第八話 『ザクロアの死霊王』 その13


 大地を揺らして、オレたちは走る!!全員だッ!!とにかく、もう後ろも横も関係ないッッ!!



 頭の中から、『前』という概念以外、放棄しちまえッッ!!飢えた獣だ!!腹空かせた犬だし、獲物を見つけた鷹でもいいぞッッ!!



 そういうものに、オレたちは化けるッッ!!



「ゼファーッ!!歌えええええええええええええええええええええええッッ!!」



『GAAHHHHOOOOOOOOOOOOOOOOOHHHHHHHッッ!!』



 進軍ラッパの代わりにオレの愛するゼファーの歌だッ!!竜の歌で空を震わせ、オレたちの脚で大地を揺らし、オレたちの『強さ』で、敵を砕くぞッッ!!



「死ねええええええええええええええええええッ!!」



 戦場を駆け抜けたオレは、最初の殺人者になるのだ。罪深き栄誉をありがとう。名も無き帝国人の若者よ。君が産まれてきてくれたことに、オレは感謝している。



 怯えたその肉に、竜太刀が食い込んでいくのさ。鎧の鉄を切り裂いて、アーレスの角が融けたこの刃は、いつものような残酷を表現する。



 筋肉と骨を断つ、肺の片方が裂かれて血で溺れるだろう。大丈夫だ、これだけ手酷い傷だから、出血は深刻。意識が無くなるまで数秒さ。いい声で、オレの耳を楽しませてろ。



「ぎゃあああああああああああああああああああああああああッッ!?」



 残ったもう一方の肺から空気を吹いて、若者は鳴いた。いい声だ。君は健康な男だった。ようそこ、ザクロアへ。そして、さようなら。さて、次だ。



「く、来るなああああああ!?こ、こないでくれえええええええええええ!!」



「いつになったら分かる?魔王とは、君らが祈るべき対象などではないのさ」



「死に、死にたくねえええええええええええええええッ!!」



 怯えた顔で剣を振るう。そうだ、その必死さがオレの感動を誘う。だが、名前を聞いてみたくなるほどではないな。彼の剣を叩いて飛ばし、返す刀で首を裂く。裂くのは、ちょっとだけでいい。



 なにせ、オレにも体力が残っていないからね?技巧に頼って手抜きをさせてもらうぞ。でも、安心しろ、命はとても繊細だ。なんとも儚い。頸動脈を掻き切られれば、赤い噴射を空に残して、永久の眠りに落ちていけるよ。



「く、くそううう!?なんで、死なないんだ!?」



「―――敵がまだいるからだろ?」



 オレの敵が地上から消えたら、その日の夜まで酒を呑んで、そのあとでオレも死んでやってもいい。でも、なかなかそうじゃないもんでね。だから、オレは今日も元気に、ストラウスだッッ!!



「死ね、帝国豚がああああああああああああああああああああッッ!!」



 竜のように牙を剥きながら、肉食獣の魂が炸裂するよ!!お肉大好きストラウスさん家の、昼ご飯になってくれ。ああ、人肉は食べない。騎士道に反するもんね。その感触と香りだけで十分だよ。



 命が壊れるその感触を、オレは指で感じるのさ。楽しいと思う。敵だと考えているヤツの体をぶっ壊して、そいつの命を奪うなんて名誉。ヒトに生まれて良かったと思う瞬間だよね。いや、獣かね?



 牙をもつオレたちヒトも、また獣の一種。



 戦場では本能が解放される。オレたちは生まれ持っての殺戮者という真の貌をさらけ出して、鍛え抜いた技工で殺意を表現するんだよ。



「ロロカ姉さま!!サポートするぞ!!」



「ええ!!リエル!!団長の敵を、殺しましょうッ!!」



「ああ!!続け!!ミアっ!!」



「ラジャーッ!!女子チームで、敵兵どもを皆殺しだああああッ!!」



 笑うリエルの矢が敵の頭を射抜き、ロロカの槍が敵を撃ち抜く。ミアのナイフとスリングショットの鉄つぶてが、敵の急所を破壊した。



 女たちの仲がいい集団は栄えると聞くが、それならばオレたち『パンジャール猟兵団』は安泰そうだ。



 女子たちのうつくしい殺戮技は、ずっと観察しておきたくなるね?男よりも、残酷な一面を女子たち見せている気がする。そこが、オレの心には痺れるんだ。シンパシーを覚えるよ。あと子供を孕ませたくなる。スマンね正直な男で!!



