序章 『消えた猟兵』 その3


「……こんな時間ということは、どんな緊急事態ですかな?」


 オレはこのザクロア都市国家群の代表、ジュリアン・ライチに会いに来ていた。現在、『パンジャール猟兵団』は疲弊したザクロアの防衛任務を依頼されている。


 ジャンは、東方の山脈に潜み、敵情視察だ。ロロカ先生は故郷であるディアロス族とザクロアのあいだで防衛戦略を練る軍師的な仕事で出張。ギンドウのアホは、新型爆弾の製造にいそしんでいやがる。


「……仲間が、任務先で消えた」


「なんですと!?」


「いや。スマン。ザクロア関連ではないのだ、心配するな」


「それは、私は安心しますが……貴方はそういうワケにはいきませんな」


「ああ。仲間が戦場で行方不明なのだからな。だから、オレは救出に行かねばならないのだ―――場所は、『グラーセス王国』」


「グラーセス?……かなり南の城塞都市ですね。ドワーフたちの王国だ」


「そうだ。帝国軍の第六師団が国境沿いに近づいていたからな、クラリス陛下の依頼で、ヤツらの動向を探っていた」


「グラーセスは半ば鎖国状態だと聞きますが、ルード王国は同盟を?」


「いいや。打診はしていたらしいが、色よい返事を聞けたわけではない」


「なるほど。彼らはガンコだと評判ですからな……頑強な城壁に急峻な山脈、そしてドワーフの戦士たちは屈強」


「―――勇敢な連中だが、いくらなんでも敵が多い。第六師団は4万からなる……ドワーフの戦士たちでも、受け止め切れはしない」


「それでも、同盟を拒む?」


 ドワーフというのは、ガンコなのさ。いつかの鍛冶屋のドワーフだって、そうだったじゃないか?……したくないことはしないという方針だ。そして、良くも悪くも伝統を重んじる。


 代々鎖国なら、滅びるその日まで鎖国を選んでしまうのだろう。


「それが彼らの生き様だからな。だが……クラリス陛下なら同盟を組めるかもしれないと考えている。彼女とルード王国は、特別な存在。亜人種と人間が共存しているからね。だからこそ、猟兵を一人割いてでも、帝国軍の動向を探らせていたのさ」


「状況次第では、ルードはグラーセスに援軍を送る?」


「当然、そうだろうな」


「受け入れてくれますか?グラーセスのドワーフたちが?」


「……読めない。だが、備えておくべきだな」


 それに……王族だけでも、亡命させられたら?


 国外から抵抗組織を作ることも出来るからな。


 つまり……ゼファーで、王とその家族だけでも亡命させる。その任務がオレに来る可能性は高い。


「―――カミラが危険に晒される状況だというのなら、おそらく戦になるまで、時間は残されてはいない」


「ふむ。貴方がここから去られるのは、正直、戦力的な不安が残るのですが……」


「第五師団を壊滅させたばかりだ。そう襲われることはないだろう……ディアロスを帝国が研究するのにも時間がかかるだろうからな―――オレたちの分の報酬は支払わなくてもいいぞ。スマンな、不安にさせて」


「……いいえ。適材適所。ザクロアは、現状、侵略を受けているわけではありません。貴方は、仲間を救いに行かれるべきだ」


「そう言ってくれると心が楽になるよ」


「……ええ。ご武運を」


「戦いに行くとは、限らないが―――」


「―――いいえ。きっと、貴方は戦うでしょう」


「そんなに狂暴な男って評価なのか?」


「ええ。もちろんそうです。貴方は、傷つけられる亜人種たちを見捨てられないはずだ」


「……アンタは、見捨てられるか?」


 試すような質問をする。ジュリアン・ドーチェは真剣な顔になった。


「……私は商売人ですよ?お客さまを人種で判断することはありません」


「なるほどな」


「貴方ほどではありませんが……ザクロア市民は、人種に対する偏見は薄いですよ。ここは、ガルーナの文化の影響もある。そして、救国の勇者たちは、人間族だけで作られていたわけじゃない」


