第八話 『ザクロアの死霊王』 その12


 ―――クレインシーは驚愕する、『恐怖』の力をね。


 戦場全体が呑み込まれてしまったのだ、『魔王』と黒竜の歌と力に。


 遠征の疲弊もあっただろう、死霊騎士たちとの戦闘の傷も癒えてはいない。


 だが、それでもこの結末は、ソルジェ・ストラウスが招いたものだ。




 ―――そうだ、多くの者が恐れ、震えている、そのせいで力が出ていない。


 50人の精鋭が、『魔王』とその眷属たちの前に、十数秒で殺されたから?


 それは恐ろしい現実だ、強すぎるな猟兵どもは。


 しかし、兵士たちのほぼ全てが、見つめているのはやはり『魔王』なのだ。




 ―――太刀を担いで、不敵に笑う、あの瀕死の男ただ一人。


 多くの戦を戦い抜いた、こちらの経験豊かな戦士たちが震えている……。


 死霊よりも、竜よりも、猟兵どもよりも……。


 ソルジェ・ストラウスが怖くて怖くて、しかたがないときたか。




 ―――情けないとは思えなかった、あの驚異的な『力』を見れば、誰しもが畏れる。


 クレインシーは自分が冷静な理由を、すでに理解してしまっている。


 見たかった光景を、見ているからに違いがない。


 そうだ、彼も戦に生きた男、信じるに値する『力』を望んでいる。




 ―――『数』をも淘汰する、圧倒的な『力』……。


 たった一人で、一万五千の敵の心を喰らってしまうだと?


 帝国軍のなかで、クレインシーだけが笑うのだ、認めてしまったから。


 ……『魔王』よ、君は、おそらく……世界を変えうる男だろう。




 ―――昨夜の言葉を思い出してしまう、『魔王』となって世界を変えるんだよ?


 ああ、認めてやろう。


 君ならば……君のそばに集った『力』を束ねられるのならば。


 不可能さえ、越えてしまうのだろう―――。




 ―――『力』によって、世界を歪める。


 秩序とは真逆の正義だね……だが、その『力』で築いた世界が、理想に近いのなら。


 そうだのう、私も『時間』さえあれば……。


 君と共に、その血なまぐさい道を歩いてみたかったよ。




 ―――なぜ、もっと早く生まれてこなかったのだ、ソルジェ・ストラウス?


 なぜ、もっと遅く生まれなかったのだろうな、ザック・クレインシー?


 ああ、『時間』が欲しいと思うよ。


 『数』に屈して、敵にさえ仕えたこの私の人生に、空虚がやってくる。




 ―――それでも、私は軍人なのだよ、雇われ騎士の延長だとしてもね。


 私はこの怯える部下たちの命を預かっているのさ、誇らしいことにね。


 だからこそ、君と戦おうじゃないか?


 すべきことをする、そうさ、私にも迷いなど無いのだよ。




 ―――クレインシーは大剣を掲げて、最後の命令を放つ!!


 これが、残されたなかでの、最高の道だった。


 兵士たちよ!!私と共に、戦場を駆けよ!!


 突撃し、この戦に『我らの勝利』をもたらすぞ!!




 ―――そうだ、もうこれしかないのだ。


 突撃し合い、力を競う。


 そして……ソルジェ・ストラウスよ、分かっているだろう?


 このときのために、君は、昨夜、私の命を見逃したのだからね。




 ―――そして、角笛が鳴るのさ、将軍の思いを群れに伝えるためにね。


 それを聞き、戦場の奥で……シャーリー・カイエンは戦慄する。


 まさか、将軍閣下!?……そんなことを、するつもりか!?


 彼女もクレインシーの部下だ、その音楽の意味は分かった。




 ―――急がねばならない、そんなことをされては困る!!


 あなたの命がここで尽きたなら、いつ、恩返しをすればいい!?


 シャーリーは愛馬アズラエルの腹を蹴り、敵の群れに向かって突撃を促す。


 ……私が、殺すぞ、ソルジェ・ストラウス!!お前さえ、いなければ!!




