第八話 『ザクロアの死霊王』 その16

「……しかし、私が死なねば―――」


「―――いや。オレたちは、ちょっと手遅れだったのさ」


「なに?」


「ゼファーが……オレの竜が、教えてくれている。あっち……つまり、城壁側に残っていた暗殺騎士どもの重装騎兵隊は……全員死んじまったよ」


「……まさか!?こ、こんなに早く!?」


「……ああ。オレたちの攻撃力を、オレ自身も読み間違えていたようだな」


「……みすみす、死なせてしまったのか……ッ!!私は、何をしている!?」


「逃がせるだけ、逃がしてみせたのさ。さあ、すべきことをしようぜ?」


「何をだ!?私には、もう『時間』はない!!ならば、せめて……この命を、部下のために使ってやりたかった―――」


 マジメな男、ザック・クレインシーは、口惜しそうに地面を拳で殴りつけていた。


「拳を痛めてもしょうがない。骨が砕けちまうぞ」


「もう、いらない手だ。その骨など、いくら砕けてもいい……ッ」


「そうじゃないだろ?」


 そうだ。オレたちはシリアスになりすぎていた。世界は、思いのままに進むものではない。偶然や、不運、そして幸運にも支配されている。ヒトの願いや意志を、世界は超えてしまうことがある。


 だが?


 そんなことで、いちいち立ち止まっていては、希望が腐っちまう。ダメになったものは仕方がねえ。それでも、あがくことが大事だ。自分の願いのために、命がけで格上のオレに挑んだ、この娘のように。


 勝てるわけがない?


 そうだ、それでも戦うこともある。


 なぜか?……ただ、自分が抱く心からの願いのためにさ。


 希望にすがりつくために、命を捧げてでも戦う。それは、闘志と大義がある者たちの全てに共通することだろう―――だから、オレもアンタも、やれることをやろう。


「……私の手に、することがあるとでも言うのか?」


「ああ。あるぜ?まずは、目の前にひとつな」


「なに……?」


 勘が冴えているのは軍事面にだけかい?……そっちじゃないよ、こっちを見ろ。


「クレインシー、オレの腕のなかにいる、アンタの娘。誰が受け取るんだ?」


「……ッ!!」


「この子は願った。死なないで。そうだ、そいつは全く正しいよ。オレもね、正直なところを言ってしまうと、アンタに今日、死んで欲しくはないんだ」


「……だが、私には、『時間』が……」


「生きていることの価値は、『時間』だけじゃない。たとえ、アンタが、病気で死にかけていたとしてもだ―――」


「―――知っていたのか?」


 もちろんね。昨夜、アンタの部屋に忍び込んだとき。オレとアンタがお話ししているあいだに、うちのデキる妹、ミア・マール・ストラウスちゃんが、アンタの部屋からアイテムを盗んでいるよ。


 戦術書、皇帝からの手紙、金貨と宝石、そして……紙袋に包まれた薬を少し。情報収集はし過ぎることがない。


 その薬をロロカが錬金術で溶かし、オレの頭ではついていけないが、金属の粉を使って成分を予想して記述。リエルがそれを見て、どんな薬物なのかを分析したよ。


「肺に悪い腫瘍があるんだな」


「……薬泥棒は君たちかね。よく、分析したね」


「数は少ないが、うちは有能なヤツがそろっている……もう、『娘』も抱えられないほどに弱っているのか?」


「……いいや。半年で死ぬと言われているから、大丈夫だろう。まだ六ヶ月は動く」


 病人は腕を差し出してくる。うん。『バースト・ザッパー』を間接的に当てちまっているんだ。ちょっと、鎧装備した女を手渡すのは、辛いだろうね。


 視界を回して、それを見つける。黒い軍馬が、オレを見つめていた。


「おい、馬!!こっちに来い!!お前のご主人さまを、運んでやれ!!」


『ヒヒン!!』


 よくしつけられた高く売れそうな馬が、オレの目の前にパカラパカラと蹄を鳴らしてやってくる。オレのとなりに、うつくしい馬が……高級品の馬が、並ぶ。欲しいよ、君を売り払った時に得られそうな2500シエルが。


