第八話 『ザクロアの死霊王』 その14


「……ぐぅ……っ」


 ―――クレインシーの部下たちは有能だった。各個の戦闘技術は、帝国兵士の水準からすれば並み程度でしかない。だが、徹底された組織哲学に、お互いを気遣う心。


 そして、最強の将軍であるザック・クレインシーを『信じる』という『強さ』が、無類の『結束』を産みだしていたんだな。


 見事だ。


 オレよりもはるかに弱き君たちが、『バースト・ザッパー』から将軍を守って、死んでみせた。血肉と内臓をあふれさせているが、君たちは、尊敬している老将を肉体の壁となって守ってみせたんだ。


 君らは自分が生きた価値を、オレに教えたぞ?君らは、この老人から多くを学び、そして偉大なる戦士へと至ったのさ。


 そう。たとえ、クレインシー将軍が自身は、この結末を願ってはいなかったとしも―――守りたい者のために命を投げ出した君らの行為は、とても崇高なのだ。そして、クレインシーに、よく似ている。


「う、く、くそう……ッ」


 将軍が呻きながら、自分に覆い被さってくれていた兵士の死体を取り払っていく。


「あんまり、ムリするな。直撃じゃなかったとはいえ、オレの魔剣を浴びてしまったんだから。無事なわけがないだろう」


 助言のつもりだ。ムダに苦しめるつもりはない。オレは、アンタをリスペクトしているんだぞ。


 だが、強情なじいさんは体をムリに動かしていく。痛めつられた肺からの出血を、その白いものが混じったヒゲが生えた口から、ゴホリと吐いていた。それでも、彼は自分を守るために死んでいった男たちを、丁寧に己の体から押しのけていく。


 手を貸してやるのは―――無礼な行いかもしれない。まだ、彼はオレの敵なのだから。


 ただ見守るのさ、青の瞳と金の目で。


 ザック・クレインシーは部下たちの血で、その白い鎧を汚しながら、膝に手を突きながらでも、立ち上がっていた。体が揺れている。そうだ、老齢だからな。それに―――っ!?


 考察するオレを見て、将軍は剣を抜いた。オレは思考を中断して、殺意を練る。


「……やるのか?」


「……その方が、君が、やりやすいだろう……?疲れ果てた年寄りよりも、君に剣を向ける男の方が……ゴホッ、ゴホッ!!……イラついて、殺しやすいんじゃないかね?」


「その見解はアンタにしちゃ珍しく的外れだぞ。オレは、自分に剣を向ける男は好きだ」


「……特異な、価値観だな」


「まあ、あまり一般的な家庭で育っちゃいないもんでね」


 『戦場で死んで、歌になりなさい』。うちのお袋がオレに物心つく前から聞かせていた特殊な教育の言葉だ。そのせいだろうね、ストラウス的性質は、オレの魂の深いところに息づいている。おそらく一生変わらない。


 ほんと、強いヤツは好きだぞ?


 そして、過酷な状況に抗おうとする気概を持つヤツもな。


 ふらつきながら、ザック・クレインシーは剣を振ってくる。オレはそれをあえて竜太刀で受けてやる。弾くことも、いいや、その防御を構築することさえ、すっ飛ばして、彼の命を破壊することさえも可能だったんだが、あえてね。


 そうじゃないと、つまらない。彼は語り合いたい敵だからな。だけど、『時間』のない年寄りはせっかちなもんだ。今日も、そうだった。黒い目でオレをにらみつけながら、老将は語る。


「……ソルジェ・ストラウスよ……っ。さっさと、私の首を……刎ねろ」


「ああ。分かっているさ。もう、この戦を終わらせなければならない。アンタ、やっぱりやさしいヤツだな。兵士たちの敵前逃亡を、許したのか」


 オレは東の地を見る。武器を捨てた兵士たちの一団が、息を切らしながら全力疾走で逃げていく。かなり大勢だ。『最初の一人』が逃げ始めたのはいつの段階だろうか?……恐怖に呑まれた、その人物の逃避を、クレインシーは部下に抹殺しろとは言わなかったのだろう。


 だから?


 今では、その一人目につづくように、あちこちの集団から逃亡兵が多発している。そうだよ、『負け戦』だからね……このまま戦場にいたら?オレたち自由同盟の戦士たちに弄ばれるように殺されちまうだけだ。


「うむ。逃げてもいいだろう……戦は、終わりだ」


「……ああ」


 そうだ、もう雌雄は決したのだ。


 帝国軍第五師団は、よく耐えた。北方への長期遠征、そして、1000人の死霊騎士団との一度目の戦。ロロカ先生が組み立てた数々の策―――それらに翻弄されながらも、よく隊列を維持して、オレたちをゆっくりと攻め続けたものさ。


 勝負の決め手?


