第八話 『ザクロアの死霊王』 その11


 ―――帝国の兵士たちは、恐ろしいモノを見ていた。


 竜の呼び声によって、冥府よりその『魔王』が蘇る姿だよ。


 その瞳は竜と同じ、金色の輝きをはなっている。


 『魔王』は壊れて血まみれの鎧を、邪魔くさそうに指で剥がしていった。




 ―――『魔王』だって、死の寸前ギリギリから蘇っただけに過ぎない。


 重たい鎧を着こなす体力がなかっただけなのさ、守りを捨てて、攻めを取る。


 ただそれだけ、いつものストラウス的な発想。


 だが、戦場の最前列で鎧を脱ぎ捨てるだって!?兵士たちは畏怖に呑まれる。




 ―――ロロカは気づいていた、期せずして『恐怖』が完成したのだと。


 死霊の騎士団に、氷の狼たち……それだけでは、足りなかった。


 でも、ゼファーの壮絶なまでに大きな歌が空をも震わせたこと。


 そして、『私の旦那さま』が死の淵から這い上がり、笑いながら戦場を歩いたこと。




 ―――竜騎士と竜、同盟軍最強の戦士たちの健在が、いいえ……存在自体が。


 帝国軍第五師団の兵士たちの、心を噛み砕いてしまっている。


 もう、数的有利が作ってくれる『勇気』なんて、その場にはない。


 圧倒的なまでの『力』が……人の本能を支配している。




 ―――怖い、怖い、怖い!!


 『水晶の角』が、帝国兵たちの恐怖を感じ取る。


 震える体が、鎧の鉄を鳴らしている、武器持つ指が、こわばっていく。


 『怖い』のに、いえ、『怖いからこそ』、『私の旦那さま』を凝視せざるを得ない。




 ―――『恐怖』に包まれてしまった群れは、その機能を破綻させる。


 もはや、クレインシーの哲学さえも、機能はしない。


 だって、本能は、哲学や理性よりも、絶対なのだから。


 一万五千の兵士たちが……『私の旦那さま』の前に、震えているのね……。




 ―――猟兵ロロカは、ときめくのだ、『魔王の后』の素質は十分。


 ソルジェの子供が欲しいと思い、あの傷だらけの背中に恋い焦がれるのさ。


 獣のような愛を持つのが、彼女の本質……彼女の愛は、炎のように赤いんだ。


 だから、ロロカは恋する瞳で、牙を剥く、ソルジェに相応しい女になるために。





「―――鎧脱いだら、もちっと動けるような気がしてきたわ」


 ああ、殺意と雪で冷えた空気が心地よい。よどんでいた頭の回転まで回復して来そうだわ。しばらく、フラフラしていたが、アレが毒の影響かね?ここまで良くなったのは、ゼファーの力に治癒された?


 それとも、毒気を帯びた血が、出血で抜けちまったのかも……。


 どちらでもいいことだ。考えたところで、分かるはずもないからな。でも?スッキリした意識のおかげで、やるべきことは分かる。オレは最前線だ。この広い世界で、最も楽しい場所にいる。


 肩には竜太刀、疲れ果てた体も、鎧を脱いだおかげでまだ動けそう。空気を吸う。血と武具の鉄から香ってくる、鉄さび風味の空気がオレの肺を満たして、冷やす。ああ、戦場の風は、なぜ、こうも美味なのか。


 四肢末端にまで戦場の風は血と心拍によって運ばれていき、オレの中のストラウスを研ぎ澄ましてくれる。指一本でも動くなら、殺すことをあきらめるな。親父の教えが頭に響く。そうだ、オレはストラウス。最後の竜騎士。


 だから?


 この世界でいちばん素敵な場所にやって来たならば、竜太刀と一緒に踊るだけ。


 さあて、延長戦と行こうじゃないか、ザック・クレインシー?……アンタだけは、不思議なことに喜んでいるな。


 体調の悪そうなその馬面にある黒い瞳は、今になって輝いているぞ?他の帝国兵士諸君と違ってね。そうさ……アンタ、オレを待っていてくれたんだろ?うれしいよ、アンタの新しい一面を知れた気持ちだな。


