序章 『消えた猟兵』 その2


「つまりムダのない平和な心を作ることでだな?あらゆるしがらみに囚われないのだ。考えなければいいのさ。そうすれば、鍛えられた肉体は勝手に動く―――」


「……弓術の極意みたいなコトを言っているが、貴様のしたことは性犯罪なのだからな?」


 たしかに。女風呂への侵入。オレが為し得た感動的な肉体の運動を、その一言に要約してしまうウワサ好きもいるだろう?


 でも、そうじゃない。オレ、さっきまでは本当に純粋に壁と一体化して、なにかこう神秘的なパワーと一体化していたんだが?


「……オレは、そんな男じゃないんだ!!」


 たしかに女風呂に肩までつかっているが、これはただ冷えた肉体を温めているだけで全くの他意はないんだっ!!


「あ、ああ。なにか、悪い。たしかに、今夜のお前は、あまり邪悪な気配が薄いのだ」


「そうだ!!オレはとても神聖な存在みたいなカンジだ!!」


「い、いや。それは言いすぎだぞッ!?だって、お前、女風呂に這い上って来たばかりなんだからなッ!?」


 そうか?そうなのかな?……あのとき感じた高揚は?オレは、気高さをまとった行為をしていると思い込んでいたのかな……。


「へへへ……オレ、自分の行動にガッカリだよ……命がけで、何をしていたんだ?」


「確かに失望されてしかるべきコトだよ、女風呂への侵入など?もう、するなよ?」


「でもさ、肉体と、精神力を極限まで駆使したんだぞ?……魔力には頼らず、肉体と頭脳のみで頑張ったのに?」


「それはそれでおかしい行動なんだよ……どうした?なぜ、そんなことをしたかった?」


「きっと、負けず嫌いが発動しただけだ。オレは戦いすぎてる」


「……そうかもしれんが、戦うこと大好きだろ?」


「ああ!!呼吸を忘れるほどに、戦うことが好きだぜ?」


「呼吸はしろ。死んじゃうだろ?」


「集中力が色々とカバーしてくれる。重心動くのイヤなときは、オレ、戦闘中でも呼吸止めてる」


「……達人ではあるよなあ。感心することも多いのに、どうして、時々こうなのだ?」


「こう、とは?」


「セクハラをするな。ヒトとして当然のことだ」


「え?……リエル、これはセクハラじゃないけど?」


「じゃあ、何だと言うんだ?」


「君への愛情表現さ」


「あ、愛とか、いうなだし……?」


 ツンデレ・エルフさんが赤くなってる。いやいや、ホント可愛いわ。オレのことマジで好きなんだよね、リエルちゃんはさ?……だから、本当にオレも君のことが好きでたまらないのさ。


「愛しているのに?……嘘はつけんぞ、君のことを見ていたら」


「……ん。な、なんか、邪気を感じるのだが?」


「愛を告白しているだけだぞ?気のせいだ。邪悪なことはない」


「……こ、こら。ど、どーして、近づいてくるッ!?」


「君が、ちょっとずつ逃げるからだが?」


「近づいてくるからだろうが!!お、お前の目、今、エロそうなこと考えている時の目だぞ!!あと、邪気をものすごく感じるんだからなッ!!」


 ふむ。なんか、恥ずかしがっているな。リエルめ、照れやがって。でも、そういう態度は可愛いが……そろそろ、オレに慣れてくれないと困るんだ。オレ、いい加減にお前とのあいだに子供作りたいし。


「わ、私は、もう出るからな―――」


「リエル。逃げるな。オレの女だろ?」


「……ッ!!」


 湯船から逃げようとしていたリエル・ハーヴェルの動きが停止する。そうだ。彼女はオレの恋人エルフさんだ。オレの愛を否定したくはないのさ。


「そういう言葉で、私を縛るのは、ズルいぞ……っ」


 ズルい?そうかね?オレは、そうだとは思わない。


 本当の言葉を伝えてるだけだ。オレは疑いなく考えているのさ。リエル・ハーヴェルはオレの女だってさ。


 リエルは逃げられない。近寄ってくるオレの腕に、簡単に捕らえられてしまう。彼女の若い肌が、指に気持ちいい。恐ろしいほどにツルツルとした美肌だな。その感触は、何故だかオレに罪悪感さえ抱かせるのさ。


 汚れ無きモノに触れてしまっているような気持ちになるからかな?そうかもしれない。リエルの欲望に対して無垢な反応も、オレへ背徳の悦びを与えてくれる。身をよじるけど、逃げない。そうだよ、本気で君を求める男。そういう行為から、どうやって逃げたらいいのかも、君は知らない。


 これ以上のことを、君はまだ体験していないからな。ほら?抱き寄せてやる。オレの腕の力に抗うことも出来ず、リエルはオレに抱き寄せられた。オレの邪悪な欲望が分かるから、ちょっと震えているのかい?そういう反応も、たまらなく愛しい。


 恋人エルフさんの長い耳に、ささやいてみるのさ。


「……リエル」


「な、なんだ?」


「キスさせてくれないか?」


 恋人同士の簡単な要求だろ?なあ、ダメなのか?バスタオル一枚しかつけていない状態で、オレの腕と脚のあいだに抱かれてるリエルちゃんよ?


