第八話 『ザクロアの死霊王』 その8
『GHHHAAAAOOOOOOOOOOOOOOOOOOOHHHHHッッ!!』
暴走状態のゼファーは、敵陣を突破して―――そして、煙幕立ちこめるその戦場に躍り出た。敵と味方がしのぎを削り合う、その混沌とした空間……さて。どうするつもりだね、ザック・クレインシーよ……ッ!?
そのとき、唐突にゼファーの脚が止まる。限界が来てしまったのだ。無敵の破壊神でいられる時間は、あまりにも短いということだ。そして、代償も大きい。
『……あれ……ッ!?』
ゼファーは体を動かそうとしているようだが、もうピクリとも動いてくれないようだ。
金縛りにでもあったかのように、肉体と頭脳の連携は破綻して、その巨大なる筋肉の塊は、石像のようにこわばっていた。
「……時間切れだな」
『……うん……『どーじぇ』、ごめん……っ』
「いいや。お前は十分にがんばった……ムチャをさせたな」
『……うん……』
ゼファーから魔力が消失していく。オレはゼファーの背から飛び降りる。ああ、ゼファーよ、一回り小さくなっているかもしれないな……。
そうさ、ゼファーはエネルギーを使い過ぎた。肉体を即座に変異させるなんて―――ムチャが過ぎるというものではないか。スマンな、オレの術のせいでムリをさせた。
『……うう……っ。ねむい……っ』
「……ああ。もう、動けんだろう。後は、オレと仲間に任せろ。お休み、ゼファー」
『……うん―――』
竜の体が大地にゆっくりと倒れていく。すぐに意識を失って、グウグウといびきをかき始める。あまりにも疲弊させ過ぎてしまった。よし、ここから先は、『ドージェ』に任せておけ。
「さあて!!ここまで来たぜ、クレインシー将軍ッ!!」
オレは竜太刀を抜いて、黒煙の先をにらみつける。
じいさんよ、何を仕掛けて来やがる?
……ザック・クレインシー……アンタは、この土壇場で、何を企んだ?
集中する―――備えるのさ―――ゆえに、オレは弓を引く音にさえ気がつけた。何十?いや、何百の矢だと……バカなッ!!アンタらしくない策だぞ、それはッ!?
「クソが……『風よ、炎よ』ッ!!」
オレは慌てて左の手のひらに二種類の魔術を発生させる。竜の劫火と渦巻く風の球だ。それらを、混ぜて―――クソッ!!矢が、来る!!無差別な矢の雨がッ!!
「『爆ぜろ』ッッ!!」
形式を省略し、魔力の消費がムダに多い三流魔術を放つ。炎と風は合わさって、オレの目論見通りに爆風が発生してくれる!!
矢の何割かは、そいつで吹き飛ばせたが、全てを処理できたわけじゃない。オレたちと……いや、帝国の兵士たちにさえ、矢の雨が降り注いでいた。
ザグリッ!!
オレの右肩にも、突き刺さっていた。クソが、利き腕に刺さるんじゃねえよ。まあ、ゼファーに刺さらなかっただけマシか。
オレは矢を引き抜く。すると、一瞬、ふらつく……チッ。細かい芸を。毒付きかよ、えげつねえぜ、ザック・クレインシーよ!
爆風のおかげで、煙幕の黒い帳は払われていた。視界がクリアになる……そして、オレは、毒矢の雨を浴びた戦友たちと……うずくまる数十人の帝国兵士たちの姿を見た。クレインシー将軍は、オレたちごと交戦中だった自分の兵をも射殺したのだ。
「おい……らしくないカンジだぜ。仲間ごと、オレたちを仕留めにかかるなんて?」
そうだよな、ザック・クレインシー将軍?
晴れた煙幕の先に、二百メートルほど先だろうか、ザック・クレインシーが大剣を大地に突き立てて、そこに仁王立ちしている。
そりゃよ、この距離だからさ?……きっと、オレの愚痴なんて、耳には聞こえてなかっただろう。でも、彼にはオレの心は読めていた。
老将は大きな声で戦場に吼えるんだよ。
「―――黄泉路にある者は助けられん!合理的な判断だ、小さな犠牲で、大を守る!!」
「……そうかよッ!!たしかに、合理的な判断だなッ!!」
だからといって、仲間ごと矢を射るとは……いいや。その残酷さも、戦場では強さに分類されるだろう。たしかに、この場にいた兵士たちは、オレたちの到着で、遅かれ早かれ全滅するところだった。
助からない命なら、仲間のために消費する。それは、一流の戦略家の好判断だ。
あまり、好きな判断じゃないけどね。
―――しかし……クレインシーめ、さすがだな。
いつの間にか、陣形を立て直していやがるぞ?……左右に大きく広がり、懐が深いこの両翼突出の陣形……しかも、隠していた弓兵を、いつの間にかこの場へと終結させているのか?