「……待たせたな」


 オレはクレインシーにそう語りかける。将軍は、笑う。まるで、球蹴りして遊んでる親友を、広場で見つけた十歳児みたいな表情になりやがんのさ。


「……うむ。そうだ、どこかで確かに、私は―――うん、君を待っていた」


「だろうな?そんな顔してるよ」


「……明らかに、瀕死。しかし、君からは先ほどよりもさらに迷いが消えている」


「すべきことをする。それだけだからな」


 難しいコトじゃない。ストラウスに出来ることなんて、決まってる。しかも、ここは戦場の特等席だ。義務?……それもあるけど、オレの本質が血を求めているよ。


「―――待っててくれたんだ、つきあってくれよ?」


「……ああ。逃げるにしても、今の君を野放しにしていては―――」


「―――全部、狩るぞ。死にかけちゃいるが、殺意は全開さ」


「……そうだろうな!!ゆえに、叩かせてもらうぞ!!……全軍ッ!!突撃せよッ!!ソルジェ・ストラウスを……『魔王』を、今度こそ仕留めろッ!!」


「お、おおおおおおおおおおおおおおおッッ!!」


「ふぁ、ファリス帝国、万歳ぃいいいいいいいいいいいいいいッッ!!」


 帝国の兵士どもが勇気を奮う?それとも、恐怖を理性で押さえつけるためにか?


 どちらにせよ、人は勇気以外のモチベーションでも殺意し戦闘できるものさ。何でもいい、大歓迎だよ、殺し合いはなッ!!


「死ねやああああああああッ!!『魔王』ぅうううううううううううッ!!」


「―――はああああッ!!」


 身軽さを得たオレは、獣のごとく俊敏だ。雪を踏み、オレは空へと舞う。騎士の大振りを跳び越えて、スパイク付きの鉄靴の底が、ヤツの顔面を爆撃するのさッ!!


「ぎゃひゅッッ!!」


 上あごの前歯が全滅し、鼻骨と目玉をおさめてる頭蓋骨が―――眼窩ってところが、収納物である目玉ごと破裂するのが分かるよ。


 オレの蹴りは強烈。鉄のトゲ付きだぞ?無防備に突っ込んでくるから、こんなカウンターを喰らうんだよ、ボケが!!


 ゴギリッ!!


 慈悲さ。アリアンロッド先輩みたいな発想。突撃していたヤツの体重をコントロールしただけ、足首の運動一発、ヤツの首の骨に重量が伝わって、頸椎が折れてそのままあの世行きだよ。


 悪くなかろう。失明したまま戦場に放置されるよりは、博愛主義的だ。


「と、飛ぶのかッ!?」


「まさか、羽根でも生えているのか!?」


 兵士どもの突撃が緩む。オレの動きに怯えているのか。まあ、当然かもしれない。これは我が妹ミアと……ついでにガルフ・コルテスと一緒に作った『暗殺蹴り』の一パターン。


 そもそも。誰が、ミアを仕込んだと思っている?オレとガルフだぞ。ミアの技は、オレたちにも使えるさ。そりゃ、体重と武装のせいで、大味にはなるがね。逆に、威力だけならミアよりも、ずっと上だぞ。


 怖がるのも悪くない、観察しようとするのも有能な戦士の証明だよ。


 だけどな、スピードを解禁したストラウスに、自由を与えるのかい?


「―――羽根は生えちゃいないが……風にはなれるぞ?オレに先制させてくれるのか」


「……ッ!!か、かかれ!!手数で、強さを封じるぞッ!!」


「おお!!くたばりやがれ、バケモンがあああッ!!」


 バケモン!?いい言葉だ、グッと来るよ!!君の槍に、褒美をくれてやるぞ!!オレの頭を目掛けて振り下ろされて来た槍へ、『太刀風』を放つのさ!!


 横薙ぎに走った刃が、槍の柄を叩き折る!!衝撃のせいで、槍兵のバランスが崩れていく。力一杯握り過ぎているからな、威力で負けちまうと、武器ごと体は揺れる。


 そういう隙を見逃すように、オレは出来ちゃいないよ……君に、慈悲を。オレの本気の風を、ささげよう―――そして、君にもね、剣士くん!!『太刀風』が継続する。続けざまにオレへ向かってきていた剣士にも、竜太刀の刃で斬りかかったのさ。


 一瞬の攻防が終わる。オレは2人の帝国兵どものあいだを、剣舞と一緒にすり抜けていた。だから?終わったんだ、次の獲物に向けて歩くだけさ。誰でもいいし、何でもいい。敵なら殺すだけだもん。


 そうだ、次は、重装歩兵の君だ、いい体格をしている。目が合ったから丁度いいだろ?そんなに体重があれば、逃げれないな?


 十秒後も生きていたければ、オレに挑んで、オレを殺すしかないぞ。なあ、楽しませろよ?茶色いヒゲの男よ?