『がるるるるううううううううううッッ!!』



 ジャンは敵に噛みついては振り回して、敵の群れへと投げ込んだいた。シンプルながら、戦場においてはいい技だ。噛み殺した相手を『武器』にしてる。鎧フル装備の男が頭上から降ってきたら?……そんな重量の下敷きされたヤツも、ただじゃすまない。



「つ、疲れてきたが、オレだって槍ぐらいは使えるんだああ!!」



 ギンドウはすっかりバテ気味だが、敵から奪った槍を振り回し、そこそこ器用な槍術で殺人を続行だ。あいつ、スタミナは少ないが、反射神経はいい。



 ハーフ・エルフの特徴だな、体力は弱いが魔力と俊敏さは相当なもの。ガンダラが仕込んでやった槍術は、一流の武器としてヤツを助けている。ロロカほどの圧倒的な強さはないが、そのうち回復してきた魔力で、また雷を呼び始めるだろう。



 オレたちの突撃は止まりはしない。さすがはオレの『パンジャール猟兵団』ってところだ。個別に暴れながらも、視線がときたま合うのが嬉しいね?



 絆を感じるのさ。この殺意が嵐のように暴れ、剣戟の土砂降りが注ぐ空間でもな。まったく孤独を感じない。むしろ、自分たちの縄張りにいるような安心感さえあるのだ。オレたちは、そういう肉食獣さ。牙を剥いて、みんな笑ってら?



 悲鳴と笑いが混ざっていく。さて、断末魔の叫びは、さまざまだ。母を呼ぶ者、恋人を呼ぶ者、殺したオレを恨む者。さまざまな歌が、破壊された肉体からあふれてくる。



 ……知ったことか。



 オレの喜びに、水を差すんじゃない。叫ぶほどの余力が肺に残っているのなら、オレに向かって敵意を示せ!!貴様らは、生き残る気があるのか!?叫ぶような雑魚は、オレの前に立つ資格さえないのだぞ!!



 怒りが殺意を加速させる。ストラウスの剣は嵐に化けて、帝国兵の肉を叩いて、潰す。骨をへし折り、大地に転かすのさ。あとは、後ろの誰かの鉄靴で、踏まれてその内に死ねるだろう。ほっとけ、オレが手を下す価値はない弱虫どもだ。



 今は慈悲よりも……『数』をつぶすことを優先だからなッ!!



「押して、崩すぞッ!!」



 踏み込みながらの強打で、また一人の剣士を吹き飛ばしたそのとき―――その剣士の体が竜の脚によって踏みつぶされていた。ふむ、いいぞ、ゼファー!!



『―――やきはらってやる、やきぶたにして、たべてやるぞッ!!』



 ゼファーの言葉は『脅し』ではない。ただの宣言。うちの可愛い竜は、そのチャーミングな劫火をその大きな口から吹いて、兵士たちを焼き殺していく。ファリスの焼き豚の完成だよ。



「ひえええええ!?」


『にがさないよッ!!』


 炎を避けて逃げようとした男の背に噛みついて、首で持ち上げながら上空で噛みつぶす。血の雨を浴びながら、ゼファーはヤツの背脂を剥ぐように、背中を食い千切り、他は捨てた。


 そこが一番、口当たりが良いのだろうかね?喜んでいる。だから、オレもその喜びを心が共有しちまって、笑顔になるのさ。


「サイコーだぜ、ゼファーッッ!!」


「笑うな、こ、この、魔族野郎ッッ!!」


 おいおい、魔族野郎だって?……斬新な悪口だ。オレ、そんなこと言われたの初めてのことだよ。べつにショックは受けないが、なんだか心が新たなワクワクを見つけた気持ち。


 魔族野郎か……うむ、いいフレーズだな!!


「死ねや、ソルジェ・ストラウスッッ!!」


 その勇敢な大男が大剣を振り落としてくる。オレは竜太刀でそれを受け止める。火花が散るね、コイツの太刀は、なかなかの業物だ。そして、この男の技量も素晴らしい。鍛錬と才を感じる―――。


 殺し甲斐のある男だ。


「か、片手で、受け止めるだとおおおおおおおッッ!?」


「名乗れ。少し、お前を知りたくなった」


「き、貴様のようなバケモノに、お、教える名など、な――――」


「―――そうか。ならばいい。オレも、そこまでは君に興味はない」


 もったいつけるのなら、別にいいさ。君のことを知る必要はないから。君の顔に左手を当てながら、オレは「炎よ」と小さくつぶやいた。


 大して魔力を使えないからね、こうして直接鼻と口から肺に炎を注いでやらないと、殺せないんだ。


 炎に溺れる。斬新な悪口を発明した君に、心からのプレゼントだよ。


 おそらく呼吸器を焼かれた経験は無いだろ?君の内部だけが燃えていくぞ。ああ、どうやらゼファーも君に興味を持っている。オレの料理が、肉にどんな影響を与えたのか、知りたいらしい。


 君の怯えた目が、うちの子を見上げる。すまないね、オレはもう君のそばから離れるぞ。多忙でね、次を殺しに行かないといけないんだ。ああ、そんな目をするな、オレは君に何もしてやらない。君の仲間たちを殺すのに、忙しいと言っただろ?