 それは、戦略というか反則技……『憑依の水晶』のおかげだな。アレが無ければ、もっと悲惨な結末になっていただろう。オレたちは全滅、第五師団もほぼ崩壊……そして、クラリス陛下の名の下に、ルード王国軍は北上し、第五師団の残存部隊は滅ぼされただろう。


 そして、消耗したルード王国も帝国軍の他の師団に襲撃されたかもな。


 ……最も血の流れるシナリオだ。


 『それ』は、『ミストラル』のくれた『反則技』のおかげで回避された。


 オレたちは、およそ4000近くの兵士を失ったが、帝国第五師団は二万を超える兵士をこの戦だけで失った。数だけならば、大勝利。しかし、貧弱な軍勢しかもたないオレたちにとって、その数字は、もちろん手痛い―――。


 いつのまに、二万も食えたのかだって?


 ……そもそも、後ろ半分の一万五千の集団に配置されていたのは、負傷した兵士たちばかりだったのさ。おそらく、1000人の死霊騎士との戦で傷を負った兵士たちだろう。彼らを、前線に出すつもりはなかったのさ、クレインシー将軍には。


 ゆえに、最後の突撃で、オレたちが砕いた精鋭たちが、この軍団の最後のまともな戦力だった。アレが崩壊してしまい、さらにはヴァシリ・ノーヴァたちの『風の魔剣』に陣が切り裂かれたそのとき―――帝国兵士たちは身も心も粉砕されていた。


 ……ヒトの本能が作動したのさ。勝てないと分かれば、逃げるのみだな。そして、逃げ腰になって、彼らの戦術の肝である、組織哲学―――『陣形を維持せよ』と『連携せよ』。そのどちらもが破綻した。


 弱く混乱した『エサ』になっちまったわけさ。だから、連鎖的に崩壊しちまっている。もともと質ではこちらが上。何より、モチベーションが違うからね?


 ……そもそも、帝国の兵士からすれば、死ぬほどの義理など、侵略戦争にはないのさ。守らなければ滅びる我々と違ってね?我々は死ぬまで戦うしかないが、彼らには逃げるという生き方もあるのさ。


 今となっては、兵士の逃亡は連鎖して、崩れた隊伍は今も自由同盟軍の兵士たちに各個撃破され続けている。もう戦争の時間ではない。虐殺の時間と化したのさ。だから、あっという間に二万も殺せてる。


「―――うちのロロカが死ぬほどチクチク撒いていた『恐怖』へと至る策が、ようやく実を結んだな」


「……うむ。細かな策だが、有効だった……繊細な戦略だよ。竜のニセモノに、ユニコーンのニセモノ。それらを混ぜておいて、細かく、強力な戦力を多方面から多段階的に浴びせられてしまった……」


「こっちの策、ほとんど見抜いているのな」


「だてに、年寄りはやっていないというわけさ。経験が豊富だからね……」


「恐れ入る」


「畏れ……そうだな。うむ、恐怖、畏怖……君たちの戦略の核は、それだね」


 クレインシーは、話し始めると思考が回り出すタイプか。インテリなんてヤツらは、総じてハナシが長いもんね。


「ああ、そういうことさ。戦いなんてものは、相手をビビらせたほうが勝つ!!」


「そういう意味では、君たちは……とくに、君は、驚きに満ちていたよ」


「恐悦だね。オレ史上、最も強い将軍サンに、褒められるとは……と言っても、『憑依の水晶』が無ければ、この結末は来なかったさ」


「武運を引きよせることも、使える武具をそろえておくのも―――」


「―――ああ。戦士の『実力』だな」


 そうさ。オレたちは、『実力』で勝利した。そういう解釈に異存はないね。


「……オレたちの勝利だ、まごうことなきな」


「ああ……だからこそ、こうして茶番をしている」


「決闘ゴッコをな」


 そう。決闘しているフリだ。戦場における将同士の一騎打ち。古来からつづく、戦場の最終局面のひとつさ。


 これは、象徴的な意味がある行いだ。だから、クレインシーはオレに剣を向けている。つばぜり合いながら、彼はオレに訴えてくるのだ。


「……これ以上は、もう全てが無意味だ!!さっさと私の首を落とし、それを掲げ!!そして、勝利を宣言してくれ!!……今も戦いつづける、愚直な忠誠心を持つ兵士たちの抵抗は、それで、消えるだろうッ!!」


