさ。妹を失ったことのあるオレはな、君のことを絶対に離さないからな?……少し、ナーバスになっていた気持ちが、落ち着く。


 そうだ。原点回帰だ。


 9年前のオレは『家族』を誰一人守れなかった。相棒であるアーレスもだ。全員を死なせた。ファリスの邪悪な裏切りによる結果ではあるが、オレが『家族』を守れなかったという事実は永久に変わらない。


 だけど……オレには、9年前と違って『仲間』がいる。オレとガルフで作った、大陸最強の『パンジャール猟兵団』がな?……だからこそ、確信がある。オレだけではムリなことでも、オレの仲間たちが共に在れば、不可能など無いのさ。


 現状が全く分からないのは、たしかに、不安でしかたがない。


 だが、あえて落ち着こう。焦ることはないのだ。


「……オレたちは、最強の存在、『パンジャール猟兵団』だ。敵の陣営だろうが、どこの大穴の底だろうが、森の奥だろうが……カミラ・ブリーズを見つけだし、この手に取り戻すぞ」




 ―――氷よりも冷静な心を作り、団長は語る。


 弓姫リエルは、その言葉と表情の奥にある彼の心を感じ取る。


 そうだ、だから、私はこの男が好きなのだ。


 誰かのために、そこまで心を熱くする、お前のことが誇らしい。




 ―――ミアは眠りの世界で、悪夢のような訓練をする。


 どう侵入し、誰をどう選び、どうやって拷問し、どんな風に心を折るか。


 次起きたら、ミアは70時間起きて行動を続ける覚悟だ。


 悪夢のような現実を作り、カミラを助けるために……。




 ―――あるいは、カミラが殺されていたら?


 兄と共に、復讐の鬼となるためだ。


 殺したヤツを必ず見つけ、地の底までも追いかける。


 そして、手足を切り落とし、縄で引きずり兄に献上するだろう。




 ―――ゼファーは、より大きくなった翼で世界を駆ける。


 ソルジェが北風を読み、その飛行は速さを高めていく。


 大きくなった翼は、今までよりも多くの風をつかんだ。


 速く、高く、早く……翼は、仲間を求めて飛んだ。




 ―――グラーセスで、待つものは?


 ……たくさんの悲劇と、血塗られた国土。


 我が友ソルジェ、大いなる試練は何度でも君にやって来る。


 だが、忘れないでくれ、我々は、離れていても『仲間』だよ。




 ……たとえ、生死の壁が、いつか僕たちを遮ったとしても、それだけは不変だよ。


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