エピローグ 『昏き未来に祈った獣。』
―――戦の終わりを告げたのは、やはり今度も竜の歌。
大地にあふれた死者たちが、空へと昇るのを導くよ。
避難していた市民も戻り、死者を嘆き、命を喜ぶ。
夜が来て、勝利を祝う宴となった。
―――魔王ソルジェ!!魔王ソルジェ!!
夜空に君の名と称号が、歌となって流れていくね。
そうさ、今度の戦も君が勝利を招いた。
不思議なことに、死霊さえも呼んだからね!!
―――ザクロアの市民は、君に敬愛と畏怖を持っている。
二度と、君の悪口を言わないだろうね、感謝と恐怖で彼らは君に忠誠する。
その声には、魔性が宿るとか、竜の卵から生まれたとか?
なんだかムチャクチャ言われているけれど、君はきっと喜ぶね。
―――女王陛下の目論見は、思いのほかに成功さ。
何かを成し遂げてくれるとは、期待はしていた。
そのために、ディアロスの長の娘、ロロカを副官に選んだのだが。
まさか、『ゼルアガ/侵略神』にさえ絡まれたのは想定外……。
―――悪運なのか、それとも幸運と呼ぶべきなのか?
『ゼルアガ』さえも、魔王が育つエサと化した。
恐るべき力だろう、誇らしくてたまらない。
南の地域で噂になっている、君の新たな『あだ名』を知っているかい?
―――死霊を操り、失われた第四属性、『氷』を使った邪悪な男……。
『ザクロアの死霊王』、そう呼ばれているよ。
なんだか、まるで悪党みたい。
それでも、魔王としては相応しい。
―――帝国軍は、君に二つの軍勢を破壊されたんだ。
たった半月のあいだに、二つの師団が君に呑まれた。
魔王の貫禄は、十分だよね。
そう、君は、本当の『魔王』に近づいていく。
―――人間たちの王ではなくて、『人間ならざる者たちの王』さ。
知っているかい?ルード王国には、君を求めて亜人の戦士が集まってきている。
いや……助けを求めているだけかもしれないが、皆、生きるためなら剣を取る。
ファリス帝国を打倒する……荒唐無稽に聞こえた歌が、今では形を成し始めている。
―――だからこそ、これから世界は暗黒を帯びるかもしれない。
僕とクラリスは、そう考えているんだよ。
ルードは特別な土地なんだ、もとが小さな国だしね?
亜人種たちの商人が集まって、クラリスの祖父を大金持ちにした国さ。
―――クラリスは、その商人たちとの関係と絆を忘れていない。
だからこそ、『亜人種が生きていていい国』なんだよね。
でも……世界の多くでは、そうじゃない。
人間には、亜人種を嫌っているヤツが多いから……。
―――ソルジェ、君の心は魔王ベリウスさまの作られたガルーナに在る。
その価値観は、異端なんだよ、残念なことに。
……僕らは、君の力が増してしまったことで、帝国が何を企むかに気づいている。
……悪しき法、『血狩り』の復活と、その施行は近いだろう……。
―――亜人種たちへの、虐殺が始まろうとしているのさ。
君に大いなる力が集まろうとするほどに……帝国はそれを阻むだろう。
その手法は、残酷にして容赦なく、悲しいまでに有効だろう。
密偵から帝国議会に出された法案のサンプルが、届いたよ。
―――右派議員たちは『血狩り』の復活と、その法の残酷性を増すことに躍起さ。
亜人種への排除政策は、おぞましいほどの残酷さを帯びていくだろう。
反乱を防ぐため、『指のいくつかを切り落とそう』という案も出ている。
老若男女を問わずね、武器を握れなくしようとしているのさ。
―――僕らの『内通者』が、努力はしてくれているよ?
『そんなことをしたら、奴隷の価値が下がってしまう、労働力が下がるだろう』。
……もうヒトの『欲』に訴えることで、ヒトの残酷な本性を防ぐしかないのさ。
……君には帝国が、どんどん狂っているように見えるかい?
―――でもねえ、ソルジェ……。
君の『敵』である、『世界の大多数である人間たち』は、拍手喝采なのさ。
亜人種の滅びと、その苦痛を心から喜んでいる。
僕たちの正義は、『ゼルアガ』の独善的な正義と同じぐらい歪んでいるんだよ。
―――ソルジェ・ストラウス、僕の親友よ。
君の祈りを叶えるためにはね、もう正義では足りないのさ。
残念だけど、君の祈りを、君の正しさを聞いてくれるヒトは少ない。
だから、僕は君の代わりに歌をつくるのさ。
―――君のやさしい祈りを、言葉に変えて、酒場と寝物語の歌にした。
……でもね、それだけでは世界は変えられないんだよ。
だから、君は世界を破壊しなければならない。
世界の秩序を破壊して、有無を言わさず自由をもたらすしかないのさ。
―――君の血を引く、『狭間』の子供たちが指を切られずに生きていける世界。
それが欲しいのならね、秩序そのものであるファリス帝国を破壊するしかない。
悲しいけれど、それが君の『祈り』に対する、世界の『答え』だ。
僕らは行くよ、君の祈りが『本当に正しいこと』だと信じているからね。
―――最後まで、一緒に行くよ、君が世界を破壊し尽くすか。
世界に君が呑まれてしまう、その日まで……。
人間の『心』を変えるには、祈りでも、正論でもムリなんだ。
暴力しかないんだ……それは悲しい真実だけど。
―――それでも、悲しかろうが現実だ。
だからね、僕とクラリスは覚悟している。
ソルジェ・ストラウス、君に命の限り、寄り添うよ。
僕らの命は、君の祈り……君の力、君の正義……。
……行こうよ、ソルジェ。君の『未来』を掴むために!!