 ガギガグゴギガギ。ああ、背後で、ゼファーが君を喰らう音が聞こえてくるよ。スマンな、脱皮したての竜は、とても空腹なのさ―――そうだ、オレもまだまだ殺したりはしないぞ。


 隊伍を組んで走ってくる三人組に対して、飛び込みながらの『太刀風』を放つ。自在に遊ぶ殺戮の風は、彼らを深く傷つけ、死の眠りへと誘っていくのさ。やはり、鎧がない分、動きを加速しやすいね。


 とはいえ、疲れてくる。それでもオレは止まらないぞ!!この戦場を、駆け抜けると決めているからな……新たな獲物をにらむ。だが、オレの前に彼が躍り出ていた。


『ハハハハハハッ!!いい腕だな、ソルジェ・ストラウスッ!!』


「ヴァシリのじいさま?……オレの獲物を横取りか?」


『そうさ。見ててくれ、我らの鍛錬をッ!!』


 ヴァシリのじいさまが騎士の胴に一撃入れながら笑った。騎士は瀕死にされながらも剣を振り落としてくる。だが、死霊の騎士の体を剣は傷つけることなく、すり抜けていた。


「じいさん。攻撃されても効かないのか?」


『そのようだ。ワシの体へ放たれた刃は素通りし、こちらの刃は敵を刻める。なんとも一方的なものさ』


 なるほど。前回の腐りかけのゾンビとは異なるからな。そういえば、頭のおかしいオレ以外のヒトともお話し出来ているみたいだし?霊体、反則的な強さだ。無敵じゃねえかよ。でも、都合が良いだけではないのだろうな……。


「―――アンタ、『気配』がさっきよりも薄いな」


『ああ。無敵の魔術も、永遠ではないのだろう。アリアンロッドの権能も、そろそろ時が尽きるようだ……その前に、大勢を道連れにしなければな!!自由騎士たちよッ!!』


 偉大なるヴァシリ・ノーヴァの言葉に、死してなお揺らがぬ信頼が応える。死霊の騎士たちが、敵を切り裂きながら走って、ヴァシリのじいさまの周りに集まってきた。


『さて。ソルジェ・ストラウス……』


「……時間なのかい?」


『ああ。残された時間を威力に変えて、ヤツらの数を削ってしまおう。さらばだ、我らの最後の嵐……存分に活かせよ?』


「……ああ。有効活用させてもらうさ」


『ならばよしッ!!……さらばだ、ザクロアの民よッ!!我らの勇姿を、心に刻んでくれよ!!忘れられるのは、さみしいからなああッッ!!』


 ああ。覚えておくよ、ヴァシリ・ノーヴァ。


 そして、勇敢なる千人の騎士たちよ。


 オレは、君らのことを忘れない―――いつか戦場で死んで、君らの星の隣で輝く日が来たら、もう一度、宴会しようぜ?オレたちは最高に気が合うんだ。もう一度、酒を酌み交わすべきだろ。


『―――剣よ、風に化けろッッ!!』


 ……なるほど、風の魔剣か。自由騎士である、アンタたちらしいぜ!!


 自由騎士の恋人たちが、親友たちが、孤高の美女が、義兄弟たちが、愉快な男が―――あの日、砦で共に酒をあおった友たちが、風へと化けた。


 それは疾風。


 それは斬撃。


 疾風と化した騎士たちが、敵兵の群れを切り裂きながら戦場を駆け抜けていった。敵兵はこの神秘の突撃に耐える術を持ちはしない。どいつもこいつも、風の斬撃の前に、その肉を切り裂かれて、あるいは突風の前に吹き飛ばされていくのみだった……。


 血霧は空を赤く染めて、大地には数百……いや、それ以上の数の敵が横たわる。帝国軍第五師団の陣形は、このとき完全に崩壊したのさ。そして、オレが知るザクロアの勇者たちの気配が、赤く染まった雪原の果てに消失する。


 理屈なく悟れることもあるが、この『別れ』もそうだ。生きて彼らに会うことは、今度こそ二度と無い。剣戟の音が凪ぐ―――彼らの望んだ平和が訪れたかのように。無音が、歌となることもあるのだ。


 さらばだ、友よ。


 次に会うときは、冥府でだな……。


「―――後は、生きてるオレの仕事だなッ!!」


 そうさ。全うするために、オレは走った。脚に力を込めてね!!


 ラスト・スパートだッ!!敵がオレの単独突撃に反応する。負傷した体を引きずりながら、倒された大地から剣を杖がわりにして立ち上がり、オレへと殺到してくる!!


 いいぜ!!お前らも、オレの『敵』という立場を全うし!!生きた意味を成すがいい!!オレだって必死だ、吼えながら剣を振りまくり、あちらこちらからの反撃を喰らうのも無視する。そりゃ痛いが、気にしねえ!!


 頬が切れ、頭に薄く斬撃を浴びる。頭の血管は薄いところにあるから、かんたんに血が吹くのさ。だが、どうだっていいッ!!そんなことは、どうでもいいんだよッッ!!


 走る!斬る!!殴って!!倒して!!とにかく前に、前へと、進むッッ!!


 今のオレには、しなくてはならないことがあるッッ!!


 友たちが作った、この『風穴』―――第五師団の中央に生まれた空白地帯!!ここを駆け抜けるのは、オレの使命だッッ!!


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!」


「と、止めろ―――がひッ!?」


 目の前に来た槍持つ兵を一刀で裂き、そして踏み込む!!『ヤツ』を守ろうと、屈強な戦士たちの壁が集まる!!ならば、友よ!!オレの魔剣も、君らに捧げる!!


 アーレスの逆巻く焔が竜太刀に宿るのさ!!敵が怯える!?それでも逃げないか、いいぜ、さすがだ!!お前は、部下にそこまで忠誠を捧げられていることを知っていたかい、ザック・クレインシー!!


「しょ、将軍を、ま、守れええええええッ!!」


 兵士たちがとにかくオレの行く手に集まり、肉の壁となるのだ。老いた声が、止めろ!と叫んだ。オレにか?それとも、コイツらに?……だが、オレは止められない。たぶん、そいつらもな。魔力を更に消費して、煉獄の劫火は殺意のままに膨れあがる!!


「―――その忠義に感動するぜ!!だが、オレにも成さねばならんことがあるッ!!」


「う、うわああああああああああああああああああああああああああッッ!?」


「焔が、焔があああああああああああああああああああああああああッッ!?」


 兵士たちが絶叫する。逆巻く劫火を宿す竜太刀などを目撃したのなら、ヒトの本能が死を連想し、逃避を促すだろう。


 それでも、彼らは逃げない。


 いい勇気だ。君らのことを覚えておくぞ!!今宵の酒を口に含むとき、必ずや、君らの勇気に杯をかかげよう。


 だから、せめて楽に死ね?


 我が友たちと、あの世では仲良くなれるだろう。陽気なヤツらさ、異国の地で果てようとも、君らの魂はさびしくはないさ。


 これが、慈悲だと信じているぞ。全ての魔力を解放し、この一刀に込めるのさ!!


「……魔剣ッ!!『バースト・ザッパー』ぁああああああああああああああああッッ!!」


 劫火をまとった斬撃が、歌と共に大地へと叩き込まれる!!


 刹那の間を置いて、大地が爆裂するのさ!!


 灼熱をまとった爆風が、兵士どもを切り裂きながら焼き払うッ!!……大地にまた大穴が生まれ、その先には焼けて破壊された帝国兵どもの、十数人ぶんの亡骸が肉片となって転がっていた。


 焦げたヒトの血は、今日も黒いにおいを感じさせやがる。


 体力も魔力も使い切る寸前だが、それでも、オレは歩くのさ。言っただろ?友が開いたこの道を、駆け抜けるのが―――オレの仕事だ。


 そして、兵士たちの死体にまぎれて、わずかに動く、その男の姿をオレは見つける。口元を歪める。どこから出ているのかも分からないが、なぜか舌に血の味を感じた。まあ、いいさ。どうでもいいよオレの口のどこが裂けていたって。そうだよ、オレはようやく、たどり着いたんだからな……。


「……ここまで来たぞ、ザック・クレインシー……オレたちの『力』は、どうだったかい?」


 この狂った世界をぶっ壊すほどの、威力はあったかね?……賢い将軍サンよ。

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