第八話 『ザクロアの死霊王』 その15
―――そして、魔王は老将の剣を打ち払う。
老将の剣が戦場の空へと舞って、老将は静かに笑い瞳を閉じる。
運命を、受け入れるつもりでいた。
魔王も、運命を背負うつもりでいた。
―――だけども、世界は彼らの美学だけで出来ているわけじゃないよ。
黒馬アズラエルが血の汗を流しながら、敵味方が殺し合う戦場を抜けた。
東方流派の足の使い方だ、アズラエルの鞍を蹴り、彼女は跳んだ。
黒い流麗な髪を風に流しながら、刀を振り上げソルジェに迫る。
「将軍を、殺させはしないッッ!!」
空にいる女騎士は、昨夜聞いた声の女だと気づいたぜ。たしか、シャーリー。短絡的な思考を持つ、若い女騎士……何よりも、オレの左眼を奪ったカイエンの娘だ!!
「死ねえええええええええええええええッッ!!」
裂帛の気合いをまとった斬撃が、オレの首を目掛けて振り下ろされる。速いね、鋭さもある……才能と熟練を宿す。なんてうつくしい?今のは、男の体では到達することの出来ない流麗なる舞いだぜ。
まいったな、頭のデキはともかく。彼女は、剣の神に愛されているな、父親と同様に!!
ガキイイイイイイイイイイイイイイイイイイイッッ!!
シャーリー・カイエンの刀を、竜太刀で受け止める。うつくしい流麗だ。オレには辿り着けない方向性に彼女は伸びていったのか。カイエンには、似て否なる技巧。9年前に、父親が死んで、その指導を受けられなくなったせいか?
―――いや。そうじゃない、彼女は、己の才で、カイエンの教えを進化させた。剣を通して、鍛錬と哲学が伝わる……そうさ、より強くなるために、あえてカイエンの技を自分のために改造してきた。執念か、好きだぜ、そういう子はな。
「か、片腕で、止めただとッッ!?」
「……そうだ。重さが足らんな。それで、どうする?」
挑発する。見せてくれ、お前の怒りを?お前の復讐心を?……憎いのだろう、お前の父親を殺した、このオレが?凡庸な者では、ここで終わりだぞ。オレの本能が、お前はそうじゃないと告げている。
何でもいい。あらがってみせろよ、剣聖・カイエンの娘。お前には、複雑な感情を想起させられるな。
「舐めるなあああッ!!」
シャーリーが底意地を見せる。彼女は、オレの剣が放つ圧に乗るようにして、空中で身を捻る。空のなかで回転しながら、彼女は横凪ぎの一閃を払ってくる。ちょっと焦ったぜ。想像よりも、彼女の技量はあった。
首を使って避けなければ、かするだけじゃ済まなかっただろうね。
「チッ。外したか」
大地に舞い降りながら、うつくしき女剣士は舌打ちする。
「ハハハ!!……スゲーな、どうやった?」
「うるさい、死ね。ソルジェ・ストラウス!!」
シャーリーは怒りのままに走る。軽い体は、オレには出せない速度を帯びた。鋭い踏み込みだ、酷使した体そのものを破壊するような勢いで、女剣士は黒い疾風になる―――驚嘆すべきことだった。
カイエンや、あのクソ野郎のクラウリーが、そこに到達したのは、もっと年を食ってからだろう。だが、これは確かに、バルモアの黒い疾風だ。刀による斬撃が、沈んだ姿勢から高速で浮き上がってくる!!
しかも、この軌道は……ッ!!まったく!!親娘二代で、オレの左眼ばかりを狙いすぎだっつーのッ!!
ガギュウイイイイイイイイイイイイイインンンッッ!!
鋼が交差し、オレはアーレスの魔眼を守ってみせた。コレまで取られたら、アーレスにどれだけ文句言われちまうか、分かったものじゃないからなッ!!
「なに!?このタイミングを、止めただと!?」
「……惜しいな。9年前に見た技だ。オレには、もう効かねえ」
「くっ!?父上を、殺したときに……覚えたのかッ!?」
「そうだ。その技で、目玉をえぐられたよ……いい技だが、効かんな。親父殿に比べて、まだまだ甘すぎる。次に狙うときは、今の三倍磨いてこい」
「うるさい!!利いた風な口をきくなッ!!……カイエン流は、お前に、まだ全てを見せているわけではないぞ!!」
「……ッ!?」
またか。また、オレの剣の圧に乗って来やがる。なるほど。彼女は、剣と重心を重ねるのが異常に上手い。自分の剣だけではなく、オレの剣の『それ』にさえもだ。
軽やかなステップと身軽さを使い、彼女の『重さ』が消える。シャーリー・カイエンはまさに風だった。読めない動きで、しかも一瞬のうちに、オレの間合いから離れていく。
この間合いの意味?