『……このもりに、こどもたちが、たくさんいるの?』
朝まで飲み明かした日には、早朝飛行に限るなあ!!一回り大きくなったゼファーの翼を誇らしい気持ちで観察しながら、朝のクソ冷たい風を浴びてると、酔いも凍りついて砕けちまうのさ。
ああ、ゼファーの翼長がどれだけ伸びたのか、あとで測って記録しておかないとな!!8メートル84センチから、どれだけ伸びてるのかなあ……楽しみだぜ―――って、そうだそうだ、ゼファーの質問に答えなくちゃな。
「おお!!そうだぞ!!一万とんで、四十七人!!うじゃうじゃいるなあ!!あははははははは!!」
『うん!とーっても、たくさん!!』
「おお……そーだなあ……」
『さみしくないね』
「うん。そうだ……きっと、さみしくはなかっただろうさ」
『……『どーじぇ』は、さみしい?』
「ん?いいや、そんなことはないぜ。みーんながいるからね!!」
『そうだね、みんな、なかよしだね!!』
「そう。ヒトってのは、色々なこと考え過ぎるんだよ。竜みたいに賢いわけじゃないのにさあ?んで、考え過ぎていると仲が悪くなる。自分たちの下らない小さな違いなんかを気にしちまってね?……アホをこじらせて、ケンカしちまうのさ」
『そうなんだー?』
「そうなのさ。ディアロス族、浮いてたろ?酒宴なのに、孤立してたな」
『うん。ぎりあむ、きんちょーしてた。ひとがおおすぎて、びびってたよ』
「そう。ビビるのも良くないねえ。でもさあ、ヒトって、結局バカだからさ?……ちょっとしたコトで、仲良くなれちまうんだよね?」
『そーなの?どーするの?』
「ガルフ・コルテスいわく!!」
『がるふ・こるてすいわく!!』
「みんなで酒でも呑んでたら、そのうち仲良くなっちまう―――だってよ?」
『あはは!!ほんとだ!!ぎりあむも、じゅりあんも、よっぱらったら、かたくんでうたっていたね!!』
「そう。結局、そんなもんさ。人種間の対立?ケケケ、くだらねえ!!いっしょに酒でも呑んで、細かいコトを気にしなくなるってのが、一番の解決策さ!!」
『……『どーじぇ』は、すごいねー!ものしりさんだ!!』
「んー、まあねえ。色々なヒトに、色々なことを教えてもらいながら、生きているからねえ……なあ、ゼファー?みんなが仲良い世界を、その目で見たいか?」
『うん!!』
「そっかー。さすがは、オレのゼファーだ。いい子だぜえ!!」
オレはゼファーの首に抱きついて、両手でその太い首のつけ根をなで回す。ゼファーが楽しそうにギャフギャフ笑う。
『くすぐったい!!くすぐったいよ、『どーじぇ』っ!!』
「おー。悪いなあ、なーんか、嬉しくてなあ」
『そーなの?ぼくが、みんながなかよいせかいを、みたいと、うれしいの?』
「おお。長生きのお前なら、オレが作った未来を見守れるからね」
『うん!!みらい、みまもっていてあげるね!!』
「ああ。いい未来を、お前に残すぞ、ゼファー……なあ。だから、ゼファーよ。この森の上で、オレと一緒に祈ってくれ。歌わなくてもいい。ただ静かに、心のなかで……みんなが一緒にいてもいい世界を、夢見てくれるだけでいい」
『……うん。ぼく、いのるね、『どーじぇ』!!『どーじぇ』がつくる『みらい』が、とても、いいせかいでありますように!!』
「うん。ありがとうな、ゼファー。竜がそう言ってくれたらさ?……イケメン竜騎士サンには、不可能なんてなくなっちまうんだよ」
『そうなの!!ならね、ずーっと、いのるね!!ひゃくねんごも!!にひゃくねんごも!!『どーじぇ』たちのつくった『みらい』が、ずっとつづくように!!』
―――無垢なる翼は、祈るのだ。
愚かな人類のために、愛を込めて。
魔王のあつめた全ての色彩が、いつまでも続きますように。
どんなにたくさんの血と涙が流れても、魔王が戦い抜けますように。
―――その翼は力を増して、その色は世界を守る漆黒の翼に近づいていく。
魔王が死んだずっとずっと先までも、その偉大な竜は世界に君臨する。
世界を金色の瞳で見守りながら、あらゆる敵をその牙で噛み殺す。
未来の世界の偉大なる守護獣―――ゼファーは、その『自由な森』の空で祈るのだ。
―――そして。百年後も、二百年後も、ゼファーはこの空を自由に飛んだ。
第二章『ザクロアの死霊王』、終わり。
第三章『グラーセスの地下迷宮』へつづく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます