序章 『消えた猟兵』 その4


「おい!!起きろ!!オレだ!!ソルジェ・ストラウスだッ!!」


 ドンドンガンガンと手加減などしないまま、そこそこ夜更けの鍛冶屋のドアを叩いていた。屋内ではガタゴト聞こえているから、起きているのは確実だ。


 くそ、早くしてくれよ?ぶっ壊して押し入るぞ?


「あああ!!もう、はいはい!!開けますってッ!!」


 中年男の声が響き、ドアの鍵がガチャリと外されるのを確認する。そうだ、それでいい。


 頼むから急いでくれ、オレの部下の命がかかっているんでね?ちょっと粗暴になっているから、態度には気をつけるといい。


「入るぞ!?」


「え、はい、どーぞ!!」


 オレはその扉を押して開く。店内には……花の香りがした?……こないだよりも、店が綺麗だな?どうした、店主、イメチェンか?


 以前の古びた雰囲気にアンタの技巧を感じ取ったのだが……まあ、いい。そんなことよりも、オレのカミラと鎧ちゃんのことだよ。


「へへへ、ストラウスの旦那、今夜は、一体どんなご用で?」


「鎧だ。このあいだ、修理に出していた鎧だが、明日の朝一で取りに来る予定だったと思うが、急用が出来てな?仕上がっているのだろう?渡してくれないか?」


 店主のオヤジは黙り込む。


 まだ寒いザクロアの春の夜だというのに、彼は汗をびっしゃりかいていた。冷や汗だとすれば、彼はオレの鎧に一体何をしたのだろうか?


「……出来ていないのか?」


「す、すんません!!明日、クソ早起きして仕上げちまう予定だったんすよッ!!ほとんど出来ているんですけどね、微調整が、まだなんです!!」


「……マジかよ」


 クソ!!可能な限り完璧な状態で作戦開始といきたかったところだが……。


 怯えた顔の中年男性を見ていると、何とも心苦しいぜ……スマンな顔が怖いのは半分は生まれつきで、あと半分はカミラが心配でしかたがないからさ。


「わかったよ……約束の期日よりも先に来ているのは、オレだしな」


「そ、そう言って下さると、安心します!!」


 オレをどんな凶悪な客だと考えているのだろうか?基本的に、職人に対してはリスペクトをもって対応しているつもりだが?


「へへへ、こちらですぜ、旦那」


「ああ……」


 オレはこざっぱりとしてしまった店内を歩く……こないだは、もっとベテラン臭さがたまっていて、あちこちに道具やら素材やらが散乱している、小汚くてワクワクする店だったのだが……なぜか、今夜のこの店は、頼りない新人の店のように小綺麗だった。


「……店主、転職するのか?」


「へ?そ、そんな予定はないですぜ?」


「そうか。スマンな、店が綺麗になっているので、売り払う予定なのかと思ってな」


「いや、そういうわけじゃないんですよ」


「そうか」


「実はね?」


「急いでいるんだが―――そんなに話したいなら聞いてやる。足と手は動かせよ?」


「へい。もちろんですよ……えーと、まずは、コレ!!ストラウスさまの鎧!!」


 作業台に寝かされているのは、オレの鎧だった。『竜鱗の鎧/ドラゴン・スケイル』。複数の素材を組み合わせて作られた、竜騎士に伝わる鎧だよ。軽く頑丈なミスリルのプレートと、鱗のように小さな装甲の欠片が組み合わさった『可動性』のある鎧さ。


 オレの腕の動きや背骨の動きに合わせて、ある程度は動いてくれる。なかなかの傑作だ。そいつが、作業台の上で就寝中だ。見たところでは……。


「うん……穴やら歪みは、無くなっているな」


「ええ。貴重な素材がいりますんでね、苦労はしましたが、穴も歪みもありませんぜ。この『鱗』の部分も取り替えましたし、全体的な歪みも修整はしましたが……」


「で。どこに問題がある?」


「これは、特注品ですからね。旦那の体に着せながら、最後の仕上げをしないと?」


「……確かにな。今、やれるか?10分で?」


「い、いや。40分はもらわんと、ムリです」


「最小限でいい。装備しながら試すんで、引っかかるところだけを直してくれ」


「りょ、了解です……って、着ているところをハンマーで叩けと?」


「ああ。骨にさえ当てなければ許す。厄介な仕事だろうが、人命がかかっているんだ。とにかく妥協の仕事でもいいから、よりマシな状況を作りたい。時間が無い、始めるぞ」


「え、へ、へい!!」


 そしてオレは『竜鱗の鎧』を装備し始める。店主のオヤジに手伝ってもらいながら、色々と注文をつける。


 篭手を内側から二、三発叩いてくれ、後もう少し遊びが無いと、剣を振るうとき、オレの筋肉が圧迫されちまう、とか?