そりゃあ、分かるさ。逃げるためでも、防御のためなんかでもない。ただ、その黒い瞳はまっすぐにオレを射抜くように睨みつけ、殺意を隠すことはなかった。刀を斜め下に構え直す。そうか、それが―――カイエンの真の奥義か。
オレはカイエンが全てを出す前に、ヤツの手首を折っていたからな。彼らの技には、まだ先があったというのか……。
「……名乗っていなかったな。私は、シャーリー・カイエン。貴様に殺された、剣聖・ザビー・カイエンの長女だ」
「ああ。オレはソルジェ・ストラウス……お前の親父殿を殺した男だ」
「知っているさ!!9年間、貴様を斬る日だけを、夢にまで見て、生きぬいてきた!!」
なるほど、彼女もオレと同じく『復讐者』。
それならば、オレには逃げられないな。同じ復讐者として、復讐を受ける義務はある。オレは逃げないぞ、君の心に在る飢えを、誰よりも理解出来るからな!!
「来い!!仇討ちの機会をくれてやる!剣士として、今、お前が持つ全てを見せろ!!」
「す、ストラウス殿!!そやつを、こ、殺さないでくれ!!頼むッ!!」
クレインシーがオレにそう訴える。ああ、分かっている。戦は終わった。アンタの前で、ムダな血を流すことはしないとも。だが、彼女に、技を出させてやりたいのさ!!
「将軍!!さっさと下がってください!!ここは、私が!!この男は、私が命にかえても殺します!!」
「や、やめんか!!私が、何のために―――」
「―――知っています!!」
「っ!?」
「分かっています!!閣下が、命がけで戦に終止符を打とうとしていることは!!ですが……そうだとしても、納得なんて出来ません!!閣下、死のうとしては、ダメです!!」
「……シャーリー」
「貴方は、私の後見人ではないですか。それに、暗殺騎士の任務から、日の目を見るこの戦場に連れ出してくれた、我々の恩人ですよ……だから!!お願い、死なないで!!」
「……ッ」
「なるほど。それが、お前の願いか、シャーリー・カイエン」
「ああ。そうさ。私から、二度も……二度も、『父親』を奪うつもりかッ!!ソルジェ・ストラウスッ!!させないぞッッ!!そんなことは、絶対に、私が、させないッッ!!」
そうかい。どういう縁か知らなかったが、彼女を保護して育てたのは将軍か。暗殺騎士なんかになってしまったのは、どんな経緯があったのかは知らないが……彼女には不本意な人生だったようだ。
それは、そうだろうな、ユアンダートの毒蛇として影に潜むのは、そのまっすぐな剣に相応しくはない。
「……シャーリー、いいのだ、私のことは―――」
「―――いいや。将軍、納得するまでやらせればいい」
「ストラウス殿!?」
「安心しな。無益な殺生は、アンタの前ではやらない。来いよ、シャーリー・カイエン。お前の執念を見せてみな」
そうでなければ、お前は死んでも納得しないだろう……そうだよ、ザック・クレインシー。オレたちの考えが、世界の全てなんかじゃない。この小娘の言葉は、胸に響いたぜ。
―――お願い、死なないで。
そうだよ。
ああ、そーだよ、素直になっちまえばいいんじゃねえか?……オレだって、そうだ。アンタには死んでほしくないよ、ザック・クレインシー将軍。たとえ、アンタに『時間』が残されてはいなかったとしても―――今日、死なれると、オレは悲しいぜ。
「……気づかせてくれた礼だ。お前の復讐につきあってやるよ、シャーリー」
「気安く私の名前を呼ぶな!!……思い知らせてやるぞ、カイエン流の、真髄をッ!!」
「……来い」
オレは竜太刀を構える。全力で勝負してやるために。片手じゃない、『両手持ち』にして構える。こんなことは戦場剣術の発想じゃねえな。これは道場剣術の思想……言わば剣士同士の自己満足。極まった技巧の衝突を、オレたちはすることになるのさ、シャーリー・カイエン。
見せてくれよ、今のお前の『全て』をな!!
「―――我らの道の極みを知れ、ソルジェ・ストラウスッッ!!」
俊敏な獣のように身を伏せるシャーリー・カイエンの体に、魔力が高まっていく。そうだ、『太刀風』も『黒い疾風』も、魔剣の一種。肉体が放つ極限の技巧に、魔力を帯びさせることで到達出来る、剣術の奥義……。
ならば、これも魔剣なのか?……ん?
シャーリーの額に血が流れている。いや、額からだけじゃない、腕や脚からもところどこから出血が始まっていく?……昂ぶる魔力を制御できていないのか?……いいや、そうじゃねえ。
「……あえて、魔力を暴走させているのか」
その指摘に彼女は腹を立てることはなく、ただ不敵に笑う。答えをくれたようなものだ。血肉にあふれんばかりの魔力を充満させているのさ。雷の魔術……『チャージ/筋力増強』みたいなものか?