 帝国軍の群れから、角笛の音が鳴り響く。ザック・クレインシーが心を決めたらしい。そうだな、もうアンタは、オレたちに背を向けることは出来ないだろう。アンタのご自慢の組織哲学は崩壊しちまっている。もう、その群れは役立たずだ。


 数ならば多いが、それだけだよ。精強かつ勢いを帯びたオレたちの前には、ただの肉でしかない。喰らいたい放題だ。背後を見せるわけにはいかないよな。


 ……いいさ、じいさんよ。


 それがアンタの『死に様』ならば、オレがこの手で引導を渡してやるさ。痛めつけたりはしない。オレの慈悲とアンタへ捧げる尊敬の重みを、その老いた首で受け止めてくれると嬉しいぜ。


 敵の群れの奥にいる、ひとりだけ笑顔の男を見つめる。スッキリとした顔してやがるね、すべきことをする覚悟をしたら、そうだ、一流の男ってのは迷いなんて心のなかから消えちまうものさ。


 つられるように笑うオレに、すぐ隣にいるジュリアン・ライチが声をかけてきた。


「……サー・ストラウス」


「……ん。どうした総大将」


「……君に号令を発して欲しいのだ」


「ビビってるのか?」


「いいや、そういうワケじゃない……いや、確かに、恐怖もあるが」


「大商人にしては素直な言葉を吐くな」


「からかうな。君の方が、おそらく相応しい」


「何を言っている?……この同盟の中心はアンタだぞ」


「政治力学は十分に理解しているさ。だが、私の声よりも、君の歌の方が、我らに勢いを与えるだろう。それに、そちらの方が、人死にが少ない」


 さすがは商人さまだ。この盛り上がる状況でも、冷静に損得勘定が働いている。ああ、最高にクールな大人がここにもいたね。ジュリアン・ライチ。アンタは熱情に振り回されない判断力がある。ガンダラに似ているよ。


 そして、オレはいつだって、ガンダラを信じている。彼の言葉がオレに災いをもたらしたことが無いとは言えないが、それでも多くの場合は有益だった。なによりも、どんな結末になったとしても、オレ自身が彼の助言を聞いたことを後悔したことはない。


『―――そうだ、お前が叫べ、ソルジェ・ストラウス』


「ヴァシリのじいさまでも、悪くないと思うぜ?」


『ワシは死人だ。死人の声に生者が従うなど、悪い夢のようだ』


 まあ、そういう言い方されると確かにそうだ。『憑依の水晶』のおかげか、生前通りの見た目だし、その動きも生者同様だが―――そうだな、忘れちまいそうになるが、アンタはこの世の存在ではなかったな。


「……オレがクラリス陛下の親書を渡した、ザクロアの二大首脳サマたちが認めて下さるなら、その大役を引き受けようじゃないかね」


「……お願いするよ、サー・ストラウス。この軍は、もうザクロアのためだけの軍ではないのだから」


『そうだな。この軍は、貴殿の魂によりつながれて『力』を帯びた』


「変なコトを言うなよ。これはオレじゃなく、みんなの『力』だぜ?」


「ハハハハハハッ!!」


『ガハハハハハッ!!』


 ザクロア首脳陣が爆笑している。どういうことだい?ベテラン政治家さんたちよ?アンタラの笑いのツボを、自分でも心得ちゃいなくてね?何がウケたんだね?