 首回りはもう少し内側に狭めろ、敵の槍を受けるときに、これでは刃で動脈を掻き切られてしまうじゃないか、とか?


 細かな修正点を言いながら、オレの鎧は完成していく。


 職人はハンマーでオレの鎧や篭手や鉄靴をカンカン叩きながら、語り始めた。ヤツの自慢話をな。


「旦那、さっき店が綺麗って言っていたでしょう?」


「ああ。言ったな。そして、お前も何かを話したがった」


「言っていいですかい?ああ、もちろん作業の速度は遅くなりゃしませんよ?」


 だろうな。


 オレも寝たままヒトを殺したことがあるよ?……強盗に寝込みを襲われたみたいなんだけど、朝起きたらベッドの横に斬り殺された顔をマスクでおおい、手に曲刀を握った男の死体が転がっていたな。


 深酒して眠っていても、オレを殺せるとは思うな?技巧を極めた剣士というのは、そういう領域の存在らしい。オレも無意識でヒトを斬ったのは、さすがにそれだけだ。フツーは目が覚めるからな。


「旦那?」


「いいぜ、話せ。ストレスが少ない職人の指の方が、よく働くだろうさ」


「実は、私、このあいだの戦が終わった夜に結婚しましてね!!」


「そうなのか?……それは、よかったな」


「ええ!!初婚じゃなくて、二度目だったんですがね?」


「なるほど」


「それが、まあ、相手が若くて……私にはもったいないぐらい、いい女でして」


「そいつは良かったな」


 ……鍛冶屋は本当にオレが興味を持てないハナシをしながら、オレの身にまとった鎧をガンガン叩いていく。


「旦那、聞いてますか?」


「オレの体を、ハンマーで叩きつけているヤツの言葉は聞くさ」


 ―――もしくは、殺すがな。


「ほんと。新婚だけはあってですね……ちょっとお出迎えに上がるのが遅れちまったのも、その、えへへ……っ」


 中年オヤジの照れた顔か。宇宙一どうでもいい表情の一つだぜ、だが……世の中の不公平を感じる。このオッサンは年の離れた美人で、店内の掃除も細かくしてくれる気の利いた若奥様とやらと楽しんでる。


 なのに、ザクロアの英雄であるはずのオレは、鎧を着て棒立ちしたまま、オッサンのノロケ話を聞かされながら、ハンマーの雨を受けているんだ。


 ……でも。うらやましくなんてないぞ!?


 ほんとだ。


 オレには正妻の美少女エルフさんと、巨乳で賢いメガネ美人のロロカ先生がいるもん。鍛冶屋よ、覚えていろ……いつか貴様が歯を噛んでくやしがるようなエロい夜を過ごしてやるからな。


「……しっかし。マジメなハナシしますけど。これ、すごい使い込んでますね?」


「……ああ。馴染んだ鎧でないと、重心がな」


「なるほど。さすがは竜騎士さまだ……時間があれば、もっと対話しながら、究極の精度を目指してみたかったものですな。誰がお造りになったんで?」


「伝統が創ったのさ。竜騎士に代々伝わってきた、鎧の製法。それの集大成だ」


「竜騎士さま専用の鎧というわけですか?」


「そうだ」


「ふむ。たしかに見事なものですが……いい加減、地金が限界ですよ?」


「……だろうな。何度ぶっ壊れたか分からない」


「新しいのを作らないんで?」


「設計図はあるが……これを完璧に再現できるか?」


 職人はしばらく黙り込んだ後で、首を振る。横にだった。


「いいや。ムリでしょうな……私には、やれない仕事が幾つかある。この『鱗』を再現するのがやっとだ」


「そうか」


 ちょっと期待はしていたのだが、やはりムリそうか。


「これは―――矛盾を体現しておりますな」


「ふむ。どういうことだ?」


「……固いようで、柔軟。重たいようで、軽い。普通は相反する要素を、これらは同時に共存させていますよ。しかも、どれもが高い次元でね?……ありえません、矛盾しています。ですが……『達人』とは、おおむね矛盾をも実現しているものでしょうな」