なるほど、突破してきたユニコーンを、容赦なく射殺す陣形だな。
前方の集団を、『目隠しの壁』にして、オレたちの目から作業を隠し……こんなモノを創っていやがったとはね。
間違いない、アンタはオレ史上、最強の将軍だよ。相打ち覚悟なら、オレたちだけでも潰せると思っていたのだが、甘かったようだな。
「……降伏はせんのかッ!!ソルジェ・ストラウスよッッ!!」
「……ハハハハハハハッ!!……するわけねえだろ?」
「くっ!!それほど、『未来』にこだわるかッ!?君は、その『未来』のために、どれほど大きな罪科を地上にばらまく気なのだッッ!?」
「……どれだけでも、ばらまくさ。そうでないと、オレの求める『未来』には、指が届きそうにないじゃないか!!」
「ありえんよ!!君の望む、『未来』は、絵空事でしかないッ!!ヒトの憎しみは、強いだろう、ガルーナの騎士よ!!君も、その業の深さに生かされたッ!!」
「……ああ。そうだよ、将軍。クレヨンで描いちまうような、儚い『夢』だよ」
「それを、分かっていて、どうして君は抗おうとするのだッ!!」
「……そうしたいからさ!!そうしないと、生きていたって、つまらねえからだ!!」
「―――くっ。まったく、強情な男だ。なぜ、違う正義のもとに生まれて来なかったのだね!?……無謀な正義のために、決して勝ち得ぬ『未来』のために、もがくなど……それは、破滅願望を帯びた自己満足でしかないぞッッ!!」
ホント、ヒトのいいじいさんだわ。クレインシーは、オレを説得して、同盟軍の命まで助けてやろうとしている。
アンタらだって、限界だろう?もう、とっくに一万は食われてる。ルード王国軍に狙われたら、帰り道で死ぬかもしれないな。
……まあ、オレを人質にでもすれば、クラリス陛下が交渉に応じるとか?陛下はそんなに甘くないだろうけどな―――ああ、うん。そうだな、コレ、そういうのじゃない。
このじいさん、ヒトがいいだけだ。
クソ強い将軍だけど、ヒトが戦で死ぬのを見るのは好きじゃないらしい。たしかに、破滅願望とは逆の哲学をお持ちだよ。悪くない。アンタの正義もオレは嫌いになれないね。
それでも。オレは、ストラウスなんだよね?
「―――オレは、知っているのさ!!」
「何をだね!?」
「ベリウス陛下の作った国に、色んなヤツがいたってことを!!」
「あの国は、特別であっただけのこと―――」
「―――他にも見たんだ。ルード王国でも、そうだぜ!!あそこの森なら、どんなガキでも遊べるだろう?」
「……例外が二つあったからといって―――」
「ガルフ・コルテス!!」
「……誰だ?」
「名も無き、ただのじいさんだ。そいつの作った傭兵団も……同じ風を宿していたぞ」
「……それは、まさか……君の……?」
「オレはな、この世界に存在しないはずの森に吹く風を、それだけたくさん知っているのさ!!なあ、じいさん!!その風にはな、命を捧げる価値は、十分にあるんだよ!!」
「それは夢想だよ……なぜ、現実に屈して、生きようとしないッ!!」
「そんな生き方、つまらんからだと言っただろうッッ!!」
「―――ならば、私も鬼になろう。世界の秩序を、平和を守らねばなるまい!!」
「―――ああ。だったら『オレも』、ド酷い『魔王』になってやるさッ!!」
ザック・クレインシーよ。
正直、オレの『負け』だった。認めたくないが、アンタの方が上さ。帝国軍きっての戦上手は、カーゼルじゃなくて、アンタじゃないのか?
ほんと、アンタさえいなければ……『オレたちだけでも勝てた』のによ?