いいや、むしろ、この狂暴さは―――よりにもよって、『竜の焔演』。うちの奥義に似ているというわけだな。剣術家がたどり着くところは、同じということだろう。いや、きちんと制御している『竜の焔演』とは異なり、彼女のそれは暴走状態。威力は、下手をすれば彼女が勝つかもしれない。
ただひたすらに攻めてくるだろう。どうあれ、自爆技だがな。血肉が爆ぜて、剣士として使い物にならなくなったとしても―――オレのことを命をかけて殺しに来やがるぜ。
復讐の女剣士は、宣告する。
「……さあ、一緒に死のう、ソルジェ・ストラウス!!」
「……やってみな、お兄さんが、受けてやるぜ」
そう。剣士として、君の少しだけ前を歩く者として、これほどの技から逃げるわけにはいかない。来いよ、シャーリー・カイエン。受けきってみせるぜ、カイエンの剣の全てを、今日こそな!!
彼女の前に出した左脚が沈む―――来るぜ。
「―――カイエン流……奥義、『桜吹雪』ッッ!!」
瞬間、シャーリーが消える。魔眼の反応速度を超えやがったのかよ?……なんてムチャをする女だッ!!見えなかったさ。それでも、構えから読めている。オレは竜太刀で上空から振り落とされていた断頭の一撃を受け止めていたッ!!
空のなかに黒く長い髪を風に揺らす女剣士を見た。血霧が舞っている。そうだ、赤い花びらのように……なるほど、それゆえに『桜吹雪』かよ?神速を産むために、ムリをさせた腕や脚の筋繊維が破裂して、皮膚まで裂けて、血潮が吹いたか。
恐ろしいまでの自爆技だな。女の身でありながら、この刀の重みも、自らを生け贄にしたことによるものか。
「……素晴らしい技だな。今の君は、まるで、血の風だよ」
「……見切ったか!?だが、これだけでは、終わらんぞ!!」
不敵な笑い。そして、血の風が、『桜吹雪』がオレへと襲いかかる!!鎧を脱いでて助かったぜ。正直、コイツの斬撃を見切ることは難しい。ステップで間合いを作り、余裕を作りながらでないと、躱しきることは不可能。
―――殺さずに捌くには身軽さがいるな。殺すだけなら、難しくはないが……そいつは勿体ない。こんな未完成な技を見せつけられたあげくに、死なれても、困るぜ。
「ソルジェ・ストラウスうううううううううううッッ!!」
オレの名前を叫びながら、血の風が刀を持ち上げる。斬りつけるつもりさ。最速にして、おそらく最後の一撃で。彼女の全身は、もう傷だらけで血まみれだった。あふれる殺意と闘士の波を浴びて、オレは快楽にひたれる。
まだ、彼女は『途中』だ……未熟だよ。この『桜吹雪』を防ぐことは難しくても、じつは破ることは容易い。強打で一閃すればいい。君が耐えられないほどの威力を帯びた竜太刀のカウンターで、君の刃ごと君をへし折れば済む。
未熟すぎる―――だが、やがて、それはより高みへと至るだろう。
もっと育った君のことを。完成された『桜吹雪』を、心の底から味わってみたい。
だから。今日は、もうやめておけ。このままでは、君の体がもたないから。
「殺すううううううううううう――――あ、ぐ……ッ!?」
手加減は難しい。あばらが折れただろう。スマンね。だが、これも授業料だ。そうさ、オレの拳が彼女のみぞおちに叩き込まれている。一瞬で間を詰めて、拳を入れたのさ。
「……お、お前も……ッ。『桜吹雪』を……ッ」
驚愕が開かせた瞳を用いて、彼女はオレを見つめていた。勘違いしている。これは、『桜吹雪』ではない。おそらく、お前のそれも違うようにね。
そうだ、もっと磨けるはず。最加速の魔剣は、きっとこんなものじゃない。
「……オレたちには、まだ到達出来てない技らしいぞ……今日は、寝ておけシャーリー、悪いようにはしないさ」
説得の言葉を彼女は信じない。消えゆくある意識のなかで、オレの腕を掴み、オレの顔をにらみつけてくる。
「しょ、将軍を……殺す……な……っ」
「ああ。わかってるよ。だから、お休み、シャーリー」
「……っ――――」
技の反動と、オレの当て身が彼女の心臓を揺さぶり、彼女の意識を喪失させる。オレは崩れる戦乙女の体を抱きかかえてやり、感心するのだ。こうなっても、まだその指は刀の柄から離れていなかった。
「……いい闘志だ。やがて、君は、それを極める―――そうなれば、今度は本気で殺し合おうじゃないか」
「シャーリー!!シャーリーは、無事なのか!?」
クレインシーが心配そうに叫んでいた。だから、オレは事実を告げてやる。
「ああ。大丈夫だ。彼女は死んじゃいない……そして、彼女の願いも、生きている」
「……なに?」
「死ぬな。ザック・クレインシー。オレは、やはりアンタの死に様を、今日、見たくはないぞ」
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