第八話 『ザクロアの死霊王』 その9
―――そうだ、恐ろしい魔王の『奇跡』は、うごめいていた。
窮地にある自由同盟の兵士たちの前に、黄泉より死霊の騎士が来たる。
傷つき大地に片膝突いてあえぐ後輩どものため、冷気をまとった剣技が走る。
氷の大地から現れた、青い影の騎士たちが、帝国の豚を切り裂いた!!
―――我らを、恐れるなかれ、自由騎士の後輩たちよ!!
我らに命はもはやなかろうと、自由を求める心は不屈ッ!!
命と死の境界さえも超越し、共有する哲学のために、彼らはここに帰還を果たす!!
そうさ、同胞たちよ、僕たちの絆は、死んだぐらいじゃ切れやしないッッ!!
―――覚えているか、オレの名前はジュードだよ。
覚えている?私の名前は、エリザベト。
ソルジェの耳は、友の声を聞くのさ、あのベンチで寄り添い死んだ恋人たち。
だから、ソルジェは笑うんだ、やっぱりお前ら、死んでも一緒にいるんだなあ!!
―――ロドニーは主張する、いいか、ラッセルバック、あれはまぐれだからな?
ラッセルバックには余裕があった、ちがうね、通算でも僕のが勝ってたろ?
うるせえよ、それじゃあ、最後の勝負はよう……?
……うん、今日、どちらが多く殺すかで、決めようじゃないか!!
―――まったく、北方の男どもは情けないわね!!
うつくしきマリエリの細い槍が次から次に、帝国豚の串刺しを作っていく!!
ほらほら、さっさと立ちなさい、まだ、死ぬには早いわよ!!
命を燃やし尽くしてからじゃないと、冥府でも女にもてたりしないわよ!!
―――小柄なウッドヘッドは、得意のナイフで死人をつくる!!
いいかい?あきらめんなって?そんなことしても、弱いままだぜ?
生きてても、ううん、死んじまっても、食らいつけよ、あきらめなくていいぜ。
オレたちの戦いに、意味をくれる男が、最前線に立ってるぜ、そこに行ってやれよ!!
―――ニューカムとシード、兄弟同然に育った二人の槍が、同時に敵を貫いた。
いい技だな、シード、お前こそな、ニューカム。
二人は笑い、現世での延長戦を楽しむのさ、同じ孤児院で育った仲間たちの前で。
守ってやろう!!ああ、当然だ!!オレたちは!!家族なんだからよ!!
―――ヴィクトーは肩に矢が刺さり倒れてしまった兄、ジュリアン・ライチに駆け寄る。
兄さん、兄さん!だいじょうぶかい!?
……ああ、なんとかな、だが……敵に囲まれている、お前だけでも、逃げろ……。
そんな……そんなわけにはいかないよ、兄さんも一緒じゃないと!?
―――ジュリアン・ライチは苦笑する、ああ、もっと剣術を習っていれば良かったな。
こういうとき、弟の前で、カッコつけられないんだから……。
……私の人生は、ムダだったのか……?
あきらめかけたジュリアンは、そのとき、彼の声を聞く……。
―――いいや、そんなことはないぞ、ジュリアン・ライチよ。
ジュリアンは、驚いて目を見開いた。
そこに、子供の頃、剣の手ほどきをしてくれた騎士が立っていた。
……あなたは、そんな……死んだはずでは……?
―――ヴァシリ・ノーヴァは、冗談好きの老いた顔で笑うのさ。
ああ、とっくにな!!……だが、縁があって、戻って来た!!
見ていろ、のっぽのジュリアン、朝寝坊のヴィクトー!!
剣は、魂で振るうものだッ!!
―――老練なる騎士の剣舞が、またたく間に帝国兵を地獄に送る!!
……お前たち商人の生き様は、ザクロアを豊かにしたのだ。
剣では作れぬ幸福を、お前たちは故郷に与えた。
老騎士は、とても嬉しそうに笑うのさ、その兄弟をほめるためにね!!
―――お前たちが作った、この豊かなザクロアをッ!!