 でも、今回も馬泥棒はナシだ。


 オレは、まだ剣を手放さない戦乙女を、馬の尻の上に載せる。このままでは剣が馬に刺さってしまいそうだから、指を強引に動かして、剣を奪った。


「……いい剣だぜ。もらっとこう。次は、もっと楽しませろよ、シャーリーちゃん。剣だけじゃなく、ベッドの上でもお兄さんはスゴいんだぞ」


 気軽な気持ちでピクリとも動かない彼女の尻をなでた。セクハラ?いいだろ、これぐらい。剣士同士の気軽な触れあいだ―――。


「―――ソルジェ・ストラウス」


「わ、悪い。スマンな、つい年頃のケツがあったから、ちょっと悪気がさした!!」


「……フフ。面白いな、君は」


「よく言われるよ。さて、行ってくれ。すでに逃げた部下と、これから逃げてくる部下を組織し直して、まっすぐ帝国に戻れ。路頭に迷わすなよ?……盗賊化させたりせずに、帝国領まで運んでみせろ。そういうのも、アンタの得意分野だろ?」


 オレは色々と知っている。ザック・クレインシーの情報をまとめた書類が、何度もフクロウが運んできたからね?クラリス陛下は、オレをかなりのアホだと考えているのか、たくさん書類を読ませようとしているのさ。


「……うむ。分かった。そうしよう」


「最低限の武装しか、許さん。アンタも武器は置いていくことだな。あと、金もな?……シャトーに備蓄してある食糧ぐらいは見逃してやる。持っていけ」


「……いたせりつくせりだ」


 金も装備も巻き上げるけどね。だけど、いくら、この場で殺さないからといって、決して誤解はするなよ?


「武装解除はきちんとさせろ。もし、してなければ、敵対の意志が残っていると判断する。アンタもシャーリーちゃんも含めて、一人残らず全員を殺すぞ……いいな?」


 そこは、きちんとしておきたい。アンタたちはあくまで侵略者だからな。


「こうして逃してやる最大の理由は、アンタたちが今までザクロアの街や村に略奪をしていないからだ。もし、していれば、許されることはなかった」


「……侵略される者の苦しみは、私とて理解している」


「……そうだったな。これからも、ザクロアの民間人に被害を出すな」


「もちろんだ。今は、生き残りと……そのバカ娘を連れて国に戻ることを最優先する。国境を越えたら、二度と戻らない。もしも、怪しい動きをしている兵がいたら、殺せ。それは山賊に落ちようとしている者たちだ」


