第八話 『ザクロアの死霊王』 その10


 ―――足音が、聞こえる……?


 地面に倒れ込んじまったせいで、そうか、耳が大地を伝って、オレに近づいてくる帝国兵どもの足音を聞くのか……重装歩兵か、ふむ。クレインシーのじいさんの護衛。おそらく、第五師団最強の強者どもか。


 ああ、戦ってやらなくちゃな……。


 あちこち痛いが、痛みは、生きている証だ。


 背中にも矢は刺さっているし、騎士どもと剣で打ち合ったあげく、鎧の下は打撲だらけの内出血。骨にもヒビ入ってるんだろう。あちこちに切り傷、とどめに利き腕の右肩に毒矢?……いいや、とどめは、腹に刺さった剣かよ?


 ほんと……ぼろぼろ。


 さすがに疲れ果てているさ。


 それでも……なあ?


 色んなヤツに見られている気がするよ。オレの家族……親父にお袋に、3人の兄貴たち、そして、妹のセシル……姉貴は、たぶんまだ元気に生きてるんだろうな。


 ガルフ・コルテスもさ、そのあたりの草むらに寝転がって酒瓶片手に、オレのことを見ていそうだな。うん、実に、彼らしいぞ……。


 さて……動かなくちゃな―――。


「お、おい。こ、こいつ……まだ、生きているのか?」


「ば、バカ言えよ、マンドレイクの毒矢だぞ?……い、生きているわけあるか」


「で、でもよう、う、動いてねえか……?」


「し、死にかけているだけだよ……怖がることはねえ、や、やっちまうんだ」


 ……ほう。マンドレイクの毒か……そりゃ、効くわけだよね……。


 おかげさまで、マジで指一本、ろくに動かねえんだわ……。


 まいったねえ……―――。



 ―――ねえ、『おうさま』?うごかないとね、しんじゃうよ?



 ん。ああ、君か……君まで、応援に来てくれたのかい、ドロシーちゃん。


 金髪で碧眼。そうだ、セシルと同じ青い瞳だ。アリアンロッドの子供たちの一人がオレのそばに立っていた。勇敢なるドロシーちゃんは、天国からさ、ヘタレな大人を叱咤し激励するために、やって来てくれたのかい?



 ―――どうしたの?……ねむりたいの?



 いいや。そういうわけじゃない。オレは、まだ、生きて……生きぬいて、やらなくちゃならないコトがあるんだよ。



 ―――そうなの?……でもね、ほんとうに、くるしかったらね?あきらめてもいいんだよ?



 ……そうかい?



 ―――うん。ほんとうに、『おうさま』が、どうにもならないぐらい、くるしかったら。



 ……君は、やさしい子だね。でもさ、生きているときに不幸だった君が、そんなに、やさしいからこそね……オレはね、あきらめたくないんだよ。



 ―――『おうさま』も、『みらい』を、しんじているのね?



 うん。よくバカにされちまうけど、甘いと言われるけど。オレはね、ヒトは、もっとやさしい世界を作れるんだと、思っているんだよね。



 ―――やっぱり、『おうさま』は、やさしいのね。



 やさしい?どうだろう、魔王になりたいんだ。そういうのとは、ちょっと、違うんじゃないかね?……オレは、今日もたくさんヒトを、笑いながら殺したよ……?



 ―――ううん。『おうさま』は、やさしいよ。だから、ひとをしんじてる。だから、きっとね、『みらい』をしんじていられるのよ。



 そうだと、いいんだけどね……ああ、クソ。敵が来やがる……ッ。



 そうだよ、オレは、こんなところで死んでいる場合じゃねえんだ。オレが見たい、未来を……人間もエルフも、ドワーフも、ディアロスも、巨人も、妖精たちも……その狭間のヤツらだって。


 誰もが、生きて、遊べる……森の……風を、作りてえのにようッ!!


 動かねえんだ……指一本、もう、命が……残っていねえ……ッ。



 ―――だいじょうぶだよ、『おうさま』。『おうさま』にはね、たくさんのおともだちがいるんだから!!ほら、みみを、すましてみて!!『おうさま』になら、聞こえるでしょう!!



 ああ、風を貫く―――リエルの矢の音が、聞こえたッ!!


「ぐはあああッ!?」


「て、敵が!!」


「く、くそ!!女エルフめッ!!」


「―――私の夫に、手を出すなッ!!帝国の豚どもがッッ!!」


 へへへ。うちの『マージェ』、超、怖い。



 ―――あいされてるのね、『おうさま』!!



「くそう!!押しとどめろ―――ッ!?」


 ああ。ダメだよ、アンタ。見とれちゃいけない。オレの第二夫人の槍はね、風よりも速く、君のハートを撃ち抜くよ!!


「ぎゃはあッ!!」


「……私の旦那さまに、近寄らないでくれませんか?」


 へへへ。うちの第二夫人も、超、怖い。



 ―――まあ、おくさんが、たくさんいるのね、『おうさま』は!!



 そう。王さまの特権さ……。


「お兄ちゃんを殺していいのは、ミアだけなんだからッ!!」


 黒い影が戦場を走り、次から次に命がかき消されていく。うん。オレの妹、宇宙一のスイート・ラブリー!!



 ―――しすこんなのね!!



『団長に、近寄るなあああああああああああッ!!』


「……雷の味を、刻んでやるぞ、帝国人がああああああああッッ!!」



 ―――おおかみさんと、『ふぇい』とおなじひとも、つよいのね!!