 ……だが、彼は怠惰な男のようだ。生きることに必死じゃない。かかって来ないぞ?そんな男は、オレの前に現れない方がいい。


 心に秘めた感情のひとつだって、表現できぬまま犬死にするだけになるぞ。それは、つまらん最期だ。さて、殺そう―――そう考えた矢先、重装歩兵は震えた声を放つのさ。


「な、なにが、起きた!?な、なんで、あのふたり、と、とまってるんだ!?」


「君も、よく知っていることが起きただけさ」


「し、しらない!!お、オレは、あ、あんなの、しらないぞおおおっ!!―――う、うわあああああああああっ!!あ、頭がぁああ、ジョン!!ロッキードぉおお!!」


 背後で兵士どもの頭が落ちる音が聞こえた。ああ、ジョンとロッキードの頭部だよ。オレが、君の目が終えないスピードで切り裂いていた首の傷が開いたんだよ。


 鎧が無いぶんだけね、『太刀風』はより速くなっているのさ。だから、敵どものあいだを抜けながら、二人分の首を刎ねるぐらいは難しくはない。鎧を着て、コレを出来るようにならなくちゃ、オレは満足できないけど。


 スマンね、未完成な技などで殺してしまって?


 でも、許してくれよ。即死させてやるんだからさ……オレの殺意に気づいた重装歩兵は、戦斧を振り上げて、襲いかかってくる。でも、その動きは遅い。重たく遅いその斧が振り落とされるよりも早くに、竜太刀で鎧ごと心臓を貫く。


 鎧を通した刃が、心臓を壊すのさ。一瞬だけ、ビックリしたような顔をした。でも、重装歩兵に選ばれた男に悲鳴は似合わん。


 オレの左手が彼の口元を抑えてやる。悲鳴を上げながら死ぬなんて男に、君だってなりたかったわけじゃないだろうからな。


「……さあ、もういい。休めよ、ザクロアの大地は、冷たいがやさしいぞ」


 声の代わりに涙が漏れた。うん、安心してくれ。君の名誉のためだ。この涙のことをオレは忘れよう。


 勇敢さを帯びて眠れ。オレは、死にかけた彼の体を左手で押しながら、竜太刀を抜く。大地に彼がぶつかる頃には、もう、死んでいた。


「怖くないだろ?……オレ、ドロシーちゃんが言うには、やさしいんだってさ」


 でも、容赦なく殺す。


 それが『魔王』の仕事だもんね。


 オレは歩くよ、君らの群れにね。竜太刀で疲れた肩を叩きながら。なあ、楽しんでるかい?人生は、儚い。オレの夢よりも儚いのさ。


 だから?……せいぜい、必死になって生きようとしてくれよ、帝国軍兵士の諸君。君らのことを殺せた、その事実を酒場で自慢げに歌わせてくれないか?


 そうするためには、感動がいるぞ。必死に生きて、力をひねり出せ。そうすれば?……オレさまの感心を、貴様らのクソ安い命でも買えるんだ。


「―――さあ、かかって来い!!一方的に殺すのでは、面白くもないんだッ!!」


 勇敢ではない。


 だが、それでもいい。


 生きようとしてくれ、帝国人どもよ。


 命の輝きをオレに見せろ。そして、それを奪う感動を与えてくれないかね?……このキツかった戦を誇らせてくれよ。君らの死で、彩らせてくれ、勝利の快楽をなッ!!


「うあああああああああああああああああッ!!」


「こ、ころせえええええ!!こ、ころさなきゃ、こ、ころされるうううううッ!!」


「み、みんなでだあああああ!!みんなで、みんなで、たたかうぞおおおおッ!!」


「ハハハハハハッ!!」


 涙と恐怖と絶望か!!それでもいいぞ、戦う覚悟は、それでも出来るからな!!


 今度は五十人か?さすがに、多いぜ!!だけどなあ。オレも友達は多いから安心しろってさ……君らの百倍は勇敢で、とってもやさしいドロシーちゃんが教えてくれた。


 だから?


 迷わず、進むだけ!!笑顔と共に!!アーレスと共に!!オレの血に流れ、脈々と受け継がれてきたストラウスの歌と共に!!


 表現するのさ!!剣舞となって、斬撃の嵐となって!!オレの、生き様ってやつをなあッッ!!