「そうだとも、みんなの力だからこそ、私たちなどでなく、君であるべきだ」


『ああ。そうだ、貴様はこの北方で、いい旅をしたのさ、ソルジェ・ストラウス』


「死霊だらけのキツい旅だったが―――って、スマンな、ヴァシリのじいさま、気を悪くするな?アンタはとてもいい死霊だぞ?」


『そう言ってもらえると、化けて出た甲斐があるというものだ』


「本当に面白い人物だな、サー・ストラウスは」


「からかってるのか?」


「まさか?……『魔王』をからかう度胸は私にはないさ。私の命を狙っていたことに関しては、忘れたくはないが―――それを差し引いても、君のことが嫌いになれん」


 執念深いな。いつか、あのときの殺意の対価を支払う羽目になりそうだ。でも、アレはオレの殺意じゃなくて、実質、クラリス陛下のだからな。


「すまんね、生き残ろうと必死なだけさ。無礼は忘れろ」


「ああ。君は傍若無人な方がいい。礼儀正しくあろうとしていた君は、滑稽だ」


『だろうなあ!目に浮かぶようだぞ!!』


「ザクロアの長どもは、どんな評価しているんだ、このオレさまを……」


 なんかマジで礼儀作法の教室にでも通おうかな?役人志望の若者とか、向上意欲の高い中堅社会人なんかに混じって?……いいや、それ、ダセえ。低い評価でもいい―――。


「もちろん、最高の評価さ」


『ああ。ワシもそうだぞ?……なにせ、今から貴様はザクロアを救うのだ』


「―――そうだけど、ちょっとバカにされたことは忘れないからな」


「うむ。組織の長たるもの、屈辱を忘れるなだよ。私は今、君に無礼を働いたことで貸しを作ってしまった。『商機』を与えたんだ。いつかビジネスにその力学を用いたまえ」


「高度な計算は、ストラウス向きじゃないんだがなぁ……」


『さあて、血に飢えた貴様の軍隊どもが待ち焦がれているぞ?……何より、貴様自身が血を欲しているのだろう?』


 そうだね。この場の誰よりも敵兵をぶっ殺したくてたまらない。


 故郷を滅ぼされたからだけじゃない―――オレの心は、怒りだけじゃない。憎しみも、悲しみも、絶望も……混じっている。あと、変なハナシだけど『希望』もね?


 オレはこの殺戮が、素敵な『未来』に至る道だと信じているのさ。復讐の欲求を満たしたときに生まれる、邪悪な満足だけじゃない。この勝利の果てに、オレたちが作るべき世界の影が見えているのさ。


 さて。そろそろ、行くか?


 ガラじゃないけど、仕事だもん、叫ぶぜ!!


「……聞けッッ!!自由同盟よッッ!!我らが勝利を得るときが来たッッ!!敵陣を破壊し、敵将を捕らえるぞッッ!!戦意の翳ったヤツらの心の枢軸を、奪い取りに行くッッ!!これは、オレたちの欲しい世界のための戦いだッッ!!誰もが支配を受けることもなくッッ!!誰もが支配することもないッッ!!そういう世界に至るための、険しい道の一つだッッ!!」


 そうだ。オレたちの行く道は、果てしなく長く、険しいだろう。それでも、オレたちならやれるだろう?なにせ、とっても『強い』から!!


「……我らの『強さ』を忘れるなッッ!!我らが『強い』のは、全てが揃っているからだッッ!!苦しみの涙も、恐怖の震えも、歯を食いしばり耐えた痛みも、それらを乗り越えられたのは、オレたちが無欠の存在だからだッッ!!」


 分かるか?これからオレたちが起こす、奇跡の勝利は、誰かが欠けるだけであり得なかったことだよ。


「……となりにいる戦士の顔を見ろッ!!ザクロアの民はもちろん、はるか北方から来たディアロスもいれば、南からやって来たルードの義勇兵もいるッッ!!人間もいる、エルフもいる、妖精も巨人も―――果ては、あの世から、ヴァシリ・ノーヴァの軍勢さえも戻ってくれたッッ!!これほどの無欠の軍隊は、世界のどこにもないのだッッ!!」


 そうだ、あと氷の狼くんたちと……お前を忘れたくないぜ、『ミストラル』。あと、ドロシーちゃんも……それに、ゼファーへ『あり得ない力』を渡してくれた、どこかの優しくて怖い女神さまもね。


「―――邪悪と呼ぶのなら、そう呼ばれようッッ!!穢れた力!?上等だッッ!!オレたちは、誰よりも自由な風をまとっている軍勢ッッ!!あらゆる『色』が混じって生まれた、完全無欠の『黒い風』ッッ!!我の名は、魔王ソルジェ・ストラウスッッ!!我と共に自由のために戦ってくれる戦士たちよッッ!!敵を駆逐し、オレたちは、『未来』を築き上げるぞッッ!!」


 ……言いたいことは言った。どんな評価になるか?知らんよ。


 ザクロアの首脳陣は、なんか微笑している。どういうことかね?まあ、バカに演説任せたお前たちが悪い。さあて、あとはバカで野蛮なコトをするだけだぜッ!!


「自由同盟よおおおッッ!!総員、突撃だあああああああああああああああッッ!!」


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!」


「帝国をぶっ壊せえええええええええええええええええッッ!!」


「オレたちの故郷を、守るんだああああああああああああああああああッッ!!」


 さまざまな言葉が歌となって、戦場の空に融けていく。そうさ、オレたちは好き勝手な言葉を叫べばいい。


 ひとつだけの言葉に縛られなくていいのさ、そうでないからこそ、オレたちは、誰よりも、どの軍勢よりも『強さ』を帯びるというものだッッ!!


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