「……なんで、訊くんだ?」


「ん?どういう意味だ?」


「だ、だって!お前、いきなりガバッとしてくることも多いじゃないか?」


「そうだっけ?」


「そ、そーだ。いきなり力づくで、されることも多くて……」


「そういうのイヤだったか?」


「……いや。そーでも、ないし……」


「今日もそっちの方がいい?」


「え……そ、その……」


「リエルがイヤなら、やらないよ」


「い、イヤだとか、言ってないし!?」


「なら。聞かせてくれないか?」


「な、なにを、言えばいいんだ……?」


「キスして下さいって、言ってくれたら、オレ、即座にしてやるんだけど」


「……わ、私に、そんな、はしたないことを言わせるつもりか!?」


 そうだよ。聞きたいね、オレのキスを求める君の言葉をさ。


「ダメか?」


「……ううん……ダメじゃない。そもそも、たしかに、私が許可してから、するべきことだもん。いきなり力づくとか、犯罪者ギリギリだぞ!?」


「ギリギリ犯罪者にならないんだ?」


「そ、それは……そうだろう?……だ、だって?」


「だって?」


「……被害者なんて、いないじゃないか。私は、そうされても、イヤなわけじゃない」


「そうか、嬉しいよ」


「嬉しがるな?……どう答えたらいいか、分からないじゃないか」


「オレの耳が聞きたいのは、キスして欲しいって言葉だな」


「……わ、わかった。聞かせてやるから、やさしくキスしろ」


「ああ」


 オレの恋人エルフさんは顔を赤くしている。その長い耳まで、真っ赤にしているね。うん、ほんと、大好きだぞ。リエル・ハーヴェル。オレをその声で喜ばせてくれ。お前の愛を感じたいのさ。


「ソルジェ……き、キスさせて、やるぞ……」


 小さな声だが、確かに少女はそう言った。森のエルフの王族、その偉大なる血脈ゆえのプライドの高さなのか、どこか上から目線だ。まあ、強がっているだけだろう。キスしてください、なんて従順な言葉は、君の偉大な唇には似合わない。


「ああ。してやるよ、リエル」


「う、うん……」


 オレの愛の虜だな。処女は、ゆっくりと瞳を閉じて、オレを受け入れるためにアゴを少しだけ上げる。そして、唇をわずかに出してくるのさ。


 要望通りにやさしくキスしてやる。唇が触れたとき、その身を震わせる。やわらかいな、そして温かい。物理的な現象だけじゃなくて、愛されていることを実感できる。


 やさしいキスは、終わりを告げて。


 オレの舌がリエルのなかに入っていく。そのことに気がつくと、リエルはやっぱり少し戸惑うように首を反らしたが、それは反射的なこと。拒絶じゃない。あきらめたようにオレの舌を受け入れるために、アゴをちょっと開くのさ。


 舌を舐めてもらえると期待しているのか?……リエルは、アレ、嫌いじゃないもんな。分かってるぞ、お前のことは。この世界の誰よりもね。だから、ちょっと意地悪をする。オレは、リエルの舌に触れそうになる直前で、舌の動きを止める。


「……?」


 リエルが不思議がってる。でも、オレは自分だけが愛情を表現したいわけじゃない。愛を確かめ合いたいのさ。だから、お前から舌を絡めて来いよ?


 しばらくそのままにしておくと、リエルはオレの心を察してくれたのか、それとも、もしかしてこらえられなくなったのか、自分から舌を絡めて来てくれた。従順な愛情表現だと思った。嬉しくなる、こんなに美しく、そして気高い……戦場で輝く弓姫の愛を表現してくれるなんてね?


 大人のキスを教えてやるよ。欲望たっぷりの、いやらしいキスをさ。


 オレはリエルの舌の動きに、応えてやる。二人して、どこか戦っているみたいに、お互いを絡めさせる彼女を抱き寄せる腕に力を込めた、彼女もオレの首に腕を回して、オレとつながろうとしてくれた。


 リエルを堪能して……やがて、オレたちはお互いを解放する。


 目を開けると、興奮しているリエルちゃんの顔があった。恥ずかしがっているけど、それでも確かに、彼女は愛と欲望を満たしたのさ。


「……エロいキス、してきた」


「お前からな?」


「そ、そんなこと言うな!!あ、あれは、ズルいぞ。お前が……そうしむけただろ?」


 ご明察だ。でも、それに応えたのはお前自身だろ?