 やはり『ザクロア一の鎧職人』と噂されている男というのは真実だな。超一流の職人として、この鎧がどんな存在なのか、彼なりに解釈している。


 おそらく、『竜鱗の鎧』から技巧を盗もうとしたのだろう。いい意味での探究心だよ。いかにも職人だ。


 だが、限界を知ることになったようだな。


「……そうだ。鎧の構造をアンタと語り合えるほどの鍛冶の知識はない。でも、達人とは『矛盾を体現している』という考えは分かるぞ」


 オレは速いし重い。強いくせに柔軟だ。動きまくるくせにスタミナはある。矛盾を克服して共存させる……それが、ガルーナの竜騎士の『理想』さ。


「さすがは、竜騎士さまだ。お若いのに、見識がしっかりとしておられます」


「経験を積むことで、無理やりに知識も増やした結果だ。オレの鎧の傷の数を指で識れば分かるだろ?」


「ええ。若いのに老獪―――なるほど、ここにも矛盾の体現者がおられる」


「……アンタの熟練と似たようなものさ」


「いいや、私は……まだ極めていません。『まだ』、私の腕や発想では……このスケイルアーマーだかプレートアーマーだかも分からない鎧を、再現は出来ませんな」


 『まだ』とつけるのが職人の意地だろうな。いや、そうだ未来においては分からない。


 なにせ、この男の寿命は今から40年ぐらいはあるのだ。その40年を消費することで、どれだけ高みを極められるかは、誰にも分からない。


 もしかしたら十年後に聞けば、ええ、やれますよ!と即答するかもしれんな。


「……私なんぞは、まだまだですな。それに、『鎧』が再現できても『着こなせる者』を見つけるのに苦労しますぜ」


「オレには使いやすいものだがな」


「コレは旦那にとっては動きやすいのでしょうけれど?……普通の騎士では、この『鱗』を軽々と動かせやしません。相当な怪力がいりますよ」


「ああ。簡単に動けば音が鳴ってうるさいからな」


「そう、合戦用の装備でもありながら、偵察兵の装備のように無音を目指しているあたりが欲張りなんですよ!!」


 どうやら、オレの鎧が悩ませてしまったようだな。本当に、罪作りだぜ、マシューズ・カルロ。


「……ああ、作った職人と話してみたいものです!!」


「本人が聞けば喜んだろうが……もう、とっくに死んじまってるよ」


「……そうですか。高齢で?」


「いいや、流行病さ。亡くなったときは、まだ35だったかな」


「若っ!!その若さで、この領域に?」


「そうなのだろう。うちの前団長の知り合いの息子だよ。刀匠の子で本人も刀鍛冶だったらしいが、鎧専門に移ったそうだ。鎧の面白さに目覚めたと、言っていたな」


「分かりやすぜ!!」


 鎧職人が強い共感を得たらしく、やけに喜んでいる。まあ、刀や槍よりは、構造的な複雑さがあるからだろうか?


 曲面やらヒトとの肉体との適合具合……そういう細かなトコロを研究し出すと、たまらなく面白いのかもしれないな。


「さて。こんなカンジですかね?時間がなくて、残念です」


「いや。ずいぶんとマシになった……ベストから見て、80%と見てもいいだろう」


「くーっ!!今度は、90%を目指しますよ!!……再現できるようになるには、10年あれば、どーにか!!」


「うん。期待しているよ」


「いい勉強させてもらいましたから、お代は……20%オフで―――」


「―――いいや。結婚祝いだ。契約していた通りでいい」


「旦那!!」


「……期待しているぜ。オレも、いい加減、この鎧を新調したくはあるんだ」


 そう。アンタでもいい……しかし。


 オレは、今からドワーフたちの王国に行く。天才鍛冶職人だらけの土地にな?


 いい職人と巡り会えたら―――いや、それよりも先に、カミラを探し出さなくてはな。


「それじゃあ、またな。奥さんを大事にしろよ?」


「ええ!!旦那も、死なんで下さいよ?」


「鎧を見れなくなるからか?」


「ハハハ!それもありますが……私は旦那のファンですからね!」


「そりゃどうも」


 名前が売れてきているな。


 だが……運気の巡りは悪いらしい。カミラ捜索のために最高の状況で挑みたかったものだけど。いや、仕方ない。どんな状況でもあきらめないのが、オレたち『パンジャール猟兵団』だ。


 だよな、ガルフ・コルテス?


 そうだ……死なせてたまるか。あのしぶといカミラなら、おそらく生きていてくれるに違いない。早く行けば……きっと、助けられる。待っていろ、カミラ!!


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