「……ザクロアの民は、亜人種を受け入れてくるかい?」


「ええ!可能な限りは!!」


「……もしものときはさ、ドワーフの難民を連れてきてもいいかな?」


「私たちの戦死者は少なくなかった。人手が足りないのですから、歓迎ですよ。それに、ディアロスとの貿易を始めたい。腕のいい職人を拒むわけはありません」


「……そうだな」


 さすがはルード王国に並ぶ、商人の街だな。新たな貿易ルートの開発にも余念がないと来た。それは悪いことではないのだ。


 オレの第二夫人であるロロカ先生と、その父親のギリアム酋長は、ザクロアとの商業路の構築にも熱心だ。彼らも分かっているのだ、商人の街と仲良くするには、経済活動に参加するのが一番だと。


 そうだ、心をつなぐよりも、経済という欲望で絆をつなぐ方が手っ取り早くもある。ザクロアはディアロスの北方からの毛皮でも手に入れられたら?大金を稼げるだろうしな。


 おそらくディアロスもザクロアからの輸入品を買うことで、文化が変わっていく。閉鎖的な感覚は消えて行くかもしれないな―――あのハードなディアロス文化が、少しでもマイルドになるのは、人類の和解のために必要かもしれない。


「ありがとう、ジュリアン・ライチ。試すような言葉を投げかけてしまって、悪かった」


「いいえ。私たちは商売人ですからね、試されることは嫌いじゃありません」


「より良い商品開発のためにかい?」


「そうです。それに」


「それに?」


「商売人は義理堅いんですよ?悪運に滅ぼされることもある……だからこそ、恩や絆は、とても大切にします……だからこそ、この小国が、300年のあいだ独立を維持出来たのですよ」


「なるほどな、たしかに、アンタたちの在り方が、オレや……そして、死霊の騎士たちまでもを立ち上がらせたのさ」


「ええ。そうだと信じております」


「……難民が出たときは、サポートを頼む。ドワーフは住環境に注文が多い。ルード王国より涼しい土地の鉄を打ちたい職人もいるだろうからな」


「もちろん、大歓迎ですよ。ですが……彼らの国が滅ぼされずに済めば、それが一番なのですが」


「本当に、心からそう思うよ」


「ソルジェ・ストラウス―――貴方への協力は、絶対に惜しみませんよ」


 ジュリアン・ライチはいつもの冷静な大商人のマスクを外し、本性である熱い男の顔になる。ヴァシリのじいさまと戦場で肩を並べることで、ヴァシリのじいさまの熱さが、ちょっと感染してしまったのかもしれない。


 命は朽ちるが。


 魂は、受け継がれることもあるのさ。


 このザクロアの新たな守護者は、そのスマートに整えられた口周りのヒゲを動かす。商売人の白い歯が綺麗だった。


「私たちザクロアは、貴方たちの背中を忘れない。それを覚えておいてください」


「オレたちの『背中』?」


「人間と、竜と、エルフとハーフ・エルフ、ディアロスと妖精族ケットシー……我々のために、大軍勢へと向かって走っていく……その勇姿を忘れられるほど、ザクロア市民は愚かではないのですよ」


「褒めすぎだぞ、オレたちは、ただの傭兵さ」


「でも、仕事だからではないでしょう?……あれだけ多くの敵へと走れたのは?」


「性分なのさ。でも、アンタたちを守るためなら、死地に赴くことは、ためらわない。この土地に吹く風は……ルードにも、ガルーナにも似ているんだ」


 そうだ。その風を宿す以上、オレは何度でも命をかけるよ。この風には、命を捧げる価値は十分にあると信じているからね。ヴァシリ・ノーヴァ。そして、『ミストラル』。


 騎士道の先を歩く者たちの生き様が、そして死に様が―――たまらなくカッコいいからね。


「大商人さまに、恩を売っちまったようだな」


「……ええ。とても大きな恩をね。ならば、その恩に応えるだけですよ?トレードは、お互いの利益のために、ですから」


「そうかい、難しい言葉はオレの頭には通じないが、それでも、サポートしてくれる気にあふれているってことは分かった。恩に着るぞ、ジュリアン・ライチ……では、またな」


「ええ。サー・ストラウス。ご武運を。ムリはしないでください、とは言いません。貴方はムリをする性分ですからね?」


「よく分かっているじゃないか」


「ええ。ですから、こう伝えます。『敵をより多く殺し、救うべきヒトを一人でも多く助けてあげてください』。その、大きく強い剣を振るって」


 だってよ、アーレス?