我らの剣が、もう一度!!もう一度だけ!!守ってみせるぞッ!!
同胞どもよ!!帝国の侵略者どもよッ!!
我らの名を、その耳で聴け!!我らは、ザクロア自由騎士団だッッ!!
―――そうさ、自由を求める命知らずどもが、冥府から還ってきたのさ。
氷の狼どもの群れと共に、青い亡霊の騎士たちが、戦場を暴れる!!
ザクロアの生者どもの戸惑いは、すぐに消えてしまう。
そうだ、やるべきことをしよう!!その命知らずどもと共に、戦うのさ!!
―――自由のために、誰からの支配も許さぬために!!
もう一度だけ……いいや、そうじゃないよ!!
僕たちは、あきらめてはならない!!
あきらめたら、こんな脆い『夢』の果てにある『未来』になんて!!
―――たどり着けやしないだろう!!
だから、だから、何度だって立ち上がるんだよ、僕たち猟兵は!!
地獄の底で立ち上がり、絶望をも喰らって飢えを満たし!!
死にながら笑い、強がって生きぬいて……未来を、その指で掴み取れ!!
「……ば、バカな……ッ!?な、何が起きている!?死霊が、現れた!?お、お前が呼んだというのか、ソルジェ・ストラウスッ!?」
毒が回りつつあるオレの視界のなかで、『氷の狼』を剣で打ち払いながら、ザック・クレインシーのじいさまは叫んでいた。
オレが呼んだって?
……ああ。そうとも言えるし、そうじゃない気もするよ?
だってさ?
フツー、呼んだからって来るわけないじゃんよ?
あいつらだから、来れたんだろ?
だから、オレの功績ってわけじゃないよね。
「……いいや。オレじゃないさ。あいつらが、来たいから来たんだろ?」
「そんな、バカな……ッ」
うん。バカなんだよ。
オレも、ザクロアの自由騎士たちも……。
望んだぐらいでは、命がけで求めたぐらいでは―――手に入らないかもしれないものを、求めてしまっているのさ。
世界を支配している、大帝国サマを相手に?
自分の『甘い願い』を……貫こうっていうんだからね?
そりゃ、合理的じゃないさ。バカのオレにだって、そんなことは分かってるよ?……それでもさ、そんな生き方に憧れるんだ。カッコいいじゃないか?……オレは、ストラウスの本質を、ストラウスが至るべき歌とは何かを、最近、ようやく分かってきてる。
死にたがり?
そうじゃないさ。
死にさえ値する目的のために、全力全霊で生きぬいただけさ。
オレたち赤毛の剣鬼の……ガルーナのストラウスの歌はな……。
そういう、とんでもなくカッコいい生き様だっつーの!
だからよ……毒だとか、苦しいだとか、失血がいい加減ヒドくて意識が消えちまいそうだとか?……そんなこと、言ってる場合じゃねえんだよ……ッ!!
オレは、歩く。
鉄靴で凍った大地を踏み砕きながら、一歩、また一歩と!!
「……こ、殺せええええッ!!私を守らなくてもいい、その男だ!!ソルジェ・ストラウスだけを殺せばッ!!世界は、必ずや守れるッ!!」
「は、はい!!」
「し、死ねえええええええッ!!」
「き、消え去れ、邪悪な『魔王』よッ!!」
氷の狼の群れを突破して、ふらつきながらも前進を続けるオレに、帝国の騎士どもが殺到してくる。
―――4人だと?
たったの4人だと!?
舐めてるのか、貴様らは……命がけで生きぬきながら、『未来』に食らいつこうとしている、この狂暴無双な赤毛のストラウスを……ッ!!
「雑魚が、たった4人で、止められるとでも、思うなあああああああああああッッ!!」
怒りの熱量が、毒の回る死にかけた体を突き動かすのさ!!
1人目を、大上段からの振り下ろしで殺し、2人目の遅い斬撃を躱しながら、そいつの首を竜太刀の横なぎ払いで叩き切るッ!!