 ……『フェイ』。ああ、君のハーフ・エルフの友達だね。そうさ。オレたちの仲間は強い。だから、安心してくれよ、ドロシー?


 オレがここで死んじまったとしても?……あいつらが、新しいオレになるんだ。そして、いつか―――。



 ―――ううん。いつかじゃないよ!!『おうさま』には、わかるでしょう!!『おうさま』には、きこえるでしょう?



 ……え?



 ―――ほら。みみを、すませて!!いのちが、あばれているわ!!



 ……ドクン!!ドクンっ!!ドクンッッ!!


 これは、この心臓の音は―――ああ、分かる。分かるぜ、ドロシーちゃん。



 ―――ええ!!『みらい』が、うまれるわよ!!




『GHHHAAAAAOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHッッ!!!!』


 ゼファーの歌が、戦場を支配する!!


 敵も味方も、死霊の騎士たちも、その一瞬、体と心の動きが止まってしまう。激しすぎる歌が、舞い散る雪さえ粉砕し……敵の心を恐怖の闇に突き落とし、味方の心に大いなる畏怖と勇気を与えた。


 傷だらけのゼファーの体が、大地から立ち上がる!!


 ゼファーの金色の眼が、光にあふれていた。その身に宿る魔力が、爆炎のように熱くなり、その黒い鱗のあいだから、黄金色の焔となってほとばしる。


 いつか偉大なる竜になる者が、『ドラゴン・イーター』が、最強の黒き翼が、ゆっくりとその巨体を起こしていく!!


「ゼファー!?」


 リエルが驚いた声をあげる。いや、彼女だけじゃない。まさかの『パンジャール猟兵団』の全員までが、ゼファーの全身が黄金色の焔に包まれているのを見て、驚いている。


 そうだろうな、そりゃそうさ?


 なにせ、恐れ知らずの猟兵である君たちだって―――。


 『コレ』をその目で見るのは初めてだ。


 この命があふれる、躍動的な魔力の波動……豊穣の女神に愛された秋の小麦畑みたいに黄金色の風を感じられる瞬間……竜騎士として、この瞬間に立ち会わせてもらえるなんて、とても光栄に思うよ。


 ゼファーが、その焔につつまれた体を反らす。


 うつくしいな、その長い首はね……。


 ゼファーは焔に化けながら、語るのだ。


『―――われのなは、『ぜふぁー』ッッ!!いくさばよ、いくさびとたちよ、きくがいいッ!!われは、いだいなる『あーれす』のまご!!むてきの、しっこくをまといし、つばさのおうッ!!われは、『まおう』のつばさだ!!『まおう・そるじぇ・すとらうす』のつばさであるぞッッ!!われを、おそれろぉおおおおおおおおおおおおおおッッ!!』


 世界を脅迫する強い言葉を風に乗せながら、オレの愛しいゼファーは黄金色の爆炎に変化する!!


「ゼファーぁああああああああああああッ!?」


「ダメだよ、自爆なんて、ダメだよおおおおおおおおおおッ!!」


 オレのリエルちゃんが叫ぶ、オレの妹のミアが誤解してる。でも、ロロカ先生とかギンドウは気づいている。冷静に魔力を読んだな。


「……いえ。違うわ。これは、魔力が、爆発的に……」


「―――高まりまくっているだけだ!!」


『……そうだよ』


 ジャンが気取った。さすが、『フェンリル・モード』になった男。分かるのだろうな、お前のそれと似たような現象だから。


『―――これは、成長しているんだ!!その小さな体に、収まりきらなくなった魔力が、器である肉体そのものを、広げているのか……スゴいよ、ゼファーッ!!』


 そうさ。


 これは、ゼファーの……竜の『脱皮』だよ。


 成長のときだ、おめでとう、ゼファー。お前は、『未来』へやって来たんだ!!


『GHHAAAAAAOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHッッ!!!!!』


 黄金色の嵐の中心で、一回り大きくなったゼファーが歌っていた。『腕』に化けていた部分は、大きな翼に戻り。アゴの骨格が一回り大きくなる。尻尾が伸びた。先端に鋭いトゲが生えてきたな―――。


 よみがえった竜が、オレを見た。


『……『どーじぇ』ッ!!』


 ああ。


 そうだよ……お前に呼ばれたらな……。


 竜に呼ばれた、竜騎士が……こんな地面に、沈んだままでいるわけがねえだろうがあああああああああああああああああああああッッ!!


 大地にオレの指が突き刺さるのさ!!


 ドロシーが、風に融けていきながら、オレに伝えてくれる。



 ―――あのこが『おうさま』に、いのちをくれたわ。だから、もう、『おうさま』は、いつもとおんなじよ!!



 おうよ!!ドロシー!!


 見ていろ、オレは、まだまだ!!


 死んじゃいられねえっつーのッッ!!


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっ!!」


 オレは叫ぶ。鼓動する心臓から、漆黒の魔力がほとばしっている。注がれた竜の魔力に反応し、アーレスの瞳が、より金色の光を放つのさッ!!


 牙を噛みしめ。大地を蹴りつけ!アーレスの竜太刀で地面を押して!!……オレは、もう一度、この世界に立ち上がったッ!!


「―――ハハハハハハハハハハハッ!!ソルジェ・ストラウスさまッ!!大復活だぜええええええええええええッッ!!」


 そして、オレはゼファーに言うのさ、いつものようになッ!!


「歌えええ!!ゼファーぁああああああッッ!!」


『GHHHAAAOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOHHHHHHHHHッッ!!』


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