 お前の角が融けたこの竜太刀で、今度もたくさん斬り殺すぜ。


 ……しかし。ジュリアン・ライチは大した商人さまだよ。オレの顔を明るくさせてしまう。話術だけでね?オレが、単純すぎるのか?……まあ、いいさ。


 どうあれ、今のオレは何故だか心が軽い。シビアな状況だが、心のなかに在る希望ってものが、さっきよりも増えているね。


 男にとって『理解者がいる』ということは、とても嬉しいことなのさ。自分の体重が300グラムは軽くなった気がするぐらいにね。オレは、さっきよりも少し速く敵を殺せるだろうな。


「……ああ。ありがとうよ、可能な限りをしてくるさ」


「必要な装備は、ぜひとも東ザクロア商会でお求めください。店を開けさせますよ。薬草だろうが食糧だろうが、矢の束だろうとも……好きなものを!!プライス・ダウンさせておきます」


 まったく、無料にならないところが、商人だよな?


 まあ、ありがたいことに、ザクロア防衛の任務は金払いがよくてな、今は金に余裕がある―――さて。そうだな、物資も買い込んでおく必要があるし……何よりも、修理中の鎧を受け取りに行かなくてはなるまい。


 そうだ。時間は有効に使わなくてはならない。


 補給のために使う時間を、オレは削る。そして、全く状況は分からないが、なんとしてもお前を救い出すぞ、カミラ・ブリーズ、お前のことをな!!


 オレは左眼の眼帯に指を触れる。


 古竜アーレスの形見である金色の魔眼を発動させるのさ。


 これを使えば、アーレスの孫であるゼファーと、離れていても会話が出来るし、視野を共有することさえも可能だ。なかなかの優れものだろ?


 ……おい。ゼファー?


 ―――なに、『どーじぇ』?


 そっちはどうなっている?ミアは、起きたか?


 ―――うん、『まーじぇ』がおこしたよ。


 そうか。リエルに薬草と食糧を買い込んでおくように伝えてくれるか?


 ―――わかった。つたえる。


 ああ、頼んだぞ。オレは防具屋のオッサンを叩き起こしてくる。鎧の修理は終わっているはずだが……終わっていなければ、新調もやむを得ないな。


 ―――おかね、かかるねー。


 ……団員の命には替えられないさ。


 いいか、ゼファー?敵兵の命は金に劣るが、『家族』の命を守ることは、千人の敵の命を奪うことよりも尊く重たい価値がある。


 その哲学を、心に刻め。オレたちは、『家族』。オレたちは、互いのためになら命を惜しまない、だから?


 ―――せかいでいちばん、つよいんだッ!!


 そういうことだ。さすがは、オレのゼファーだ。


 買い物が終わったら、オレのところに飛んで来い。防具やの前の道はそこそこ広いし、何より夜中だから数人の酔っ払いぐらいしかいないだろう。着陸できるはずだ。


 ああ、戦場以外では、モノを壊してはいけない。それは、一般的なルールだ。


 ―――りょーかい。こわさない!!


 だが、戦場では全てを壊せ。敵の体も、敵の心も、敵の命も。あらゆるものをその焔で焼き払い、お前の力で引き裂き、砕け。


 いいな?『ドージェ』との約束だぞ?


 ―――うん。わかった!!ぜんぶを、こわすね!!


 ああ。それが、偉大な竜になるための、唯一の道だ。しっかり、励んでくれよ?オレはお前のカッコいい姿を見たいんだからな。何度でもね。

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