「……なあ、リエル?」


「な、なんだ……ソルジェ?」


「こないだのつづきをしていいか?レイスの群れに邪魔されたこと」


「そ、それって!?」


「抱きたい。抱かせてくれるか?」


「そ、そ、それはッ。い、いきなりすぎだぞ!?こ、心の準備が、ま、まだ出来て!?」


「オレを愛してくれているなら、心構えなんてそれだけで十分だろ」


「……っ!!……うん」


「怖いか?」


「ちょ、ちょっとだけだぞ。私は、勇敢な森のエルフだ!!」


「ああ、誰よりもお前の勇敢さを知っている。オレの背中を預けられるよ、どんな激しい戦場でも、迷いの一つなく」


「……ああ。疑うな、私の強さと……お前への、愛情を」


「疑ったことはないよ?……だから、無理やりに抱いても、君が拒まないことも知ってるよ?」


「そ、それは……そ、その……」


「でも。お前の口からも聞きたくてな?」


「ひ、ひどいぞ!?き、キスだけでも、あんなに恥ずかしかったのに……っ」


「オレの子を孕ませたいんだ」


「は、はらませって……っ」


「ダメか?」


「だから、ズルいぞ……ダメなわけ、ないだろ……ッ」


「掟とか、もういいのか?」


 異種族とはしちゃダメってヤツは……?


「いいんだ。私は、愛する男の子供を産みたい。お前の子供だけが、欲しいんだ」


 それはハッキリ言えるのに、そのための行為を求める言葉は恥ずかしいのか。うん、乙女心ってヤツかね?……まあ、これ以上、いじめるのも、酷なハナシか。


「わかった。リエル、オレの子を、産ませてやる」


「お、お風呂でか……わ、私、初めてなんだから、そのベッドで……」


「ここでもいいだろ?……従業員だって、やってる声が聞こえたら、察してくれるし。ゼファーが陣取っている風呂に、侵入者はいない」


 そうだ。今、ここは世界でいちばん守護された場所だ。まちがいなく、邪魔は……邪魔は―――。


 バサバサバサバサ!!


「え……?」


「この羽音は……ッ」


 くそう!!毎度、毎度!!どうなっていやがる!!貴様はオレの友のはずだろう、シャーロン・ドーチェよ!?


『ホ、ホウ!!ホホウ!!』


 夜の闇に白フクロウの鳴き声が響いた。そして、湯船にいるオレの赤い髪の上に、ガシリと白フクロウが着陸する。嘘だろ、コイツ?空気読めよ?ていうか、その猛禽類の爪で、オレの頭ガシってするんじゃない。もっとちゃんと選ばないかね、着陸地点を。


『ホホーウ!!ホホーウ!!』


「シャーロンからの連絡か?……うむ。いつにも増して、自己主張が強いな」


「クソ。このしつこさから察するに、緊急度が高そうだ」


 もしも、新作の恋愛小説書き上げましたとかだったら、殺すぞ、シャーロン。貴様の下らん官能小説くずれの駄文のために、オレの真実の恋愛を破壊するとか、万死に値するぜ。


「リエル、取ってくれるか?」


「ああ。早く取ってやらないと、かぎ爪で大出血になりそうだからな」


「ああ。素早く、そしてこのフクロウを刺激しないように頼む。無意味なケガをすることに、虚しさを感じないワケではないのだ、オレだって」


「だろうな。仲間からの連絡でケガを負わせるとか、意味が分からん……ぞっと!!」


「痛っ!!……ヤツめ、足輪から手紙取られた瞬間、飛びやがった!!」


 オレの頭を猛禽類のそこそこ強い脚で蹴りながらな。重心が前に傾いたとき、頭皮にささりやがったぞ?


「だいじょうぶか。うむ、やはり、緊急度……『S』だと?」


「かしてくれ。団長専用だな」


「ああ!急げ、悪い予感しかしないぞ」


 不安げに表情を曇らすリエルから、オレはその暗号だらけの紙切れを受け取るのさ。すぐに開く。そして……オレはそこに書いてあった事実に顔をしかめる。


 『緊急事態発生!!カミラを戦場でロスト!!』


「……リエル。装備を調えろ」


「……分かった!!」


「ジャンは偵察、ロロカは出張……ギンドウは、この任務には使えそうにない」


「ミアを起こすか?」


「ああ。もちろん!!」


 そして、お前がいるぞ!!


「ゼファー!!」


 オレは相棒を呼ぶ。その翼が、オレたちには必要だ。この緊急事態に、対処するためにはな!!


『GAAHHHHOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOHHHHHッッ!!』


 竜の歌が、崖の下から聞こえてくる。そうさ。急ぐぞ!!カミラの救援に行けるのは、オレたちだけだ!!



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