3人目の攻撃を……躱せそうにないから間合いを詰める。左肩の鎧の固いところで、受け止めるのさ。肩の骨が砕けるような痛みに晒されるが、無視する!!気にしないまま、そいつのことを突き殺す!!
ザシュウウッ!!
4人目の、怯えた男の剣が放つ突きが―――オレの竜鱗の鎧を貫いて壊し、腹にちょっと突き刺さっちまった。
オレの怒りの魔力を宿す金色の眼と、空の自由を求める青い瞳が、そいつのことをにらみつける。怖い顔だったかね?剣の柄から手を離すほどに、オレを怖がってくれるのかい?
うれしいねえ、それでこそ、『魔王』の道を歩むオレさまが敵から浴びせられる感情として、何よりも、ふさわしいさッ!!
「た、たすけてええええええええええええええええええええッ!?」
「―――そういうことは、魔王ではなく、神さまに訴えるもんだよ」
無慈悲なる横薙ぎの斬撃が、その騎士の首を切り裂いまうのさ。怯えた勇者の血は、美味いな。オレは顔にかかった返り血の赤を舐めながら、死の味を楽しむのさ。
腹に刺さった剣を抜く、炎を呼んで、傷口を焼いて、出血を止めてしまうのだ。
最強の将軍、ザック・クレインシーは、オレを見て驚いている。
「……なぜだ?」
「……なにがだい?」
「なぜ、お前は、そこまでして……戦える?なぜ、死なないのだ……?」
「……さあね。心の底から、欲しいモノにさ……」
オレはふらつく体で前進を続ける。ザック・クレインシーに、敵軍に、向かって歩くのさ。それが、オレのすべきことだからな。
「欲しいモノに……ただ、ただ……全力で、全霊で……求めて……必死に……生きぬいているだけのことさ」
「……君は……そうまでして、『未来』を築きたいのかね……?命を、捧げたとしても?」
「……ああ。そうだよ……そういう、カッコいい生き様の果てに……死にたい―――」
血が、尽きた。
オレの体が戦場の冷たく熱い大地に倒れた。
遠くから、ザック・クレインシーが見ている。クソ、立ち上がって、もうちょっと、強がりたいんだが……どうにも、血も、魔力も、尽きそうなんだよな……っ。
「―――立たぬのか?」
……戦場の剣戟と、荒れた風のせいで聞き取れなかったが、何故か、じいさんの小さな声が、そう告げたような気がした―――。
―――お寝坊さんなドラゴンね、ゼファーくん。
昏睡状態の幼い竜は、その優しい言葉を耳に聞く。
……産んでくれた方の、『マージェ/母親』だろうか?
そんなことを、ゼファーは思った。
―――大切なヒトが、死にそうなのよ?
……見捨てたくなんて、ないのでしょう?
うん、もちろん、そうだよ……でも、からだが、うごかないんだ……。
そう、あなたも彼も、苦しみ過ぎているものね。
―――だから、私が力を少しあげるわ。
……ほんとう、『おかあさん』?
ええ、私はね、このザクロアで生き抜こうとする子供たちが、大好きなのよ。
この腕で、この手で……たくさんを抱きしめてきた、守ろうとしてきた。
―――でもね、私の心と、腕だけでは、足りないの。
死者への慰みだけでは、世界は、いつまでも変わらないのよ。
だからね、変えてくれるかもしれないヒトに、力を託したいの。
……竜は、やっぱりだと、思う。
―――やっぱり、このヒトも『マージェ』なのだ。
だって、『ドージェ』のことを……ソルジェ・ストラウスのことを見つめているから。
死霊にあふれるザクロアの、その闇に生きた聖なる母は、竜の鼻先を抱きしめる。
ゼファーは、そこから温かいモノが伝わってくるのを感じる。
―――それは、体温?それは、魔力?それは、愛情……。
私の力をあげるわ、あなたを通じて、彼にも分けてあげて?
……うん、『まーじぇ』……からだが、きえていくよ……?
うん、時間が来てしまったのよ、さあ、『未来』を導く偉大なる翼よ!!
……そろそろ、目を開けて、あなたの愛する者のために、歌いなさい。
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