「分かっている」


 そういう山賊退治をしていた時期もあるから、詳しいよ。彼らの残虐性についてはね。そういう連中を、一人だって許してはおけない。見つけたら、殺して吊して見せしめだ。


「……アズラエル、シャーリーを落とすなよ」


『ヒヒン』


 ザック・クレインシーは高そうな黒馬の鞍へと乗った。


「……よし。さっさと行け。アンタを殺そうとするヤツは、少なくない。皆、オレの獲物だと遠慮しているから殺しに来ないだけだ」


「ああ。目立たないように、こっそりと退かせてもらう」


「いい心がけだ。あとは……養生して、少しでも長く生きてくれ」


「……戦場で死ねると思っていたのだがな?このまま帝国領で軍法会議だ。敗戦の責を取らされて幽閉か、敵前逃亡と罵られたあげくに死刑なのか……」


「なんだい、平和好きのアンタも戦場で死にたかったタイプなのか?」


「ああ。そうだとも。病床に伏して朽ちるよりも、空が見えるところで、敵を苦しめてやりながら、死にたかったね―――」


「―――じゃあ。それこそ長生きをしなければな」


「どうしてだい?」


「『その願い』を……『オレが、そのうち叶えるかもしれない』だろ?」


「……君と、もう一度戦うか?ふむ、興味深いね」


「それも有りだ。そして、アンタが幽閉されているとしたら……?オレには、ほら、上を見ろ?」


 クレインシー将軍が天を仰ぐ。彼はその黒い瞳に、空を舞う黒い翼を見た。


「竜……だな」


「そう。空を飛べる便利なうちの子さ。あのゼファーがいれば?……アンタが幽閉された高い塔からでも、さらえるな」


「若くて健康なお姫さまでもさらえ。死にかけの私などではなく」


「今、交尾相手には困っていない。だが、アンタの将としての才は、得がたいぜ」


「過ぎた評価だ」


「―――なあ、正直なところ、アンタとカーゼル。どっちが強い?」


 帝国軍最強の将軍。第一師団の総大将サマ……ウィリアム・カーゼル。最強無敗の侵略者サマだよ。


「……誰と比べておるのやら」


「カーゼルを仕留めなくちゃならない時が、必ずオレには来るんだよ。アンタ、そのときまで生きててくれないかな?……どっちが、本当に『最強』なのか、決めたくないか?」


「……ずいぶんと、君は私を買うのだね、魔王殿……?」


「ああ。だって、アンタはファリス人じゃない。どこぞの小国の羊飼いの息子だろ?」


「まあな。帝国には、それほどの義理はない」


「じゃあさ、冥土の土産に、カーゼルの首なんてどうだい?」


「……それは、興味深くはあるね」


「だろう?……だから、養生しな。ゼファーでアンタを迎えに行く日が、近いうちにでもやって来るさ」


「……死ぬまでに来てくれたら、考えよう」


「ハハハハハ!よし、約束だぞ!!……さて、そういうわけだ、シャーリーちゃん。もしも、そうなったら、仲良くしようぜ?」


 オレはついさっき意識を取り戻し、それでも目を閉じてこちらに聞き耳を立てていた可愛い女剣士サマのケツを撫でる。


「さ、さわるな……ッ!!この、ド変態剣士ッ!!」


「元気そうだ。いい子を産みそうだな」


「な、な、なああっ!?」


「ロロカくんを泣かすなよ?」


「誤解するな。ただ女性の美しい生命力を褒めているだけだ。何でもセックスに結びつけようとするのは、被害妄想的思考だ。まあ、シャーリーちゃんがオレの子を欲しがるなら別だけど?」


「絶対にない!!お前に犯されて妊娠したら、首を吊って死んでやるからな!!」


「仲良くなれそう!!オレ、強気な女子の扱い方、上手いよ?」


「こ、ころす……この屈辱は、わ、忘れんぞッ!!」


「……面白い男だ」


「さて、言いたいことは伝えたよ。じゃあな、ザック・クレインシー。そして、シャーリーちゃん。敵になるにせよ、味方になるにせよ、健康で暮らせ。ではな!!」


「ああ!!シャーリー、アズラエルによく掴まっておれ!!国境の外まで、我々も撤退するぞッ!!ハッ!!」


「……覚えていろ、次は、必ず……『桜吹雪』を……完成させて、いるんだからなああああああああああッッ!!」


「おー!!元気でなー!!」


 オレは両腕を大きく振って、いつか仲間になるかもしれない父娘のことを見送ってやる。人生はままならない。彼らと再会する日が来る可能性は、そう多くはないだろう。だが、それでも希望を胸に抱いて前を見るのは大切だ。


 オレは竜太刀を肩に担ぎ直す。


 そうだ、とりあえず、ザクロアの市街に戻るとしよう。あと数時間の混乱が終われば、勝利を祝っての大宴会でも始まるだろうからね。


「……ゼファー。腹減ったな」


 ―――うん。そこらへんのしたい、たべてもいい?


「いや。戦闘中以外はダメだ、貢ぎ物以外は、自分で殺した肉だけを食べろ。それが、竜の誇りだ」


 ―――そっか!そうだね!そうするよ!!


「……牛の一頭ぐらい注文しても、きっとタダでもらえるはずだ。お前は、それだけじゃお釣りが来ちまうほどの活躍をしたからな。ダメならジュリアン・ライチに請求書を回そう」


 ―――みんな、だいかつやくだったね!!