「……残念だよ、ザック・クレインシー!!オレに、こんなバクチを使わせてくれやがってよ?」
オレは、腰の革袋に下げていた、そいつを乱暴に取り出した。
「……何だね、それは?」
「うつくしいだろ?この『自由』を切り取ったみたいな、水色が!!これはディアロス族の秘宝さ……コイツの名は、『憑依の水晶』!!」
「……『憑依の水晶』……『ゼルアガ』退治の秘宝なのかね?」
さっすがインテリ。色んなコト知ってるね。
でも、知識だけでは知れないこともあるよな。オレは、我が身で体験してきたから、アンタよりも、この秘宝について詳しいのさ。
「どうして君が?……いや、そんなものを、どうするという?」
「……『援軍』を呼ぶのさ」
「『援軍』―――ッ!?」
さすがは賢いザック・クレインシー将軍閣下だ。すぐに気づいた。というよりも、ヒントを与えすぎたかもしれないな。
クレインシーは叫ぶ、弓兵たちに命じるのだ!!
「矢を放て!!アレを、使わせてはならんッ!!」
「―――遅いさ。もう来てるぞ」
そうだ、あのせっかちで血気盛んな連中は、とっくの昔に動き始めていた。
弓兵たちが気がついた。
「あ!?あれ!?な、なんで!?ゆ、指が、こ、凍りついているッ!?」
ふむ。冥府からの初太刀はお前か……最初の自由騎士サンよ?
オレは笑うのさ。
もう会えないと思っていた男に、意外と早く会えちまった。
骸骨と鎧が一体化してしまった、まさに武骨な男。300年、哀れむべき子供たちの死霊と、『聖母みたいなバケモノ』を守りつづけた、とんでもなくカッコいい騎士サマさ。
「……『ミストラル』」
それは『影』なのか?
……分からない。オレの目の前に立っている彼は、オレに返事をしてはくれなかった。あれだけ派手な別れをしたのに、数日後に再会するのは気恥ずかしいからか?……ありえる。『ミストラル』は、どこかシャイなところがありそうだからな。
だが、彼は決して幻ではない。現実として、オレのとなりに立っている。一緒に戦ってるぜ。
『ミストラル』は大剣を掲げ、『氷の狼』を召喚するのさッ!!
シュバアアアアアアアアアアアアアアアアアアアリリィイイイイイッッ!!
大地を霜が駆け抜けていく―――草木が凍る?大地が固まる?ああ、もちろん、『ミストラル』の呼んだ『風』が、その程度で収まるわけがないだろう?
「ぎゃああああああああああ!?」
「あ、あしがあああああああああッ!?」
「い、いやだあああ、こ、凍っていくうううううううッ!?」
帝国の弓兵が、凍りついていくのだ。弓兵だけを狙っているね?……ふむ、『ミストラル』よ、アンタも嫌いかい?仲間を射抜ける男たちなど?アンタの騎士道は、ヤツらを許せないみたいだな。
『ミストラル』はそのまま答えることなく、オレの前から消えてしまう。風に化けたか?お前らしい。ザクロアの風は、お前のために吹いているもんな?
だが、『氷の魔術』は終わらない。霜に襲われ、凍りついてしまった兵士の腹が爆ぜていた。凍った大地から飛び出してきた『氷の狼』に腹を食われちまったのさ。
かわいそうに即死は出来なかったが、まあ、その内、死ぬだろう。内臓を食われたんだからね?風に化けた『ミストラル』は、かつて以上に残酷なようだ。
霜に化粧された氷の大地のあちこちから、青い焔の目をした、『氷の狼』たちが生えてくる。そして?もちろん、ザクロアの意志に従い、この土地の侵略者である、ファリス帝国第五師団の兵士どもにだけ、『ミストラルの猟犬』は襲いかかるのだ。
それはここでのみ起きていた現象ではない。
戦場の全ての凍った大地から、『氷の狼』どもが生まれていた。
その数は、数百だろうか?それよりもっといたのか?
とにかく、帝国の豚どもは、その唐突な殺戮の使者に、対応することが出来なかった。呆気に取られたまま、彼らはその氷の牙に喉や腹を食い千切られていくんだよ。
いいねえ、『ミストラル』。お前、ホント後輩おもいのいいヤツだ。ガチなハナシ、ウチで雇いたかったぞ。お前の剣が、今でも欲しい。喉から手を出せばとどくなら、変なアイデアを思い付くのが得意なギンドウと相談して、どうにかしてみるんだが?
とにかくよ……お前は、最高だ!!ほんと、カッコいいぜ!!
だから?オレは笑うんだ!!最高の騎士の仕事だぜ、褒めて、そして、伝えなくちゃなあ!!
「ハハハハハハハハハハハッッ!!いいぜ、『ミストラル』よッ!!さあ!!聞くがいい、ザクロアの友よ!!我の声を聞けッ!!……我が名は、ソルジェ・ストラウスッ!!君たちの先輩諸兄を!!ザクロアの自由騎士たちを!!黄泉から、連れ戻してやったぞおおおおおおおッッ!!」
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