 うん。そうだよ、戦場には『あきらめの悪い男たち』が出るものさ。負けたことを認めず、命が尽きるまで戦い、死傷者を増やす連中がね……とくに、『暗殺騎士団』、コイツらはおそらく、まだ戦い続けているだろうな。


 だからこそ、『トロフィー』がいるのさ。クレインシーの『首』。『それ』を用いて、勝利を印象づける。戦争は終わったと知らしめるのに、彼の首ほどいいアイテムはない。


 そのために、オレは昨夜、彼を殺さなかった。カリスマの首だぞ?戦の中で、それが落ちれば、兵士の心も砕け散る。おそらく、クレインシーに大抜擢された暗殺騎士団の連中にも有効だろう。怒るかもしれないが、少なくとも大いに動揺するだろう。そうなれば?簡単に殺すこともできる―――。


 もしも、クレインシーを昨夜殺していたら?


 戦場では『代役たち』が機能したはずさ、この組織は哲学が緻密だからね。『将軍代理』どもが、各々の判断で動き、戦場で最後までクレインシーを『再現』したはずさ。だが、そいつらはニセモノ。


 そいつらの首には『価値』がない。軍団の心を砕く価値を持つのは、真の将軍、ザック・クレインシーのものだけだ―――。


 そうだ。今ここで、この老将の首を落とせば、戦は終わる。


 抵抗する愛国心や忠誠心のカタマリのような兵士たちの心も折れちまうよ。そして、その意地っ張りどもとの戦闘につきあって死んじまう、こちらの兵士も減るってわけさ。人道的だろ?


 お互い、昨夜に悟っていた。


 『兵士をムダに消耗させたくない』……という意味で、オレたちは通じ合っていた。だから、あの赤ワインを酌み交わしながら、無言の協定を結んでいたのさ。


 オレたちが勝てば?彼の首をつかい、兵士を降伏させて、オレはムダな殺戮を止める。


 逆に、オレたちが負ければ?……彼が無意味な殺戮を好まないことを、オレは見抜いていた。だから、昨夜は殺さなかった。


 悪くない約束だ。どっちが勝ったとしても、お互いの目的である、仲間を一人でも多く死から救う……それに反することはないわけだからね。


 さあて……そろそろ『儀式』の時間か。


 オレの気配が変わったことを、ザック・クレインシーは気づく。


 彼の『遺言』がはじまる。


「―――ソルジェ・ストラウス。お前は、私に『力』を見せた。『数』さえ破壊する圧倒的な恐怖という『力』をな。その『力』ならば、きっと……世界をも変えられる……」


「……クレインシー?」


「認めたぞ、お前の『力』……ゆえに、お前は、知らねばならん」


「何をだ?」


「……小を犠牲にして、大を救う戦をだ……そうでなければ、お前の呼ぶ戦の火は、あまりにも多くの死を招いてしまう……」


「……そうかもね。オレは、死傷者を少なくするという哲学に対しては、間違いなくアンタほどの情熱を捧げられてはいなかった」


 敵さえアンタは心配していたくれたものな。戦で死ぬことを、死なせることを嫌っていた。オレには、まちがいなくその考えは足りていない。


「―――私は、君の『正義』を信じたい」


「皆が遊んでいい森のハナシか?」


「それさ。甘いが……それだけに、素晴らしいじゃないかね、魔王くん?」


「だろう?」


 やっぱり、ヒト殺しが嫌いなアンタの心には、響くんじゃないかと思ってた。


 くくく。ほんと、魅力的な敵に多く出会う旅だな。状況がこんなじゃなければ、アンタに『時間』があるのなら、ウチに来ないかって、誘うんだけどな?


「……何か、楽しいことを考えているのかね?今から私を斬るのに、笑顔だぞ?」


「……そうだな。とても素敵な、もしものハナシだ」


「そうか。聞かないことにしよう。君の語る物語は、いつも魅力的だからね」


「未練になるかい?」


「そうかもしれない。だから、さあ……君の慈悲を、示せ。そして―――真の英雄への道を、歩き始めなさい」


 ―――まるで、師匠だな。いや、ある意味では、師匠だ。うん。アンタを喰らって、オレは、もっと偉大な男になるよ、ザック・クレインシー……。


「……じゃあ。お別れの時間だぜ、将軍殿―――いつか、あの世でまた呑もう」


「おうとも、魔王殿」


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