「そうだろう?……だから、さっさと帰るのさ。仕事が終われば、遊ぶのが仕事。ほーら、市街がうるさくなって来ているぞ?」


 ―――ほんとうだ、うたが、はじまるんだね!!



「ザクロアの、勝利だあああああああああああああああああああああああッッ!!」


「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!」


「自由同盟、万歳ぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいッッ!!」


 勝ち鬨が上がり、その歌が風に乗ってまだ死体だらけの場所を歩くオレの耳にも伝わってくる。自由同盟の生き残りたちが、勝利を喜び、歌っている。


 たくさんで死んでしまったが、より多くの敵を殺した。


 ルード王国の『暗殺者』という後ろめたい任務で、この土地を訪れることになったときには、この勝利を想像もしていなかったな。思い描いた最高のシナリオとは、やや異なるところもあったが―――。


 ある意味では、より良い未来のためのキッカケを作ったのかもしれない。オレはザック・クレインシーの魂を喰らうことは出来なかったが、オレが知る中で最も強い将軍を、雇えるかもしれなくなった。


 そうだよ。オレの戦いは、まだまだ続く。帝国の軍勢を二つ滅ぼしたただけに過ぎないからね。だが、それでも、今は、この勝利に浸ろう!!


 なにせ!!


 『パンジャール猟兵団』は、今日も誰一人欠けることなく、戦場を生き抜いてみせたのだから!!


 ザクロアの城壁のそばに、そこそこボロボロに薄汚れてしまっている猟兵たちが並んでいた。


 リエル・ハーヴェルは、遅いぞ、と、森のエルフさんらしく時間に厳しいカンジ。約束の時間は決めていないが……彼女は、よく、オレを遅いと言う。きっと、そんな言葉をオレにかけるのが好きなんだよね?オレも、君の綺麗な声が大好きだ。


 ミア・マール・ストラウスは、お兄ちゃーん、と叫びながら飛びついてくる。お互い血なまぐさくなっている。あとで、一緒にお風呂に入ろうな?他意はない。でも、お前の髪をオレの指で洗わせてくれないか?お兄ちゃんと洗いっこしような!


 ロロカ・シャーネルは、おつかれさまです、と微笑んだ。凡人どもよ、アレを見ろ。あの癒やし系巨乳が、オレの第二夫人だ。いつかリエルと三人で―――フフ。夢が、ふくらむ。でも、今は……その優しい言葉がオレの心に染み入るよ。


 ユニコーンの白夜は、ヒヒン!と鼻を鳴らす。仲良くなると感情を見せ出すのか。リエルに並んでツンデレだな。よし、今度、おいしいニンジンを仕入れてやるよ?ユニコーンは、ニンジンがタブーとか、そんなディアロス文化はないよね?


 ジャン・レッドウッド、よれよれだな、ヒト型に戻ったら、アゴが痛い?アゴを使い過ぎているのさ。なんか、ホントいつだってジャンだな、お前は。まあ、いいさ。アリアンロッドもたくさん殺したお前のことを、きっと褒めているぞ。


 ギンドウ・アーヴィング、良くやったな。死ぬとしたら、体力のないお前だと考えていた。偽ゼファーを罵ってくれたときは、ちょっとムカついたが、それ以外の仕事は完璧だ。いつか飛行機械の墜落事故で死ぬのだろうが、それもお前らしくていいと思うぜ。


 ほんと。皆が無事で、オレは安心。なにせ、経営者だからね?彼らに責任があるんだよ。ああ!!疲れたぜー……戦後処理とか、細かい仕事、たくさんあると思うけど。オレ、今はそんなこと頭の中から追い出すんだ!!


 今は頭ん中を空っぽにしてよ?


 『生きている』ってことを、楽しもうぜ!!


 だから、オレは歌うのさ。人生を楽しむために。


「ゼファーぁあああああああああああッ!!歌ええええええええええええええッッ!!」


『GHAAAOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOHHHHHHHHッッ!!』


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