 怯えた顔や涙を見る。それでも容赦はしてやらない。オレは、やさしい。即死させることが、オレの敵へしてやれる唯一の慈悲だからね。


 斬る!!斬って!!斬った!!―――さらに踏み込む、突き刺して裂き!!また剣を振り上げて、力のままに振り下ろす!!


 血と脂が空に舞い、オレはそんな場所で、魔術を使う。炎を呼んで、爆撃さ!!ひとりの男が悲鳴を上げながら即死する。喉から上が爆風で消えた。もう怖がるための脳も無い。飛び散った脂と血が炎に焼かれて、食欲をそそる香りに化けた。


 ゼファーとは違って、君らを食う気は無いが、この戦の後にはたらふく肉を胃につめよう。殺意と食欲が混ざっていき、オレの剣舞はますます狂暴になる!!


 だが、敵は多いな。視界の全てに怯えた顔の肉がいた。オレだって、ヒトの子だ。ストラウスさん家の四男坊。お袋の腹から産まれてきたはずさ。多対一が過ぎれば、腕が足りない。


 でも、さっきも言った通り。オレには友だちがたくさんいる。そして、オレの子を孕んでくれる予定のヨメが現状、この場には二人もいるぜ!!


「ソルジェに、近寄るなあああああああああああああああッ!!」


「私の旦那さまに、武器を向けるとどうなるかッ!!教えてあげますよッ!!」


 神速の矢が速射され、死が量産される。リエルちゃんの愛は、激しいよね。


 ユニコーン白夜の蹴りと、その破壊的な暴力とひとつになって突撃した来た槍の乱舞が敵兵を崩して壊してぶっ殺す!!……知的な君の見せる狂暴を、心の底から愛してるよ、ロロカ。


「行くぜ!!『ジゲルフィン』ッ!!左右、同時に、雷撃だあああああああッッ!!」


 紫電の嵐が、敵を焼く!!そういう敵に対してオレよりも容赦ないところ、好きだぜ、ギンドウ。


「ジャン!!合体技だよッ!!」


『うん!!僕が突撃して穴を開ける!!打ち漏らしは、君が殺してッ!!』


「ラジャー!!このお仕事を、お兄ちゃんに捧げるッ!!」


 ジャンよ、その勇気と走りを忘れるな。そしたら、お前の才能ならば、いつか団で二番目に強い男になれるだろう。トップは譲らん。


 巨狼が敵の群れを蹴散らして、その突撃に乱れてしまった隊伍に、黒猫ちゃんのナイフの牙が次から次に襲いかかる。『フェアリー・ムーブ』……まさに風だ、黒髪のお前が、血の赤を帯びる。そうだ、ミア―――戦場のお前は、ストラウスの赤をまとう、お前は間違いなくオレの妹だ。


『がるるるるるうううううううううううううううううううッッ!!』


 ゼファーよ、そうだ、脱皮したてで柔らかい鱗だろうと、迷うんじゃない。なにせ、お前はオレの竜だ、オレの翼だ。いつか戦場で死ぬその瞬間が来るまで、戦うことを放棄することは、オレが許さん。


 爪と牙の硬さは変わらないだろう?乾かぬ鱗は弱いだろうが、敵を引き裂いて血祭りにするには問題ないな?うん、そうだ、いい殺し方だ。ヒトを鎧ごと引きちぎれるのは、お前だけの特権だな。


 ……さて。突撃してきていた群れが、血の赤に沈む。静かになる。沈黙かね。いいや、さすがはクレインシー。陣を動かしているな。怒濤の数で攻め落とすつもりか?


 悪くない。さすがはオレの認めた『最強』。


 だが、こちらも時間は稼げたぞ?


「……よう、ヴァシリのじいさま?」


『―――なかなか、豪快で何よりだ。すまんな、後輩どもを連れて来るのに手間取った』


「いいさ。いちばん盛り上がるところに、間に合ってくれたからよ?」


 そうだ。オレの隣に、ザクロアの死霊騎士たちの王がいた。そして?ジュリアン・ライチもがんばってここまでやって来た。ヒトをたくさん斬ったからだろう、以前よりもオレ好みの顔になっていた。


 そうさ、オレたちは、大勢だ。仲間はいっぱい。友だちは生きていようが死んでいようが、多いに限るな。さあて、オレたち一つに並んでいる。ワクワクだよね!!突撃するためにだもん。さあて、クレインシー、雌雄を決する時が来たぞ。


 君の哲学を忘れかけている第五師団と、オレの愉快で激しい仲間たち。どっちが怖い手段なのか、ぶつけて実験といこうぜ!


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